あれなら消します。
その一
「ここまでにしましょうか」
そう言って目の前の人物は手に持っていた訓練用の槍を地面に突き刺した。
綺麗なブロンドの髪を後ろでくくり、青い戦闘服に身を包んだ彼女はいい汗を掻いたと清々しく笑う。彼女はセイバー、真名をアルトリア・ペンドラゴン。かの有名なアーサー王伝説に出てくるアーサー王だ。
彼女のことはここに来る前から訳があって知っていた。その時は彼女の真名を知らなかったため、純粋にセイバーと呼んでいた。その癖で俺はこのカルデアでも彼女のことをセイバーと呼んでいた。
「そうだな、良い時間だし」
その声をうけ、俺も手に持っていた西洋剣を鞘に納める。時計の針を確認すれば休憩するにはちょうどいい時間だった。
今俺たちがいるのはカルデアの中にある訓練施設だ。サーヴァントのために常時解放されているそこでは腕に自信があるサーヴァント達がお互いに切磋琢磨技術を磨き合ったり、筋トレをしたり、そして時たま喧嘩をしたりと思い思いに過ごせる空間だった。
俺もこうして時たま腕が鈍らないようにここを訪れることがあった。基本的にレイシフトに呼ばれることが少ないから暇なんだよ。
「しかし、まさかあのアーサー王がここまで槍も扱えるとは驚いたよ」
額に浮かぶ汗をタオルで拭いながらセイバーに笑いかける。アーサー王と言えば聖剣エクスカリバーのイメージが強かったが、槍の腕も相当のものらしく見事な槍裁きを見せてくれた。見事なまでのその腕前は、何度か手を合わせしたことのあるランサークラスの英霊たちとそん色ないように感じられた。
「まぁ、私は剣だけでなく槍も持っていましたから」
「確か、聖槍ロンの槍だっけ?」
「えぇ、本当の名をロンゴミニアドと。生憎、セイバーのクラスで呼ばれたので実物は今はないのですが、聖なる槍に相応しいものでしたよ」
「へぇ、そうかそれは是非実物を見たかったよ。ま、アーサー王のエクスカリバーが見れただけでも俺は満足だけどな」
「そうですか……では次はそのエクスカリバーでお相手しましょうか?」
「勘弁してくれ、宝具を持っていない俺にどうしろと……」
あの戦いで俺の宝具は砕け散り喪失した。それにより今の俺には宝具が無かった。部屋に置いている西洋剣はエミヤに作って貰った贋作だし、それも最近は鞘から抜かずに物干しざお代わりになっている。
「うふふふ、冗談ですよ。それにしても、貴方の剣は本当にためになります。天賦の才によって振るわれる才の剣ではなく、合理的に物事を追求した理の剣。その理の剣を自分を守るために追及した貴方の守りは硬い。純粋な剣技だけで見れば貴方の守りはここのサーヴァント達に引けを取らないばかりか一歩上を行きますね。英霊エミヤに対してもその剣の最初の指南をしたのは貴方だと聞きますし本当に大したものです」
「よせよせ、それは買いかぶりすぎだ。それに俺には攻める手段がないんだし、セイバーたちの方が何倍も上だって。それにエミヤに関していえば俺は本当に障りを教えただけで、今ではエミヤの方が遥かに上を行っているさ」
俺は攻める剣というのが壊滅的だった。死なないことだけを意識して剣を振るってきたからか、守る方はそれなりに出来るようになったのだが、それが攻めに転じるとどうしようもなくだめになる。攻めようとすれば大きな隙が出来、逆に致命傷を負いやすかった。どうやら凡人の俺にはどうやら攻める剣にさくほどキャパシティーは持っていないようだ。
「謙遜も時と場合によっては美徳ではなくなる時もあるんですよ。久し振りとは言え私の振るう槍で傷一つ負う素振りのなかった貴方の腕は本物です。この私が保証しましょう」
「かのアーサー王のお墨付きを貰えるとは、俺もまだ捨てた物じゃないのかもな」
「えぇ、誇って下さい。まぁ、貴方の場合かの救国の聖女の師匠であり、彼女のお墨付きでしょうから、私の言葉は余計かもしれませんが……」
「そんなことないよ。それにあいつらは一応戦えるけど、剣術とか槍術とかはさっぱりだし」
一応ジャンヌもオルタも二人とも剣は持っているのだが、その腕前は言わずと知れたものだった
。二人とも暇を見ては俺が指南をしているのだが、まだまだ腕前だけで見れば一般人の域を出ない。まぁ、二人ともサーヴァントなため、一般兵に比べると遥かに強いのだが。
本当を言えば俺なんかに剣を教わるより、他に優秀な人材はカルデアには多くいるのだが、彼女たちは頑なに俺から教わることを望み、今までその関係は続いている。ジャンヌには「私の師匠はお兄ちゃんただ一人、他の人から教えを乞うなんてそれが何でも嫌です」と拒否されたし、オルタには「他のサーヴァントから教えを乞えと? 何を言っているのかしら? 寝ぼけているのなら顔を洗って来るべきよ。いいかしら、私に何かを教えることが出来るのは貴方だけの特権よ。英雄も英霊も神ももっていない貴方だけの特権。だから、貴方はありがたくそれを使って私の相手をもっとするのよ」と相手にされなかった。
「だから、セイバーの褒め言葉は純粋に嬉しいよ。励みになる」
「そうですか、それならばよかったです」
セイバーはそう言って笑い、
「それではもうそろそろお昼にしますか。よろしければ一緒にどうでしょう?」
そんな提案を俺にしてくれた時だった。
――ドン。
そんな大きな音を立てて訓練場の扉の一つが開けられた。
「おぉ! ここに居たか!」
いきなり訓練場の扉を開け放ったその人物はキョロキョロと場内を見渡し、俺たちを見つけるとドシドシとした足取りでこちらに向かってきた。
「イスカンダルではないですか、どうかしたんですか?」
セイバーがその人物、イスカンダルに問いかける。
「おう、セイバーか。実はそこの人物に用事があってな」
「俺ですか?」
イスカンダルが指をさす方向には俺。
「うぬ」
俺の問いかけにイスカンダルは一つ大きく頷くと、
「実は少し困ったことになってだな――――」
そして、そう続けるのだった。
「――すぅすぅ」
イスカンダルに呼ばれた先は食堂のある一角だった。食堂の隅、いつもお酒好きのサーヴァント連中が飲んでいるその一角で一人のサーヴァントが机に突っ伏しているように寝ていた。
黒いドレスのような衣装に最近また伸ばし始めた銀色の髪。見慣れた後ろ姿でそいつは気持ちよさそうに寝ていた。
そしてその周りの床には焦げたような跡があり、彼女の傍には誰もいなかった。みんな少しだけ離れた所に座っている。
「あ、待ってましたよ」
俺の顔を見つけるなり駆け寄ってきたのはジャンヌだった。休みだということもありラフな格好をした彼女は他のサーヴァントもいる手前か敬語モードのジャンヌだった。
「何だかイスカンダルに呼ばれたんだが、何かあったのか?」
「それが……」
ジャンヌは少し困った顔で頬を掻き、机に突っ伏している彼女を見る。
「――あぁ、なるほど」
彼女の机には赤い液体の入ったグラスが置いてあった。古今東西ワイングラスに入っている飲み物と言えば決まっている。
――酒飲んだな、あいつ。
「いや、実はあそこまで弱いと思ってなくてな。すこしばかりからかったら、ぐいぐいと勢いよくグラスを仰いでそのままコテンとな」
罰が悪そうにイスカンダルは言った。
「それで、何が問題なんですか?」
「いや実は酔いつぶれた彼女を部屋に運ぼうとしたんだがな。触ろうとすると火を操って攻撃するしてくるのだ」
「は?」
「いや、嘘だと思うかもしれんが本当なのだ」
「えぇ、師匠。イスカンダルさんのいう事は本当です。私も試しに触れようとしたのですが……」
彼女はそう言うと焦げた服の袖を俺に見せる。
「私はまだよかった方らしく、イスカンダルさんが触れようした時には辺りを燃やし尽くすような感じだったのだとか」
なるほど、これで彼女の周りの床が焦げているのも、誰も彼女の傍にいないのも理由が分かった。
――しかし、それを俺に言ってどうしろというのだろうか。
あれか俺に焼け死ねというのか? ただえさえ一度焼死したのにもう一度焼死しろというのか?
「流石にいつまでもここで寝かせておくわけにはいかんからな。そこで、お主に彼女を部屋まで送り届けてほしいのだが……」
「いや、でも誰も触れなかったんでしょ? 俺にも無理ですって!」
「いや、もう師匠しかいません。師匠が無理なら誰にも無理ですって!」
「いや、でも……」
「余はうぬと聖女の関係をいまいちよく知らんが、それでも聖女がうぬなら間違いないというのならそうなのだろう、だから頼む」
かのイスカンダル大王にそこまで言われていまえば行動しないわけにはいかないだろう。誰も触れなかったとなると俺も燃やされそうな気しかしないのだが、それでも物は試しだ。
「分かりました。試しにやってみます」
「おぉ! そうかそうか!」
イスカンダルの言葉を背中にうけつつ、彼女の横まで近づく。
「――すぅすぅ」
可愛らしい寝息を立てている彼女に人に危害を加えるような雰囲気は感じなかった。
――ちょんちょん。
しかし、恐ろしい話を聞いた手前恐る恐る彼女の腕を突いてみる。
――反応はなし。
どうやら俺はまだ燃やされないようだ。
「おい、大丈夫か? 寝るなら部屋で寝ろ」
今度は肩を掴んで軽く揺さぶってみる。
「……うーん、何なの……」
すると彼女はゆっくりと体を机から起こし、寝ぼけ眼で俺を見た。ちなみにその顔はアルコールの影響か赤く染まり目はトロンと蕩けていた。
そして、彼女は俺を見るなり、イスから倒れ込むような形で俺の方へ倒れ込んできた。
「――すんすん。この匂いは……」
「ちょっと、オルタ何やってんだよ!」
「うふふふふ。貴方の匂いだ。私の大す――」
「――ちょっと! 何をやっているんです! 私! お兄ちゃんから離れて下さい!」
そんなオルタの声をかき消すように大声をジャンヌは出す。少しばかり焦っているのか俺の事を師匠ではなくいつも通りの呼び方で呼んでいる。こりゃ冷静になった時にあたふたするパターンだな。
「むぅ~! いけ好かない聖女の声がする。聖女さえ居なければ彼は私だけのものに……」
そして、オルタは何を思ったのかジャンヌに右手を向けると、
「――灰になりなさい」
容赦なく炎で攻撃するのだった。
守りの固いジャンヌのことだから大事に至る事はないだろうけど、食堂は酷い有様になっていた。こりゃ後でエミヤに怒られるな。
「えへへ、これで邪魔者はいなくなったわね」
未だに俺に抱き着いたままオルタは言う。多分オルタは酔っていてここがどこかも、そしてどういう状況かも分かっていないだろう。
でなければ、あのオルタがこんなことを言ったり俺に抱き着いたりするはずがないのだ。
これだけ食堂で大騒ぎすれば確実に他のサーヴァントの耳にも入るだろうし……あぁ今から色々と頭が痛い話である。
「とりあえず、酔っているみたいだから部屋に行こうか」
「部屋に行く? 部屋に行くって……なんだそういうこと、ね。いいわ、早く行くわよ」
何となく根本的な部分で会話が噛み合っていないような気もするが、それでも彼女が動いてくれるだけましだろう。部屋に行って寝れば酔いも覚めるだろうし。
「よくもやってくれましたね……!」
そんな時だった。所々服を焦がしたジャンヌが俺たちの前に出てきた。服はチリチリになっていたが怪我はどこにもないようだった。
「あら、まだいたの、聖女さん? 私は今から彼と“二人きり”で部屋に行くから貴女に構っている暇はないの」
「――なっ!? それはどういう……。いえそれがどういう意味でもそればかりは阻止しないといけません」
「邪魔しないでくれる。聖処女の貴女には理解できないことを私たちはするのだから」
「なっ!? それを言うなら貴女だって処女でしょうに!?」
「あら、それはどうでしょう? それにもし私が処女だとしても、それは今日までかもしれないけどね」
――もしかして、ジャンヌも酔っているとかパターンなのか?
何だかよく分からんうちに始まったジャンヌVSジャンヌの争いに俺はどうしようもなく頭を抱えたくなるのだった。
そして、その争いは段々とエスカレートし、食堂にいたサーヴァント全員を巻き込みカルデアの食堂は半壊することとなるのだった。ちなみに、食堂にいたサーヴァントも含め全員、相打ちにより意識と記憶を飛ばしてしまったため、ことのあらすじを知るのは誰もいなくなったのは二人のジャンヌにとってはいい結果となったのかもしれない。
そして、この日第六特異点が見つかったと言う発表がカルデア全域に広まるのだった。