それでも彼女は美しかった   作:ふぇるみ

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桜の章:死へと誘う

 ——卯月 

 

 初めて白玉楼を訪れてから数日が経った。

 あれからというもの、私は彼女のもとを毎日のように訪れている。

 べ、別に暇だっていうわけじゃない。これは大事なことなのだ。人間である彼女の心理を理解するという目的が——。

 

 と、いうのは半ば言い訳みたいなものなのかも。

 

 今日も遊びに行こうとスキマの出口を白玉楼の庭へつなぎ、中から様子を窺えば、どうやら幽々子は館の縁側に腰かけてお茶をすすっているようである。ぽやぽやとした彼女独特の雰囲気が周囲に漂っており、春の終わりだというのに、彼女の周りだけ未だ桜が咲き誇っているようだった。

 

「今年の桜は長いこと咲くようね? 季節外れの桜というのも、悪くないわ」

 

 スキマから身を乗り出し、彼女の隣に移動して話しかければ、幽々子は私のいる方に目を向け、口を開いた。

 

「もう、急に現れないで欲しいわね。心臓に悪いもの」

「あら? 全然驚いていないくせに……」

「驚いているわ、とっても。それはそれは、心臓が止まってしまうくらいに」

「……一体どの口が言うのかしら」

「貴方の名を呼ぶ、この口よ。いらっしゃい、紫」

 

 幽々子は全く驚いていない。

 大抵、急に現れる私に対して人間は気味悪がったり、警戒したりするものだが彼女にとっては些細なことのようだ。呑気に微笑みかけながら、幽々子は隣に座るよう私に促してくる。妖忌を除いて、妖怪に対してここまで自然体でいられる者が他にいようか。

 

「貴方がいないと退屈だわ。またお話を聞かせてくださいな」

「いいわよ。……でも本当に幽々子は不思議だわ。つい最近知り合ったというのに、それに妖怪を相手にしているのにも関わらず、物怖じしない。いつも調子を崩さないというか、少なくとも貴方の相手をする側はいつも振り回されることでしょうね」

「そんなつもりはないのだけれど?」

「そういうところも含めて、相手は大変だということよ」

「まあ、失礼しちゃうわ」

「ふふん、友人ですもの。時にはたしなめたりすることも、必要ですわ」

 

 そう言うと、幽々子は嬉しそうに笑った。見ているこちらの頬が緩んでしまうような、笑みだった。

 幽々子が隣に座るよう促してきたので、言われるまま隣に座れば、彼女からはほんのりと桜の花の香りがした。

 

「そうねえ、今日は何の話をしようかしら? 姿を消していた川の水神が再び元いた場所に戻った話か、それとも山に潜み人間を化かすことで人里を恐怖に陥れた狐の妖怪の話もあるわね」

「それじゃあ、両方」

「そう言うと思ったわ」

 

 私がそう答え、幽々子が妖忌を呼ぶ。

 

「妖忌~、お茶を出してもらえるかしら」

 

 妖忌は幽々子が声をかけるとすぐに私と幽々子の分のお茶と菓子をもって現れた。幽々子の隣に座る私を目にとめると、軽く会釈をして後ろに控える。

 

 つくづく、彼はまさに従者の鏡だな、と思う。

 この気ままで自由な主人に不平不満をこぼすことなく、忠実に役目を果たすその姿にもはや敬意すら持てる。機会があれば彼から一度、幽々子と接するときのコツというものを教えてもらってもいいかもしれない。

 

 なんてことは胸の奥に秘めつつ。

 

 はじめはいつも通り、私の旅先での話に幽々子が『へぇ~』とか、『ふ~ん』とか適当に相槌を打ち、主に世間話に興じていたのだが、一度会話が途切れると、幽々子は何かを思い出したらしく、左手の平に右こぶしをぽんと乗せ、妖忌にこう言った。

 

「そうそう妖忌。まだ貴方のことを紫に言ってなかったわね。丁度いい機会ではないかしら?」

「ああ、そうでございましたな…………しかし、失礼を承知で申し上げますれば、この件は幽々子様には忘れていただいて欲しかったのですが……」

「なぁに?」

 

 普段あまり感情を表に出さない妖忌が、珍しく困ったような表情をしている。幽々子に忘れていて欲しかったとは一体どういうことなのか。それは何だろう? 

 私は皆目見当がつかなかった。

 

「うふふ。妖忌はね、世にも珍しい()()()()なのよ」

「半人半霊……。聞いたことはあるけれど、一度も見たことはなかったわ。確か半分生きていて半分死んでいる、だったかしら?」

 

 妖忌を見てみても、想像していた半人半霊とは異なっていた。外見上はまったくそれらしい要素がない。見た目は人間のそれと全く同じである。

 

「……てっきり、半透明だったりするのかと思っていたけれど」

「何だ、知っていたの。なるほど、あまり驚かないわけね。それじゃあ、彼のことも気づいていた?」

「いいえ、全く気付かなかった。それにこう見えてかなり驚いているわ」

 

 私が思い浮かべていた半人半霊は、うっすらと半透明、もしくは魂魄が周囲に浮いているなど、どちらかというと霊魂に近い外見だったのだ。

 それに彼から発せられる力も人間の持つ霊力であるため、並みより多いことに少し違和感を覚えることはあったが、それだけでは判別するまでに至らなかった。

 

「紫様のおっしゃることも、もっともでございましょう。しかし、我々は半霊をある程度まで自由自在に操れるのですよ」

「妖忌、見せてあげた方が早いわ」

「いや、恐れながら幽々子様——」

「だ~め。せっかく紫が見たいと言っているのよ?」

「……承知、しました。幽々子様」

 

 理由は分からないが、渋っていた妖忌の背から、ぴょこっと飛び出る半霊。

 目立たぬよう霊力を極限まで抑えていたのか、半霊を出したのと同時に、一瞬だけ彼の霊力が跳ね上がる。ここまで隠すことが上手だとは思わなかった。私の経験上、力を隠すことが上手い者は得てして強者である傾向にある。きっと彼は今まで私が戦ってきた実力者にも引けを取らないだろう。そんなことをつらつらと考えていると、

 

「器用よねえ~、本当に……」

 

 幽々子は妖忌の半霊を見つめながら間延びした声で言った。彼のやっていることは並外れたことであるというのに、何とも呑気なことである。

 まあ、幽々子なら仕方ないか。

 

「他の使用人達はもちろん人間ですので、気を使わせないようにもこのようにしているのですよ」

「なるほど、貴方から感じた僅かな違和感は、そういうことだったのね」

 

 先ほど幽々子が言ったように、確かにこの珍しい種族は器用である。優れた力を持ちながら、人間に紛れ込んで生きていける強かさがある。しかし一つだけ疑問が残った。

 

「それにしても、どうして幽々子は私に彼のことを教えようと思ったの? それも、わざわざ渋る妖忌にお願いしてまで。言わなかったらきっと不思議に思っても、妖忌が半人半霊だとまでは分からなかったわ」

「なんでかしらね」

 

 一瞬、幽々子の目が鋭く光った……ような気がした。彼女の眼光になぜだろうか、少し嫌な予感さえするのだ。その証拠に、妖忌の顔色が心なしか悪い。

 まぁ、二人が主従の関係である以上、余計な詮索はよそう。

 

 二人の様子のことよりも、私は半霊が気になって仕方がなかったのだ。長く旅しているうちに見聞を広めてきたつもりだったが、探求心とは尽きないもので、新たな発見にはいつも心躍る。私としては半人半霊のちょっとした生態を知ることができて、大変満足であった。

 それにしても妖忌に背後に浮かぶ、その半霊。

 ちょっと触ってみたい。

 いや、可能なら是非とも触ってみたい。

 

「ふふっ、紫ったら、嬉しそう。ねぇ、見せてあげてよかったでしょう、妖忌?」

「……む、そうですな……」

 

 私には二人の会話が耳に入ってこなかった。私の意識はずっと、半霊に向けられていたからである。

 霊魂であればいくらでも触ってみたことがあるが、やはり半霊の触り心地というものは、霊魂のそれとは違うのだろうか。

 

「……妖忌、その半霊、ちょっと触ってみてもいいかしら?」

「それは……いえ、どうぞ」

 

 渋々といった様子だったが、妖忌は要求に応じてくれた。

 恐る恐る半霊に触れてみると冷たくて程よい弾力があり、なおかつすべすべとしていて、霊魂とは比べ物にならないほど触り心地がいい。この感動を例えるならば、冷えても弾力を失わない、もちもちとした大福を撫でているような心地と言えよう。ああ、この半霊が大福だったら良かったのに。

 なんだか無性に大福が食べたくなった。

 

「これは、想像以上だわ」

 

 私が心の内の欲望を抑えながら半霊の触り心地を堪能していると、幽々子がぽつりと一言。

 

「ええ、本当に。おいしそうよね?」

 

 空気が固まった。妖忌の表情が強張っている。私はここでようやく幽々子の目的に気づいた。

 

「(ああ、なるほど……)」

 

 何だか申し訳ない気持ちになってきた。

 

「そ、そうかしら。私はそうは思わないけれど……」

 

 ごめんなさい、妖忌。実は私もこの半霊が大福だったらなんて思ってしまったわ。

 

「ええ~、想像してごらんなさい? ほら、夏場とか良さそうじゃない。暑くて何も食べられないときとか。ねぇ、紫。貴方もそう思わないかしら?」

「幽々子、半霊を食べる話から離れませんこと?」

「ああ、冬もいいわあ。雪を見ながらの雪見大福……とっても素敵」

 

 こちらの話を聞く気がない。何なんだろうか、彼女の頭には食べることしかないのだろうか。いいやまて、それだと私も同類になってしまう。それは何かとってもだめな気がする。

 

 ——とはいえ妖忌を見ると青ざめた様子。あの何にも動じない、ましてや私にすら動じなかった彼がこの様子ということはきっと過去にろくでもないことをされたのだろう。想像に難くない。

 

 幽々子は私に半霊の話を振ることで興味を持たせ、妖忌に半霊を出さざるを得ない状況に仕立て上げたのだ。つまり、妖忌にねだっても出してもらえないので私を利用したというわけである。

 これはしてやられた。今回は、幽々子の方が何枚も上手であった。

 

「ゆ、幽々子様……。それだけは、それだけはどうかおやめください……」

 

 涙が出てきそうだ。あの寡黙な彼が必死に幽々子を止めている姿を見ていると、何とも言えない気持ちになる。やっぱり、彼女が周囲を振り回すという私の感想に間違いはなかった。それに例外などなく、従者たる妖忌も振り回してしまうのだ。

 

「あぁ! ぜんざい、ぜんざいもいいわね!!」

「——ひとまず私の半霊を甘味にたとえるのはおやめください……」

 

 妖忌が半霊を隠している本当の理由。それは他の使用人に対してのものではなく、幽々子に見せないためだったのではないだろうか。

 そんな気がしてならない。いや、きっと、絶対にそうだ。

 

「——それじゃあ一口だけ、一口だけでいいから」

 

 これ以上ないくらいのいい笑顔でじりじりと妖忌に詰め寄っていく幽々子を見て、私は思った。憐れ妖忌。逃げ場はもう……。

 

 妖忌の半霊がこの後どうなってしまったか、それはまた別の話。

 

 

 

 ******

 

 

 

 ——皐月

 

 それからしばらく経った、あれは夏に入る前の爽やかな天気が続いた日。

 いつも通りに幽々子と過ごす夕暮れ時、彼女は今まで身の周りで起きてきた不可解なことを私に告白した。

 

「蝶?」

「ええ。私、小さい頃から不思議な蝶が見えるの」

 

 幽々子は『信じられないかもしれないけど……』と後から小声で付け加えた。

 

「“不思議”ということは、辺りでよく見かけるのとは異なるということかしら?」

「ええ、その通り。桜色、というか紫色というか……」

 

 時折、幽々子はその“不思議な蝶”がそこかしこを飛んでいるのに気づくらしい。中には人の肩に留まっているものいるのだとか。

 この世のものとは思えないほど美しい蝶であるが、幽々子もずっと見えているわけではなく、すぐにどこかへと消えてしまうそうだ。

 

「それにね、誰も私が見えている蝶を見ることができないのよ。だから周りの人からは心配もされたわ。白玉楼の姫君は何かおかしなものが見えているのだと」

「そんなことがあったの……」

 

 しかし幽々子以外の者にはその蝶を見ることができないという。それが一層に彼女の能力を不可思議なものにしていた。他に蝶を見ることができる者がいない以上、彼女本人にしかその能力の全貌を知ることはできないし、信じることも困難であろう。

 

「まあ、今は誰にも『蝶が見える』と言っていないわ。余計な心配されてしまってはかなわないもの」

「ふーん。それなら私に話したのはなぜ?」

「長く旅をしてきた紫なら、何か分かるかなって思ったのよ。こういった事なら、人よりも貴方の方がずっと詳しいでしょう?」

「ああ、なるほど……」

 

 頼りにされるのは嬉しいことだ。しかし、これだけの情報ではさすがに幽々子の疑問には答えられない。

 

「う~ん……。すくなくとも、今すぐ答えるのは難しそうね」

「……紫も、か…………」

 

 一瞬、表情が曇った幽々子。

 私はそれを見逃さなかった。

 

「——けどね。まだよく分からなくても、幽々子の言ったことを私は信じるわ」

「あら、紫は疑ったりしないの? 正直、馬鹿にされるかとも思ったのに」

「疑ったりも馬鹿にしたりもしませんわ。だって親友の言っていることよ? 力になりたいじゃない」

「……嬉しいことを言ってくれるわね」

 

 私の隣で、幽々子が微笑んだのが分かった。何だかそうやって素直に喜ばれると、こちらが恥ずかしくなってきてしまうのだが……。

 

「ま、まあ、また何か分かったのなら私に相談しなさい。力になるわ……」

「それは頼もしいわね。ぜひともお願いするわ。……それにしても紫、もしかして照れてるの?」

「て、照れてないわよ!」

「本当にぃ……?」

 

 隣でにやつく幽々子。

 ああもう駄目だ。すっかり幽々子のペースにはまってしまった。こうなると最早、私には耐えるという選択肢しかない。きっと私は、このまま墓穴を掘りつづけることになるのだろう。私は色々と顔に出やすいようだから、次から気を付けなくては。

 

 さて、情けない話はここまでとして。幽々子に弄られ涙目になりながらも、先ほど彼女が言っていたことを一言一句に渡って反芻し、再度情報をまとめていた。要点と思われる単語、彼女の声の調子などからこれまでの情報と合わせて分析をする。

 

 そして立てた仮説。

 まず、その“不思議な蝶”自体は彼女の能力と見て間違いない。しかしその現象はいくつか他の要素が絡み合って起きているはずだ。

 

 例えばあの妖気を放つ、桜の木のように。

 

 すると、このままではいけないかもしれない。

 彼女は聡い。きっとすぐにでも自分の能力の変化に気づくときが来るだろう。そうなれば彼女は自分を追い詰めてしまう可能性がある。私が立てた仮説通りであるなら、彼女が思い詰めてしまうほどにその能力は強力で、かつ恐ろしいものだ。

 

 それに、彼女の能力が完全に別物となってしまえば、同時に彼女自身の命が危うくなってしまう。何としてでもその事態は回避しなければならないだろう。

 しかし今、仮説でしかない上に具体的な解決案がない以上、幽々子に全てを話すべきではないと私は考えた。

 

「——もう、茶化さないで欲しいわ」

「うふふ……」

 

 口を袖で隠して、幽々子はいつものように微笑んでいる。

 私はこの笑顔を何としても守りたいと思った。

 出会ってからの数ヶ月、それまでの退屈な日々が嘘だったかのように、ただただ楽しかったのだ。幽々子がいて、妖忌がいて。ずっと一人だった私が忘れてしまいそうになっていた、日々の温かみを思い出させてくれた。

 

 感謝している。

 それだけの言葉では足りない。

 

 一人で生きていくためだけの力なんて、いざ手に入れてしまえば空っぽも同然。そもそも強さの在り様は様々なものである。

 力の優劣というものだけでなく、誰かとの繋がりというものもまた強さなのだ。幽々子自身に自覚はなくとも、彼女は確かに教えてくれた。

 

 そんな幽々子のために、力を惜しむつもりはない。

 彼女を絶対に、救ってみせる。私は幽々子の笑顔を見ながら心に誓った。

 

 

 

 ******

 

 

 

 ——文月

 

 梅雨が過ぎ、すっかり暑くなった白玉楼。初めて幽々子と出会った日から、早四カ月が経っていた。そして、何度も一緒に世間話をしている内に、私は彼女を見たときに覚えた違和感の正体に確信をもった。結論から言えば、私が立てた仮説は正しかったようである。

 

 彼女は無意識に生物を死へと誘っている。

 

 命を持つ存在をやんわりと、死に近づけているのだ。例えば強い負の感情を持った瞬間。それは死への願望と変わり、その者を死に至らしめる。予想通り、彼女の力は強大だ。いや、強大過ぎて人間の彼女では負担が大きすぎるだろう。恐らく、彼女自身が死んで転生しようとも能力は彼女の魂そのものを縛り付ける。

 

 彼女自身が能力を完全に支配することができなければ、いずれ永遠に誰かを死へと誘う存在になり果ててしまう。それでは優しい彼女の心は壊れてしまうに違いない。幽々子に心配をかけたくないこともあって、私からこの件について触れることは避けていた。

 しかし、

 

『紫……教えて……本当のこと……全部』

 

 幽々子はある日、気づいてしまった。きっかけは、ある使用人の死であった。

 彼女は自分からあの“不思議な蝶”が生まれていることに気づいてしまったのだ。

 

『落ち着いて聞いて頂戴』

 

 だから私は話すしかなかった。

 聞いている最中、幽々子の顔はみるみるうちに青ざめていき、話し終える頃には胸を抑えながらその場に倒れこんでしまった。力を込めすぎて青白くなった彼女の指は微かに震え、それでも着物の裾を強く握りしめていた。

 私はただ、彼女の背中をさすってあげることしかできなかった。

 本当は、幽々子に身を裂くような思いをさせたくなかったのに。私の所為で彼女を余計に傷つけてしまったのだ。

 

 その出来事依以来、私は死に物狂いで解決方法を探った。

 幽々子の能力を歪ませる原因とも言える妖怪桜は驚異的な再生力を持つことが確認できたため、ただ切り倒せばよいわけではないことが分かったのだ。そこで忘れ去られてしまった言い伝えや術などを研究し、時には蘇る母の記憶を頼りに、主に能力の変性について調べているが結果は芳しくない。

 どれも根本的な解決にならないのである。

 

「ねえ、紫」

「どうしたの?」

 

 焦る気持ちを押さえながら、今日も私は幽々子のもとを訪ねている。蝉が一斉に鳴き始めてきたためお互いに『蒸し暑いわねえ』などと言いながら、縁側で冷たいお茶をすすっていた。

 幽々子はあの出来事以来も今まで通りふるまっている様子だが、少しだけ元気がなくなってしまった。そして、自分からあの桜について話すこともなくなり、自らの能力についての相談もしてくれなくなった。

 ただし、

 

「紫は死ぬってどういうものだと思う? 悠久の時を生きる貴方から見て、生き物が死ぬということについてどう考えているか気になるの」

「そうねぇ」

 

 幽々子はこうして、思いついた問いを私に投げかけてくる。

 口からほっと息を吐き、茜色に染まった空を見上げる幽々子。

 彼女の急な問いは今日に始まったことではなく、人間とは異なる感性を持つ私に、何かを求めているのだろう。私は彼女の問いに、いつも真剣に答えている。

 

 しかし、今回はもっと別の意図を感じた。彼女にとって身近なものになってしまった人間の死。整理が追い付かない自らの心に、答えを出すためのヒントを私に求めてきているのではないだろうか。

 私は慎重に、言葉を選びながら答えた。

 

「単に、肉体の機能停止という意味だけではそれを定義することはできないわね……」

「なぜ?」

「死とは、あくまで概念ですもの。たとえある者が本当は死んでいないのだとしても、誰かが決めて、それを了承する者が多数を占めれば、その者は死んだものだと扱うことができる。生と死の間に境界がある限り、いくらでもやりようはあるわ。簡単な例を挙げるならば、生死が不明の者を死んだとすることならいくらでもできるし、その逆も然り。それを決めているのは私達なんだから」

「まあ……。つまり死とは、私たちが決めているものに過ぎないと?」

「そうよ。当然のことだけど、それを人は認識していない。いや、しようとしていないの。その点、妖怪は人と違って畏れが消えてなくなれば自然に消滅するから、そういう考えに至るのでしょうね」

 

 妖怪とは自らの精神に強く影響を受ける存在。肉体的生命力が強く、生まれ持った力で十分に生きて行ける妖怪の死因は、肉体的消滅よりもむしろ精神的な消滅のほうが多い。ましてや幽霊などと呼ばれる存在は、そもそも肉体すら持っていないのである。

 

「そうか、そうよね。そう考えると、死というものがなんだか怖いものではなくて、親しみ深いものに思えてきたわ。もし、死が紫の言ったようなものならば、私もずっと貴方の中で生き続けられるのかしら」

「そんな……弱気なことを言わないでよ」

「ふふ、そうね。変なことを言ったわ」

 

 言葉を選んだつもりだったが、それはつもりに過ぎなかった。彼女を少しでも元気づけようと思っていたのに、結局、励ましの言葉にもならなかった。

 

 なにが『人間である彼女の心理を理解する』だ。

 

 元人間であるというだけで、人としての心というものをすっかり失ってしまっているではないか。人間の気持ちを察して細やかな配慮のできない自分を、私は呪った。

 

 その日を境に、幽々子は寝込みがちになった。顔色は悪くなり、口数も減っていった。

 幽々子がいなくなるまで、約八か月前のことだった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 紫と友人になってから、数カ月が過ぎた。

 彼女はいつも夕暮れ時に現れては私と二人で縁側に座り、お茶を飲みながら何でもないことを話している。

 この数カ月で分かったことだが、時折紫は可愛らしいふるまいをするものの、彼女は極めて油断ならない性格の持ち主だ。

 

 信頼してくれているからか、私の前ではだらしない姿を見せることもある。

 しかし彼女の頭は恐ろしいほどに良く回転し、隠し事をしていても少しでも隙を見せればすぐに見破られてしまう。さすが悠久の時を生きた妖怪なだけはあると思う。たった十数年生きているだけの小娘である私などでは、とても敵わない。

 だから、私は毎日が不安でならなかった。彼女に気づかれてしまっているのではないかと不安になってしまうの。

 

 ——私が、死を望んでいることに。

 

 元々、妖忌が暗くなると館の門を全て閉めているから、外から桜の木がある庭園の中へ入ることはできないはずだった。しかし、いつものように朝起床すると、使用人たちが慌ただしかった。外から奉公に来ている若い使用人の男が、首を切って死んでいたのだ。

 

 今まで警戒していたのにも関わらず死人が出たことに、当時の使用人たちは勿論、私も含めて気味悪がった。それから妖忌が夜を徹して桜の木の周りを見張ってくれたけど、しばらく何の異変もない。四六時中ずっと見張っているわけにもいかないので、妖忌に通常通りの仕事に戻ってもらったところ、その数日後にまた新たな死人が出た。

 その頻度は月に一度ないし二度あるかというもので毎日死体が転がっているわけではないが使用人たちにとって脅威であることは事実。

 

 結局、死への誘惑に影響を受けない半人半霊である妖忌を除き、いつまでも他の使用人を白玉楼に残すわけにもいかず、皆にはここから立ち去ってもらうことにした。

 だが、私は使用人たちの死体にきまって蝶が止まっていることに気づいた。はじめは気にしていなかった。いつもの幻覚だろうと思っていた。

 しかし、私は以前妖忌に尋ねたときのことを思い出し、

 

『蝶、でございますか。以前おっしゃられていた?』

『ええ、また見えるの。ほら、あの人の肩に』

『やはり見えませぬな……』

『そう……妖忌、ありがとう。私、疲れているのね』

『申し訳ありません』

『いいえ、謝ることはないわ』

 

 一つの結論へと至った。

 私にしか見えず、誰も見ることができない蝶。そして、その蝶がとまった先の者は皆、必ず死ぬ。私は幼いころから蝶を見てきたが、疑問を覚えることはなかった。しかし思い返してみれば、確かに蝶がとまった人が次に白玉楼を訪れることはなかったのだ。これらの要素をつなげ合わせると、

 

 ——蝶はその者に死を与える。そしてその蝶は、

 

 ——私から生じていた。

 

『紫……教えて……本当のこと……全部』

 

 私は紫に問うた。すると紫は、懺悔をするように答えた。

 その重々しい口調から、私に言うのをずっと躊躇っていたのだと気づいた。

 彼女は優しくから。きっと言えなかったんだろう。

 

『落ち着いて聞いて頂戴』

 

 彼女の話によれば、私はもともと『死霊を操る程度の能力』を持っており、それがあの妖怪桜、『西行妖』の影響によって『死に誘う程度の能力』に変質し、無意識のうちに誰かを死へと導いてしまっているらしい。

 私はずっと気づいていなかったのか。知らぬうちに多くの罪なき人を殺していたのか。

 この白玉楼の大切な使用人たちを、父の友人を。

 

『はあ、はあ……!?』

『幽々子、気を確かにっ!?』

 

 紫から私の能力の変質についての話を聞いた後、私は胸が苦しくなった。その後、紫が西行妖を封印すると言ってくれたけれど、私の心は晴れなかった。いくら西行妖を封印できたとしても、これまでに死んでいった者達が返ってくるわけではない。死んでいった者もこれから死んでいく者も。皆、皆——

 

 ——殺したのは、殺すのは私だ。

 

 分かっている。止める方法が、ないわけではない。

 この連鎖を止めるのなら、私が西行妖に取り込まれ、そして死ねばいいのだ。

 

 紫が私もろともに西行妖を封印してくれれば、もうこれ以上、誰かを死に誘うこともないだろう。転生してもこの能力が付いてくるのならば、私が無限の地獄へ落ち、輪廻から外れればいい。なぜ気づけなかったのだろうかと、私は紫の隣で疑問に思った。だけど答えはすぐに分かった。私は見て見ぬふりをしていただけだ。

 だって紫といる時間はとても楽しかったから。

 

「——幽々子、ちょっと幽々子っ、どうしたの?」

「……えっ?」

 

 私の目の前には生涯の友人である八雲紫。紫色の瞳には私の姿が映っている。吐息がかかるくらいに紫は、顔を近づけていた。

 

「えっ、じゃないわよ。急にどうしたの? ぼおっとして」

「あらごめんなさい。少し考え事をしていたわ」

「珍しいわね。何かあったのかしら?」

「なんでもないわ。ただ言おうか言うまいか、悩んでいたの」

「ん?」

 

 紫の目を真っすぐに見つめる。

 

「紫……」

「な、何?」

 

 彼女も私の真剣な剣幕に唾を飲む。

 

「口元にお饅頭がついているわよ……」

「えっ、嘘っ!?」

「ふふっ、引っかかった……」

 

 消えてしまいたい、そう望んでいるのにどこかで私は消えたくないとも思っている。

 それは許されないことなのだろう。私が存在している限り、誰かを殺し続けることになるのだから。

 本当は隣に座る彼女に全てを打ち明けてしまいたかったけど、どうしても私にはできなかった。『消えたい』だなんて、友人に相談できるほどの勇気を私は持っていない。私は結局、臆病なのだ。

 

「幽々子のいぢわる……」

 

 今日は少し弄り過ぎてしまったかしら。紫のご機嫌は斜め。

 隣に座る彼女の目は僅かに潤んでいる。

 

「ごめんなさいね、紫。なんだがこうして話しているのが楽しくて、つい」

「反省の色が見えない……というか私、人間に良い様に弄られるなんてまだまだね……」

 

 先ほど私に揶揄われたことが余程悔しかったのか、紫は潤んだ目できっと私を睨むと、すぐに自信なさげに項垂れた。

 

 ああ、彼女といるこのひと時が、一体どれだけ私の心を救ってくれていることか。

 

「紫……ありがとね」

「え? ああ……どういたしまして?」

 

 これは、この記憶は消えてなくなってしまうかもしれない。それでも、私の魂が覚えてくれていたらいいなと、この時の私は思った。

 

 

 

 ******

 

 

 

 ——神無月

 

 暑い夏が過ぎて、すっかり涼しくなった。

 相変わらず幽々子の容態は芳しくない。一日中寝たきりになることも珍しくなくなっており、心配も絶えない。残された時間はあとわずかになっていた。

 

 西日が差す平野には彼岸花が咲き誇っている。視界に広がる花々は赤一色。それは目に悪いような様ではなく、どこか儚さを与えてくれる。そんな幻想的な風景が広がる場所であるが、そもそもここは現世ではない。私はずっと、ここである人物を探していたのだ。現世を離れてまで会いに来たのは、彼女がそうまでしなければ会えぬ存在ということである。

 その人物は私にとっては相性が悪く、天敵と言ってもいい存在だがこの際仕方あるまい。この問題に関して彼女以外に頼れるものはいないのだから。

 そして、その人物の名は——

 

 ふと、風が吹く。さわさわと彼岸花が揺れ動き、しばらくして静まる。この一瞬の間に、

 

「珍しいですね。貴方が私にこうまでして会いに来るとは」

 

 目の前に少女が一人。

 

「ええ、お願いがありましてここに来たのです」

「ほう。ひとまずは聞きましょうか? 境界の妖怪、八雲紫」

 

 閻魔と呼ばれる者、四季映姫である。

 是非曲直庁に勤め死者を裁き、何者にも影響されず迷うことがないと言われる別次元の存在。

 彼女を前にして迂闊なことはできない。上手く言いくるめようとすれば、こちらの足元がすくわれる。気を引き締めていかなければなるまい。

 

「西行寺幽々子、彼女の処遇について一つ提案をしに参りました」

「ああ、彼女のことですか。そのことがどうかしましたか?」

 

 先ほどから、周囲の音が消えている。いつの間にか風が止んでいた。

 

「それでは単刀直入に申し上げます。西行寺幽々子を、冥界の管理人にすること」

「…………」

 

 私が提案を彼女に告げると、空気がその性質を変えた。まるで頭上に広大な海が広がっているような感覚に陥りそうだ。息ができなくなるような威圧感。別次元の存在とはここまでのものなのか。長い時を生き、膨大な妖力を身に宿した私をもってしても彼女の存在は別格に感じられた。

 今、彼女が敵対すれば私も無事では済まないだろう。

 

「なるほど、しかし」

 

 彼女は鋭い視線を私に向ける。

 

「それは貴方の私情なのではないですか?」

 

 映姫は私にそう問うた。

 

「彼女はそれを望んではいないでしょう。それに彼女の——は、最早止められないのでは?」 

 

 たしかにこれは私が勝手にすることだ。彼女が私に願ったわけでもない。

 それでも幽々子を救いたいと願うのは、私の単なる我儘なのだろう。

 

「ええ、私情ですわ。身勝手な私の願い」

「ならば——」

「しかしっ」

 

 私は彼女を救いたい。幽々子が私に手を差し伸べてくれたように。

 だからこそ、なんとしてでも映姫を説得せねばならない。

 私はあらかじめ用意した文句を一言一句違わず映姫に述べる。

 

「これは、貴方々からしても悪い話ではないはず」

「…………」

「彼女を冥界の管理人とすれば、彼女の力で定められた命を狂わされる者はいなくなり、対応に追われるそちらの負担は少なくなります」

「また西行寺幽々子自身が転生することもなくなる、と?」

「はい……」

 

 あちら側からすれば、幽々子の存在は相当厄介なはずだ。定められた命を全うしていない者を手にかけることもできないし、放っておいてもまた幽々子は転生してしまうため被害は免れない。むこうから打てる有効な手はないだろう。

 そこで私が力を使ってあの桜を封印するのと同時に彼女を人外の存在にすれば、彼女が自身の能力に振り回されることはなくなり、おそらく事態は丸く治まる。

 これくらいで提示する理由は十分ではないだろうか。

 そう、思った直後であった。

 

「ふふっ」

 

 映姫の口から笑みがこぼれる。

 

「ふふふふっ、あははは!」

「どうかなされましたか?」

 

 あまりに急なものだったので少し驚いた。私は何か変なことを言っただろうか。全くもって見当がつかない。動揺を表に出さないように取り繕う私に、映姫は目尻に溜まった涙を指ですくいながら言った。

 

「すいませんっ、少しおかしかったもので……貴方、面白いですね。正直ここまで素直に来るとは思っていませんでしたよ。貴方の言うことはいつも胡散臭く、信用ならないものだと思っていましたが、なかなかどうして……。私が見た運命では、本来貴方は私にここまで正直に話そうとはしなかったのです。どうやら、どこかで運命は変わってしまったようですね」

 

 映姫は近くの岩に腰を下ろすと、私を手招いた。

 

「こちらに座りなさい、八雲紫」

「……はい」

 

 恐る恐る隣に腰かけ、映姫を見る。緑がかった彼女の髪は秋の日差しを浴びて翡翠色に輝いており、穢れのない美しさ。なるほど彼女は確かに閻魔であると私は思った。

 彼女と真逆だからこそ分かるのかもしれない。私は、清廉潔白からは程遠いから。

 

「初めから我々は西行寺幽々子には冥界の管理人となってもらうつもりでした。それが例え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。とはいえ、あの桜の状況を鑑みるにこちらも表立って動けないのは事実。そこで代わりに動ける者を探していたのです。もともと貴方はその候補のうちの一人でした」

「それでは……?」

「ええ、こちらの方こそ頼みます。貴方の望むように彼女を冥界の管理人にしてください。もちろん、結果は問いません。もし失敗したとしても、次にまた試みればよいことですから」

 

 予想外だ。映姫のような者達が初めから今回の状況を想定していたのなど。それに彼女は確かに『幽々子の意志は問わない』と言った。それはいったいなぜか、私にも計り知れない。しかしともかく、こちらにとっては好都合。ひとまず許可は下りた。後は準備だ。

 

「ありがとうございます。映姫様」

「礼には及びません。それでは私はこれにて」

 

 映姫は座っていた岩から飛び降りて数歩歩くとこちらを振り返り、

 

「ああそれと、今回は大目に見てあげますが次に会ったとき、少し貴方にはお話があります。そのときは心して聞くように」

「え?」

「聞くように」

「はい?」

「心して、聞くように。……いい加減怒りますよ?」

「はい……」

 

 悔悟の棒を突き付けられ私は何とも言えない気持ちになった。

 やはりこの閻魔、ぶれない。次がないことを祈るばかりだ。絶対少しじゃないと思う。

 お話好きの映姫様は大変いい笑顔で彼岸花畑を去っていった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 ——弥生

 

 遂に準備は整った。この数カ月の間に妖忌にもその内容は伝えてある。決行は明後日だ。

 床に伏せる幽々子の横に座り、私は告げた。

 

「ねえ、幽々子」

「なにかしら?」

「私と一つ、賭けをしてみない?」

「……賭け?」

「そうよ。あの桜が咲くか、咲かないか……結果は二つに一つ。私は、咲かない方に賭けるわ」

 

 白玉楼は一面に花が咲き誇っている。その中で、ただ一つ満開にならない桜。私はそれを指さした。

 

「そう……なら私は咲く方に賭ければいいのね」

「ええ」

 

 幽々子は半ば戸惑いながらも、応じてくれた。

 

「そうねえ、勝った方は負けた方に好きなことをお願いできるというのはどうかしら?」

「ふふ、賭けで私に勝ったことがないくせに」

「こ、今度こそは負けないわ」

「……もう、紫ったら負けず嫌いなんだから」

「む、むう……」

 

 そういえば私は賭けで幽々子に勝ったことがなかった。しかし、今回は負けない。負けるわけにはいかない。

 

「それでは今日はこの辺りでお暇するわね」

「……見送るわ」

「無理しなくていいのよ。幽々子」

「大丈夫。大丈夫だから」

 

 その後、ふらふらと危ない足取りでわざわざ見送りに来てくれた幽々子。止めたのにも関わらず、彼女はかたくなだった。

 

「それじゃあ、また会いましょう。幽々子」

 

 白玉楼を去る直前、

 

「まって……」

 

 スキマを開いて帰ろうとする私を呼び止めた。

 

「ねえ、紫……。私のこと、忘れないでいてくれる?」

 

 心細そうな顔で聞いてくる幽々子。そんな彼女に私は安心させようとできるだけ明るい声で答えた。

 

「そんなに弱気にならないで。大丈夫よ。それに私が貴方のことを忘れることなんてないでしょう?」

「そう、そうよね……変なことを聞いたわ。ありがとう、さよなら。紫」

 

 この時の幽々子の儚い笑顔を、私は一生忘れることはないだろう。

 それ以上何も言えなかった。言葉を返すことができなかった。

 そして私はこの時なぜ彼女が私に『さよなら』と言ったのか、その本当の意味を知らなかったのである。もしもここで幽々子ともっと話していたら、結果は違うものになっていたのかもしれないのに。

 翌日。

 

「紫様っ! 幽々子様が——!」

 

 妖忌が以前渡した式を使って私に連絡をよこしてきた。あまりの剣幕に一体どうしたのだと尋ねると、式越しに信じられない答えが返ってきた。

 

「そんな……嘘よ……」

 

 あの桜の下で、

 幽々子は自ら命を絶った。

 

 このとき私は一つ、大きな思い違いをしていたのだ。当時の幽々子は別に、人をやめてまでこの世界で生きていきたいと思ってなどいなかった。

 悔やんでも悔やみきれない。私は初めて出会ったときに覚えた違和感の正体に気づけなかった。

 

 彼女はずっと。

 誰よりもずっと、死に焦がれ続けていたのだ。

 

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