『陽乃、貴方は雪ノ下家の長女なのよ。私の言うことだけを聞きなさい』
雪ノ下家の長女。
母が私に呪文のように言いつける。
その言葉がいつも私を縛り付け、心が黒く染まるのを感じる。
嫌だった。
自由になりたかった。
でも、逃げることは出来ない。私が逃げたら雪乃ちゃんに標的が向いてしまう。
仮面を被れば被るほど、親や周囲の期待が大きくなる。
全てを完璧にこなせる自分が恨めしい。
誰か…本当の私を見てよ……。
……。比企谷くん…。
………
…
·
「……………。うにゅ?」
目が覚めた。
見覚えのない天井。
少しだる重い体をむくりと上半身だけ起こし、ぐるりと部屋を見渡す。
ここは……。
少しづつ、少しづつ、
昨日の記憶がフラッシュバックする。
「………っ」
あぁ、そうだった。
たしか…私は昨日比企谷くんに……。
と、考えを巡らせたその時、
コンコン、とドアをノックする音が耳に届く。
「っ。………ど、どうぞ」
ガチャ、とドアが開かれ少しだけ緊張が走る。
もしかしたら……、昨日の出来事は私の夢だったんじゃないかと……。
「おはようございます。……熱は下がったみたいですね」
そこには……ゆるゆると微笑む君がいる。
比企谷くんだ……。
よかった。
どうやら熱をだしていたらしく、倒れてしまったらしい。
彼はのそりと動き、ベッドの近くにある椅子に腰掛け、ピタッとおでこに比企谷くんの手が当てられる。
彼の手はつめたくて気持ちいい……。
うぅ、余計に上がっちゃうよ…。
なんか……、彼じゃないみたい…。
私は、無意識に比企谷くんの手を取り、手をにぎにぎしてしまう。
まるで、存在を確かめるように……。
「……」
にぎにぎ。
「……。惚れちゃうんでやめてください」
……。にぎにぎ、にぎにぎ。
「あの、話聞いてます?」
「…うん。比企谷くん、おはよ」
「ん。…ご飯出来てますけど、食べます?」
「……。たべりゅ」
あ、噛んじゃった……。
「瑞鳳ちゃん……」
だれよ、そいつ……。
***
時刻は8時半。
四角いテーブルの前には比企谷くん。
不思議な感覚…。
出された朝食は、こんがりと焼かれたトーストにサラダ、ミルク。
シンプルな朝食がとても美味しそう。
「ジャムは好きなのとってくださいね」
「ありがと。……いただきます」
「ん、いただきます」
時間の流れが緩やかに感じる。
誰かと食べるご飯ってこんなに美味しいものなんだな。親と食べる時は、どこか息苦しくて、一人で食べるご飯は寂しかった。
美味しく感じれるのは、比企谷くん、だからかな。
彼はミルクではなくコーヒーらしい。
コーヒーを啜る彼の顔が、大人びていて、顔が少し熱くなるのを感じる。
私もコーヒーがよかったな。
「朝から、マッ缶。最高ですね」
「それはいらない」
「え!?」
口に出ていたらしい。好物を否定されたのが悔しいのか、少しムスッとする。
そのコーヒーは乙女の天敵なんだから。
聞きたいことがたくさんある。
なんで美容師してるの。
雪乃ちゃんとが浜ちゃんとはどうしてるの。
なんで、助けてくれるの。
なんて……。
聞くことが出来ない。
一方的に彼のことを知りたいなんて、ずるいにもほどかある。
言ってしえば、気づかれてしまうかもしれない。
私が弱くなったこと。
いつまでも甘えてはいけない。
彼には、すでに居場所があるから。私が入り込める余地なんてないのだから…。
コーヒーカップを机に置き、彼が静かに問いかける。
「……。居候するってほんとですか?」
「…。なにいってるの?」
「あ、あれ?」
「え?…え?」
そんなこと言ったかな……。
……。
…あ、言ってたかな。
「……。住んであげる」
「帰れ」
「やだ」
「ちっ、電話電話」
「ま、まって!……も、もう!か、体で払えとかいうの!?」
「うるせえよ!」
少し顔を赤くした比企谷くんが声を荒らげる。
私が私じゃないみたい。
頭ではわかっていても、彼の隣にいたい。
もう少しこの温もりを感じていたい。
まだ心が温もりや優しさを求めてるから。
美容師してるんだよね…。
よ、よし…。
「私も美容師してあげる」
「美容師なめてんの……」
ちょくちょく投稿していきます。