なんなんこれ   作:ダルマ

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夏の風物詩 裏技

 それは、ある真夏の猛暑日に起きた、悲しくも冷たい物語。

 その物語は、壁に設けられているエアコンのリモコンパネルから始まった。

 

「……え?」

 

 運転開始を押しても何の反応も示さないエアコン。

 その瞬間から、南港鎮守府の数時間にも及ぶ地獄は幕を開けたのである。

 

 そして同時に、二人の物語もまた、幕を開けた。

 

 

 エアコンの故障による温度調整不可能な状態が発生してから二時間ほど。

 既に本日の出勤者たちは南港鎮守府内に出勤して各々の業務を開始してはいたが、この様な状況で普段どおりの業務など出来るはずもなく。一部を除いて皆一様に暑さに苦しんでいた。

 

 そしてそれは、南港鎮守府内の一角にある、工作室でも同様であった。

 

「あがじざ~ん、あづいよ~」

 

「そんな事、私に言われても……」

 

 オフィス同様に、いやむしろオフィスよりも窓が少ないので風通しが非常に悪い工作室内で、入り浸っている嵐は部屋の主である明石に状況を打破して欲しいと訴える。

 しかし、明石は首を縦には振らなかった。

 

「でも明石さん、エンジニアでしょー」

 

「エンジニアにも色々あるんです。エンジニアだからって機械類を何でもかんでも直せると思わないで下さい」

 

 首に巻いたタオルが流れ出る汗を吸い込みながらも、明石はサウナ状態の中、自身の趣味の品物の制作を続けている。

 

「そんなー」

 

 対して、部屋に設けられたソファーに横たわっている嵐は、状況を打破してくれない明石に文句を垂れるのであった。

 

「あづいー、もういやー!」

 

 体に纏わり付く不快な暑さに、叫んだところで改善されるわけでもないが、文句を垂れる嵐。

 そんな嵐を背に、淡々と作業を続けていた明石ではあったが。暑さに加え嵐の文句に徐々に我慢も限界を迎えつつあり。

 

 そして、遂に。

 

「だぁーっ!! もう!! 暑くて不快なのは私も同じなんだから!!! ワーワー文句垂れないでよ!!」

 

「ご、ごめん……」

 

 思い切り作業台に手を叩きつけると、遂に腹にためていた感情を露にする。

 と、その勢いに飲まれたのか、嵐は萎縮し謝るのであった。

 

「はー、はー。……ごめん、ちょっと強く言い過ぎた」

 

「そ、そんな。私こそ、ちょっと文句を言いすぎたし」

 

 しかし、明石は言い終わってふと冷静さを取り戻すと、少々言い過ぎたと嵐に謝罪するのであった。

 また、謝罪された嵐の方も、自身に原因の一端があると謝罪し。

 

 気がつけば、いつもの二人の間柄に戻るのであった。

 

 とは言え、仲直りした所でこの暑さが和らぐ事もなく。

 相変わらずのサウナ状態に、二人して文句を垂れるのであった。

 

「お! そうだわ!!」

 

「どうしたんですか、明石さん?」

 

「暑いなら、冷たいものを食べて暑さを忘れればいいのよ!! そうね、よし! かき氷を作って食べましょう!!」

 

「明石さんは最高です!!!」

 

 この突然の明石の名案に、嵐は目を輝かせながら名案だと賛同するのであった。

 

 

 こうして二人は、かき氷を作るべく行動を開始する。

 先ずはかき氷を作るに必要不可欠なかき氷機を探すところから始まる。

 

「確かこの辺に、去年作った奴が……。あった!」

 

 部屋の一角にある物置から、明石が去年自作したかき氷機を見つけ出すと、ちゃんと動くかどうかの確認を行い正常に動く事を確かめる。

 そして次は、かき氷がかき氷たる代名詞である氷の調達に動く。

 

「確か休憩室の冷蔵庫にブロック氷が入っていた筈」

 

「そう言えば、かき氷のシロップも入ってました!」

 

 目当てのものを求めて休憩室へと向かった二人は、道中暑さに苦しむ同僚たちの姿を横目にしつつ、足早に休憩室に駆け込む。

 そして、休憩室の冷蔵庫に手をかけると、扉を開け、目当てのものを探し始めるのであった。

 

「あった、あった」

 

「シロップも数種類あります」

 

 こうして目当てのものを確保した二人は踵を返して工作室へと戻ると、いよいよかき氷の制作を始めるのである。

 

「お皿はこれでいいよね?」

 

「はい」

 

「よし。それじゃ、いくよ」

 

 機械にブロック氷と容器をセットし、スタートボタンを押せば、機械の振動と氷が削れる音と共に容器に雪のような氷が積もっていく。

 そして、数分後には、二つの容器に山のように積もった氷が姿を現したのであった。

 

「さぁ、後はシロップをかけるだけ。嵐さん、お先にどうぞ」

 

「え? 良いんですか? それじゃ……」

 

 と、嵐は複数のシロップからイチゴ味のシロップを手に取ると、自身の氷の山にかけ始める。

 

「それじゃ、いただき……」

 

「ちょっと待った!」

 

 しかし、寸での所で明石の待ったがかかる。

 

「え? どうしたんですか?」

 

「ふふ、嵐さん。まさにシロップ一種類だけで食べる気?」

 

「え? だって……」

 

「甘いわね。一種類だけなんてもう古いわ! 最近のトレンドは、二つで一つのかき氷よ!!」

 

 一つに一種類の法則を打ち破る近年の流行を知り、嵐はあまりのカルチャーショックに目を丸くせずにはいられなかった。

 

「お店で食べるんじゃないんだから、さ、好きなものをかけちゃって!」

 

「そ、それじゃぁ」

 

 強制ではないので一種類でも良かったが、嵐の中に芽生えた好奇心が、もう一種類のシロップに手を伸ばさせた。

 手にしたのは、ブルーハワイのシロップ。

 躊躇う事無くイチゴの上からブルーハワイをかけると、赤と青が入り混じるオリジナルかき氷にスプーンを近づける。

 

 そして、いよいよその時はやって来た。

 

「んーーっ!?」

 

 嵐の口の中に広がるその味に、嵐は思わず唸る。

 

「こ、これは、これはまさに勝利の法則です! イェーイッ!!」

 

 嵐曰く、口に入れた瞬間に二種のシロップがマザルアップし、赤きイチゴの強さと青いハワイが連鎖し、赤と青がベストマッチする事によって鋼のパーフェクトムーンサルトが完成すると言う。

 

 嵐の感想はもはや凡人には理解できない感想だが、どうやら明石には理解できたようだ。

 

「でしょでしょ。美味しいでしょ。……では、私はこのメロン! コーラーッッ!!」

 

 なお、同じシンパシーを持つ明石も、地球の記憶の如くシロップの名を叫ぶと共にオリジナルかき氷を完成させると、自身の口の中へとかき込むのであった。

 

 こうして、嵐と明石は凡人にはもはやついていけないかき氷大会を堪能し終え。大満足のまま後片付けを行うのであった。

 

 

 

 

 だが、かき氷を食べたところで、所詮は一時しのぎでしかない事を十数分後には嫌でも思い知らされる事になる。

 かき氷と言う希望がゴールかと思いきや、二人を待ち受けていたのは、暑さと言う絶望のゴールであった。

 

 もはやエアコンの修理と言う根本的な問題の解決をしない事には、この地獄から逃れられる術はないのか。

 

「もうこうなったら! アレを使うしかないわね!」

 

「アレ?」

 

 しかし、明石は諦めてはいなかった。

 机の引き出しから何かを取り出すと、取り出したそれを嵐に見せ付ける。

 

「こうなったらこれを使って、持続する清涼感を手に入れるわよ!!」

 

 明石が手にしたそれは、青い小瓶にイワンの涙と書かれたラベルが貼られたものであった。

 

「それってこの間、タンテッケ・ナイトスクープでやってた」

 

「そう。この天然ハッカ油を使えば、一発で暑さなんて吹き飛ぶわ!」

 

「やっぱり、明石さんは最高です!!!」

 

 こうしてイワンの涙を手に、嵐と明石の二人は早速イワンの涙を使用すべく鎮守府内にある大浴場へと足を運ぶ。

 

 南港鎮守府のみならず、全国各地にある鎮守府には差はあれど概ね入浴施設が標準的に完備している。

 その理由については詳しくは分からないが。一説では、海水浴場にシャワー設備が併設されているのと同じなのだとか。

 

 因みに、南港鎮守府の入浴施設は地下に完備されており、気になる外からの視線は完全にシャットアウト出来ている。

 また大浴場と個室の二種類を完備しており、提督のような男性であっても異性の視線を気にせず利用可能である。

 

 なお、大規模な鎮守府などは、曰くスーパー銭湯のような充実ぶりを誇っているとか。

 

 

 閑話休題。

 地下の入浴施設、その中でも後処理のし易さから個室タイプの方へと足を運んだ嵐と明石の二人は、そそくさと準備を始める。

 

「それじゃ、私はタオル取ってくるから、嵐さん、お願いね」

 

「はい」

 

 明石がタオルを取りに行っている間に、嵐が浴槽に張った湯の中にイワンの涙を入れる事に。

 

「は、はっ……、くしゅん!」

 

 キャップを開け、いざ計量して入れようかと思った刹那。まるで図ったかのようにくしゃみが出た嵐。

 

「あ!!」

 

 当然、予期せず出たくしゃみにイワンの涙を持っていた手がすべり。

 本体ごと浴槽に落とす事はなかったものの、明らかに適量以上の液が湯の中へと溶け込んでいった。

 

「……ど、どうしよう」

 

 あまりの事に顔を引きつらせる嵐。と、その時。

 

「嵐さーん? 入れてくれた?」

 

 手にタオルを持った明石が戻ってきたのである。

 

「あ、はい!」

 

 咄嗟に答える嵐ではあったが、彼女は真実を告げなかった。

 怒られるのが怖かったのか、それとも他の理由か。何れにせよ、嵐は明石に自身が犯した失態を話さない。

 

「それじゃ、入りましょうか」

 

「あ、その前に! 忘れ物したんで先に入ってもらっていいですから!」

 

 しかも、現状明らかに危険な浴槽に入ることからも逃げるかのように、嵐はその場から逃げ出すように行ってしまった。

 

 だが、明石はそんな嵐の変化に気付かず。脱衣所でさっさと衣服を脱いで生まれたままの姿になると、何の疑いもなく浴槽に身を落とす。

 

「ふぁ~、気持ち良い……」

 

 入浴直後は身に纏った汗を洗い流す心地よさから極楽気分に浸る明石ではあったが、それも、束の間の事であった。

 

「……ん?」

 

 徐々に感じる違和感、程よい清涼感を通り越し、異常なまでの寒さと共に全身を衝くような刺激が襲い掛かる。

 更には、呼吸を通じて感じるメントール臭が、気管のみならず体の内部からも寒さと痛みを助長させるかのように襲い掛かり。

 

 ここに至って、明石は自身が浸かっている浴槽が危険なものであると認識するのであった。

 

「あ、あぁぁっ!!」

 

 浴槽から早く出なければ、脳がそう理解していても、体の方は痛みと寒さから思うように動かない。

 

「あ!?」

 

 と、まるで浴槽で溺れているかのように暴れていると、ふと明石は何かに気がつく。

 それが何であるのかを確かめる為に視線を動かせば、そこには、浴室の扉を開けて内部の様子を窺う嵐の姿があった。

 

「アザァジザーン!!」

 

 明石が寒さと戦う中助けを求めるも、嵐は無表情に明石の事を見つめ続ける。

 

「ジョ! ナズェミデルダゲナンディズ!!(ちょ! 何故見てるだけなんですか!!)」

 

 ただ、見続けている。

 

「オンドゥルデキョラッダンディスカーッ!!(本当に適量入れたんですかーっ!!)」

 

 これだけ叫んでも助ける素振りを見せない嵐。

 もはや、自力で浴槽から出るしかない。

 

 最後の力を振り絞り、明石は何とか、浴槽からの脱出を成し遂げるのであった。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 小刻みに体を震わせながら、明石は目の前に佇む嵐を睨み付けて言い放つ。

 

「あらしぃ!! ぜってぇ許さねぇ!!」

 

 しかし、当の嵐本人は明石の言葉をまるで意に介していない様であった。

 だが、次の瞬間、不意に明石の口角が上がるのを目にした嵐は、背後に人の気配を感じる。

 

「は!!」

 

「ドーモ、アラシサン。カワカゼです」

 

 振り返れば、そこには先ほどまでいなかった筈の江風が、満面の笑みと共に丁寧な挨拶とお辞儀を行っているではないか。

 

「あいぇぇぇっ!? カワカゼ!? カワカゼなんでぇぇ!!?」

 

 咄嗟に驚いて逃げ出そうとする嵐ではあったが、時既に遅く。

 気付いた頃には、既に嵐の体はガッチリと江風にホールドされていた。

 

「さぁ、嵐さん。貴女も私と一緒に、恐怖を味わいましょう」

 

「やだ、やだぁーっ!! やだぁぁぁ!!」

 

 恐怖に戦く嵐に、明石は手を置くと、静かに言葉を投げる。

 

「嵐さん」

 

「あかし……、さん」

 

「さぁ、貴女の罪を償いな!」

 

「あ……」

 

 刹那、いつの間にか衣服を脱がされた嵐は、静かに、静かに、地獄へと落ちていくのであった。

 

 響き渡る悲鳴。

 

 しかし、地下の入浴施設内では、嵐の悲鳴は誰にも聞えない。

 

 

 

 

 

 それから十数分後。二人の姿は仮眠室にあった。

 

「ご、ごめんね、あかしざん」

 

「いいのびょ、私のほうごぞ、ちょっといずわずし過ぎたわ」

 

 一時的にはギクシャクした関係になったが、今ではもう、お互いジャージにどてらと言うお揃い格好をしてすっかり仲直りしていた。

 その証拠に、互いに肩を寄せ合って仲むずまじく小刻みに震えている。

 

「ね、ねぇ明石さん」

 

「ん? どうしたの?」

 

「これからも、私達、仲の良い友達だよね」

 

「もちろ……、ろっ! っろぶくしゅ!!」

 

「ヴェッ!?」

 

 こうして仲直りした嵐と明石の二人が、そろって小刻みに震えながらそうめん大会に参加するのは、それから暫くした後の事であった。




読んでいただき、どうもありがとうございます。
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