それでも彼女は美しかった   作:ふぇるみ

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閑話とは銘打っておりますが、本編に深く関与する内容となっています。


閑話:二代目の手記

『二代目博麗巫女の手記が発見される?』

 

 人里の貸本屋、『鈴奈庵』に二代目博麗の巫女の手記が保管されていたことがつい最近になって発覚した。九代目御阿礼の子、稗田阿求氏が発見し、即時購入したため現在は稗田家に保管されている。

 大半の内容はとるに足らないような日々の日記となっているが、ただでさえ記録の少ない“空白の五百年”の、それも幻想郷創立期に書かれた書物の歴史的価値は高く、実際に有益な情報も多く記載されていた。

 

 なかでも、幻想郷創立のきっかけとなった大飢饉については、これまでの歴史家たちの認識を大きく改めることとなった。幻想郷が博麗大結界に覆われる以前、人里は当時この辺りを統治していた領主が治めていたこととなっているが、その人里と領主の間には溝があったという説が再び浮上してきているのだ。

 

 博麗の巫女が古くから人里と密接に関わってきたことについては、ほぼ疑いようのない事実と言えよう。そして二代目の手記からは、なんと博麗の巫女と領主との対立をうかがわせるような内容が含まれていたのだ。すなわち、大飢饉において領主側と人里側に大きな溝があったということになる。

 

 大飢饉において領主の要請に従い、妖怪に立ち向かうべく人里から多くの兵が集まったという公にされていた記録と矛盾していたことから、これまで前述の博麗の巫女と領主が不仲である説は否定的な意見が多かった。

 しかし今回の発見で、いかにして当時の領主が人里から兵を集めたのか、その真相が明らかになりつつある。

 現在検証を行っている歴史家のうちの一人、寺小屋の教師兼、幻想郷の歴史の編纂家、上白沢慧音氏は記者にこう語っている。

 

『この発見を耳にしたとき、正直に言いますと私は童子のように夜も眠れなくなりました。なにせ、これまで謎に包まれていた幻想郷創立期の歴史が紐解かれただけでなく、二代目博麗の巫女の人物像の一端が明らかになったのです。ただ今、検証中である故、詳しくは申し上げられませんがこれから歴史的解釈は大きく変動するといって過言ではないでしょう。また、手記の後半は初代博麗の巫女の様子について多く書かれており、二代目博麗の巫女がそれだけ初代を慕っていたのかが良く分かる内容であったと思われます』

 

 記者は現在、当代博麗の巫女、博麗霊夢氏にこの発見について直接取材を検討しているところであるが、取材拒否を受けている。果たして霊夢氏による取材拒否は、博麗の巫女による歴史の隠蔽なのか、謎は深まるばかりである。継続して取材を続けていきたい。

 

 また、下に付記したのは大変貴重な二代目博麗の巫女の手記の一部公開された部分を記者が抜粋したものである。なお、手記は幻想郷創立前年の頃に書かれたものだと考えられている。

 

 

【長月 三日 晴天】

 

 今日は巫女様にとって雨乞いの儀式の初日となる。あの方がやると言った以上、そう簡単には諦めないだろう。私がいくら説得しようとて、引き下がるおつもりはないにちがいない。はたしてこの選択が正しかったのか、誤っていたのか。正直、分からない。

 あの鬼ならば何と言ったのだろう。非常に不愉快だが、あの小鬼めは私よりも巫女様のことをずっとよく知っている。はたして、私とはまた違った答えを出していたのだろうか? 何はともあれ、こんなときに限って巫女様の傍にいないあの小鬼にはいつか痛い目にあわせてやろうと思う。

 

 

【長月 四日 晴天】

 

 昨夜は失態を犯してしまった。しばらく滝に打たれて精神修行をしようと思う。いくら眠かったとはいえ、寝所を間違えるなど——

 

 この後の記述は文字がひどく荒れ、判読不能。

 

 

【長月 六日 曇天】

 

 流石は巫女様である。雨乞いの儀式の結果であろうか、多くの里周辺の上空に、雲がかかり始めてきていた。肌を突き刺すように強かった日の光は遮られ、少しだけ過ごしやすい気候になったようにも思われる。これでもう少し湿気が増え、ゆくゆくは雨にまで変わりゆけばいいのだが、それはどう考えても楽観だろう。簡単には雨が降るわけがない。

 だが、小さくとも確かな前進であると思う。このまま何事もなければいいのだが。

 

 

【長月 十日 晴天】

 

 巫女様の体力の消費が激しい。そもそも雨乞いは非常に体力を消費するものである。連日の儀式のためにも、精のつくものをお出ししようとはしているのだが、この食糧難で十分なお食事を提供することができない。無念である。

 あの方は笑って気にしないで欲しいとおっしゃっていたが、私の心内は晴れなかった。食料調達にもっと力を入れるべきかもしれない。

 私が持ちうる全てをもって、巫女様のお身体を労わらねば。

 

 

【長月 十二日 曇天】

 

 里の者達の中から、何人かが戦へと駆り出されていった。近いうちに妖怪の山に対して攻撃を仕掛けるらしい。巫女様はこのことに大層焦っていらっしゃった。それもそのはずであろう。巫女様は私なぞよりも人里の行く末を案じておられる。

 かくいう私自身も、人里のことが気になってならない。戦がいつ始まるか分からないとは申し上げたものの、ことが急なような気もしたからである。妖怪達が何らかの動きを見せたところで領主様は攻撃を始めるかと思っていたのだが、まさか先手を取るおつもりなのだろうか。

 やけに戦備えが早かったのも不気味だった。

 

 

【長月 十五日 曇天】

 

 まだ、戦は始まっていない。すでに陣を展開し山を包囲しており、戦はいつ始まってもおかしくないのは変わらないだのが、領主様は一体何をお考えなのだろうか。

 巫女様も少々疑っておられる。何か決定的な機会を待っているのかもしれないと巫女様は仰っていた。ただでさえ此度の飢饉は妖怪によるものだという噂によって、人間と妖怪の間の溝が深まっているというのに、これ以上戦の理由を待つ必要などあるのだろうか。

 

 

【長月 十八日 曇天】

 

 何か、おかしい。

 言いようのない胸のざわつきは一体何なのだろう。

 儀式は着々と進行しているはずである。だが周囲の空気がおかしい気もするのだ。領主様が派遣した役人の動向について、注視する必要があるだろう。

 都に展開した式を一度、手元に戻す必要があるかもしれない。巫女様の周囲に展開する式の数を増やすべきであろう。

 

 

【長月 二十日 曇天】

 

 最近、曇天が多くなった。これは巫女様の雨乞いと無関係ではない。確実に、雨乞いの儀式は成功へ向かっていると思う。

 だが、胸騒ぎがするのは相変わらずである。雨乞いの儀式が成功に向かうにつれ、領主様が里に送って来る役人の数が増え、まるで進捗に合わせて戦備えを進めているようにすら思える。今日も役人たちが私達博麗の巫女に向ける視線に、うすら寒い感覚を覚えた。

 

 

【長月 二十一日 晴天】

 

 侍たちと雨乞いの儀式へ向かった巫女様は、無事に帰ってきてくださった。道中のお話を聞くと、特に気になるような点はなかったとおっしゃっていたが、やはり気の知れた里の者達とは違って気まずいらしい。思わず朝から張りつめていた肩の力が抜けてしまった。

 散々心配した私の方が阿呆であったのだろうか。

 

 

【長月 二十四日 曇天】

 

 儀式もいよいよ終盤へと近づいてきている。巫女様は近日中に儀式が成功するとはりきっておっしゃっていた。とはいえ、頬を粥で膨らませたまま喋ろうとしないでいただきたい。

 さて、あの侍たちがどうしてこの里にやってきて巫女様の護衛を買って出てきたのか、とうとう目的が分からなくなってきた。様子を見て油断するところを狙っているのか、それとも彼らは純粋に護衛のためだけで来ているのか。

 とにもかくにも、もうしばらくは様子を見ておこう。

 

 

【長月 二十六日 曇天】

 

 式から、あの小鬼がそろそろこの里に帰って来るとの知らせが来た。このことを巫女様にお伝えるべきか迷ったが、結局お伝えすることとした。

 予想通り、巫女様は大変上機嫌であった。確かに、儀式が成功間近ということもあって、お気持ちにも余裕が生まれてくるのだろう。明日からは二日間の泊りがけで、儀式を成功させて来ると張り切っていらっしゃった。

 あまり張り切り過ぎないよう申し上げたが、果たしてちゃんとお聞きになっているか。私から継続した雨乞いを提案してしまった手前、強くは反対できないがなんとも言い難い気分にさせられてしまった。

 

 

【長月 二十七日 晴天、後曇天】

 

 今晩は巫女様がいらっしゃらない。それだけに神社の中が寒く感じた。大変情けないが、私は一人を好まない性格らしい。

 不安もあるが、今は巫女様を信じるしかないだろう。私は無事を願うばかりである。

 

 

【長月 二十九日 曇天】

 

 巫女様がお帰りにならなかった。式からも何の連絡もない。そして、護衛についていた侍たちも帰ってきていない。儀式が長引いてしまっているのか、それとも帰りの道中で何かあったのだろうか。

 現在も領地に放った式たちを呼び寄せて捜索させているがまだ見つかっていない。本当は私自ら巫女様を探したいのだが、里のこともある。私はここから離れてはならないのだ。

 悔しいが、ここは式に任せるしかない。

 

 

 ——翌日かと考えられている日の部分はちぎられており、解読不能。手記はここで途絶えている。

 この日がちょうど幻想郷創立一年前の時期と重なるため、歴史家たちの間で様々は憶測が飛び交っているとのことである。謎に満ちた歴史が紐解かれる日は、そう遠くないのかもしれない。

 

 

 ——射命丸文編 文々丸。新聞より抜粋。

 

 

 

 ******

 

 

 

「やあ、文。急に呼び出したりして、一体どうしたのだ? お前からなど珍しい」

「ああ、丁度いい所で来ましたね。見てくださいよ、『文々。新聞』の最新号です。つい先ほど完成しました」

「ん? それか……どれどれ——」

 

 九つの尻尾を揺らしながら、久々に旧友の元へとやって来た八雲の従者。

 二人の交友も、思えば千年近いものとなる。

 

「なんだ、これはあの大飢饉のときの話じゃないか。確か、最近鈴奈庵で見つかったという報告が私の元に来ていたな」

「ええ、二代目と大変仲がよろしかった貴方なら、この手記、一度は目を通しておきたいのではないのですか?」

「なっ!?」

 

 瞬間、藍の頭からぼふんと湯気が上がり、みるみるうちに顔が赤くなっていった。

 彼女のトレードマークとも言える身体の一部が、ものすごい勢いで左右に揺れている。

 それはもう、残像が見えるくらいに。

 

「ちょ……ちょ、おま——」

「おやぁ~、どうしたんですかねぇ? どうやら顔が赤いようですが、やっぱり図星だったりしますぅ~?」

「くっ……」

 

 にやにやといやらしく口元を歪めながら、鴉天狗は九尾を前にして言う。今度は尻尾の動きに連動して、狐耳までもせわしなくなってきた。

 九尾を翻弄する鴉天狗とは、何とも珍妙な光景である。

 

「あ~、でもですねぇ~。手記は大変貴重な資料ということで一般には公開されていないんですよねぇ。特に稗田家に保管されている以上、たとえ八雲の従者とはいえ、そう簡単にはお目にかかれないのではないでしょうか……?」

「うぐっ……」

 

 また友人の悪い癖が出たと、藍は口元をひきつらせた。

 いつだって藍は文に上手くやり込められて来た。交渉事となれば軍配は彼女に上がる。抵抗しても余計に墓穴を踏むことになるのは確実であろう。

 もはやお手上げだと降参し、溜息をつきながら藍は答えた。

 

「の、望みはなんだ……? そんなに無茶な要望は聞き入れられないからな」

「いえいえ、私だってそれぐらいわきまえているつもりです」

 

『そんなわけあるか!』と、心の中でツッコミを入れる藍。これまでの彼女の所業を鑑みれば、どうなったところで信じられるものではない。

 しかし、これまでのへらへらとした様子から一変して、文の顔は真剣なものになった。大抵ふざけた後に真面目な話を持ち出すのが彼女の妙な癖である。どうしたものかと藍が話の続きを促せば、

 

「霊夢さんに取材、というか単純に私の興味もありますがお話を聞きたいんですよ。藍からお話をつけていただきたいのです」

 

 彼女が要求したのは博麗霊夢に対する面会であった。

 

「霊夢、にか?」

「ええ、我々も当事者であったとはいえ、幼すぎました。昨日のことのように覚えているこの記憶だって、歴史のごく一面に過ぎないのです。寿命という概念がない我々でも、人間が書き残した歴史書から学ぶものは多いでしょう?」

「ふむ……だが、たとえ霊夢が承諾し、お前の取材とやらを受けたとして、霊夢が何かを知っているとは限らんだろう。博麗神社にお眼鏡にかなうようなものがあるとは思えないが……?」

 

 藍の問いに、『いいえ』と文は答えた。

 

「私は記事に事実しか書きません。この意味が貴方なら分かるはずです。それに、例え霊夢さんがこの件に真相を知らなかったのだとしても、彼女の勘で、誰が今回の発見に一枚噛んでいるのかは分かるのではないでしょうか?」

「なるほど、その線は確かになくもない」

「ええ、“なくもない”のですよ」

 

 仕事机に向き合っていた文は椅子から立ち上がり、藍の方へと歩いていく。そしてすぐ目の前まで近づき、真っ直ぐに藍の目を見つめた。

 今の文はただの記者ではない。あの鴉天狗の娘として、藍に問うていた。

 

「博麗の巫女に関して、あらゆる情報はこれまでまったく出回っていなかった。つまり、今回の発見は何者かが意図的に漏らした可能性があります。そう、何者かが」

 

 対して境界の妖怪の従者、八雲藍は何も言わない。しかし沈黙は是を意味していた。

 

「藍、貴方だからこそ私は頼むんですよ。内容によっては記事にもしません。ですから——」

「私が、その“何者”に該当するとは考えなかったのか?」

 

 文の目を睨みながら口を開く藍。

 

「文、お前にしては少々、強引ではないか? 普段ならば、もっと慎重に事を進めるはずだ」

 

 今の彼女の顔からは、なんの感情も読み取れない。ただ、声は少し硬くなっていた。この微妙な変化に気づくことができるのは、長年彼女と付き合っているものしかいないだろう。

 それゆえ、

 

「……藍、なぜ母様があのような選択をなさったのか、今でも私は分からないのです……大結界騒動の折、明らかに母様の行動はおかしかった」

 

 文はこれまでずっと胸に燻っていた感情を吐露する。

 

「きっかけに、博麗の巫女が絡んでいるのではないでしょうか? この地の記憶は、表から裏まで、すべては博麗の巫女へと収束する。なぜなら博麗の巫女の歴史は、この地の創設者たる貴方々『八雲』の歴史そのものなのですから」

「あの騒動から元を辿れば、幻想郷創立時まで行きついたといったところか?」

「……」

 

 無言で頷く文に、藍は納得した様子でその溜息をついた。そしてすらりとした指先を眉間にやり、ゆっくりもみほぐす。

 気苦労が絶えないせいか、やけに様になった仕草であった。

 

「私が今回の件に絡んでいようと、いまいとお構いなしということか」

「ええ、でも貴方が二代目の手記を目にしたいと心の底から願っていることは一目でわかりましたよ」

「——え?」

 

 突然のことに、呆ける藍。

 途端、神妙な空気は雲散した。

 

「友ならば、分かって当然です。……いや、そうでなくとも藍は結構分かりやすいと思いますが」

「ど、どういうことだっ!?」

 

 さきほど尻尾がもふん、もふんと揺れていたのだから、察しがよほど悪くなければ理由などすぐに思い当たるだろう。『尻尾は正直ですね』という言葉を、文はおくびにも出さずに飲み込んだ。

 

「貴方の立場も分かっているつもりですから、無理にとは言いません。しかし考えておいてもらいたいのです」

「……やれやれ、お前にも困ったものだ」

 

 外の様子を窺えば、日が傾き薄暗くなってきていた。山はすぐに暗くなる。もうしばらくすれば辺りは真っ暗になるだろう。

 藍はそうやって意識を外に向けることで、自らの心境を文に悟られぬようにした。

 

 八雲紫の従者として、いくら友からのお願いとはいえ分水嶺というものがある。

 

 正直、呼ばれた時点で彼女が自分に何を求めているのか察しがついていたし、応じないという選択肢はなかった。自分も当時のことについては知らない部分が多いうえに、なにより二代目の手記というのは気になる。

 だが、主たる八雲紫が何をもって手記の開示に踏み切ったのか、その真意が分からない。ことによっては文に協力できないかもしれないのだ。

 

「(紫様と霊夢のことについて、そろそろ文にも隠し通せなくなってきたしな)」

 

 藍はもう一度外に目をやり、深く溜息をついた。

 

 

 

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