あのとき、私は何もできなかった。
兄弟姉妹が切り捨てられていく中、尻尾を巻いて逃げるしかなかった。母と親族の首が吊るされ、苦しんだ末動かなくなるのをただ見ていることしかできなかった。
最後に、無念の思いを抱えた父の首が宙を飛ぶのを見ていることしかできなかった。
私は、あまりにも無力だった。
どうして私だけ生き残ってしまったのだろう?
誰もその問いには答えてくれない。無意味なことだって分かっているはずなのに、私はただ、ぼんやりと当てもない山道を歩いた。
不意に足元を這う木の蔦に足を取られた。転んで擦りむいた私の手の平からは、真っ赤な血が流れた。
『血だ。これは、私の血。抗いようもない、私の証』
怒りが込み上げてきた。何に向けたものなのか自分でも分からない、やり場のない怒りだった。だからだろうか、感情の昂ぶりが鎮まると虚しさが私を襲った。
物音一つ聞こえてこない、真っ暗な道はこれからの私の運命を表しているかのように思えた。
射命丸という名を背負うことに不安しかなかった。
自分のような、いつもいつも後ろ向きな意気地なしが使命を全うできるはずがないと。本来死ぬべきだった私だけが生き残ったって何もできないと、そう思っていた。
それでも諦めきれなかったのはきっと、父の最後の言葉の所為。
『茜、よく聞いて欲しい。これから私は処刑されるだろう。……いや、私だけではない。一族の者は皆、処刑されることになる。だがな、奴らの好きにはさせない。我々が全てをかけてお前を逃がす。だから……奴らの計画を防いでほしい。何としてでもだ』
そう、これは呪いだ。
だってひどい話じゃないか。
散々今まで私を射命丸の面汚しと叱りつけてきた癖に、最後の最後になってあんな風に頼んでくるなんて。お前にしかできないと言われてしまったら、私が、そんな、断れる訳がないじゃないか。
だって全てから逃げるだけの勇気も持ち合わせていないのだから。
それから、私は惑いながらも協力者を得るべく各地をまわった。しかし、先に鷹派は手を回していたらしく、相手先は断るかこちらを捕らえようと襲いかかってくるばかりだった。
断られて、断られて断られて。
裏切られて、裏切られて裏切られて、そしてまた、裏切られて。
次第に私の心は擦り切れていき、無理やりいつものように笑って自分をごまかすようになった。笑う度、心にどんどんとひびが入っていくのが分かっていたのに。それを埋めるように私はまた、笑った。
心の内で、『辛い』、『もう嫌だ』と現実から逃げようとする自分が嫌いでならない。
どうして私なんかが生き残ってしまったのだろう。立ち止まってしまっていた私はただ、運命を呪った。
そして数カ月。もう頼るところが他になくなった頃に、辺りでは見かけない、奇妙な出で立ちの二人組の話し声が聞こえた。曰く、“境界”の妖怪と呼ばれている。曰く、“始まり”にして“最後の”祝福されし子。
どうして彼女に頼ろうとしたのかは分からない。しかし、これが駄目ならそのときこそ諦めよう、そう私は決意し少ない情報を頼りに能力で彼女を探した。
そして、彼女と出会った。
今からすれば、本当に彼女との出会いは偶然だとしか思えない。
『一目見れば何となく分かるわ。さあ、早く出て行ってくれないかしら? 私、眠いの』
怖い人だと思っていた。しかし一言、二言話しただけで怖くなくなった。同時に、この人じゃなきゃダメだ、絶対にここで諦めちゃダメだと、強く思った。その後も必死に懇願した末、
『いいわ。協力してあげる』
声を聞いて、震えた。
私が呪った運命は、ここで変わったのではないだろうか。
私は弱かった。そして弱い自分を言い訳にして、何もできないと決めつけて、一人苦しんでいただけだった。
でも、今は違う。
あの人と会って、少しだけでも変われた気がするんだ。
あの人は、私に抗えるだけの力をくれた。何もできないと思い込んでいた私に、自分で決めつけていた限界を超えてみせろと言った。戦うたびに自分が一日前の自分よりも前に進めているような気がして。
『紫さん。私は貴方に出会えなければ、ずっと見失ったままだったかもしれません』
『へえ、何を?』
『自分です。やはり心は、他者あってこそ変わっていくものなのですね』
『……そう。まあ、貴方の好きなように解釈すると良いわ』
『はい……』
——。
意識を戻す。
頬に当たる風は、いつもよりも暖かく、私の背を押してくれていて。背中の翼を目一杯広げれば、風を掴み、ぐんぐんと前に進む。
うん。今日の風は、私の味方をしてくれている気がします。
「茜殿、どうかされましたか?」
「——ほえ?」
あ、うっかりして変な声が出てしまいました。
妖忌さんは気配を隠すのが本当にお上手ですね。それに、今は結構な速さで飛んでいるはずなのに、妖忌さんは簡単に追いついてきています。速さだけが売りの私ですが、自信なくなっちゃいそうですよ……。
でも私、そんなにぼうっとしているように見えましたかね?
「い、いえ。まだ一年も経っていないというのに懐かしいと感じてしまいまして。不思議なものです」
隣で悠々と飛ぶ妖忌さんは少し眉を上げました。少しだけ穏やかな表情と言いますか、普段私と接するときはあまり見られないお顔です。
「…………貴方は——」
「?」
「いえ、なにも言いますまい。お気になさらなず」
気にはなりましたがここで聞くには野暮というもの。それに今は、目の前のことに集中すべきです。
あと少しで天魔の屋敷に到着するのですから。
父を、母を、私の家族を奪った元凶がこの先にいる。
それだけで私の体はかっと熱くなって、冷静でいられなくなってしまいそうになる。でも私は、前の私とは違うんだ。
「(いきますよ、茜。腹を括りなさい)」
——私は今日。過去の自分と決別する。
******
天魔の屋敷。それは人里から離れた山々の内、ひと際高い山の頂上付近に建っている。そもそも天狗という種族は高度な社会構造を持ち、身分が高いもの程山の高い所に住まいを持つ。ゆえに天魔とは天狗の長であり、鬼という種族を除けば、山の長でもあるのだ。彼らは誇り高い種族としても知られ、弱者と認めた者には高圧的に接する。山の頂上に君臨することは彼らにとって一つの誇りであった。
そんな妖怪の山の見張り台には二人の白狼天狗が立っていた。
現在、大天狗を含めた“射命丸に仕えていた部族”の者達が月への侵攻に駆り出されており、天狗の里全体でいえば、守りが薄くなっている。
しかし山の天狗すべてを敵に回すようなものがいない限り、何も起こらないとはいえ天狗達は警戒を怠りはしなかった。
「暇だな」
「ああ、今頃大天狗様たちは月の都に攻め入っているというのに、まさか俺たちが門番を任されるとはな。早く鬼との全面戦争になってほしいものだ」
「そうだな。今度こそ、我らの力を見せつけてやる」
他愛もない話をしながらも、彼らは決して気を抜くようなことなく門番の仕事をこなしていた。そんな二人だからこそ、異変に気付くのも早かった。
「おい……、なんだあれは……?」
「どうした?」
白狼天狗の内の一人は、迫りくる二つの影を捉えた。鋭い妖力を伴いながら空から高速で接近するものと、妖力を感じさせない不気味なもの。これまで妖怪の山に攻め入ろうとした狼藉者は少なくないが、ここまで察知されずに来た者はいなかった。それゆえ気が緩みがちになっていたが、
「近づいてくる……、これは……」
「ああ、分かってる。お前は報告に行け。俺は曲者を抑える」
「了解」
しかし、二人は任務に忠実な白狼天狗である。
訓練通り、すぐさま一人は応援を要請しつつ警戒を周囲に伝えに行き、もう一人は刀を抜いて臨戦態勢を取る。ここまでにかかった時間は、ほんの数秒。彼らがよく訓練され、実戦経験を積んでいることの成果でもあった。
「さて」
残った白狼天狗の青年は空を見据えた。すると不意に、空から接近する二つの影の内、一つが加速を始めた。
まさか、着地する気がないというのか。
それとも、なにか作戦があってのことなのか。
そもそもあれは、生物なのか?
状況を整理し最適な行動を取るべく思考をしている最中、黒い物体はまた加速した。
速い。速すぎる。
もはや判断する余裕も与えないような速度である。
「……!? おいおい、まだ加速するのか。冗談じゃないぞ……?」
ここで初めて彼の額に汗が流れた。
「くそ、速いっ!!」
一直線に自分めがけて飛んでくるというのに、もはや目で姿を捉えることはできない。しかし軌道だけならば先読むことができるはずだ。そう判断した彼が握りしめた刀をもってして受け止めようとした瞬間、
「——グハァッッ!??」
白狼天狗の青年はみぞおちに
立ち昇る土煙に、木々が何本もへし折れる物音。まさに恐るべき破壊力。
たったの一撃で白狼天狗の屈強な兵士を戦闘不能にまで追い込んでしまったのである。
「くそ……き、貴様……何者だ……?」
彼は暗くなった視界で、懸命にその職務をなそうとしていた。しかし、彼の不運は相手が“着地”という概念をかなぐり捨てた変わり者であることにあったかもしれない。
「はわわわ、ご、ごめんなさい……着地、失敗しちゃいました……」
「茜殿。彼はすでに、もう……」
「え、わぁぁぁっ!!? ま、まさか私、やっちゃったんですかっ? そんな、天狗の里の若い白狼天狗の命を、私は奪ってしまったと……!!?」
「……」
「何か言ってくださいよぉぉぉぅぅ……」
報告に向かった白狼天狗を無事気絶させ、木に縛って戻ってきた妖忌の肩をがくがくと揺する茜に、呆れたように言う。
「いえ……その方は死んではおりません。気を失っております」
「よ、よかった……」
胸をなでおろす鴉天狗の少女に少々呆れながらも、まあこれが平常運転かと妖忌は納得した。
こうして射命丸茜は、約半年ぶりに妖怪の山へと降り立った。
そしてこの瞬間、天狗の里を支配する鷹派へのクーデターが始まった。
******
「あ、茜様!! こちらでございます」
見張りの白狼天狗を見事に無力化した後、二人は件の協力者を名乗る鴉天狗の少女と落ち合った。茜が天狗の里から逃亡する手助けをしたほか、里内部の情報を密かに流してくれたのも彼女である。
予定していた時刻通りに集合場所へ姿を現した協力者の少女は、茜に会うなり涙を流して再会を喜んでいた。
少女が泣きべそをかきながら言うには、射命丸が過去に作り上げた抜け穴を使えば、誰からも気づかれることなく天魔の屋敷に向かうことができるらしい。
「ありがとうございます。貴方のおかげで、戦闘を最小限に抑えられそうですよ」
「え、えへへ」
この見るからに非力そうな少女は射命丸に仕える部族の一人で、追手に狙われる前に里を抜け出したため、今日まで生き延びられたようである。
嬉しそうに『茜様、茜様っ』と名を呼ぶ少女の姿に、妖忌は警戒を解いた。紫からは忠告を受けていたが、この様子ならば裏切るようなこともないだろう。
ただし、いつまでも再会を喜んでいるわけにはいかない。
先ほど見張りの二人の気を失わせた以上、他の者達に気づかれることは確実。時間を惜しまなければならなかった。妖忌が声をかける前に少女の肩に両手を置いて体を離した茜は、それまで綻んでいた表情を引き締める。
「私達は急ぎ天魔の屋敷に向かいます。もう少しですから、貴方は今しばらく身を隠していてください。それでは、あまり時間がないので私達はこれにて——」
「……ふえ? あ、ちょっとお待ちをっっ!!?」
半年間の修行を経て力をつけた茜の加速力は、並みの天狗の比ではない。
一呼吸遅れた少女が茜達二人の方を向けば、
「……」
そこには既に誰もいなかった。
「……え? あれ、ちょっと待って……」
一瞬、膠着した後に再起動した少女。
再会を喜ぶあまり、何か忘れてはいなかっただろうか。
「あ、あぁぁぁっ!!?? まずいまずい急がなきゃ!!?」
本来なら連れてくるはずであったのだが、茜が無事であったことに安堵した彼女は、“使命”がすっかり頭から抜け落ちてしまい、
「(ぬ、ぬかったぁ~っ!?)」
茜に“あること”を伝える機会を逃し、先に行かせてしまったのであった。
何という失態か。
とある人物を茜の元へ連れてくるべく、少女は森の中を懸命に走った。
一方、先に進んだ二人は順調に天魔の屋敷まで辿り着くことに成功した。その道のりでは邪魔立てにあうこともなく、抜け穴の途中、茜が数度にわたってドジを踏んで
協力者の少女ではない、何か別の存在の思惑があるような。
その嫌な予感は、見事に的中する。
「誰もいない……」
天魔の屋敷内、そこには誰もいなかった。門番を含め、警備の者が誰も天魔の屋敷にいないのである。
いくら警備が手薄くなっているとは言え、異常であった。順調に進み過ぎていたことも相まって、この事態があらかじめ作り上げられたものではないかという懸念も生まれる。
二人は慎重に屋敷を捜索した。
「妖忌さん、この匂いは……!」
屋敷の奥に侵入し、大広間へ続く薄暗い廊下を歩いたところで茜が異常に気づいた。
「血の匂い、ですな。それもまだ新しい……」
二人の歩みが速くなる。茜はなにやら胸騒ぎがしていた。天魔の屋敷は広いとあって、中で何があろうと外まで音が聞こえてこない。
外部に情報が漏れぬようになっているのだ。
「急ぎましょう」
「そうですな」
ぱん、と乾いた音と共に襖を開く。
外の光が入らない構造となっており、灯が消えているせいか部屋の中は薄暗く、ようやく目が慣れると二人は部屋の有り様を目撃した。
「馬鹿な……」
そう呟いたのは妖忌である。
床にこびりついた大量の血痕。部屋いっぱいに漂う血の臭い。
「死んでいる…………!?」
鷹派の幹部達は動かぬ屍となっていた。皆自らの首に短刀を突き立てて、そのまま掻っ切ったようである。
勢いよく噴き上げたらしい血液が壁を濡らし、広間の床には、大きな血だまりができていた。
「情報が漏れていた線は薄い。ならば彼らはどうして?」
天魔を含めた天狗達の顔は皆、無表情であった。彼らは何を思い自害したのか、死に顔からはまったく想像がつかない。
不気味なまでに屋敷内が静かだと思えば、まさか死んでいるとは。
なぜ、外の天狗達は気づけなかったのか。定期的に報告に来る者がいるはずであるのにも関わらず、明らかに不自然である。
「茜殿?」
妖忌がことの次第を考えていると、隣の彼女の様子がおかしかった。
「……茜殿?」
「ッ!? あ、いや、なんでもありません……」
それは青ざめた顔で、すぐに妖忌の方を向くやいなや何でもないように振舞っていたが、明らかに顔色が悪かった。
「ふむ。ならばよいのですが……」
妖忌は聞こうにも聞けない。彼女が一体どんな思いでここまで来たのか、彼には計り知れないからである。
ひとまず、二人は状況を整理した。
一つ、鷹派幹部は一人残らず自害している。
二つ、他殺の可能性は低い。
三つ、外の他の天狗達がその事実を知っている様子はなかった。
本来の目的は茜が首を挙げることである。しかし、それを遂行することは不可能になってしまった。
だが、ここで彼女の天魔継承権が関係してくる。射命丸は確かに滅亡したが、その名は未だ天狗の里で大きな意味を持つ。すなわち現時点での次期天魔候補筆頭は、茜ということになるのだ。
天魔の親族に継承できる者はいなかったことが幸いであった。
「茜殿。計画に狂いは生じましたが、それは致命的ではありませぬ」
「はい……。分かっています。ひとまず、ここを出ましょう……」
茜は一度振り返り、天魔の骸を見つめた。
死んだ者の目は無論、何も移していない。
茜は手を握りしめた。
その手からはどす黒い血が滴り落ちた。
******
天魔の屋敷を出る折、屋敷の戸口付近に何者かの気配がした。
なんの前ぶりもなく、突然のことであった。近づいて来るのではなく、何もなかったところから急に現れたのである。そんなことができる人物は一人しか心当たりがない。
急ぎ気配がした屋敷前へと向かえば、そこにはぼろぼろの姿の鴉天狗がいた。
「ッ!?」
立ち尽くしていたのは父の腹心の家臣でありながら、鷹派が権力を握ったと共に裏切った男。
そして、茜の父の首を刎ねた張本人。
茜からすれば正直、先程の天魔を含めた鷹派の幹部よりも憎い敵であった。
「大天狗、なぜ貴方が……!?」
驚愕のあまり、茜の声は震えていた。
その男は大天狗。月の都攻めを任された天狗の里における重役である。
どうして月の都で戦っているはずの大天狗がここにいるのか。到底信じられないことであった。
「貴方は月の都に攻め入ったはずでしょう!? それなのにどうしてっ——!!」
「……」
大天狗は口を開かなかった。
彼自身、自分の身に起きたことを飲み込むのに精一杯といった様子であった。
その様子を察しながら、茜は半ば衝動に突き動かされて大天狗に飛びかかった。すぐさま両手で大天狗の胸倉を掴むと、服に跡が残りそうな程に皺が寄った。
この時点で茜の頭の中は真っ白になっていた。
「答えなさいっっ!!」
「…………」
いつも温厚で腰が低い彼女にしては珍しい、怒気をはらんだ声。なおも答える素振りを見せないことに苛立った茜は腰に差した刀を素早く抜き、その刃を大天狗の首に当てた。
「もう一度言います……私の質問に答えなさい。これは天魔後継者たる私の、正当な権利。拒否の意思が見られた場合、即刻、この場で首を刎ねます」
もはや同一人物かと疑うほどの冷え切った声に、妖忌は彼女の中に潜む黒く煮えたぎるような憎しみを見た。天魔の屋敷を襲撃する前はあれほどいつも通りであったというのに、大天狗に向ける殺気は尋常ではない。
「(よほど、恨んでいるのでしょうな……)」
しかし彼は両者の因縁など知らない。あくまで天狗の里において部外者である彼はただ、今はことの成り行きを見守る他なかった。
「次期……天魔……か」
ぽそりと大天狗は呟く。
「そうか…………貴方様が——」
それは多くの思いが込められた言葉のように、妖忌には感じられた。
「アレの言うことは、やはり戯言ではなかったのだな……境界の妖怪、まさかここまでとは……」
「……境界の、妖怪……?」
『境界の妖怪』。その言葉は茜に、何があったのかを悟らせるのには十分であった。先ほど大天狗が急に姿を現したことからも、察しはついていたし、答えは出たようなものである。
しかし茜は信じたくなかった。
「そんな、紫さんが……どうして…………!?」
茜の瞳が揺れた。
月から地上への転送を可能にする者など、茜の知るところ一人しかいない。すると大天狗の言ったことが本当なのであれば、紫は彼が逃げ延びるのを助けたことになる。
「……嘘です……、紫さんがそんなことするはずないっ!!」
信じていたからこそ、現実を受け止めることができなかった。
紫は何か考えあってのことで大天狗を助けたのかもしれない。大天狗は里の者からの信頼が厚く、なるほど彼を従えることができれば天狗の里を支配するのは容易いことだ。
しかしその時の茜は、自分の気持ちと天秤にかけたとき、利を優先できるほど冷静にはなれなかった。
たとえ自分に辛く当たる父親でも、兄弟姉妹の面倒を見るのに手一杯で、あまり自分のことを見てくれない母でも。そして度々自分に面倒をかけて来る兄弟姉妹たちでも、茜にとってはかけがいのない家族だった。
「茜様、よくぞご無事で……」
だからこそ、
「私の最後の心残りでした……貴方様が生き延びられること」
無性に、茜は腹が立った。
今まで燻っていたものが一気に燃え上がり、よくもそんな口が聞けるものだと、怒りが込み上げてきた。
「黙りなさい……」
「貴方に切られるのなら、それこそ本望」
大天狗は茜の刀を掴むと自分の首に刃をさらに強く押し当てた。
たらりと、首から血が流れていく。
その赤を目に止めた瞬間、茜は自分の血が沸き立つ感覚を覚えた。
「いいでしょう。貴方がそれを望むなら、私は喜んでお前を切り捨ててやる」
今の茜を放っておくのはまずい。
そう直感した妖忌が声をかける。
「茜殿! しばし頭を冷やされよ。その者の首を取るよりも先に、事態を把握すべきでしょう」
「妖忌さん! これは私の問題です。それに鷹派の幹部は皆、粛清しなければなりません。大天狗も里の重鎮の一人。いくら紫さんが見逃したとはいえ、私は逃すつもりなど毛頭ありません!!」
「——っ」
妖忌はこの場で最も冷静であった。それゆえひとまず大天狗から話を聞き出すべきだと考えていたが、茜の異常なまでの復讐心を見誤ったばかりに手を打つのが一歩遅れてしまった。
妖忌の制止もあえなく、刀が振り下ろされる。
「——覚悟っ!!」
間に合わない。そう妖忌が悟った瞬間、
「どうかっ、おやめください!! 茜様っ!!」
「その方を切るのならば、まずは我々からお切りくださいませ!」
一際大きな声が天魔の屋敷に響いた。
すると、一人の鴉天狗の女性が茜と大天狗の間に両手を広げて立ち、声を張り上げて言う。
「大天狗様は貴方様の敵をしていたわけではないのです! ずっと、陰ながらも貴方様の味方であられたのですよっ!!」
茜の瞳が、鴉天狗の女性の背後へと向かう。
彼女の後に続いて現れたのは、数十人にも及ぶ、大天狗の部下達であった。
「先代天魔様は貴方様を逃すよう、大天狗様にお命じなさったのです!」
大天狗同様、どうして紫は彼ら大天狗の部下を逃したのか。
ほんの少し茜は躊躇したかのように見えたが、首を振り、
「控えなさい。貴方達が何を言おうと、この場でこの男を切ることに変わりはありません」
彼らの訴えですら切って捨てた。すると強引に目の前の鴉天狗の女性をどかせ、再び太刀を振り上げた。
彼女は誰かの言葉に耳を傾けるだけの余裕が残されておらず、早く目の前の男を斬り捨てて楽になりたいという気持ちが心を支配していた。度重なる出来事により、彼女自身、怒りのやり場を失っていた。
「(全て終わるんですよ……。こいつを、斬れば——)」
しかし、状況は茜の味方をしなかった。
「っ!?」
にわかに、周囲が騒がしくなり始めた。
これだけの騒ぎがあったせいか、鴉天狗、白狼天狗の区別なく里の天狗達が様子を伺いに集まってきていた。もはや縦社会の連携が乱れ、支配の効かなくなった結果、天魔の屋敷になだれ込んでいるのであろう。
「……騒がしくなってきましたね」
本意ではないが、大勢の前で首を刎ねなければなくなった。
そう歯噛みする茜であったが、心はどんどん余裕を失っていく。
精神的に追い込まれる茜であったが、辺り一帯に響くほどの大声に意識が向いた。それは、誰かに伝えるためというよりも、怒鳴るような叫び声に近かった。
「お待ちください、茜様っ!! 射命丸は、貴方様だけではありませんっ!!!」
人混みをかき分けて、一人の鴉天狗の少女が、何かを抱えて茜の元まで駆け寄った。
少女は先程、抜け穴までの道を案内してくれた計画の協力者である。
姿を隠せと言ったはずであったが、今更何をしに現れたというのか。
「はあ、はあ。ま、間に合った……私がこの方を連れて来る前に、先に行かれてしまうものですから、ほんと、遅れて追いつくのが精一杯で……」
急に大声を出して少しむせってしまった様子であったが、腕に抱えているものを彼女は茜に差し出した。
大事そうに抱えるその腕には、産まれてまだ一年もしていないであろう、天狗の赤ん坊が眠っている。これほどの騒ぎの中、眠っていられるとは、なんと豪胆な子か。
しかしそれよりも、茜は信じられないものを見たかのように目を見開き、手に持っていた刀を落とした。
衝撃だった。
ありえない。
一族は皆、処刑されたはずなのだ。
しかし、この赤ん坊は。
見間違うことなく——。
「…………
震える手で、少女が差し出した赤ん坊を受け取る。
腕から伝わる暖かみと重さは、すぐさま茜に冷静さを取り戻させた。そして、彼女が我に帰るのにそう時間はかからなかった。
ぱちりと、文と呼ばれた赤ん坊の目が開く。寝起きの割には機嫌がよかったのか、茜の顔を見るなりきゃっきゃと嬉しそうに笑った。
「そんな……生きて……」
先ほどとは違う意味で頭が真っ白になる。
茜は赤ん坊を揺らさぬよう、静かに両膝をついた。
彼女自身、相当の無理をしていたのだ。
「あぁ……くっ、うぅ……」
茜はずっと射命丸という名の重圧に耐えていた。たった一人の生き残りとして、その名に恥じぬようにと。不甲斐ない自分でもせめて一族の願いを叶えてみせる、と。
「そう、か……」
誰からも気づかれぬよう明るく振舞う一方で、彼女は自分を追い詰めていた。鷹派の幹部達が自害し、怒りのやり場に困った彼女は自分の不幸を全て
しかし、それも結局はその場しのぎでしかなく、彼女を余計に追い詰めてしまうこととなった。
「……そうか、そうか」
嗚咽がこみ上げる中、彼女は絞り出すように言った。
「……貴方は、生きていたのね」
まだ起きて間もない様子の文が、ふと茜に向かって手を伸ばした。
単なる偶然であるかもしれない。それでも茜の頰には一筋の涙が流れた。
「なんて強い娘……」
この小さな命は多くの危機を乗り越えて、なおも眩しいほどの輝きを放っている。その強い光は茜の身にかかった呪いを焼き消してくれているようで。
茜は無邪気に伸ばされた手を握った。
その手は儚く、そして彼女にとっての希望そのものだった。
「生きていてくれて、ありがとう……」
彼女はただ、感謝した。
「射命丸は、私だけではなかった……」
しんと静まりかえる天魔の屋敷。多くの天狗達が固唾を飲んで茜を見つめている。
ある者は、鷹派に属する者。またある者は鷹派に属さぬ者。
しかし今、この場で彼女に声をかけようとする者は一人を除いて他にいなかった。
「そこにいらっしゃる大天狗様は文様を匿ったのです」
協力者の少女は言う。
「先代天魔様からの命で、里の外れで文様を匿い、かつ貴方様が逃げ延びるのを影から助けよ、と」
先程から他の天狗達が言っていたように、大天狗は茜達を影から支えていた。自らが例え恨まれようと、使命を全うするために。
「だからどうか、一度お話をお聞きになってくださいませ。この通りでございます!」
泣きそうになりながら、少女は懇願した。
大天狗が敵ではなかったこと。それは文の姿を目に止めた瞬間、茜の中でも確信となっている。だからこそ、問わなければならないことがあった。
「大天狗」
「はい……」
頭を垂れて跪く大天狗を前に、茜は言った。
「境界の妖怪、八雲紫より何を言われたか、話しなさい」
「茜様!? 私のことなどっ!!」
「いいから、話しなさい」
大天狗を斬ること、それは茜の中で未だ揺らいでいる。何せこれまでに予期していなかったことが次々と矢継ぎ早に起こったのだから当然である。
しかし冷静さを取り戻した茜は一先ず話を聞くことにした。
その様子を察した妖忌はほっと胸を撫で下ろす。ようやく、事態は好転の兆しが現れ始めたのだ。
「……」
自分は彼女にこそ罰せらなければならない。そう考えていた大天狗は中々語ろうとはしなかった。しかし自分がいくらここで渋ろうと、なんの意味もない。
「承知しました……それでは、我々が月に攻め入り、相手方の勢力に追い詰められたところよりお話ししましょう」
そう観念した大天狗は月での己の身に起きた事を話し始めた。
「我々が月の民と交戦を開始してからしばらく経ったときのことでございます」
***
大天狗を含めた天狗達は徐々に追い詰められていった。幸いにして死者は出ていないが、怪我人は増え続ける一方である。
「大天狗様! お逃げください!!」
部下の声が響く。
自ら先陣をきって戦う姿に、大天狗の部下達は彼らの大将を逃すべく声を挙げたのだった。しかし大天狗は退く様子はおろか、前進しているため集団から孤立しつつあった。
「私は退かん。最後まで戦わねば……」
自分が退くことは許されない。大天狗の心は既に固まっていた。たとえ犬死になるのだとしても、己の主を最後まで守り抜けなかった身に逃げる資格すらないと。
月の兵士達が放つ銃弾を、風を起こして弾く。それはさながら壁の如く。
しかし長期戦によって妖力を消耗したため、その規模は大きいものではなく全てを弾くまでには至らなかった。
「うぐっ!?」
肩口を銃弾が掠る。一度壁となっていた風が止むと、同時に数多の銃弾が新たに大天狗目掛けて飛来した。
「大天狗様っ!?」
一人離れたところにいたため、部下達が大天狗を助けるには遠すぎた。それでも諦めずに駆ける者が多くいたが、無慈悲にも大天狗のすぐそこまで銃弾が迫ってきていた。
「(終わり、か……)」
ゆっくりと、目を閉じる。
後悔や心残りは数多くあった。それは今にも死ぬかもしれないこの身を熱く燃やし尽くすほどに。
「(しかし——)」
彼の生涯は、元から思うようにいかないことばかり。いつもいつも、奪われるばかりであった。だからこそ、彼は半ば諦め、自分を納得させた。
「(まあ、ここで果てるのも私らしいのかもしれない……)」
間も無く、銃弾は彼を貫く。
そして数瞬の時が過ぎた——。
しかしいつまで経っても弾は自分の体を貫く様子がない。
訝しげに目を開くと、
「……!?」
目の前には女性が立っている。
なぜか、背筋が凍った。
視線を外すことができないのだ。
それだけではない。足元から自分の体の感覚が徐々に消えていく。これだけの圧力を与える彼女は一体どのような者なのか。
こちらに背を向けているため、彼女がどのような表情をしているのかは分からない。
「……なんだ……貴様は……?」
腰まで伸びた金色の髪。
赤い紐の装飾が施された不思議な帽子を被り、日傘らしきものを差している。
顔が見えなくても、後ろ姿だけで目を奪う魔力が彼女にはあった。
かえって、不気味だとすら感じるほどに。
「まあ、淑女にそんな名前の聞き方をするなんて、マナーがなっていませんこと」
女性は冗談めかしく言った。
「しかし、状況が状況ですわ。不問としましょう」
「ま、待てっ! こちらの質問に答えろ!!」
対して大天狗は声を荒げた。
「貴様、一体…………何をした……?」
それもそのはず。
「なぜ……、なぜ月の民が一人残らず消えているのだっ!?」
月の兵士達は跡形もなく消え去っていた。そして振り向けば自分の部下もいなくなっている。まるで自分一人、別の世界に迷い込んだようであった。
「さて、あまり長話をするつもりはありませんから簡単にお話ししますわね」
狼狽する大天狗を無視し、女性は言う。
「私は境界の妖怪。貴方々を月へと
本来ならばいくらでも女性に問いただしたいことがあった。
しかしいつの間にか大天狗は金縛りにあったかのように、口を開くことができなくなっていたのである。ゆえに女性の言葉をただ聞いていることしかできなかった。
「はじめから貴方はここで死ぬつもりだった。部下を道連れに、自分が死ねば鷹派の計画は滞るはずだと。だからその思いを利用し、お手伝いをさせていただきました。しかし、ここに着いてから気づいたことがありましてね? 貴方、鷹派に忠誠を誓っていないのでしょう? さしずめ天魔からの命令で鷹派に組した振りをしている、といったところかしら」
「!?」
図星だった。
「丁度いいわ。今頃、地上の天狗の里が変わろうとしている。ちょっと行ってきて頂戴。私はここで、もう少しやることがあるから」
こちらの返答を聞くつもりなどないらしく、必要なことだけを伝えにきたようである。
ふと、視界が揺らぐ。
「(待て! まだこちらの質問に——)」
天魔の意識はそこで途切れた。
***
「……参りました。まったくもう、紫さんは全てお見通しだったのですね。しかし私に一言くらい、伝えてくれてたってよかったじゃないですか……」
話を書き終えた茜は脱力した。
「いつもいつも言葉足らずで、だから他の方から勘違いされてしまうというのに……」
それはある意味で、大天狗を斬ることを諦めたことの印でもある。
「大天狗——」
「はい」
茜は真っ直ぐに大天狗を見据えた。
「理由がどうであれ、今すぐには貴方を許すことはできません」
文の命を救ってくれたとしても、それならば許すとそう簡単には言えなかった。
それでも、
「しかし、貴方がその罪を自覚しているのならば、私の元で仕えなさい」
「っ! ……この命に代えても、貴方様を必ずやお守りします」
大天狗は額を地面につけて、宣言した。
それを見届けた茜は立ちあがる。
そして文を抱えたまま、大天狗を従え、集まった天狗達の前に立つ。威風堂々と、自信に満ちた表情で言った。
「皆、聞くがいい!! 前天魔を含め、強硬派の天狗らは自らの首を切った!」
それは勇ましく、覇気の籠った声。彼女の中で、何かが吹っ切れたようだった。
きっと以前の茜を知る者がいれば、目を疑うだろう。
それほどまでに今の彼女は自信と威厳に満ちていた。
「動揺する者もいるだろう。これからここ、天狗の里がどうなってしまうのか、不安に思うものもいるだろう。前天魔は鬼との戦を推し進めていた。その所為で、要らぬ諍いや里に緊張を招いてしまったからだ! しかし、我々はまだやり直すことができる!」
天狗達は顔を見合わせた。以前は交流の深かった河童を含め、今では疎遠となってしまっており、天狗は山で孤立しつつある。それは里の者達の生活にも影響が生じていた。
「力でこの山を制したところで、その先はない!! そもそも山は決して我々だけのものではないのだ。協調こそ、我ら天狗が長く繁栄するための手立てではないだろうか?」
射命丸が訴え続けてきた理想。ゆくゆくは人間達とすら手を結び、関係を構築していくというものであった。夢物語だと当時は罵られたが、懸命に訴え続けた結果、それは少しずつ変わっていったのだ。
「私は……射命丸茜は、その方針を転換させる。今すぐ戦備えを解き、他種族との和解を勧めるつもりだ。不甲斐ない若輩者だが、身命を賭してこの里を導いてみせる。だからどうか!! 皆、私に着いてきてほしい!!!」
天狗達は茜を見つめ、悟った。
懸命に自分たちと向き合おうとする若き鴉天狗の娘。
彼女こそ新たな導き手だと。
今日。
天狗の里に新たな風が吹いた——。
******
月の都、その最深部。
「本当に、よろしかったのですか?」
椅子に座る少女は問う。彼女は少し、ことの顛末を恐れているようであった。
「アレを月の都の、それも先代ツクヨミ様の部屋に導くなど……聞いた時は正気を疑いましたよ? サグメ」
「——ツクヨミ様」
そこで、向かい側に座る片翼の少女は口を開いた。まさか彼女が声に出して答えてくるなどと予想していなかったこともあって、ツクヨミと呼ばれた少女は目を見開いて驚いた。
続けて、サグメと呼ばれた少女は言う。
「私の能力はあの妖怪には効きません。そもそも、私達の手に負えるものではないのです」
さも彼女のことをよく知っているかのような口調のサグメに、ツクヨミは反論した。
「貴方の力が、通用しないですって? アレもこの世に生きるものでしょう。それも妖怪なのですよ? 貴方の能力どころか我々月の民の手にすら負えるものでないとは、到底信じられません」
「ああ、ツクヨミ様。一つ訂正しなければなりませんね。あの娘は人間です。妖怪ではありません」
「そんな馬鹿なことがありますか!! 私は彼女から確かに穢れを感知しました!」
次々と明かされる予想外の事実。思わずといった様子で現月の長であるツクヨミは席を立った。月の都の主導者たる者の振舞いにしては、少々未熟な様子でもあった。
「落ち着いてください、ツクヨミ様」
対して稀神サグメは終始冷静である。すっくと立ちあがるとツクヨミの肩に優しく手を掛け、座るよう促した。言われるがまま腰かけるツクヨミに、まっすぐと立っているサグメ。両者の姿は傍から見れば先生と生徒のようにも見えることだろう。
「では、お話ししましょう。この件について私の知ること全てを」
サグメは彼女の持つ、『口に出すと事態を逆転させる程度の能力』のせいで滅多に口を開くことはない。つまり、彼女がこうやって事態を一から口に出して説明するということは、彼女の能力が通用しないことの証明でもある。
「本当、なのですか…………?」
「はい」
ツクヨミの言葉は震えていた。
舌禍を招くサグメの能力は常時発動し、彼女の意志によって操作できるものではない。そんな彼女がおもむろに肯定すらしている。
これを嘘だと断じることはできなかった。
そして、
「彼女は、祝福されし子と呼ばれています。私や、ここを時々攻めに来るあの神霊と同じ」
サグメは再び、不可解なことを述べた。
しかしこれはほんの、一端にすぎない。
「ある日、私は天から声を聞きました。それはきっと他の者達も同じでしょう。ある種この世界に秘められた“記憶”というものでしょうか。それからか、私達には『この世から異分子を排除する』という使命が課せられました」
「異分子……つまり、貴方々はこの世界から邪魔者を排除する定めを持って生まれてきたと?」
「はい」
祝福されし子の定め。それは異分子の排除。
無論それだけでは何のことやら理解することなど、不可能である。
理解されないことは重々承知といった様子で、それでもサグメは言葉を紡ぎ続けた。
「そして彼女もまた、異分子を排除する業を背負っている」
「先代ツクヨミ様に近い存在ですが、それともまた違う」
「私と、あの神霊も、祝福されています。恐らくは皆そうでしょう。しかし彼女は一人、違うのです」
「妖怪も、神すら現在の概念とは異なっていた時代の
「それはまるで——」
「遥か過去の時代より、時を越えてきた者のように」