夏、それは日本の四季の一つにして、一年を通して最も気温が高くなる季節でもある。
そんな夏にもはや欠かせない必須家電となっているのが『エアコン』である。
夏の暑さを吹き飛ばしてくれる手軽な空調設備は、快適な夏の救世主以外の何者でもない。
しかし、救世主といえど家電は家電。所詮は機械である。いつか寿命を向かえ動かなくなってしまう。
ただし、大抵の場合はその予兆を察知し寿命を迎える前に新品と交換するのだが。
「あ、あづいぉ~」
稀に、予兆もなく突然として動かなくなってしまう場合も存在する。
「も、もうだめ、なのですぅ……」
そして、そんな稀な事例が、猛暑日と言う最悪な日に起こってしまった最悪のケースが今まさに、南港鎮守府で起こっていた。
「あ、づ、い、で、ありまず」
「は! あきつ丸さん、汗! 汗!! 白い汗が流れてますよ!!」
エアコンが動かなければ室内の温度調整など出来るはずもなく。外気温に比例して室内の温度は右肩上がりを続け。
結果、南港鎮守府は今やサウナのような地獄へと変貌したのである。
こうなれば、もはや仕事どころではなく。
窓を開けて風を取り込み、艦娘達は各々のデスクでへばりながら少しでも涼を求めて団扇などを扇いでいるが、もはや焼け石に水なのは明白である。
「ねぇ、かがさ~ん。まだエアコン直らないんですか~」
「さっき提督がダイスキンさんに電話してたから、直ぐに修理の人が来ると思うけど……。この季節だから、少し立て込んで遅れるかもしれない、とは言っていたけど」
「しょ、しょんなぁ~」
隣のデスクに座る加賀にエアコン復活の見通しを尋ねるも、その見通しが不透明になるかもしれないと言う返答に、更に暑さが増した気がする村雨であった。
因みに、涼しい顔でデスクに座る加賀であるが。その秘密は彼女の足元にあった。
ある程度の大きさのバケツに水を入れ、そこに素足を入れると言う足水をしている為である。
「皆さん! これ位の暑さでバテていては立派な艦娘として漁師の皆様方に示しがつきませんよ!」
暑さを凌ぐ為上半身下着姿な者、アイスをくわえる者、足水をする者、団扇を扇ぐ者。そしてもう暑すぎて何のやる気も起きず大破状態な者。
そんな中で一人、榛名はいつも通りの正装で汗の一つも流す事暑さなんて何のそのな表情で激を飛ばしていた。
「は、榛名さ~ん。どうしてそんなに、平気な顔、してられるんです……」
「榛名は大丈夫だからです!」
答えになっていない答えを返されるも、暑さの為にもう一度質問する気力もない吹雪は、納得できないながらも無理やり納得して再び手にした団扇を扇ぎ始める。
「ブッキー、ぶっきー」
「ふぇ?」
「榛名さんにその質問は野暮ってもんだよ」
「え? どうしてです?」
「榛名さんは艦娘云々以前に、私達とは体の出来が違うのよ」
キャスター付きの椅子ごと近づいてきた村雨の言葉の意味が分からず首をかしげる吹雪。
それを見て意味が分かっていないと察した村雨は、更に説明を続けた。
「ブッキー、女性自衛官って知ってる?」
「はい。女性の自衛官、ですよね」
「うん。なら、WACは?」
「わ、枠?」
「枠、じゃなくてWAC(ワック)。女性陸上自衛官の略語だよ」
「へぇ~」
「で、榛名さんはそのWACなの、元ね。しかも、需品や衛生等といった後方職種じゃなくて、普通科。即ちバリバリの戦闘職種よ」
「そ、そうなんですか!?」
「えぇ。しかも、噂じゃレンジャー訓練に合格してるとか、特殊な部隊からお声がかかった事があるとか。それに、今でも昔の感を鈍らせない為に毎日ジムに通ってるって」
「ひ、ひぇー」
「だからこれぐらいの暑さ、レンジャー訓練なんかと比べたら榛名さんにとってはぬるま湯につかってるみたいなものなんだよ、多分」
榛名の意外な前職を聞いて思わず声が漏れてしまう吹雪ではあったが、次いで流石は才色兼備と感心し、自身もそんな強い女性になりたいと憧れの言葉を漏らすのであった。
「まぁ、とりあえずブッキーは腕立てぐらいからはじめたら……」
「はい!」
「とりあえず、エアコンが直ってから、ね」
話に一区切りつき、話で少しは紛れていた暑さが再び二人を襲う。
「と、所で、村雨さん」
「んぁ~、何ブッキー?」
「明石さんにエアコンの修理を頼んだりはしないんですか? 明石さん、元エンジニアならエアコン位直せそうな気がするんですけど」
「あぁ、明石さんね……」
何やら知っているのか意味深な言葉を零す村雨。
と、間を置き再び村雨が語り始めた。
「多分無理じゃないかなぁ。今の明石さん、とてもエアコン修理なんて出来る状態じゃないし」
「え、まさか暑さで倒れたんですか!?」
「違う、その逆。寒すぎて今仮眠室で嵐さんと一緒に布団にくるまってる」
「な、何があったんですか!?」
「んっとね。暑いからってお風呂でさっぱりしようと嵐さんと二人で入ろうとして、その際に嵐さんが『イワンの涙』をお風呂に入れたもんだからそりゃもう効果抜群で。で、二人ともガクガクブルブルって訳」
「イワンの涙?」
「あれ? ブッキー知らないの? この間『タンテッケ・ナイトスクープ』でやってたんだけど」
村雨曰く、イワンの涙とは所謂ハッカ油である。しかし、合成物と異なり純度の百の原液である為、その効果は合成物よりも数段高いとの事。
その清涼感は合成物の比ではなく、たった数滴で効果爆発との事。
所が、どうやら明石と嵐の二人は誤って用法用量以上をお風呂に入れてしまったらしく、その為現在二人は猛暑日であるにもかかわらず極寒地獄を味わっているとの事。
「ま、自業自得と言えばそれまでだけどね……」
「大丈夫でしょうか、明石さん、嵐さん」
「大丈夫でしょ、あの二人なら。……でもその前に、私達が大丈夫じゃなくなりそう」
心配する吹雪を他所に、村雨は暑い暑いと嘆き始める。
こうして自然と話題が途切れると、再びオフィス内から響き渡る様々な雑音が二人の耳に届き始める。
「こう暑い日は熱いもん食べて元気になるんが一番や! って事で、今日のランチはこの黒潮特製お好み焼きやーっ!」
「かぁーっ!! 何言ってるの! 暑い日こそ熱々のもんじゃ焼きだろっ!!」
「何言ぅとるんよ! そこはやっぱしお好み焼き(広島焼き)じゃろ!!」
「ちょ! それやとウチと言い方かぶっとるやん!! ちゃんと広島焼きってゆうてや!」
「なしてよ! そもそもお好み焼き(広島焼き)言うたらお好み焼き(広島焼き)じゃろ! 黒潮さんなぁ関西風じゃろ!」
「かぁーっ、たくっ! だったらやっぱりここは間を取ってもんじ……」
「なんでやねんっ!!」
「……おぅ、二人とも息ピッタリ」
暑さでイライラしてか些細なことで言い争っている者もいれば。
「鬼怒は……、この暑さを、い、いぬ、くぅ~」
「鬼怒殿、もうギャグでも何でもないのであります」
「そう言うあきつ丸は、もう酷い事になってるよ、白粉だけに、流れる汗がおぉ白い……」
「……、やっぱり鬼怒殿のギャグでもこの暑さは凌げないであります」
「し、四、フォー。……駄目だ、思い浮かばない、この暑さマジパナイ」
暑さで半ばおかしくなっている者もおり。
もはや皆限界に達しようとしていた。
「所で、村雨、さん」
「なぁ~にぃ~」
「提督は、どうしているんでしょうか?」
「そう言えば見ないねぇ……」
この一大事に、業者に修理を頼んだとの連絡以外姿を見せていない提督。
自身のオフィスで自分達同様団扇を扇いでバテているのかと想像するも、その直後、窓の外から何かを組み立てる音が聞えてくる。
「何でしょうか、あの音?」
「工事現場の音、とはちょっと違うような……。そもそも、音の発信源が物凄く近い気がする」
不思議と音の正体が気になった二人は、暑さでだれた体を何とか動かし鎮守府の外へと出てみる。
すると、南港鎮守府の敷地内の空きスペースで何やら作業している提督と秘書艦の金剛の姿が二人の目に映る。
「HEY! ブッキー、村雨! Just good placeネー、二人も手伝って」
「金剛さん、一体何やってるんですか?」
「見ての通り『Nagashi somen』デースッ!」
村雨が二人の作業内容を尋ねると、夏の風物詩である流しそうめんの単語が返ってくる。
その間にも、見慣れた第1種軍装とは異なり、炎天下の作業の為に頭にタオルを巻き自社の社名とロゴマークが描かれたTシャツ、それにカーゴパンツを履いた提督が黙々と作業を続けている。
「うわ……」
そんな提督の姿を見つめる吹雪は、ある事に気がついてしまった。
それは、普段第1種軍装を着ているために普段は見る事のない提督の二の腕の筋肉だ。
ボディービルダー程ではないにしろ、鍛えられ筋肉が付いたその二の腕は、男らしい逞しさに溢れていた。
「ブッキー、何見惚れてるんデース?」
「はわっ! す、すいません。提督って線が細いのかと思いまして……」
「ふふ、提督は着痩せするtypeですからネー。……まぁでも、元Navyだから……って、無駄話してる場合じゃないデース! ブッキー、そこにある脚と竹を紐で固定して頂戴」
「はい、分かりました!」
金剛の口から何やら気になる単語が漏れたが、吹雪は自身に与えられた役割を果たすのに必死になり、単語の事は頭の片隅へと追い遣られていた。
「それじゃ提督、私は村雨と一緒にdiningマーミヤにそうめんとdessertを取りに行って来るネー!」
「うん、よろしく」
「それじゃ村雨、Follow me!」
「はーい!」
こうして各々が自身の役割を果たし、準備を着々と進めていくこと数十分。
遂に、南港鎮守府の敷地内の空きスペースに数十人で楽しめる流しそうめんの台が出来上がる。
「よし、台もできたし材料も用意できた。それじゃ、自分は着替えてくるので、御崎さん、吹雪さん、皆さんを呼んできて下さい。それと村雨さん、水の用意お願いします」
「はい、は~い」
「それじゃブッキー、私達も皆を呼びに行くねー!」
「はい!」
金剛と共に再び南港鎮守府内のオフィスへと戻った吹雪は、相変わらずバテバテな同僚達に流しそうめん大会の開催を金剛と共に伝えていく。
「流しそうめんでありますか! それはいいでありますね!!」
「暑さを吹き飛ばすには最高の食べ物なのです」
「薬味にネギ(青ネギ)や生ショウガはあるんか!?」
「はぁ、何いいよるんだぁ!? そうめんの薬味と言えば真情みその味付けしいたけじゃろう!」
「いやいや、ならここはひとつ、私一押しの薬味であるトマトを……」
「なんでやねんっ!!!」
「やっぱり息ピッタリだねぇ……」
「あの、榛名はトマトでも大丈夫です」
「トマトを薬味とかマジパナイ!」
すると、それまでのバテバテだった面々も急いで準備を整えると、次々にオフィスの外へと飛び出していく。
こうしてオフィス内が静まり返った刹那、オフィスの奥から二つの人影が姿を現す。
「ふ、ふふふ……へっぶしょーんっっ!! か、神で、ある、この私が! 鎮守府の一大イベントに、さ、参加しないなんてありえないわ……ぶしょんっ!!」
姿を現したのは、ジャージにどてらを着込み、その上から『こんてぃにゅ~』と書かれた布団にくるまった明石と。
「そ、そうです! ……クシュン! ひ、ヒーローは崖っぷちに立たされてこそ、か、か、輝くんです!」
同じくジャージにどてらを着込み、明石とは異なり無地の布団にくるまった嵐の二人であった。
「お、お二人とも、大丈夫なんですか?」
「こ、これ位の状態異常、か、神である私にはたいした、こ、こ、こわぶしょっ!! ……ではないわ」
「ヒーロー、だもの。こ、これ位の、ハンデ。最強フォーム前のお、おやくしょ、っちゅん! よ」
「金剛さん、どうしますか?」
「仕方ないデース、二人がそこまで言うなら良いですよ。でも、無理しちゃ駄目デース」
小刻みに震えとても大丈夫な様には見えないが、本人が大丈夫と言っている以上、無理に仮眠室に返す訳にもいかないので、無理をしないとの約束を取り付け参加を認める事に。
こうして、全員が揃った所で流しそうめん大会が幕を上げる。
「皆さーん、流しますよ!」
見慣れた第1種軍装へと着替えた提督の合図と共に、上流から竹のレーンを伝ってそうめんが流れてくる。
「ン、上手く取れた」
「はわっ! 失敗したのです」
流れるそうめんを上手くすくう事が出来る者もいれば、思ったよりも速い流れに上手にすくえない者もいる。
「まぁ、加賀さん。それはパスタレードルですわね?」
「えぇ、これなら取りこぼし無しですくえます」
「でもその使い方、少しはしたないですわ……」
「食(戦)にルール(情け)は無用です。このやり方だけは譲れません」
何やら独自の楽しみ方で楽しんでいる者もいる。
「ズズズズズッッ!! ズズ!!」
「んぐっ、んぐっ」
「ん、……ん」
少し前まで見事なトリオ漫才を披露していた筈なのに、今は黙々と三人揃って食べる事に集中している者もいる。
中には、真夏の流しそうめんの光景には似つかわしくない装いの二人もいるが、それでも艦娘達の顔は皆一様に笑顔で溢れている。
そんな彼女達の姿を、提督は微笑ましく眺めていた。
「皆楽しそうでよかった」
「HEY テートク、提督も流す役ばかりじゃつまらないでしょ? 私が交代しマース!」
「そんな、大丈夫だよ」
「……もう、頑張るのはいいけれど、こういう時くらい少しは羽目を外したら?」
「分かった、なら少しの間頼むよ、エリカ」
「オーケーデース!」
そんな提督も金剛の勧めもあって、流す側から食べる側へと交代する。
こうして流す役が金剛へと代わったのだが、そこで彼女はとある事を思いつく。
「……ふふ、そうデース」
不適な笑みを浮かべると、金剛は声をあげ注目を促す。
「突然デースが、今からReflexesを鍛えるSpecial trainingを始めるヨー!」
「と、特別訓練?」
吹雪をはじめ艦娘達が困惑する中、金剛は有無を言わせる間もなく特別訓練を開始し始める。
「それじゃ、Startネー!」
刹那、竹レーンを流れていた水流の速さがまさに原速から一杯へと変化したのだ。
「はわわ! は、早いのです!!」
「え? もう流れたんでありますか!?」
そのあまりの水流の速さに目の前をそうめんが流れた事にすら気付いていない者も当然現れる。
「ちょ! 早いがな!!」
「どがぁしてすくえ言うんじゃぁ!」
「無理、無理……」
見えた所で、その水流の速さからすくえるタイミングは僅かしかなく、そのシビアすぎるタイミングに半ば諦め始める者も出る始末。
「ふ、やりました」
「加賀さん……、それはギャグで言っているんですの?」
無論、格段に早くなった水流をもろともせず見事にそうめんをゲットしている者もいるが。
使っている道具が道具だけに、もはや反射神経もへったくれもない。
「は、榛名、さん!?」
「はい、榛名はこの速さでも大丈夫です」
勿論、中には村雨が驚愕するほど見事な反射神経で次々にそうめんをすくっていく猛者もいる。
「……やっぱりここが一番のポジションね」
そんな中、秋月はただ一人流しそうめんの終点であるバケツの前で、ざるに流れ着いたそうめんを堪能しているのであった。
こうして楽しい楽しい時間が流れ、流しそうめん大会が終わりを告げた頃。エアコンの修理業者がエアコンの修理の為に到着し、地獄の終焉の目処が立ったのであった。