すまないまほ姉、でもTigerさんが出てくるTier帯だと経験値箱みたいな扱いになってしまっているのが悪いんだ。開発さん、Tigerさんにもっと活躍の目を。
でも相手がこっちを視認できてない距離からクロムウェルで一方的に狙撃すんの楽しいのぉ……!!
「蝶野教官、今日の戦車道の授業ですが」
「ええ、午後からでしょう。準備はできてるわよ」
さて、県立大洗女子学園が戦車道を復活させるにあたり、その教官として呼ばれた蝶野亜美一等陸尉。
陸上自衛隊の富士教導団戦車教導隊所属、かつ日本戦車道プロリーグ強化委員―――言ってしまえば日本最高峰の戦車乗りである彼女を、生徒会長である角谷杏は『個人的なコネ』で引っ張ってきたと豪語していた。
果たしてそれはどんなコネなのか、或いはどのような取引があったのか、蝶野さん実は暇なのか。様々な憶測が飛び交っているが、ともあれ弱小どころか殆ど新規に戦車道を設立するような高校への指導者には勿体無い実力と立場を持っているのが、彼女こと蝶野亜美一等陸尉である。
と、まぁ。肩書と腕前は物凄いが、蝶野亜美という一個人を指して話をするならば、非常に豪放磊落で大雑把という、いわゆる“女傑”である。同じ女傑と呼ばれるタイプでありながら、西住しほとはかなり角度が違う人物像の持ち主だ。
そして、そんな彼女の待機部屋として誂えられた大洗女子学園の一室に、報告書らしき文書を持ってやってきたのは河嶋桃。角谷杏の腹心と言える生徒会役員で、役職は広報。片眼鏡が似合う理知的そうな少女だった。
ただし、河嶋桃という少女は実際にはそこまで理知的とは言えず、一枚皮を剥けば感情的で激情家という人物なのだが。
「何か予定変更でもあった? それとも、会長さんから何か無茶振り?」
「いえ、実は不審者が出まして。その影響で戦車道の訓練を30分ばかり遅らせたいので、その旨をお伝えに」
「あら不審者? ふーん、それこそ陸自のお姉さんにお任せ案件じゃない?」
ちなみに当然ながら陸上自衛隊である蝶野一尉は、戦車の運転のみならず兵士としての基本技術を備えている。戦車乗りとして超一流だが、他の能力とて並では富士の教導隊は務まらない。
果たして不審者は泥棒か、まさか暴漢か。どちらにせよ、専業の兵士の敵ではない。
自信満々に胸を叩き、待機室のソファから腰を浮かした彼女は、
「任せて良いのですか? 不審な―――ホモなのですが」
「あ、すいません。それ陸自の管轄外」
―――静かにそっと座り直して聞かなかったことにする事に決めたのだった。
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さて、話は少し遡る。昼前の大洗女子学園の門前にて、『これが女子校かー』などと考えながら、修景がぼんやりと校舎を眺めていた頃に、だ。
別に修景も、授業中の学校に入ってみほを呼び出そうなどと考えていたわけではない。それをやっては、みほ個人が悪目立ちしてしまうだろうし、そもそも学校側が応じてくれるかどうか分からない。
学校終了後にでも、みほの携帯に電話して大洗に来ている旨を伝えれば良いかと思い、しかし時間を持て余したので、昼時の大洗女子学園をひと目見ておくかと近くまで来た程度の話だ。
長居しては不審者だろうなと思いながらも、妹が通っている学校を校門前から『へー』程度の感覚で眺めていた修景。
彼自身、通っている学校が男子校なので、女子校というのは謎の物体Xだ。どんなものなのだろうかという興味はあったが、別に外観は何も変わらないなという結論に至る。
歩いている生徒が女性ばかりか男性ばかりかの違いでしかないなと結論を下し、さて終業頃までどう時間を潰すかと踵を返したところで。
「あの、すいません。ウチの学校に何か御用ですか?」
と、パッツンとしたおかっぱ頭の黒髪の少女に、声をかけられた。
腕を見れば『風紀委員』の腕章。職務熱心で生真面目な風紀委員、園みどり子―――通称『そど子』である。
ちなみに風紀委員は皆おかっぱ頭であり、その髪型の長短、そして顔のつくりで判別するしかない。
「ああ、妹がこの学園艦に通ってるんで会いに来たんですよ。ただ、日中ちょっと時間を持て余して。自分男子校なもんだから、女子校ってなんかこう全体にリボンとか花とかピンク色とかで彩られてたりするのかなと、余した時間で見に来たんですが」
「はぁ、なるほど。ご感想は」
「男女比の逆転以外、特に変わらないなぁと」
「そりゃそうですよ。御嬢様学校というわけでもないんですから」
はぁ、と溜息を吐いたみどり子が困ったような視線を修景に向ける。
修景も、生徒の親族とはいえ、門前でボケーと女子校を眺めている男性など不審者であるのは一目瞭然なので、苦笑交じりでその視線を受け入れる。加えて言うならば血の繋がりは無いので、厳密には親族ですらない。
「まぁ、すぐ立ち去ります。不審なようなら身分証とか出した方がいいですか?」
「いえ、立ち去って頂けるならそれ以上は。……一応ここ、女子校なんでそれをじっと見てるのは不審者ですからね?」
「それはご尤もです。申し訳ない」
そして、フンスと鼻を鳴らしたみどり子に対して修景が頭を下げ、そこで話は終わる―――筈だったのだが。
「あ、ホモのお兄さんぜよ」
「待て」
校門近くを通り掛かった歴女さん集団の中で、みどり子に注意されている彼を発見したおりょうさんの一言で、事態は一気に混迷化の一途を辿ったのである。
いつもであれば歴女さん集団の服装規定の違反を咎める風紀委員が、彼女らへの注意よりも最優先で、スススとすり足で修景から距離を取った。
「え……ほ、ホモのお兄さん? あ、もしかしてあんたらの誰かのお兄さんなの!? しかもホモ!!」
「全て間違ってる! 風紀委員さん、あんたの今の発言に事実と合ってる部分一個もない!!」
「そうだぞ。我々は昨日、戦車道の練習終了後にこの御仁に声をかけられ、戦車道について色々聞かれたり、ホモについて色々話されたりしただけだ」
「そっちは強ち全て間違いとは言い切れない、というかだいたい事実なのが辛い!!」
みどり子が思わず叫ぶが、修景と左衛門佐が各々みどり子の発言を訂正する。
しかし、左衛門佐の発言の『戦車道について』の部分に、みどり子がハッとしたように顔色を失う。
「まさか、この学校の生徒の縁者を装っての、ウチの学校の戦車道に対する他校からの偵察とかじゃないでしょうね!?」
「男子校なんですけどウチ!?」
「怪しく見えない第三者をスパイとして雇用するなど良くある手だな」
「薩摩弁で話しかけて咄嗟に応答しない輩は間者。江戸の間者が薩摩で活動しにくかった理由ぜよ」
「言っておくが俺熊本から来たから多少なら薩摩弁やれるぞ」
「マジぜよ? ……しまった、間者の識別手段が」
「えっ、なに? 俺熊本から来てなかったらマジで間者扱い不可避だったの?」
脱線し始めた会話を聞きながら、風紀委員であるみどり子は思考を回転させる。
戦車道を偵察に来た他の学校のスパイ―――正確には、他の女子校の誰かに頼まれたスパイという可能性。ゼロではないが、低い可能性だろう。だが、ゼロではない以上、無視も出来ない。
生徒会が強く推し進めている戦車道復活。生徒会長は大きな目的を持って、今年の大会に打って出るつもりでいるのだから。
故にみどり子は、思考を纏めて修景に向き直る。ただし、若干及び腰なのは致し方ない所であろうか。
「えーと、お兄さん。任意同行で中まで来て貰っていい? 私は生徒会にこの人について報告してくるから、貴方達はこのお兄さんに同行お願い。さっきの話が本当なら、お兄さん暇なんでしょ。女子校の中まで見れるまたとない機会よ」
「いや確かにそうだけど、女子校に男を入れるのは大丈夫なのか?」
「ホモなら誰かが毒牙にかかる危険も無いでしょう?」
「だからそれは誤解だァ!?」
そうして、互いに余りに余りの展開からか思わず敬語も外れたそど子と修景。
結局、『万一があるので任意同行』という方針を取ったそど子が生徒会へ知らせに走り、知らせを受けた生徒会から教官である蝶野一尉に話が向かった結果が、先の河嶋桃と一尉のやり取りなのであった。
そして、そど子が生徒会へ向かっている間。
宮古修景は、後にカバさんチームと呼ばれるようになる歴女集団と、またも中身が無い雑談に興じる事となったのだった。
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「まさかここまで追ってくるとはな……」
「黒船来航、しかも2度目ぜよ……」
「いや、別に君らに会いたくなかったしその前に言うことあるよね? 『ホモのお兄さん』という称号について言うことあるよね? 風紀委員さんめっちゃ誤解してなかったかアレ。いや確かに歴史ネタだからっていきなり四頭像から入った俺も悪かったが」
場所は変わって、大洗女子学園の戦車道ガレージ前。壁に背を預けて座る修景と、その周りに思い思いに座る歴女達という構図である。
任意同行でここまで連れてこられた修景は、昨日遭遇した
それをまぁまぁと宥めるのは
「お兄さんが本当にこの学校の誰かの縁者なら、誤解が解ければすぐに解放されるだろう。実際不審者だったのだし、任意同行なのだから多少は勘弁してくれ。しかしどうにも、ウチの生徒会は戦車道に対してガチというか過剰というか。拘束しなくても良い気もするのだがな」
ううん、と言いながら首を傾げるカエサル。
この時点では、文科省役人から角谷杏生徒会長が引き出した『戦車道の大会で優勝すれば廃校回避』という話は戦車道履修者にも基本的に伝わっていないため、彼女も過剰といえる対応に困惑気味だ。
そのカエサルを横に、
「そもそも、お兄さんは……ああ、そう言えば我々のソウルネームは名乗ったが、お兄さんの名前は聞いていなかったな。名前を聞いても?」
「宮古修景。学年は3年」
「おお、背も高いからお兄さんと呼んではいたが、やはり先輩だったか。で、お兄さん。最初に我々に会った時から、何やら戦車道に拘っていた様子だが。それは何故だ?」
「ああ、それな」
左衛門佐の質問に軽い調子で言葉を返しながら、修景は頭を回転させる。
果たして、西住流の名を出しても良いものか。迂闊に名前を出して、戦車道を履修していないであろうみほに、『是非戦車道に!』などという勧誘が行っては目も当てられない。
その懸念は既に手遅れなのだが、それを知らずに考えを纏めた修景は、西住流の名を出さずに話を進める事にする。なお、この判断が後に誤解を拡大する結果に繋がるのだが、それは今の彼には知る由もない。
「俺がガキの頃に亡くなった母さんが、戦車道やってて結構いいとこまで行ったみたいなんだよ。だから戦車道って聞くと、どうしても気になってな」
「む、御母堂が……それは失礼。不躾な事を聞いた」
「良いって。傍目からは分かる話じゃないし、俺もそこまで引きずってるわけじゃないし」
更に詳しく話すと、その母が亡くなったことにより修景は天涯孤独となり、母の友人の家に引き取られたという、外から見るとかなりハードな人生を送っているのだが、これも自分から言うことではないと思い、軽く苦笑するに留めておく。
代わりに、話題転換代わりに口に出したのは軽い愚痴だ。
「おかげで身軽なもんだから、妹の様子を見に熊本から来たんだが、バイクで来るのはヤンチャし過ぎだったわ。おかげで疲れるわ、思ってたよりずっと時間がかかるわ」
「ほう。宮古殿はバイカーという奴か?」
「ああ、この春休みに免許合宿で免許取った。おかげで妹の転校前に顔合わせもできなかったってのが、我ながら間が悪いが」
「どう計算しても免許取得から1ヶ月経っていないのに熊本からここまでバイクとか、無計画すぎるぜよ……」
戦車の運転も疲れるからバイクもきっと疲れるのだろうと、引きつった笑みをおりょうが浮かべる。幕末大好きな彼女は、
ついでに言うと、この春から戦車道の授業で戦車を乗り始めた彼女らとそう変わらないキャリアでバイクで1,300kmを超える旅をする修景は、歴女軍団から見てもやっぱり無謀だった。
「そもそも熊本からここまで来るにしても、移動手段は選ぶべきぜよ。幕末での薩摩は―――」
そこからおりょうの歴史語りが始まり、割合歴史系好きな修景がそれに耳を傾けている間に、左衛門佐が修景について分かった内容を素早く紙にしたため、後ろ手に修景の死角となる近くの茂みへと放り投げる。
すると、そこで待機していた風紀委員―――先程の『そど子』ではなく、『ゴモヨ』と呼ばれる少女がそれを拾い上げ、素早く撤退。生徒会室へ情報を持っていく。
選択科目に『忍道』とか『仙道』とかある世界は伊達じゃなかった。地味に左衛門佐、三号突撃砲を発見した状況は『竹筒で呼吸を確保しながら水中捜索』という水遁の術状態であったことを考えれば、1年生時の選択科目は忍道だったのかもしれない。
かくして、新たに分かった修景の情報が生徒会室へ持ち込まれ、そこから更に蝶野一尉へ伝播し―――
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『蝶野教官、新たな事実が判明しました。どうやら不審者はただのホモではなく、無計画なホモのようです』
『無計画なホモって何!? いや、計画的なホモも問題だけど!!』
外見クール、実はかなりのポンコツな河嶋桃フィルターを通された情報に、現役陸自が存分に混乱しているその頃。
生徒会室にて先んじて報告を受けていた生徒会長、角谷杏。彼女は判明した不審者の名前に首を捻っていた。
「宮古、宮古ねぇ。結構珍しい名字だけど、うちの学校にそんな名前の奴は居たっけ?」
「在籍者、確認できませんね」
「んー、となるとそいつが嘘を言っているって事になるんだよねぇ」
この学校の戦車道について調べている怪しい無計画なホモが居る。
風紀委員からそのような報告を受けた杏は、飄々とした様子を崩さないままで―――内心で『怪しい無計画なホモってなに!?』と疑問には思ったが、副会長である小山柚子に命じて、生徒名簿から判明した不審者の苗字と生徒の苗字を照らし合わせるように命じた。
備品のノートパソコンに向かい合っていた副会長からの返答は、該当なし。『妹がこの学校に通っている』という不審者の言葉は、著しく信憑性が落ちることとなる。
これが前述した、西住流の名を出す事を厭った修景が引き金を引いてしまった無駄な混乱である。
「他校の知り合いに頼まれて戦車道の偵察に来た可能性、か。別に現状、見られて困るもんなんか無いしさ。戦力だって、ほら。次の日曜に聖グロに練習試合申し込んでる時に全部吐き出すわけだし。むしろ、ウチの現状の貧弱な戦力で油断してくれたほうがラッキーまであるんだよね。ただ、どこが現状のウチをここまでマークしてるかってのが問題で―――」
「……あの、会長。今、戦車道を復活させたばかりで」
「うん?」
「廃校を避けるため、優勝に向けて手一杯ですから、私達の目は戦車道関連にばかりに向いてますけど」
「うん」
「戦車道はただの言い訳で、ただの女の子狙いの不審者って線は? 女子校に忍び込んで云々って不審者、ニュースでたまーに見るじゃないですか」
「……」
そして、柚子の言葉を聞き『あちゃー』と言わんばかりに、掌で自分の額をぺちんと叩く杏。
「その可能性は考えてなかった。その不審者は今どうしてんだっけ?」
「ガレージ前で歴女集団と雑談しているようです。そういえば、そろそろ練習の当初の予定時刻なので、他の方々もガレージの方に向かうんじゃ……」
「あっはっは………」
そして、昼行灯ではあるが学園艦を、ひいてはそこに通う生徒たちを愛する心は非常に強い生徒会長である角谷杏は、彼女にしては珍しく冷や汗を頬に一滴流しながら呟いた。
「やっべ」
「会長ぉぉぉぉぉ!?」
無論、この思考も修景が一部情報を伏せたが末のすれ違いなのだが。
破局は近い。
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昨年の黒森峰学園の大会決勝での敗戦から先、戦車というものそのものに苦手意識を抱くようになってしまった西住みほにとって、大洗女子学園での戦車道は新鮮だった。
同じ車両に乗るようになった友人である秋山優花里などは嘆いていたが、戦車の塗装が金ピカ、ショッキングピンク、側面にデカデカと『バレー部復活ッ!』などと書いてみたり、赤と黄色の目立つ塗装に何故か旗まで立ててみたり。
そういった戦車道の常識と外れた行為が、今の彼女からすればとても楽しく。すっかり戦車道全てに抱いてしまった苦手意識を超えて、彼女は今この学校での戦車道を、段々と楽しいと思い始める事ができるようになってきていた。
そもそも、黒森峰時代に発生したトラウマから、戦車、戦車道、或いはそれらが関わる全てのもの―――残念なことに、そこには黒森峰時代には確かに居た友人も含んでの全てに対して苦手意識を持ち、「楽しくなかった」と思ってしまっている彼女だが。
その根の部分では、戦車と戦車道そのものが好きなのだから、ある意味ではこの学校での戦車道そのものが、非常に効果的なトラウマへの治療となっていると言えるだろう。
性質・気質的に西住流のやり方が合わなかった事については彼女と家族の双方にとって不幸ではあるし、双方ともに互いへの対応を誤った部分はあるのだが、それでも彼女は根の部分で戦車が好きだった。
それを本人も自覚してくるのと、自分の戦車道を見つけるのはまだ先で、今は後にして振り返ってみればリハビリ期間とでも言うべき状態ではあるのだが。
ともあれ、戦車道の履修を生徒会に半ば強制された当初とは比べ物にならない明るい表情で、西住みほはガレージへの道を友人と共に歩いていた。
「あーあー、また派手に模擬戦とかやりたいんだけどなぁー」
「沙織はああ言っているが、模擬戦はやっぱり疲れるからな……」
「私としてはどちらでも……あ、でもちゃんと主砲が撃てる訓練が良いですね」
「私はまた西住殿の指揮で戦いたいので、模擬戦が良いですねー」
同じ車両―――ボロボロだったのを自分達で手入れした四号戦車D型に乗る仲間たちの声を聞きながら、ここ暫くは忘れていた笑顔と共に言葉を返す。
明るく優しく、華と一緒に自分に真っ先に声をかけてくれたクラスメイトの武部沙織。
朝に弱いが操縦技術は一級品の小柄な同級生、冷泉麻子。
いかにも大和撫子といった雰囲気の長い黒髪と芯の強そうな雰囲気を持つ、五十鈴華。
そして自分を慕ってくれる、戦車好きの秋山優花里。
いずれも、西住みほにとっては今の戦車道を共にする仲間だ。
「うーん……模擬戦に関しては、次の日曜日に聖グロとの練習試合があるって話だし、あってもなくてもおかしくないかなぁ」
「練習試合かー。勝てるかな?」
「相手は準優勝したこともある名門校だと申しますし。胸を借りるつもりで、ただし勝つつもりで行きましょう」
「それ以前に、私は麻子が朝起きられるかが心配だよ……」
「6時だぞ。人間が朝の6時に起きれると思っているのか」
「いえ、起きてる人いっぱい居ますけど」
「あれらは人類に良く似た宇宙人だ。気をつけろ、地球は狙われているんだ」
彼女自身は忘れかけているが、黒森峰時代にも友人と交わしていたような他愛ない雑談をしながら、仲間と共に向かったガレージ。
しかし、その前で雑談する一団を見た瞬間、みほは目を見開いて足を止める。
「お、歴女さん達、もう来てますね。格好から遠目にも分かりやす―――西住殿?」
「……おい、見たこと無い奴が居るぞ。男じゃないか?」
「えっ、嘘!? 誰々、誰かが彼氏連れ込んだとか!? 出会いはどこで!? どうやって知り合って告白はどちらから!?」
仲間たちの声が遠くに聞こえる。
ガレージに背を預けて座る、癖毛長身の少年。まだ、自分が小学校に上がったばかりの頃に母が連れてきた、血の繋がらない家族。
「……お兄、ちゃん」
「……え?」
戦車道に対しては関わりが薄く、中学に入ってからは自分で選んだ学園艦にさっさと進学してしまった兄。
最近は帰省のタイミングも合わず、顔を合わせる事も少なかった―――特に昨年の戦車道大会終了後は一度も会っていなかった兄の姿を目にして、実家と西住流という、今の彼女にとっての特大級の重石を思い出し、膝から力が抜けそうになる。
果たして彼は、何をしに来たのか。母の使者として自分を叱責に来たのか。或いは、またこうして戦車道を始めた事を叱りに来たのか。
思考がマイナスへマイナスへとグルグルと回転を開始し、膝から力が抜けかける。
それに気付いた沙織が、慌ててみほの身体を横から支えた。
「ちょっ……みぽりん大丈夫!? どうしたの!? 今、お兄ちゃんって……!!」
そして叫んだ沙織の声に気付いたのか、ガレージ前で話し込んでいた歴女+αが彼女たちを振り返る。
それを受け、最初期にみほの事情を沙織と共に聞いていた華は、凛とした表情でみほの兄からみほを隠すようにさりげなく立ち位置を変える。
「お兄ちゃんって事は、みぽりんの実家の……麻子、みぽりんをお願い!」
「さ、沙織? 体格差を考え……っ!」
そして華同様に最初期に、みほが代々戦車道をやっていた家―――つまりは西住家の生まれで、その家から逃げるように転校してきた事実を聞いていた沙織もまた、その家からの来訪者と思しき少年に対し、みほを庇うようにして肩を怒らせて、精一杯の睨みを効かせる。
この辺り、武部沙織は恋愛脳ではあるのだが、それ以上に友人想いだ。見知らぬ男性への興味が、友人への情で吹き飛ばされていた。
ちなみにその後ろでは、貧血のように倒れ掛かるみほを、体格に劣る麻子が慌てて支える。というか、一緒に倒れ掛かって優花里に支えられている。
一方、歴女さんたちはその異様な雰囲気に、
「おう、関ヶ原のような空気だぞ?」
「いやいやこれはスターリングラード直前」
「ポエニ戦争もこのような空気だったのだろうか」
「戊辰戦争直前の空気ぜよ」
と、分かるような分からないような例えと共に首を傾げ。
修景は倒れ掛かって2人がかりで支えられているみほを、沙織と華の後ろに見つけて、慌てて腰を浮かしたところで、
「動くな、そこの不審で無計画なホモ! お前がこの学校の誰の縁者でも無いことは調べがついたぞ! ホモなのか女の子狙いの不審者なのかどっちかはっきりしないが、とりあえず大人しく投降しろ!!」
学舎の方から、メガホンを使っての大きな怒声。生徒会広報、片眼鏡のクールビューティー(※外観のみ)の河嶋桃の声である。
彼女のみならず、その背後にはずらりと並んだ風紀委員。全員が同じ髪型であるが、麻子は『あ、そど子が居る』などと言って自分と腐れ縁である一人を指差しながら、体格差でみほに潰されかかっていたりもする。
「……不審で無計画なホモ?」
「あの、西住さん。その人物をさっきお兄ちゃんと……」
そして、聞こえてきた余りに余りの言霊に、敵意も警戒も困惑に上書きされた沙織と華が、背後のみほを振り返る。
そのみほの―――先ほどまでの怯えとマイナス思考ではなく、斜め上のベクトルで飛んできた衝撃の事実(※誤解)で思考停止した表情を、後に沙織はこう表現した。
『FXで有り金溶かしたような顔』
と。
ともあれ、みほが再起動して修景のことを兄ですと証言し、そもそものおりょうさんの『ホモのお兄さん』発言の誤解についても、細かく聴取された結果、それも誤解と判断されるまで、ここから更におよそ30分。
宮古修景、ようやくの妹との対面は割と無駄な波乱と無駄な衝撃に彩られた物と相成ったのだった。
何割かは自業自得であった。
流石に可哀想なので、ホモ扱いは今回までです。誤解もすっぱり解けまして、次回はみほとの対話から。ただし、次の更新までは間が空きます。
ちなみに今は、原作で言う3話の時期ですね。
あ、ちなみに次の更新まで、リアル事情でドタバタして少し間が空きますのでご了承下さい。
あと、戦車の名前について三号突撃砲は正確にはⅢ号突撃砲とかで誤字修正の指摘をくれている人が居ましたが、Ⅲだと機種依存文字になって、表示するデバイス次第だと文字化け、もしくは表示できない可能性があるそうなので、その辺わざとだったりしますのでご了承下さい。
今回の四号も正確にはⅣ号なんですけど、これも機種依存文字なんですよねー。