「もうツッ君たら、勝手に学校サボっちゃったりしてー。昔はこんな悪い子じゃなかったのに」
「……………ちょっとやめてよ母さん。俺も後悔しているんだからさ」
正直な話、本当に後悔していた。ツナとしてもあんな騒ぎに巻き込まれるつもりなんて無かったのだ。しかし運命は残酷かな、ツナは通り魔に人質にされてしまい、結果として解決したものの警察に事情聴取&こんな時間に出歩いていたということで補導されてしまったのだ。
踏んだり蹴ったりなんて話しじゃない。
これならまだ学校に居た方が良かった。心の中で溜め息をつきながらツナは奈々に視線を向け、懇願する。
「だからこの縄を解いて下さい!」
そう、ツナは現在、居間にて天井から吊るされて居た。
全身を、特に両腕が背中で縛り上げている状態で、プラーンプラーンと吊るされていたのだ。
そう、まるで振り子のようにプラーンプラーンと。
「ダメよ。だってツッ君ってば縄を解いたら逃げ出すじゃないの」
「くそ、せめて手さえ動けば………………」
奈々の言葉にツナは悔しそうに歯噛みする。
そんなツナの顔を見て奈々は溜め息をつきながら呟く。
「ほんと、昔は気がそこまで強く無かったのに、どうしてなのかしらねー」
ツナは奈々の言葉に思わず顔を顰める。
それはそうだろう。今掛けているアリアから貰った眼鏡で見ずに済んでいるがあんなものを四六時中見て居たら気が強くなって当たり前だ。そう心の中で吐き捨てる。
気を強くしていないと一気に弱音を吐きだしてネガティブになるのだ。じゃなきゃこんな風にならない。元々ダメツナでネガティブ思考であるツナは自分にそう言い聞かせながら改めて自分の現状を見てため息をつく。
「どうしてこうなったんだ…………」
「おめぇが学校をさぼったからだろ」
「ひげぶっ!!?」
何処からともなく声がしたと思った瞬間、ツナの後頭部に土踏まずがフィットする嫌な音が響いた。
後頭部に走る激痛と衝撃にツナの首からグキっと嫌な音が響いて意識が遠のいていく。
「あ、ツッ君。この子が今日から貴方の家庭教師になったリボーン君よ」
「ちゃおっす。よろしくな」
薄れていく意識の中で最後に見て、聞き取れたのはのは母親の声とニヒルな笑みを浮かべたボルサリーノの帽子をかぶった赤子であった。
×××
意識が暗黒の海の中に沈んでいく最中、それを見た。
明らかに此方の世界とは異なる、本当に異世界としか言いようが無いその世界で十人の男女が巨大な獣から距離を取っていた。
獣はその口に竜を連想させるような巨大な爬虫類を連想させる生物を咥えており、次の瞬間にはバリバリと咀嚼していた。
皮を突き破り、肉を引き裂き、骨を嚙み砕く。バリバリと音が鳴り響き、口の中いっぱいに血の味が広がるのがとても心地良かった。
その光景を見ていた十人の内の一人は悔しそうに地面に拳を叩きつけた。
「畜生…………!! あいつ、あいつのせいで……………!!」
「よせ。落ち着くんだ――――――、我々では奴には絶対に勝てない。いや、そもそも滅ぼすことが出来るのかすら分らんがな」
地面に拳を叩き続ける男を、変てこなマスクを被った男が制止する。
「だがそれも今日までの話だ。遂に、作ることができたこの――の力なら、奴を封じ込めることができる!」
そしてコートの内側に手を突っ込んである物を取り出す。
取り出されたそれは七色の鮮やかな大きな石であった。それぞれ一つ一つが手の平に収まるくらいのサイズで、野球ボールぐらいの大きさだ。色はそれぞれに分かれており、虹の配色、つまりオレンジ、レッド、ブルー、インディゴ、グリーン、ヴァイオレット、イエローの七色。それぞれの色の石としてそこにあった。
特にオレンジの石は特徴的な形状をしており、何処かで見たことがあるような形をしている。
「この石は星の力そのもの。これならば奴を封じ込めることができる!! まぁ、多少予想を超えて時間とか平行世界とか私の予想を超えた力も持ってしまったが」
「おい、本当にそれ大丈夫なんだろうな?」
「私の予想を超える力を持ったんだ。それぐらいのことならば可能だろう。最も、全て予想に過ぎないがね―――――それに、もう時間も無い」
マスクを付けた男が視線を向けるように促す。
視線の先に映ったものは地獄としか形容できない光景だった。
あの獣が一歩動く度に大地が凍り付いていき、生命が死に絶えていく。
「セピラ、君もそれで構わないかね」
男に声を掛けられた女性も頷き、全員がマスクの男の意見に同意する。
「では、始めようか」
マスクの男がそう言うと全ての石を放り投げる。
そして七つの石からそれぞれの色の鎖が出現し、粗方食い尽くした獣に向かって飛来する。
鎖は獣を抑え込み、拘束し、縛り上げる。それに絶叫を上げながら獣は抵抗を始めるも、かなり頑丈な鎖なのかすぐに逃げ出すことはできなかった。
しかしそれも長くは続かない。そう判断した十人の男女は石に力を込める。
すると獣の背後に巨大な穴が出現し、獣はその穴に吸い込まれて消え去った。
吸い込まれる直前に、憎悪を抱いた瞳で男たちを睨み付けながら。
×××
「………………ッ、最悪の夢を見た」
酷く痛む頭を押さえながらツナはベッドから起き上がる。
随分と前に見たことがある懐かしい夢を見た。もう夢の内容など殆ど覚えていないというのにそんな感想しか出てこない。これがデジャヴというやつなのだろうか。いや、そもそもこの夢を自分は何処で見たことがあっただろうか。そう、あれは確かこの眼を手に入れる原因となったあの日だ。
その事を思い出したツナは何故か無性に情けなくなってくる。古今東西、あんな格好悪い、情けない方法でこんな能力を手に入れたのは自分だけだろう。こんな事を他人に話せる筈がない。笑われるどころか変な目で見られること間違いなしだ。
それはそうとして、どうして自分はベッドで眠っているんだろうか。ベッドに入った記憶が無いのだが。
心の中で疑問を抱いていると、視界の端に何故か見たことがあるボルサリーノを被った赤子が居た。
「よっ、目覚めたかダメツナ」
そして初対面と同時に酷いあだ名を言われた。
「今日からお前の家庭教師になることになったリボーンだ。よろしくな」
「何が「よろしくな」だ。ほら、子どもはとっとと親御さんの下に帰った帰った」
意識を取り戻したツナはリボーンと名乗るこの赤ん坊に諭すように声を掛ける。すると顎に衝撃が走り、大きく仰け反って眼鏡が吹き飛んだ。
蹴られた。今、間違いなく蹴り飛ばされた。しかも全く見ることが出来なかった。それどころか殴られて仰向けになった瞬間にようやく身体が認識した。
明らかに普通の赤ん坊じゃない、その事実を思い知らされたツナは己の眼でリボーンを視界に収める。
瞬間――――、
「がっ!!!?」
脳に掛かった負荷に悲鳴を上げた。
普段使っていなかった回路が強制的に稼働し、激痛が走る。
「成程な、急に使うとそうなるのか」
頭を抱えて悲鳴を上げるツナを見てリボーンは興味深そうに眺める。
そして一通り眺め終えると今度は転がっているツナの後頭部に蹴りを叩き込む。
後頭部に土踏まずがフィットする感覚を覚えたリボーンは情けない悲鳴を上げるツナに話しかける。
「俺はお前を立派なイタリアンマフィアのボスに育て上げる為に来た。と、いうわけでよろしくな」
ニヤリとニヒルな笑みを浮かべるリボーン、それに対しツナは今もなお悲鳴を上げながら転げまわっていた。
「少し黙れ」
そして再び後頭部に土踏まずがフィットすることになるのは言わなくても分かる話である。