西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 なんか前半はほぼほぼスペックの話になってました。
 公式でもどこかで言われていましたが、聖グロはダージリンの大局観もあって大洗の奇策には強い一方で、単純な正面決戦で最強格の黒森峰相手には相性が悪いそうです。


聖グロリアーナ、蠢動す

 第63回戦車道大会、準決勝第1試合。黒森峰女学園 VS 聖グロリアーナ女学院。黒森峰は女学“園”で聖グロは女学“院”である。

 前者は言わずと知れた最強豪であり、昨年こそ優勝を逃したもののそれまでは9連覇を達成していた学園艦。後者は優勝経験こそないもの、大会では上位入り常連の強豪だ。

 その聖グロリアーナ女学院の戦車道は、チャーチル歩兵戦車、クルセイダー巡航戦車、マチルダ歩兵戦車を主力としての強固な装甲を活かした浸透を得意としており、それを食い止めるのは困難である。

 

 どういう意味かという話をすると、まずは聖グロ三種の神器ことチャーチル・クルセイダー・マチルダのスペックの解説が必要になる。まずは聖グロの隊長車でもあるチャーチル歩兵戦車の後期生産型、その装甲から見てみよう。

 頑強な正面装甲は最大で152mm。側面装甲も95mmというこれは、ティーガーの正面装甲100mm&側面装甲80mmと比較しても、明確な長所といえる。

 プラウダのIS‐2も装甲厚は正面100mm側面90mm。こちらは装甲に傾斜があるために数字以上に防御力は高いが、正面装甲全てに傾斜が付いているわけでもない以上、流石に1.5倍の装甲厚を誇るチャーチルに比べると分が悪い。

 

 まず装甲に関して言えば、チャーチル歩兵戦車の防御力というものは各強豪学園艦が保有する重戦車の中でも最上位に類するものであるといえるのだ。

 それを明確に上回る車両といえば、車体正面装甲150mm傾斜装甲というティーガーIIくらいだろう。マウスは現状で伏せ札な上に、来歴やら大きさやらが色々と規格外なので除外する。

 

 では、今度はティーガー、IS‐2、チャーチルの主砲を見てみよう。

 ティーガーは有名な88mm砲(アハトアハト)。同じ88mm砲でもティーガーは56口径長、ティーガーIIは71口径長であり、つまりはティーガーIIの方が砲身が長い。

 砲身が長ければ砲身内を砲弾が通過する時間が長くなり、結果的により長い間発射体を加速できる事から、同じ口径でも長砲身のティーガーIIの方が高火力だ。だがアハトアハトは56口径のティーガーの主砲の時点で、2km先のM4シャーマンの装甲をスパスパ貫通できるくらいの高威力を持つ主砲である。

 

 一方のIS‐2は旧ソ連車両お得意の『とりあえず主砲の口径あげとけ』という設計思想による、122mm48.5口径長の巨大砲。前述の長砲身による弾体加速時間の長さからティーガーIIの長砲身砲には劣るものの、ティーガーの56口径砲よりは明確に高い火力・貫通力を保有している。単純に弾体が大きいことから、『貫通力』ではない『衝撃力』ならばティーガーIIのそれよりも勝る部分もあるだろう。

 車両重量そのものはティーガーが約57tであるのに対してIS‐2は約46tと、火力の割に明らかに軽量なのも大きな長所だ。ティーガーとIS‐2の最高速度はほぼ互角であるが、10t以上の軽量という差は加速能力や悪路走破能力という面においては無視できない差となってのしかかってくる。

 敢えて言うならば、弾頭が重く嵩張ることや砲塔のコンパクトさから連射能力や総弾数において劣るため、運用する側にノンナのような冷静さと正確な射撃能力が求められる車両だという問題点があるのがIS‐2だ。ティーガーやティーガーIIの1/3以下の数しか弾を積めないのである。

 

 ではラストにチャーチルを見てみよう。75mm37.5口径砲である。

 ティーガーやIS‐2の主砲の数字をここまで見てきた事から、『あれ? なんか数字が全体的に小さいぞ?』と思った諸兄諸姉の感想は、概ね正鵠を射ていると言える。数字のマジックなどは何もなく、ごく単純にチャーチル歩兵戦車後期生産型の主砲が小さいのである。ティーガーやIS‐2と比べる以前に、サンダース大附属の主力車両であるM4シャーマンと同等かやや劣るラインものでしかないのだ。

 

 参考までに、サンダースが主力としている型のM4シャーマンの主砲は75mm40口径。チャーチルより20cm弱だけ砲身が長いことから、理論的にはM4の方がちょっと強いはずである。隊長車は76.2mm砲かつ長砲身なのでもっと強い。ファイアフライはそれよりも更に強い。各々の主砲の力関係はそんな感じだ。

 大洗のうさぎさんチームが乗るM3リーは砲塔が2つある特殊な戦車であるが、その強い方の主砲が75mmの31口径。こちらは逆にチャーチルの方がちょっと強い。逆に言えばチャーチル歩兵戦車が保有しているのは、うさぎさんチームより強いというマウントを取りに行くしかないレベルの主砲である。

 言ってしまえばチャーチル歩兵戦車は、極端な装甲偏重で火力に乏しい重戦車なのだ。更に言えば機動性も劣悪であり、ティーガーIIが『ノロノロ―――ッ!!』だとすれば、チャーチルは『ノロ……ノロ……』だ。最高速度で見れば、ティーガーIIが概ねチャーチルの2倍くらいあったりする。

 機動力というものは最高速だけではなく、加速や悪路踏破性能、旋回性能など様々な要素を含めた総合的な評価をされるべきであるが、チャーチルのそれは概していえば『劣悪』と纏めてしまっても構わないだろう。

 

 では、チャーチルについてはここまでとして。聖グロが保有する主力車両のうち、マチルダはどうだろうか?

 マチルダは開発された当時(・・)は無敵を誇り、主に投入された北アフリカ戦線においては88mm高射砲で(・・・・・・・・)撃破される以外はほぼ無敵を誇った重装甲車両だ。

 逆に言えば88mm砲(アハトアハト)ではやられるし、大洗との練習試合で4号戦車に撃ち抜かれていたように、大戦初期は無敵であろうとも大戦中期以降の車両に対しては割と脆い。

 では『硬いは硬いけど割と貫かれる』という半端な装甲の代わりに、速度は速いかと聞かれるとそうでもない。歩兵の補助として扱われる『歩兵戦車』であるが故に、最高速度もチャーチルとそう変わらないのだ。

 チャーチルが0.5『ノロノロ―――ッ!』で、マチルダが0.6『ノロノロ―――ッ!』くらいの速力差である。

 

 火力の方は2ポンド砲。イギリスは砲をポンドで表記する事が多いが、ポンドとは重量の単位であり、つまり発射できる砲弾の重さで分類している物となる。1ポンドは約453gなので、2ポンド砲は約1kg弱の砲弾を発射するものだ。他国の表記に合わせるならば、マチルダの主砲は40mm砲となる。

 もちろん弾の材質によって重さは結構変わるので、『メインで使う予定の弾頭が2ポンド砲』といった方が言語的にはより正しい。正しいのだが、そんな長い呼称で呼ぶ者は誰もいない。そのため、これ以降についても表記は単純に『nポンド砲』で統一させていただくとする。

 比較対象としてサンダース保有のファイアフライは17ポンド砲。これで砲弾が約8kg弱となる。更にプラウダのIS‐2の砲を仮にポンド表記するならば、あちらは50ポンド超えという数字が叩き出されることとなる。

 

 弾の重量と攻撃力が正比例の関係にあるわけではないが、基本的には重い弾を発射できる方が高火力だ。物体が持つ運動エネルギーは『質量×速度の二乗×1/2』であり、『握力×スピード×体重=破壊力』になるのは花山さんちの薫ちゃんだけの特権であろう。

 実家で兄が持っていたという漫画で読んだその方程式を覚えていたローズヒップが、どんな名門校であろうとも学生標準装備というべき悪足掻き精神―――『分からない時は知ってる事を書いて部分点狙い』の精神によってテストにその回答を書き、物理教師から呼び出されて『あの漫画大好きなのですが、聖グロでは共有できる人がいない』と嬉しそうに語られた話は、関係ない上にダージリンですら把握していない雑駁な情報である。

 

 脱線したが、ファイアフライはシャーマン標準装備の75mm砲ではティーガーに対抗できないから高火力砲を搭載しようという発想で改装されたものだ。40mm口径のマチルダの砲より遥かに大口径な砲であろうとも、黒森峰が保有する重戦車に対しては有効な攻撃が望みにくいということである。

 ではマチルダの2ポンド砲の火力はどれほどか。大戦当時の基準で通常の徹甲弾を使っている場合、500m以内の近距離ですらM4シャーマンの装甲を貫通するのに苦労するレベルであった。

 

 ここまでご覧になって分かる通り、実はマチルダはそこまで強力な車両ではない。経歴としては悪いという程でもないどころか、アフリカ戦線においては『対空砲を横向けて撃つ』というイレギュラーな手段でしか撃破されなかった無敵時代がある戦車である。だが開発時期があまりにも早すぎて、大戦中期以降の戦車と殴り合うという前提がそもそも無いのだ。

 戦車道で使用可能な車両は『1945年8月15日までに設計が完了して試作されていた車輌』である。そして技術ツリー的に仕方ないことであるが、当然ながら後期に設計された車両のほうが基本性能は高い傾向がある。

 島田家ご令嬢愛用のセンチュリオンや、西住家ご令嬢(先行生産型)が最も好きな車両として挙げているパンターF型辺りが、戦車道規定内で最も後期に造られた部類の車両であるといえるだろう。1945年生産組だ。

 では、マチルダはどうか。1938年である。アヒルさんチームが乗る八九式の1929年に比べれば新鋭車両であるが、強豪校が使っている車両の中では最も旧式の部類に入る車両となる。

 

 聖グロ三種の神器のうち、最後の1つであるクルセイダーはどうか。

 クルセイダーは装甲にはあまり期待できないが、速力がある『巡航戦車』という分類の車両だ。マチルダとチャーチルは『歩兵戦車』であり、速度は捨てて装甲に比重を置いている。

 以前ダージリンが口にしていた『36時間無故障で動けば奇跡』という英国式自虐ジョークのように、駆動系の信頼性に問題を抱えるじゃじゃ馬・駄々っ子の類ではあるが、カタログスペックでの戦闘力そのものはかなり高い。

 

 リミッター付きで時速43km。この時点でチャーチルの倍以上だが、リミッターを外せば時速60kmほどの速度が出たとも言われており、この速度は『第二次大戦期最速の戦車』ことクロムウェル巡航戦車にも匹敵する。一方でリミッター付きでも前述のロイヤル自虐ジョークが出てくる整備性なので、リミッターをトばした場合のエンジンの駄々っ子ぶりは凄まじいが、そこは整備班の頑張りに期待だろう。

 火力としては初期には2ポンド砲、後期には6ポンド砲を搭載しており、聖グロで運用しているのは6ポンド砲。これは57mm砲に相当する口径であるが、弾速が速いため装甲貫通力は意外なくらい高い。

 仮に装弾筒付徹甲弾(APDS)を使っていたならば、砲弾初速は秒速1,200mオーバー。装甲貫徹力は500m距離で160mm厚、1000m距離で140mm厚という記録が残っている。これは装甲傾斜を加味しても、プラウダや黒森峰の重戦車に対して有効射が望める貫通力だ。

 

 ―――以上を鑑みた上で、もう一度最初の文章を見直してみよう。

 聖グロリアーナ女学院の戦車道は、チャーチル歩兵戦車、クルセイダー巡航戦車、マチルダ歩兵戦車を主力としての強固な装甲を活かした浸透を得意としており(・・・・・・・)、それを食い止めるのは困難である。

 

「―――っていうか選択肢がありませんよね。得意苦手以前に保有車両の機動性に難がありすぎて、チャーチルやマチルダの重装甲で押し込んで浸透しつつ、要所でクルセイダーを投入してひっくり返すしかないと言いますか。重装甲が売りなのは分かりますが上位互換の車両を多く保有している黒森峰にどう対抗しろ言うのですかOG会のオバサマたちは」

「ダージリン様、お口が悪いです」

「これまで散々苦労させられて来たのです。これくらいおディスりあそばすくらいは許されるでしょう」

「OG会の中には半べそ、或いは全べその方もいらっしゃいましたが」

「わたくしはルール無用の口喧嘩においては、同年代の戦車道女子で最強を自負しているわ」

 

 聖グロリアーナ女学院の学園艦。その中でも紅茶の名前にちなんだ称号を継承した、戦車道女子の幹部クラスのみが立ち入りを許される『紅茶の園』と呼ばれるクラブハウスにて、ダージリンとオレンジペコの会話である。

 西洋風の庭園が見えるテラスにて優雅にソファに腰掛けるダージリンと、その斜め後ろに従者のように控えるオレンジペコ。ダージリンの眼前にあるテーブルでは、4名分のティーセットが並べられている。

 当然ながらこの両者が1人頭2人分のお茶を嗜んでいるわけでもなく、先程までの戦場―――というにはあまりに一方的な殺戮の場においては、オレンジペコはあくまで付き人のような役割で紅茶を淹れてお出ししていたのであり、1人分はダージリンのもので残り3人分は客人にお出しした分である。

 散々に言い負かされてお帰り(敗走)になられたOG会の方々が残した茶器を楚々とした動作で片付けに入りながら、オレンジペコはダージリンに向けて苦言を呈する。

 

「……これならせめて、アッサム様にも同席して頂いた方が良かったのでは」

「あら? ペコは私が本気で口喧嘩して、1対3くらいで負けると思っていたの?」

「せめてアッサム様にフォローに回っていただいて1:4くらいにしなければ、あまりに残酷かと」

「……あら? あの、なんでアッサムがあちらの味方になる前提で……」

「流石にあの勢いでボコボコに言い負かされてるのを見れば、アッサム様なら多分途中で慈悲を見せてストッパーになると思います。というか私、OG会の皆様から滅茶苦茶『助けて』『止めて』という目で見られていたのですが」

「先にペコを侮って、『新任の幹部候補生ごときの口出しは認めない』と言ってきたのはあちらでしょうに。その後で前言を翻してペコの発言を求めようとしてくるのは予想できていましたので、もし目じゃなく口で求められていたら良さげな攻撃材料にしたのですが……チッ、運か勘が良いですわね」

「手心……」

 

 ここで起きたのは、それはもう目を覆わんばかりの酷い虐殺だった。

 マチルダ、チャーチル、クルセイダー以外の車両を大会に出すことを主張するダージリンに対し、聖グロのOG会が批難を突きつけに来たのが事の発端だ。

 

 元々戦車道女子のOGで結成されているマチルダ会、クルセイダー会、チャーチル会のそれぞれのOG会は聖グロ学園艦の資金面での後援者でもあり、同時に学園艦の運営方針や戦車道のチーム編成にまで口を出してくる影響力の強さを持っている。

 それらのOG会の過干渉のせいで強力な戦車の新規導入が他校より遅れてしまっているのが、聖グロリアーナの泣き所だ。財政的には裕福な部類の学園艦なのだが、車両戦力としては強豪校の中で一枚劣る理由である。

 当然ながらダージリンが主張した内容に対してもOG会は猛反発を見せて、生意気な後輩を教育してやろうと肩を怒らせて各派の代表がやってきた。示し合わせての訪問はダージリンを徹底的にやり込めてやろうという意思表示でもあっただろうが、ダージリン側から誘導した結果でもある。

 

『別にこの3つのOG会は仲が良いわけではないの。むしろ普段は反発し合う関係ですので、どのOG会と先に会合するかを悩んだりチラつかせたりすれば、他の会より優位に立ちたいOG会のお歴々が同時に来るように仕向けるのは割と簡単ですわね』

 

 オレンジペコからすれば何が見えてて何を読んでいるのか不明であったが、OG会との会合の日取りを決める際のダージリンの弁である。

 会合の形がそうなるように仕向けたダージリンの意図が分からなかったオレンジペコは首を傾げていたし、ダージリンと同じ三年生で付き合いも長い筈のアッサムも同様だった。

 各派閥の代表者が一同に介するという事は口撃を発する口の数も3倍になるという事で、単純に不利になるのではないかという両者共通の疑念は勿論あった。そして同時に、ダージリン様の思い描いた流れになっているなら大丈夫だろうという理解放棄と信頼も共通の内心だった。

 果たしてその予想と信頼通り、あるいはそれ以上にダージリンは相手をボコボコに言い負かしたわけであり、先程まで痛烈な皮肉を飛ばしていた口が冷めた紅茶を小さく啜る。

 

草船(そうせん)借箭(しゃくせん)。曹操丞相、ありがたく矢を頂戴しますとでもいうところね」

「三国志演義における赤壁の戦いで、3日で10万本の矢を集めろという周公瑾からの無茶振りを諸葛孔明がこなした逸話ですね。霧が深い時に藁束を積んだ船で魏軍に近付いて、藁束にさんざんに撃たせた矢を回収して用意したという。……えぇと、それと今回の虐殺になにか関係が?」

「虐殺て。ペコ、今日の私は諸葛ダージリン孔明よ。今回の私は一本の矢も自分で用意していないわ。全部OG会の皆様のお力で殴り勝ったの」

「はぁ」

 

 曖昧な返事を返しながら茶器を片付けるオレンジペコであるが、諸葛ダージリン孔明としては特に妙なことを言ったつもりはない。今回の論戦で彼女が武器としたのは、とにかく相手のお出しした発言や交渉カードだった。

 そもそもOG会のどれか1つだけを相手取って順繰りに論戦せずに3つ纏めて相手した理由は、OG会同士の関係性を利用する為である。OG会は同じ戦車道女子同士であるのだが、推し車両の違いによって反発し合っている。そこで仲良く出来るなら、そもそもOG会が三国鼎立していない。

 ダージリンが新車両を導入したいと打診した事に対する反発で一時的に纏まって行動してこそいたが、彼女達の弱点はそこだった。同行している他のOG会に対して優位に立つために、彼女達は必要以上の見栄を張ってしまったのだ。

 

 ―――会合の序盤でダージリンに対して『歴史ある聖グロリアーナ女学院の隊長として、その伝統を自ら穢すような行いをするとは何事か』という趣旨を向けてきたOG会に対し、ダージリンはへりくだった。ヨイショした。持ち上げた。

 

『皆様のような華々しい歴史を築いた方々に続く身として、いつまでも他の強豪校の後塵を拝するわけにはいかないと思いました』

『わたくしが愚かでした。皆様ならば勝てるのに、わたくしはどうして勝てないのか。悩み、苦しみ、その結果がこれです。ああ、申し訳ありませんでした』

『懺悔いたします。わたくしは皆様ほどの力がないが故に、軽々しく邪道に手を染めようとした愚かな後輩であると』

 

 背後のオレンジペコが見たことのない生物を見る目を向けてくるくらいのヨイショであったし、これが1:1の会談であるならば、流石に人生経験豊富な先輩方は踏みとどまったであろう。

 『皆様ならば勝てる』と言われても、実際のところは彼女達の世代も勝てなかったからこそ、聖グロリアーナ女学院は未だに全国大会での優勝経験が無いのである。出来もしない事に対して軽々に頷く危険性を、実はOG会の代表3名は内心ではしっかり理解していた。

 

 しかし自分以外にも他のOG会の代表が同席しているという事実と、OG会同士の対抗心がブレーキを破壊した。自分ができないと主張して、他ができると主張した場合、今や救世主(メシア)でも崇めるかのように尊敬の眼差しを向けてきている後輩からの尊敬は他に向かうだろう。それは即ち、後輩に対する影響力の多寡に直結する。

 故に脳内では警鐘が鳴っている状態でありながらも、OG会の各代表はダージリンに対して鷹揚に頷いて、淑女の余裕を持って対応した。あと、キラキラとした憧憬の眼差しと褒め言葉がちょっと心地よかった。

 

 そしてひとしきり美辞麗句によるヨイショとそれに対する返答が終わった辺りで、ダージリンは憧憬の眼差しを先輩方に向けたまま、ソファの影に用意していたものをオレンジペコに指示して取り出させたのだ。

 

『―――では、ご教授願いますわ! ああ、わたくしではどうしても、黒森峰女学園に勝つ手筋が見つかりませんでしたの! どうか先輩方、迷える子羊に道をお示しくださいませ! 黒森峰側の打ち手は、未熟ですがわたくしが務めさせて頂きます!』

 

 宮古少年が幼少期に触るのを禁止されていたという、戦車道の盤上演習セットである。しかもキッチリ、黒森峰女学園の戦車と聖グロの戦車が用意された状態だ。つまり、『勝てると断言したので、その手段を教えてくれ』という事だった。

 ここに至って、OG会の代表達は窮地に気付く。前述の通り、彼女達も全国大会優勝が成し得ていないのである。いきなり『じゃあマチルダ、チャーチル、クルセイダーで黒森峰に勝ってください』と言われても、少々ならず無理があった。

 

 ではここで『ブランクが有るので今は無理。全盛期ならば』とでも言い逃れるか。『教えを請おうなどとは図々しい。真の淑女ならば自らの手で道を拓くのです』とでもお逆ギレをおカマしになるか。

 しかし自分以外にも他のOG会の代表が同席しているという事実と、OG会同士の対抗心がブレーキを破壊した。自分ができないと主張して、他ができると主張した場合、今や救世主(メシア)でも崇めるかのように尊敬の眼差しを向けてきている後輩からの尊敬は他に向かうだろう。それは即ち、後輩に対する影響力の多寡に直結する。

 加えて盤上演習の対戦相手―――仮想黒森峰女学園の戦車を動かすのはダージリンだ。現役時代のライバルには勝てなかったものの、この後輩さえ上回れば格好をつけたまま乗り切ることは可能ではないか。

 過剰にへりくだって自信が無さげな態度を取っていたダージリンの姿が、『ここまで尊敬してくれる子に格好悪い姿を見せるわけには』『ここまで自信なさげな子ならば勝てるのでは』という二重の意味で、OG会の代表達の逃げ道を塞いだのである。

 

 ―――当然のように、結果はダージリンの全戦圧勝であった。

 そして勝ち終えるや否や、ダージリンは無害な羊の仮面を脱ぎ捨てた。輝くような笑顔のまま、OG会のお歴々がこれまで言った発言をそのまま拾って投げ返すのである。

 

『あれ? どうしたのですか? まさかご自分に出来ない事を出来ると主張して、わたくしを面罵していたわけではありませんよね?』

『まさかまさか、聖グロリアーナ女学院の規範として尊敬されるべきOG会の皆様が。これはただの偶然。1回では運と言えるかもしれませんので、5回もやれば言い逃れは不可能になります』

『……気品と覚悟を以て臨めば可能であると仰ってましたよねぇ? 何故、見本を見せてくださらないのです? どうして覚醒しないのですか?』

 

 仮にこれが1:1の会談であるならば、流石に人生経験豊富な先輩方は切り返しが可能だったろう。それこそ論戦の土俵に上がらずに、OG会からの出資の減額などを叩きつけたり、無礼な後輩に対してお逆ギレをおカマしになり、対話を拒否すれば傷は浅い。

 だが他のOG会もこの場に同席しているという事実が、彼女達の退路を断っていた。他のOG会がそういう態度を見せたところで、度量を見せてフォローに入れば? 後輩や学園艦に対する影響力としては、最初にお逆ギレをなさったOG会は落ち、フォローに回ったOG会は上がる。流れ次第ではお逆ギレなさったお嬢様を連れて帰るという名目で、株を落とさないまま帰る事すら可能だろう。

 故に誰も彼もが、先んじての対話拒否カードを叩きつけられなかったのだ。一番最初に飛び出せば、一番被害を喰らうのは目に見えているからこその睨み合いである。

 

 この辺りはダージリンが会話の端々で掣肘していた結果でもある。大きなところでいえば一番最初にダージリンがお逆ギレのような発言をして、『淑女らしからぬ振る舞いだ』とOG会の方々から面罵を喰らう流れを見せていた。

 目の前の後輩を思い切り叱り飛ばし、後輩もそれを受け入れて『淑女らしからぬ振る舞いでした。あのような恥ずかしい真似をしてしまうとは』と涙ながらに謝罪をして、OG会が度量を見せてそれを許すという流れを最初に挟んでいるのだ。

 ここで前言を翻しては、後輩への影響力はおろか。同席している他のOGの代表からその話がOG会に流れ、発言者のお嬢様力もとい影響力は失墜するだろう。退路は無かった。

 

 結局さんざんに言い負かされたOG会のお歴々が、ダージリンが提案する新車両導入―――というか復活を受け入れて、ほうほうの体で逃げ帰る事でこの場は収まった。

 半べそ或いは全べそで逃げ帰ったOG会の各代表については、後で適宜彼女達の面子に配慮したメールでも送っておく必要があるだろう。ボコボコに言い負かされて泣きながら帰ったのではなく、公式発表としてはOGのお歴々が寛大にも新車両の試験的な導入を認めてくれた形にすれば、OG会も傷が浅い。

 外交とは押しの一手だけではなく、時には交渉相手に対する配慮含めて“勝ちすぎない”という事が大事なのだとは、ダージリンの考えである。別段OG会の面目を潰して出資を減額されたいわけでもなし。であれば、そこが落としどころだろう。

 

「なんにせよ、これでアールグレイ様が残したあの車両が実戦投入できますわ。黒森峰には当日までバレないように、厳重に注意するように」

「はぁ」

 

 生返事をするオレンジペコに対して満足気に頷いて、ダージリンは冷めきった紅茶を一息に飲み干して、ティーソーサーの上にカップを置く。

 クロムウェル巡航戦車。第二次世界大戦最速の戦車とも呼ばれる“切り札”を、聖グロリアーナ女学院が準決勝で投入する少し前の話だった。




 ちなみに聖グロがクロムウェル持ち出すのは原作通りです。
 準決勝でニルギニさんが乗って頑張ったらしいですね。
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