女性は丁寧な一礼をしながら、
「初めまして、狩人様」
実に儚い声だ。彼女は続けて、
「私は人形。この夢で、貴方のお世話をするものです」
彼女の放つ台詞一つ一つに、かなり多くの、判断しがたい情報が含まれていた。まずは「人形」ーーそう名乗ったのだ。私はもう一度その名を心の中で噛み締めるーー人形。確かに生気が感じられない風貌だが、どうやら本当にそうだったらしい。彼女は人形。造り物だ。それも非常に精巧にできた。私には生きている様にしか見えないが、関節が球体で出来ている事を確認し、それに確かさを覚え、ぞっとしながらもどこか美しさを感じ、彼女が生きているわけでも死んでいるわけでもないという事を受け入れた。そう、ただ動いているのだ。この夢の中では。彼女がもしピクリともせず捨て置かれていたのならば、私はきっと彼女をきちんと「造り物としての人形」として受け入れることが出来ただろう。だが、この動いている姿はどうだ?まるで人間だ。しかし、それに反してただ一つだけ確信が持てるとするのならば、彼女は人間ではないという事である。私は思考の矛盾の中に、奇妙な感情が高まるのを感じた。
ーー私は後に、それを啓蒙と呼ぶことになる。
次に、「この夢」だ。夢?結論から言うが、夢とはここの事だ。この言葉を初めに聞いたとき、結局は自分自身が生み出した単なる夢でしかないのか?と少し落胆した。だがどうやらそうではないらしい。狩人の夢。あるいは、牢獄ーーこの話を手記に残すのはやめにしよう、胸糞が悪い。
「狩人様。血の遺志を求めてください」
血の遺志。ヤーナムの血を受け入れた事で、私ももう既に立派な狩人という訳だ。このヤーナムにそういった文化があるという事は、ほんの少しだけ調べていた。狩人。独特の素早い動きで敵を翻弄し、殺す。その様はまさに「狩り」と呼ぶに相応しかった。巧みなステップと扱いの難しい武器、人間とは思えない異常な跳躍力。それは私に存在するかは怪しいが、確かに私も狩人となったのだろうーー穢れたよそ者ではあるがーーなぜなら、もう既に私も心のどこかで血を求めているからだ。この手記を書いている今でも思い出す。敵の返り血を浴びたときの高揚感。狩りを行うたびに、私の身体の全身から力が漲ってくるようだった。従軍時代の私が酒に酔っていたとするのならば、狩人となった私は血に酔っているのだろう。なにより、血こそが糧となるのだから。
「私がそれを、
彼女なら、さらにそれを上質なものとして叶えてくれるのだ。血の遺志を、自らの力とする事。文字通りの意味で、だ。
「獣を狩り……そして何よりも、あなたの遺志の為に……どうか私をお使いください」
そう、私自身の遺志で……獣を狩るーー血に、酔う。
*
先ほどまで丸腰だった私は、右手にノコギリ鉈、左手に獣狩りの短銃を持っている。夢に出てきたツルツルの異形ーー使者と言うらしい。人形曰く、「可愛らしいですね」らしい、が……私にはそうは思えないーーが私に健気に差し出してきたのだ。健気というと、まさか私がこのツルツルを可愛らしい等と考えている様にも捉えられるが、決してそうではない。決して。
*
「やぁ、君が新しい狩人かね」
狩人の夢にはもう一人だけ、住民が居る。車椅子に乗った老人だ。
「あの、えっと」
「ようこそ、狩人の夢に」
私がたじろいでいると、老人はまた語りだす。そして、ここで私はここが狩人の夢という名の場所であることを知る。
「ただ一時とて、ここが君の『家』になる」
「家……?」
つまりは、拠点である。獣狩りの夜を行う上での、本拠地。元々は、狩人の隠れ家だったらしい。
「あの、貴方は?」
私は、あの診療所に連れていってくれた老人にも聞いたことを、この車椅子の老人にも聞く。
「私は……ゲールマン。君たち狩人の、助言者だ」
助言者……今思えば馬鹿馬鹿しい。そう、助言者ゲールマン。この夢の……いや、この牢獄の、主でーーやめよう。やはりこの話は書く気になれない。
「今は何もわからないだろうが……」
全くだ。
「難しく考えることはない」
済まないな、もう既に何度も考え込んでしまっている。
「君は、ただ、獣を狩ればよい。それが、結局は君の目的にかなう」
私の脳裏に、ふとあの言葉が蘇るーー『青ざめた血を求めよ。狩りを全うするために』ーーつまり、獣を狩れば、青ざめた血を求められるのか?そもそも、青ざめた血とはなんなのだろうか?……私は、また難しく考えてしまっていた。
そうしてゲールマンは、この工房の説明をした後、最後にこんな事を言った。
「残っているものは、すべて自由に使うとよい。君さえ良ければ、あの人形もね……」
それはどういった意味なのか。邪推を孕ませながらも、今後はありがたく使っていくことにした。
*
狩人の夢で準備を済ませ、そして私は夢から覚め、先ほど死んだ直前の場所に居た。行くしかない。私の使命は、「獣を狩り、青ざめた血を求める」事なのだから。