最近、後輩であるローズヒップへ接する機会が減っている指導係のアッサム。
かたや、アッサムとの接点が減っていて寂しいローズヒップ。
アッサムは隊長であるダージリンの助言を得て、とある催し物を企画しますが・・・。
※pixivに投稿した物を加筆修正したものです。
大きな窓から差し込む日の光は、柔らかくて温かい。
晴れて良かった。あの子の髪が日の光に反射して綺麗に輝く光景を思い出しながら、私は思う。
ちょっとクセが強い桃色の髪は、あの子の個性のようなものだから。
テーブルの上にはティーセットとティースタンド。
スタンドには、上からサンドイッチ、スコーン、ケーキが何点か。
自分の淹れる紅茶は、彼女の口に合うだろうか。
お茶請けはこれで良かったか。そもそも、彼女はちゃんと来てくれるだろうか。
なんてことを思っていると、遠慮がちなノック。
ゆっくりと、2回。
来てくれたという喜びの感情が声に乗ってしまわないように、努めて平静に応答する。
「ろ、ローズヒップです。 只今参りましたでございますわ。」
「どうぞ。 ・・・開いていますよ。」
「し、失礼いたしますですわ。」
開いた扉からのぞく顔は、若干表情がこわばっていた。
「遅かったじゃない。そこに座って。」
「は、はいですわ・・・。」
私は椅子を手のひらで差し、座るように促す。
言われるがまま、桃色の髪の少女はぎこちない動作で椅子に腰掛ける。
テーブルの上を一通り眺めた後、おずおずと少女が声を掛けてきた。
「あのぅ、質問してもよろしいでしょうか・・・?」
「何、ローズヒップ?」
湯を沸かすために彼女から背を向けて、エプロンを結んでいた私は声だけで彼女の様子を判断する。
・・・これは、いつもの感じね・・・。
私が彼女を個別に呼び出す時は、たいていが彼女の生活態度を「指導」する時だから。
「・・・特に指摘する事項は、今のところありません。」
「じゃぁどうして、わたくしを呼んだのですか?」
振り返った私の目に入ってきたのは、頭の上に疑問符を沢山浮かべ、複雑な表情を浮かべるローズヒップの姿。
ならば何故呼んだのか、と。
・・・私の呼び出し方がマズかったかしら。
そんなことを思いながら、私は彼女がここに来るまでの経緯を思い出すことにした。
「ごきげんよう、アッサム。」
午前の授業が終わり、廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。
振り返ると、金髪をギブソンタックにした少女が優雅に歩いてくる。
私の友人であり、そして戦車道の隊長であるダージリンだ。
「あら、ダージリン。 ・・・ごきげんよう。」
軽く会釈をした私に、彼女が穏やかに話しかけてくる。
「今日もローズヒップは一緒ではないの?」
「・・・なぜその名前が? それに『も』って何ですか『も』って・・・。」
疑問に思う。なぜ彼女の名前が出たのだろう。それに「今日も」とはどういうことか。
「あの子、最近チームメイトやら先輩に出会う度に『アッサム様に構って貰えないんですの~』って悲しそうにしていたわよ?」
ところどころに後輩の声真似をしつつ、ころころと笑いながら彼女は話す。
誰彼構わず出会い頭にそんなことを言って回っているのか。
「恥ずかしいことを言って回らないように注意しないと・・・」
「そうではなくて。 貴女、最近あの子に構ってあげていないでしょう。」
「・・・」
「寂しいのではないかしら、彼女。」
確かにここのところ、
直接2人で話をする機会も殆どなく、それが余計に「わたくし、嫌われてしまったのでは・・・」と、彼女の不安を誘っていたらしい。
私としても、彼女に会えないことに対して物足りなさを感じてはいた。
彼女の特徴でもあるクセの強い桃色の髪を撫でることもしてやれず、その愛らしい薄紅色の唇に触れることも敵わない。
直接話が出来る時間を持つには、一体どうしたらよいだろうか・・・。
考え込んでいると、青色の瞳が私を見てこう言った。
「こんな格言を知っている? 『時間の価値を知れ。あらゆる瞬間をつかまえて享受せよ。今日出来る事を明日まで延ばすな。』」
「・・・何が言いたいのです?」
「今できることをしなさい。ってこと。 ずるずると引きずっても良いことはなくてよ? 貴女たちのためにも、ね。」
「いま、できる、こと・・・。」
何だろう。2人で面と向かって出来ること・・・。
・・・よし。アレをしよう。
彼女がどう反応するか分からないが、当たって砕けろというではないか。
「ふふ。考えがまとまったようね?」
ダージリンが微笑む。
「・・・えぇ。多少は。」
自分の考えが見透かされているようで、私は少し不服げに答えた。
「良かった。・・・今日のお茶会は、私とオレンジペコだけでやりますわ。アッサム、貴女は貴女の仕事をなさい。」
「・・・わかりましたわ。 ありがとう、ダージリン。」
「どういたしまして。 吉報を待っていますわ、アッサム。」
彼女に礼を言い、その場を辞する。
早速準備に取りかかるとしよう。まずは、
メール画面を開く。なんと書いて呼び出したものか。
変な言い回しで呼び出すのは私らしくない。そんな事をするのはダーリジンの管轄だ。
特に何も考えずに、何種類かあるテンプレートから選んで送信する。
『放課後、私の部屋に来るように。』
よしっ、と。後は部屋のセッティングだけね。
運良く午後から授業が入っていなかったので、放課後に入れていた予定を全て後日に回す手配をする。
各所に連絡を入れたが、たいてい「ダージリン様から伺っております。楽しんでらっしゃいませ。」と回答があった。
ダージリンが気を遣って根回しをしてくれたのだろう。・・・改めて、彼女には敵わないなと思う。
後で彼女に謝意を伝えなくてはなるまい。
時間も夕刻に近いということで、所謂アフタヌーンティーの準備をしていく。
そういえば、自分で「お茶会」を開くなんていつ以来だろう。
ダージリン主催のお茶会はよく出席しているが、自分が主催するなんて本当に久しぶりだ。
彼女、気に入ってくれるかしら。
などと思いつつ準備していると、午後の授業の終了を告げる鐘が鳴った。
程なく、こちらの方に向かって走ってくる気配。
廊下を走ってはいけないと何度も言っているというのに、またあの子は・・・。
しかしそれが「彼女がキチンと来てくれた」証でもあって、私は少し嬉しくなった。
その「気配」は私の部屋付近では歩いてきて、部屋の前で止まる。扉越しに軽く息を呑む音が聞こえてきた。
いきなり開けてはダメよ。・・・他人の部屋に入るときは必ずノックして、応答があってから。
彼女の指導について最初の頃、しょっちゅう教えてたな、なんて思っていると、遠慮がちにノックがあった。
彼女―――ローズヒップは、未だにテーブルに用意されたティーセットとティースタンドを交互に見ては考え込んでいる。
お湯が沸いた。私はポットを持ってテーブルに向かう。
「どうしたの?珍しく難しい顔をして。」
未だに彼女は首をかしげて唸っている。
「・・・もしかして、具合が悪いとか?」
いきなり呼び出したのだ、体調が悪いのに無理に来させてしまった形になったかも知れない。
「いえ、今日も元気もりもりですわ!」
彼女らしい元気な答えが返ってきてホッとする。
やはり彼女はこうでなくては。元気でないと、私の心も曇ってしまうから。
「それは良かった。・・・もしかして、今日ここに呼ばれた理由を考えていたのかしら?」
「そう、それです!さすがアッサム様ですわ!」
なんだ、そんなことか。私は苦笑いを浮かべる。
私は彼女に、今回の目的を告げる。
「・・・貴女とお茶会がしたかったの。たまには、ダージリンやオレンジペコがいないお茶会というのもいいかと思って。」
「え・・・?お茶会?」
ローズヒップが「意外ですわ!」という表情をした。
「意外」は余計よ。と思いながら、私は続ける。
「こうして2人で話す機会はあまりなかったでしょう?」
「そう言われれば・・・。」
そして、お茶会を開くまでに至った経緯をかいつまんで話す。
――――別件の仕事が多くて貴女と話す機会が少なかったこと。
――――指導という形ではなく、色々と話をしてみたかったこと。
それらを伝え終わると、彼女はようやく合点がいった様子だった。
「そういうことでしたのね! でも、あのメールにはビックリしましたわ。いきなり『放課後、私の部屋に来なさい』だなんて。」
また怒られるかも、ってビクビクしていましたのよ!と、彼女。
「特段考えずに打ち込んでしまったのよ。・・・あの文面なら、来る確率は高いと思ったし。」
「・・・アッサム様は、人を誘う時はもっと柔らかい文面で呼ぶ練習をなさった方がよろしいかと・・・。」
「ごめんなさい。・・・善処するわ。」
「それに・・・。アッサム様のご予定とあれば、どんな用事でもすっ飛ばして駆けつけますもの!」
「すっ飛ばしてはダメでしょう。」
言って、私は彼女の額を人差し指でつつく。
「あいた。 じょ、冗談でしたのに・・・。」
めまぐるしく変わる彼女の表情に、私はすこしおかしくなって笑ってしまった。
「ふ、ふふっ・・・。」
この表情に、この子の振る舞いに。
自分の今まで培ってきたデータ分析や経験が、殆ど当てはまらない。
そんな彼女に、私は今、心を動かされている。
興味?
関心?
いえ、これは・・・。
何という気持ちだろう。何という感情だろう。
考えていたら、彼女が突然立ち上がって私の正面にやってきた。
「アッサム様!」
そして、顔面を一気に近づけてくる。
「何? ・・・!」
額に何かが触れる感触。
キスされたのだと気づくのに、少し間があって。
「な、何しているのよ!」
「お招きいただき、ありがとうございますですわ!」
ニコニコと向日葵のような笑顔を向けて、彼女は言った。
ズルい。
これじゃあ、これ以上叱れないじゃない。
ならば、こちらも・・・。
「ありがとう。来てくれて。」
彼女が私にしてくれたのと同じように、額に親愛のキスを落とす。
「ん・・・。アッサム様、くすぐったいですわ。」
「貴女がしたことを『お返し』しただけよ。」
琥珀色の瞳と、それが映す
お互いに見つめ合うと、微笑みあった。
私は彼女のカップに紅茶を注ぐ。
茶葉はダージリン。カップから立ち上る甘い良い香りに、久々ながら腕は落ちていないなと我ながら感心する。
「アッサム様のお紅茶、一度飲んでみたかったんですの!」
「一気飲みする人には淹れられないわ。」
私は冗談めかして言う。
「うう。ゆっくり飲みますから・・・」
「ふふ、冗談よ。さて、アフタヌーンティーを始めましょうか。」
サンドイッチを彼女の皿に取り分ける。中身はハムときゅうり。
「はい!・・・いただきます!」
――――この子と、あと何回こうして2人で話す機会が持てるのだろう。
私はそんなことを思いながら、うっすら渋みのある紅茶を口に運ぶのであった。