陽乃さんと美容師の彼   作:メイ(^ ^)

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自覚した恋心

 

 

 

 

土曜日の昼下がり。

 

 

「陽乃さん、ミックスサンド一つ願いしまーす」

 

「はーい」

 

 

一色ちゃんから頼まれたミックスサンドをサクサクと手順よく作っていく。

ここで働き始めて三日目を迎えた。

元からの素質があったせいか、喫茶店の仕事もすぐに慣れ、今は何故かキッチンを任せられてる。

 

キッチンといっても簡易的なもので、カウンター席から料理が見えるような構図だ。

 

ここのお店は一色ちゃんの叔母のお店らしい。そのせいか来る客層も女性客が多く、居心地は悪くない。

 

聞けばいつか自分のお店を開きたいらしく、修行中だとか。

 

お昼のピークを過ぎたせいか、お客さんは一人だけで店内は少し閑散としてる。

 

 

一色ちゃんと久しぶりに再会した日。

 

 

色々と根掘り葉掘り聞かれると思っていたけれど、交わした言葉は少なく、むしろ宣戦布告をされてしまった。

 

 

『陽乃さん、先輩は渡しません』

 

 

意志のこもった瞳で、真っ直ぐな気持ちをぶつけらた。

 

私はなんて言い返したのだろう。

あの時の記憶は靄がかかったみたいに思い出せない。

 

 

記憶に意識を巡らせたその時、カランと呼び鈴がお客様の来店を知らせる。

 

相変わらずの腐った瞳にヒラヒラと揺れるアホ毛。

 

比企谷くんだ。

 

 

「いらっしゃいませ!……って先輩!」

 

「よう、飯食いに来た」

 

「ふふ、私に会いに来たんですね」

 

「さて、めしめし」

 

「無視しないでくださいよ!」

 

「陽乃さん、ミラノサンド食べたい」

 

「ん、ちょっと待っててね」

 

「ん。あ、一色コーヒーはよ、マッ缶」

 

「……ふん、お冷で充分です」

 

「髪切ってやらんぞ」

 

「……かしこまりました。ブラックコーヒーですね?」

 

「……マックスコーヒーをひとつ」

 

「だからないですって」

 

「……じゃあミルクティーで」

 

「……わかりました」

 

 

不満そうにほっぺたを膨らませつつも、黙ってミルクティーを作る一色ちゃん。

彼は時々ここに食べにくるらしい。

 

私が知る中では毎日食べに来てくれてると思うんだけどね。

 

 

もしかしたら、私に会いに来てくれてるのかな。

 

 

……。

 

 

な、なんてね!!

 

 

さて、ミラノミラノ。

雑念を払うようにブンブンと頭を振り、料理に集中した。

作業してる私をよそに彼はカウンター席に座りながら私に話しかける。

 

 

「陽乃さん、だいぶ慣れましたか?」

 

「まあ、私だからね。こんなの御茶の子さいさいなんだから」

 

「陽乃さんですもんね、納得です」

 

「なんか言い方に悪意があるんだけど、自意識くん?」

 

「そっちの方がありますけどね……」

 

 

彼と交わすじゃれ合うような会話。

その会話を聞いてどう思ったのか知らないが、一色ちゃんが割り込んでくる。

 

 

「はいどーん!ミルクティー出来ましたよ!」

 

「ぬ、慌ただしいやつだな」

 

「ささっ、飲んで飲んで」

 

「ここ喫茶店だよね?………ん、まあ、美味しいけど」

 

「……っは!?い、今のは毎朝私にミルクティーいれてってことですか!?ごめんなさい、ミルクティーよりも味噌汁にしてください、お願いします」

 

「やっぱりマッ缶が最強だな」

 

「また無視!?」

 

 

ショボンと肩を落とす一色ちゃん。

それでも笑顔は忘れておらず、女性の私から見ても輝いて見えてしまう。

好きなんだろうな。

漠然とそう思う。きっと彼女は普通に彼と出会って、普通に恋に落ちて、高鳴る気持ちを胸に彼を追いかけているのだろう。

 

それが少し羨ましい。

 

誰も彼もが私のことを羨ましがる。

完璧超人、才色兼備、眉目秀麗。

それは私ではないのに。本当の私は全然完璧じゃなくて、みんなが思ってるような人間じゃない。

 

 

手元にはたった今出来上がったミラノサンド。

無意識のうちに視線は下にさがり、俯いてしまう。

 

 

「………」

 

 

自分はこんなにも弱い。

 

 

「陽乃さん」

 

 

思考がネガティブに染まり始めたその時。

 

私の心をそっと包みこむように。

 

ふわりと、優しい声。

 

私の好きな声が鼓膜を心地よく刺激する。

 

不思議。

 

どんなに嫌なことがあっても、辛いことがあっても、彼のことを考えると不思議とシャボン玉のようにいずれ消えてくれる。

 

 

ねぇ、なんでそんなに君の言葉や心は温かいの?

 

 

「ミラノサンド食べたいです」

 

「うん……、はい!おいしいよ!」

 

 

この気持ちをなんて言うのかな。

彼のことを考えるたびに、胸が高鳴り、悩みが吹っ飛び、また新しい悩みが出てくる。

 

その悩みは全然嫌じゃなくて、とてももどかしくてこそばゆい。そして心が温まる。

 

いい大人なのに10代の恋心を抱いてるかのよう。私の知らない私がいっぱい。

 

こんな気持ちは初めてだな。

 

 

あぁ、

 

 

きっと、

 

 

きっとこの気持ちは、恋っていうんだな。

 

 

私の恋は遅咲きの恋。

 

 

すでに彼の隣は誰かで埋まってるのかもしれない。

 

 

もしそうなら、私もそこに入り込んでやる。遅すぎるかもしれないけど諦めたくない。

受け身になってやるもんか、欲しいものは手に入れる。

その方が私らしい。

 

 

私は一色ちゃんの方に体を向け、真っ直ぐに見つめこう告げる。

 

 

「一色ちゃん………、んーん、いろはちゃん。……私も負けないから」

 

「……、そう来なくっちゃ面白くないです」

 

 

そう言うと私と彼女は不敵に笑った。

 

 

 

「やだなー、怖いなー」

 

 

 

比企谷くん、うるさい……。

 

 

 

 




12巻今年度中に発売されそうですね。
自分的にはもう少し続いてほしいんですけど、奉仕部がどういう結果を出すか楽しみです。

最後は映画化されないかな!

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