BloodBorne 狩人の手記   作:タイコイチ

1 / 6
ヤーナムの夕暮

 血の医療、というものがある。遥か東、人里離れた山間にある忘れられた街、ヤーナムに残る古い医療行為である。数多くの病み人達が長い旅の末にここを訪れ、そしてそれを求めるのだという。

 20代の後半、私は不治の病と宣告された。現代の医療では治療することは不可能であるという。ふざけるな、何か方法は無いのか。怒鳴る私を、嘴状のマスクを付けた医者はこう答えた。

「血の医療に賭けてみると良いさ」

 ……今思えば冗談に過ぎなかったのだろう。しかし私は、所属していた軍を辞め、藁をもすがる思いで東の地へと旅立った。長い旅路だったーーこれから経験する夜よりは短かったがーーそれでも私はヤーナムにたどり着いた。まだ助かると決まったわけでもないのに、心の底から安堵した。しばらくは上機嫌になっていたが、私は知らなかったのだ。

「……あんた、よそ者だね?出ていきな、もうすぐ獣狩りの夜が始まるんだからね」

 ヤーナムの民はよそ者を拒絶する。長い旅の末、たどり着いたのがこの拒絶だ。よそ者?だからどうした、私がどれだけ苦労してここに辿り着いたのか知らないのか?獣狩りの夜?なんだそれは?地域の祭り事で私の命を無駄にされて堪るか。私は苛立ちを露わにしながらも、胸の内には暗く重い悪夢的絶望が蠢いていた。焦りもあったのだろう。私はなんとか話をしてくれる人間が居ないのかと街中を探し回ったが、誰一人としてそんな人間は存在しなかった。そういえば、街がやけに静かだ。今は夕刻である。まだ人が出歩いていてもおかしくない時間帯だ。しかしまるでみんな、家の中に閉じこもってしまったかの様な……

「君……血の医療を求めるのだろう……?」

 背後から不意に声をかけられ、ぎょっとしてその声の主を探すと、そこには顔に包帯を巻き、ヤーナム独特の帽子を被った老人が居た。所々に血が滲んでいる、汚らしい格好だ。

 何も返せない私をよそに、老人は続けて、

「ヤーナムはよそ者を受け入れない。だから、まずは君がヤーナムを受け入れるべきだ……」

「あの、貴方は?」

 ようやく私が言葉を返す。だが老人は答えずただついて来いというのみであった。

 血の医療……そうだ、私が求めていたものだ。私はその言葉にまんまと引かれ、老人の診療所のベッドに横たわらされてしまった。平常時の私ならこんな行動には出なかっただろう。だがもう私の苛立ちも、焦りも、疲労感も、命の灯も、限界だったのだ。もう良いじゃないか。どうせ死ぬ身だ。最後まで足掻けただけ立派だろう。後悔はない。好きにするが良い。老人が酷く黒ずんだ輸血液を持ってこちらにやってくる。私も腕を差し出し、老人も最終準備に取り掛かる。

「青ざめた血を求めたまえ、狩りを全うするために……」

 最後に老人はそんな事を言い、そうして私はヤーナムの血を受け入れた。何も知らない赤子同然に。

 *

 

 目が覚める。いや、まだ夢の中だったのだろうか?身体が動かない。金縛りかと思い、やみくもに動かそうとしてみると、私が横たわる真横に大きな犬のような化け物が居た。唸り声を上げ、爪をこちらにゆっくりと寄せ、今にも襲い掛かってきそうなその化け物は、しかし私にはとても身近で、手を差し伸べている様にも見えた。その瞬間だった。化け物が燃えた。同時に、自分の何か大切なものまで燃えてしまったかのような感覚に襲われ、悲しみを覚えた。間もなく、下半身に小さい何かが這うような感触がする。それも何匹もだ。そこに目をやると、ツルツルの皮膚をした異形と言っていいのか、今まで見たことのない小人達だった。小人達が私の身体を覆いつくす。そうして私は、また夢の中に落ちていくーー夢の夢、その先のずっと悪夢へ。

 

「あぁ、狩人様を見つけたのですね」

 

 何か、聞こえたような気がした。

 

 *

 

 また目が覚める。身体も自由に動く、それどころか不治の病になる前の様な身軽さだ。病が治ったのだ。私は歓喜した。今すぐあの老人に礼を言わなくては。だがその姿は診療所には見当たらなかった。どこに行ったのだ?

 私は扉を開け、階段を降り、1階の部屋に辿り着く。すると、入口の方で何かが動いた様な気がした。恐る恐る覗いて見ると、先ほど夢か現かで焼かれていた化け物が、何かを食らっていた。その2秒後、化け物と目が合い、次の瞬間、私はその化け物に飛び掛かられ、爪で身体を引き裂かれ、大量に出血した。そんな、急過ぎる。嫌だ、まだ死にたくない。やっと病が治ったのにーーそんな願いとは裏腹に、私はそのまま何も抵抗できず、死んだ。

 

 *

 

 ……これで何度目の目覚めだ?次に目覚めた場所は、後に知るのだが狩人の夢と呼ばれる場所である。大きな木造建築で出来た立派な家と、一面に広がる花畑と、そして墓石。

「ここは、どこなんだ……?」

 遂に死後の世界に着いてしまったのかと思いながら辺りを見渡すと、ぽつんとそこに1人の若い女が居た。そしてこちらを向き、こう呟く。

「初めまして、狩人様」

 ここから私の、獣狩りの夜が始まる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。