ラフムに転生したと思ったら、いつの間にかカルデアのサーヴァントとして人理定礎を復元することになった件 作:クロム・ウェルハーツ
+SIDE:アーチャー+
冬木の新都。その中でも最も高い建物の屋上に一人の男が佇んでいた。黒い服を着た褐色肌の男だ。白髪をビル風に揺らしながら、彼は今し方、自分が破壊した跡を何の感慨もなく見つめている。
彼の醸す雰囲気は常人のものではない。それもそのはず。彼はサーヴァントと呼ばれる存在だ。人と変わらない姿だというのにも関わらず、その戦闘力は戦闘機一機分とも言われる。事実、彼が破壊したのは高層ビル数棟にその周辺にあった中、小規模の建物。矮小なる人の姿でありながら、彼は瞬きの間に大規模破壊行為をしてみせた。
彼は弓に矢を番える。
“弓”そして“サーヴァント”という彼を
サーヴァント・アーチャー。それが彼の正体だ。
物陰に隠れる獲物が間抜けにも姿を現すのを待つ彼だ。
アーチャーは目を細める。彼の目に映るのは赤と黒。目の前の赤い火と黒い闇に覆われた冬木の街は彼に己が主人のことを想起させた。
///
アーチャーはある人物に呼び出された。アーチャーが呼び出された先には黒い影が一人、佇んでいた。
洞窟の中、膨大な魔力が立ち昇る孔を見つめるアーチャーの主人は黒い甲冑を身に着けた人物だ。黒い甲冑の人物は冷徹な声で彼を叱咤する。
「遅いぞ、アーチャー」
「それは済まない。私にも色々と仕事があってね」
「キャスターは放っておけ」
「しかし……?」
彼らにとって、唯一の敵であるサーヴァントのキャスター。それを放っておくように言った主人の言にアーチャーは当惑する。アーチャーのその様子を感じ取ったのだろうか。黒い甲冑の人物は振り返る。
細い金の髪と獣性を感じさせる黄金の瞳。だが、その貌はまだ年端もいかない少女だ。一種、蠱惑的且つ暴力的なカリスマ性──尤もカリスマ性は彼女と方向性を同じくしている者にしか作用することもなさそうではあるが──を感じさせる少女は目を細め、アーチャーへと宣言した。
「キャスターよりも先に仕留めなくてはならない奴が現れた」
「先に仕留めなくてはならない? カルデアのマスターのことか?」
「いや、カルデアのマスターについては後回しでいい。それこそ、キャスターよりも、な。だが、一人……いや、一体だけ潰さなくてはならない」
「一体だけ?」
「見たら解る。行け」
「随分と辛辣な扱いだな。しかし、君がそう言うならば私は従うしかない。私は君の従者でしかないからな」
皮肉を口にしたアーチャーは肩を竦め、踵を返した。
「アーチャー」
「どうかしたか?」
去りゆくアーチャーへと声を掛けた黒い甲冑の少女は無表情ながらも、少しの迷いを見せていた。が、一度、口を閉じた彼女は常の様に力強く言葉を紡ぐ。
「武運を」
「君もな、セイバー」
主人の言を受けたアーチャーは颯爽と戦場へと繰り出すのであった。
///
アーチャーの唇が歪む。
通常の霊基状態の彼ならば、感情を表すことはない。特に、弓を番えている時、彼は自己を自分で喪失させ虚無に近づくことで矢の命中率を引き上げる。
だが、今の彼は通常の彼ではない。泥に塗れ反転したアーチャーは愉しみを見つけた。
アーチャーの鷹の瞳が影を捉える。と、間髪入れずに矢を放った。
バケモノに対し、慈悲を与えるような感情をひっくり返されたかのように、今の彼には見当たらない。
アーチャーは凄惨に嗤うのだった。
+SIDE:ラフム+
壊れた壁から『トウッ』と出て走り出す。全速力で走れば、10秒も掛からずにアーチャーの所まで行けるだろう。今は小指の先よりも小さな黒い影、遠くに見えるアーチャーだ。まあ、ラフムには小指とかないんですけどね。
ラフムがトップスピードに乗るために姿勢を低くした瞬間、ビルから赤い光が瞬いた。爪を顔の辺りに掲げると、重い衝撃を感じる。けど、構う暇はない。
爪で弾き飛ばした矢に注意を向けることなく、ラフムは足を止めずにビルの端から飛び降りる。
空中に跳び出したラフムを逃すような甘い相手じゃない。続け様に矢が何射も放たれるが、爪をしっちゃかめっちゃか振り回すことで弾き飛ばす。
ん? 矢の雨が止んだ。ラフムには矢など無駄だと思ったのだろうか? いや、アーチャーのことだ。干将・莫耶でラフムを仕留めようという魂胆だろう。
まあ、いい。どちらにしろ、近づき易くなった。あとは、どこかから黄色い雨合羽を拾ってからエレベーターに乗って屋上まで行こう。着物も赤いジャケットもラフムの体には入らないし、それは仕方ない。諦めよう。
そんな訳で、全力で足を動かしてビルからビルへと近づいていく。大体、走り始めた場所からアーチャーの所まで半分の所まで来た。ビルの屋上を見上げる。赤い光が大きく輝いていた。
あかん。あれはあかん。
直感でしかないが、無防備に喰らったら死ぬ。ランサークラスでも死ぬ時は死ぬ。
ラフムは足を止めて、両腕と両側腕を前に構える。腰を落として衝撃に備える準備を整えた瞬間、見つめる屋上の光が射出された。ミシリという腕。痛みに耐えながら腕を無理矢理開いて放たれた矢を弾き飛ばす。矢を弾き、再び走り出したラフムの耳に聞こえるのは空気が震えた音。どうやら、アーチャーが全力で放った矢は音速を超えていたらしい。怖い。
けど、あれだけのチャージ時間だ。もう一発、同じようなものを放つには、それ相応のチャージ時間が必要。その前に、ラフムの足ならアーチャーへと辿り着ける。
ビルの端から別のビルへと飛び移るべく、ラフムは足を曲げる。
「eqe!」
体がぐらついた。原因は背中への衝撃。
空に投げ出されながら、首を後ろに回すと先ほど弾き飛ばしたハズの矢がラフムの背中に刺さっていた。浅くではあるものの、尖ったものが体に刺さっているという事実は精神衛生上よくない。側腕を動かして矢を取り外そうとした瞬間、矢が一際赤く輝きだす。
「3、7f@e……」
ラフムの呟きは爆発音に掻き消された。背中の矢が爆発したからだ。オデノカラダハボドボドダァ! というか、クラス相性は? ないの? すっごく痛いよ、これ! こんなんなら、一人で来るんじゃなかった!
ぶっ飛びそうな意識をなんとか繋ぎ止めながら、上方向へとぶっ飛んでいく。
ラフムは意識を切り替える。
敵は強い。なら、全力で叩き潰す。
吹き飛ぶ体を素早く回転させて、ラフムは吹き飛んだ方向にあるビルの壁へと爪を突き刺して方向転換する。向かう先は上。壊れた幻想で後ろから前、つまり、アーチャーがいるビルの方向へと吹き飛ばしたのはアーチャーの慢心だ。
スピードが落ちてきた。
更に一回、二回と爪をビルに突き立てて、腕力で体を上へと弾き飛ばす。屋上が見えてきた。そして、驚愕に染まるアーチャーの顔も。
ガチリとビルの出っ張りに爪を引っかけて体を半回転させながらアーチャーの顔目がけて爪を繰り出す。しかし、それはアーチャーも予測していたのだろう。ギリギリで躱したアーチャーは魔術で創り出した手の弓を消して、新たに何かを創ろうと魔力で骨子を設定する。カウンターをしようという算段だろう。
けど、それは許さない。
ラフムの側腕が唸った。しかし、航空障害灯の光でアーチャーの顔に影が差したことで気づかれた。一瞬で身を翻してラフムの爪を避けるアーチャーを苦々しく思いながら、ラフムはアーチャーと同じビルの屋上へと降り立つ。
「貴様……」
アーチャーも苦々しくラフムを睨んでいた。その頬にはラフムの引っ搔いた傷による赤い線が一本、引かれていた。やはりと言うべきか、予想通りラフムの前に立つ男はアーチャー:エミヤだった。
「ck:Zb4uzot@j5w@、9m70qdk:yt@i2@.mksgqedwfe.jeu?」
相手は緑川光ボイスでもなくランサーでもないけど結構な面構えな所は同じ。二槍流と二刀流な所も似てるしネ! けど、ラフムは……悪いが四刀。
両手と両側腕を掲げて見せる。女難の相持ちめ。14送りにしてやる!
「何を言っているか分からんが……私と戦おうという気概は認めよう」
アーチャーの魔力が高まる。
「I am……うぉッ!?」
あっぶねェ! こいつ、いきなり宝具を使おうとしてきやがった。慌てて爪をアーチャーへと向けるが紙一重で避けられた。
だから、使わせない。魔術に集中する時間も与えない。けど、相手は英霊。自分の力を高め続けた英雄の現身だ。慌てたのはラフムの一撃目のみ。しかも、その一撃目も躱された。
「
「!?」
余裕を取り戻したアーチャーは呟きながら魔術を発動させていく。
「
させないように何度も爪を振るう。けど、避けられる。
「
止まらない。アーチャーの後ろに次々と剣が現れていく。
「
四本全ての腕を使うが軽々とアーチャーは避けていく。
「
蹴りを繰り出したが、咄嗟に後ろへと飛んだアーチャーは上手く衝撃を逃がしたようだ。大したダメージは与えられていない。アーチャーが勝利を確信したように笑みを浮かべる。
それもそうだろう。あの量の宝具の直撃を受けて耐えられるサーヴァントなんてスパルタクスぐらいだろう。
ここまでか。
バビロニアでも同じことを思ったなと考えながらラフムは腕を下す。
「ラフム!」
「jrq\!?」
諦めかけた時、マスターの声がラフムの耳に届いた。顔を左へと向けると、そこにはマスターとマシュの姿。
アーチャーもマスターの姿に気が付いたようだ。しかし、まずはラフムを殺すつもりなのか投影した宝具の照準はラフムに向いたまま。
「遅い……!」
「マシュ! 第一スキル使用!」
「了解しました、マイマスター。今は脆き雪花の壁!」
飛んでくる武器に向かって爪で迎撃する。が、それは爆発した。籠める魔力が少なかったのか屋上が下に抜けるほどの爆発ではないものの、それは確実にラフムへとダメージを与えるものだった。
体に奔る衝撃。
洗濯機の中に入れられたようなそんな感覚だ。ラフムの周りで宝具が爆発している。だが、そんな絶体絶命の状況でもマスターはラフムを信じてくれていた。
「ラフム! 第一スキル使用! けたけた笑い!」
「:q:q:q!」
ラフムは爆発で起きた煙の中から高らかに笑う。
FGOの中では、敵単体の強化状態を解除&防御力をダウン(3ターン)&無敵貫通状態を自身に付与(3ターン)という効果でとても厭らしいと思ったラフムのスキルだったが、今、自分が使うとなると、とても素晴らしいものに思える。
「魔術礼装 カルデア第一スキル使用! 瞬間強化!」
敵へのデバフの次は自分へのバフ。それは鉄則だ。
マスターの魔術礼装によって、攻撃力が上がったラフムは一度、マスターと目を合わせる。
「ラフム、頼んだ」
「l)4te、MY MASTER」
ラフムは右の爪を掲げてアーチャーへと迫る。アーチャーは避けるつもりはないのだろう。控えているサーヴァント・シールダーがいるため、短い時間でラフムを倒して次に備えなくちゃならないアーチャーは、ラフムの攻撃を防いだ後、ラフムを一刀の元に葬り去るという腹積もりだろう。投影した干将・莫耶がオーバーエッジ状態──刀身が伸びて鳥の羽のような細工が施される状態──になっていることからも確定的に明らか。
つまり、正面からのぶつかり合いだ。
腰を捻り、爪をアーチャーへと突き出す。それをアーチャーは双剣を交差させて防ごうとした。だが、今のラフムは身体能力がマスターにより強化されている状態。そして、今のアーチャーはラフムのスキルによって防御力という概念が弱体化されている状態だ。
ガラスが割れるような音が響き、ラフムの爪は双剣を叩き折った。そのまま、勢いを止めることなく、ラフムの爪はアーチャーの腹へと突き刺さる。
「カハッ……」
信じられないという目付きをして、ラフムを見つめるアーチャーだったが、視線を右に移して合点がいったように目を細めた。
「そうか、マスターか」
光の粒子へと変わっていくアーチャーは優しい目でマスターを見つめた。
「私は“護りたい”という意志がいつの間にか欠けていたようだ。皮肉なものだな。力を手に入れた故に意志を見失うとは。……ラフムとか言ったか?」
「c4、LAHMU」
「いいマスターを持ったな」
その言葉を最後にアーチャーの姿は消えた。
「敵性サーヴァントの消滅を確認。先輩、次はどうしますか?」
「まずは、ラフムに紹介しないと」
「そうでしたね。ラフムさん、こちらへ」
マシュが手招きをする。誰か紹介する人がいるようだ。
マスターとマシュの元に歩くと、ぐにゃりと空間がねじ曲がった。隠蔽の魔術だ。そこから出てきたのは、オルガマリーだ。魔術を使って姿を隠すことができるとは流石、所長だ。
そして、もう一人。青い服を着た男がいた。
「アイツを倒すなんて、やるじゃねェか。見た目じゃ分からねェもんだな」
「h\a’y!」
「今、なんつった? 焼くぞ」
怖ッわ……。
クーちゃん怖い。
ラフムを睨みつけるのはサーヴァント・キャスター。光の御子クー・フーリン、その人だった。