けいおん!と仏教をコラボさせたら、こんなのができあがりました。
ムギがひょんなことから仏になって、他のHTTメンバーと関わるお話です。
仏教の話が出てくるので、ご覧になる方はその点ご了承ください。

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シャカムギ!

 厳かな扉が、きしむ音をたてながら開かれた。

 琴吹紬が部屋の中にゆっくりと入り、扉を閉める。父親の書斎であるこの一室は、壁一面が本棚で格調高い書籍が隙間なく並んでいた。

 鼻歌を歌いながら、楽しそうに本棚を眺める紬。彼女は時々こうやって、書斎にある珍しい本を読みに来ていた。

 

「これは……?」

 

 ふと目にしたのは、父親の机に置かれた一冊の本。表紙にはアルファベットで『Dhammapada』と書かれている。

 

「ダンマ……パダ?」

 

 適当にページをめくって中をのぞくと、こちらはアルファベットではなく見たこともないような記号の羅列が目に飛び込む。

 

「これも文字かしら?」

 

 そんな疑問を感じていると――

 次の瞬間、紬の中で何かが覚醒した。すると、今まで理解不能だった記号が連綿と彼女の脳内に入りこんで、有機的なつながりを果たす。

 紬は、自分の中にただならぬ何かが生起したように感じた。

 

 ***

 

 ある日の放課後。

 軽音楽部の部員である中野梓が、愛用のムスタングを背負って部室である音楽準備室への階段を登っていた。梓が部室のドアノブに手を掛けた次の瞬間。

 部屋の中から、何かが床に落ちた音と四人の声が聞こえてくる。

 

「どうしたんですか!?」

 

 急いでドアを開けた梓の目に入って来たのは、テーブルに斜めに立てかけられた竹と、驚嘆の表情を浮かべた、秋山澪、田井中律、そして琴吹紬だった。さらに、三人の視線の先には、へこんだダンボール箱の上に横たわった平沢唯の姿。

 

「うう……あずにゃ~ん……」

 唯が泣き顔で、梓に助けを求めて手を伸ばす。

 

「何やってるんですか……」

「いやー、ちょっとした好奇心というかさ」

 

 律が苦笑いしながら弁解すると、すかさず澪が口をはさむ。

 

「だから、私はやめた方がいいって言ったんだ。こんなところ、先生に見つかったら……」

「唯ちゃん、大丈夫?」

「ありがとう、ムギちゃん」

 

 唯は、紬が差し出した手につかまって、ようやく立ち上がった。

 

「それで、先輩方は何をやってたんですか?」

 

 異様な存在感のある竹を横目に、梓が律達の方に少し怪訝な視線を送る。

 

「あー、実は新しいライブパフォーマンスで竹を使おうと……」

「無理がありすぎるだろ!」

 

 目線が泳ぐ律に、澪がすばやくツッコミを入れる。

 

「流しそうめんだよ、あずにゃん!」

「流しそうめん!?」

「そうなの、梓ちゃん! 流しそうめんは日本の文化、みんながやったことあることを、私も一度やってみたかったの!」

「いえ、私は一度もやったことないですけど……」

 

 目を輝かせて力説する唯と紬に、梓はいたって冷静に返事した。

 

「そもそも、こんな竹、どこから持ってきたんですか?」

 

 竹は半分に割られていて、明らかに流しそうめん用に作られている。

 

「えへへ、あずにゃん、実は何を隠そう、私が部室の奥から見つけたんだよ!」

 

 唯は思いっきり胸を張る。

 

「ああ、やっぱりそうですか」

「ええ!? 何で驚かないの!?」

「こんなことをするのは、唯先輩か律先輩だと思っていたので」

「って、私も含まれるんかい!」

 

 律が不服そうに言った。

 

「そうなると、唯先輩がダンボールの上にのっかってた理由は……」

 

 梓は、竹の横に置いてある踏み台と、その延長上にあるへこんだダンボール箱を凝視して、結論を出す。

 

「唯先輩がそうめんを流そうとして踏み台に乗ってる時に、足を踏み外してしまい、ダンボールの上に落ちた、といったところですか」

「すごいわ、梓ちゃん! 名探偵みたい!」

「いえ、そんなことないです!ただなんとなくイメージがわいてきただけで……」

 

 紬に賞賛され、梓は少し照れくさそうに顔をそらす。

 

「みんな、それより、早く続きをやろうよ!」

「唯、まだやる気なのか? 先生が来たらどうするんだ?」

「大丈夫だよ、澪ちゃん! さわちゃんならきっと分かってくれるよ!」

「一体、その自信はどこから……」

 

 不安など微塵もない唯の表情に、澪は肩をすくめた。

 

「ほらほら、梓もそうめん流しちゃいなよ!」

「そうそう、本当に楽しいから!」

「ちょっ、お二人とも、そんなに押さないでください!」

 

 律と紬に押されて、竹の前まで行く梓。こうして、音楽準備室で流しそうめんという不思議な時間が始まるのだった。

 

「よーし、次のそうめんを流すぞ~」

 

 律がボウルに入れたそうめんを、水と共に上流から流した。

 律を除く四人は箸を構え、一気に流れてくるそうめんに対しすばやく反応する。

 

「やった! 今度はちゃんと取れた!」

 

 先ほどからそうめんを取るのに失敗していた澪が、ついに成功して歓喜の声を上げた。

 

「ほほーぅ、なんだかんだ言って、澪も楽しんでるじゃん」

 

 律のニヤリとした表情に、澪は急に我に帰って顔を赤くする。

 

「う、うるさいぞ! 律!」

「わはー、こわいこわい」

 

 一方、唯、紬、梓は澪より竹の下流の方で、流しそうめんを楽しんでいる。

 

「あ、そういえば、あれを出さないと!」

 

 そう言って紬はスクールバッグから袋を取り出し、二人の前に提示した。その袋の中には赤褐色のものが入っている。

 

「これは……ミョウガですか?」

「そうなの、そうめんにはミョウガも欠かせないって聞いたから」

「うーん、私はあんまり好きじゃないなぁ」

 

 唯はミョウガの登場に難色を示し、口をとがらせる。

 

「唯先輩、好き嫌いはダメですよ」

「でも、なんか苦いし……」

 

 その刹那――

 紬の中で何かが確実に、目覚めた。そして、三千大千世界からこの軽音楽部の部室に一瞬にして智慧が集まってくる。それらは、紬の中に収束され、一つの体系を成した。

 

「ムギちゃん?」

 

 唯が不思議そうに、うつむいた紬の顔をのぞき込む。

 すると、紬が少しずつ顔を上げ――

 

「ムギちゃん!?」

「ムギ先輩!?」

 

 紬の顔を見て、唯と梓は驚愕した。普段から穏やかな表情の紬だが、この時の様子はそれにも増して、慈愛に満ちていたのだ。さらに二人は、紬の背中の方から後光が差しているのを目の当たりにした。もしかすると、紬自身が輝いているのかもしれない。

 

「唯ちゃん?」

「は、はい!? ムギちゃん!?」

 

 柔和かつ芯の通った紬の声に、唯は思わず背筋を伸ばしかしこまる。

 

「例えば、唯ちゃんはもし憂ちゃんがいなかったら、一人で生きていけると思う?」

「え!? 憂がいなかったら……」

 

 紬の急な問いかけを受け、一心に考えを巡らせる唯。やがて一つの結論に達し、考えを口にする。

 

「もし憂がいなかったら……朝起こしてくれない、ごはんも作ってくれない、洗濯もしてくれない……私、生きていけないよ!」

「(えええ!? 少しは自分でなんとかするという発想はないんですか!?)」

 

 唯の迷いなきだらけっぷりに衝撃を受ける梓。思わずつっこみたくなったが、なんとなく話に水をさすのが悪い気がして、ぐっとこらえるのだった。

 

「そう、唯ちゃんは憂ちゃんがいるからこそ生きている。でも、実はそれだけじゃないの。生きとし生けるものや様々な物の恩恵を受けて、唯ちゃんはここに存在するの。」

 

 紬が引き続き、流麗に言葉を紡ぎ出す。

 

「ミョウガも水や土のおかげで成長して、今度は食物として人の栄養分になろうとしてる。そんなかけがえのない命を無駄にしてはいけないと思うの」

 

 その言葉を受けて、唯は目に涙を浮かべ感銘を受けた様子で紬の手を取った。

 

「ムギちゃん! 私、間違ってたよ……これからは好き嫌いしないでミョウガも食べるよ!」

「(泣くのは大げさじゃ……)」

 

 唯の反応を見て、自分との温度差を感じる梓。しかし、紬と唯の雰囲気に横やりを入れる感じがして、やはりつっこめないのだった。

 

「そっか、これが天上天下"唯"我独尊ってことなのかぁ」

「何言ってるんですか、律先輩……」

 

 シャレなのか、本気で言っているのか、梓には分からなかった。

 

「澪先輩、律先輩が何か変なこと言って……」

「かっこいい……」

「え!?」

 

 澪が紬の方に憧憬のまなざしを向け、ぽつりとつぶやいた。紬の慈しみに満ちた表情と、唯を瞬く間に諭した行動に惹かれたらしい。

 一方、その脇でふと何かを思い出したように、律が言葉を口にした。

 

「でもさ、ミョウガって食べると、もの忘れが激しくなるって話を聞いたけどなぁ。無理して食べなくてもいいんじゃ……いてっ!」

「お前はムギの話を聞いてなかったのか? ミョウガだって懸命に生きてるんだぞ!」

「だからって、別にぶつことないだろー!」

 

 律と澪が言い合いを始めると、そこに紬がゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「二人とも落ち着いて」

 

 二人の間に立って、なだめるように手を動かす。

 

「りっちゃん、ミョウガのことを知ってるなんてすごいわ。ただ、ミョウガを食べるともの忘れする話は、事実と少し違って伝わっているの」

 

 そして、紬は目を閉じ、過去を顧みるように語り始める。

 

***

 

 むかしむかし、ユイハンドク(唯般特)という修行者がいた。彼女は、妹のウイハンドク(憂般特)と共に、お釈迦様のもとで修行に励む毎日。しかし、ユイハンドクは記憶力が悪く、お経を一つも覚えることができずに、苦労の日々を送っていた。

 

「ブタマン サバカン マッチャアメ……?」

「『ブッダン サラナン ガッチャーミ』だよ、お姉ちゃん」

「うう、また間違えた……」

「大丈夫、お姉ちゃんなら必ず覚えられるよ!」

 

 ウイハンドクは姉を励ますが、ユイハンドクは本当にさとりに到達できるのか疑問を持っていた。するとそこに一人の女性が歩み寄ってくる。

 

「尊者ユイハンドク、どうしたのですか?」

 

 ユイハンドクに話しかけてきたのは、仏陀(ブッダ)である釈迦牟技世尊(シャカムギせそん)だった。

 

「世尊様、私、何度やってもお経とか覚えられなくて……ヒック……いづもいづも……み゛んなに迷惑を……」

 

ユイハンドクは話の途中から涙を流し、しゃがみこんで心情を吐露した。そんなユイハンドクに対し、仏陀はやんわりと手を差し伸べる。

 

「大丈夫ですよ、尊者ユイハンドク。あなたは自分の欠点を知っています。自分の愚かさを知る人こそ、真の知者なのですよ」

 

 そう言って、仏陀はユイハンドクに、他の修行者の履き物をくり返し掃き清めるように指示した。

 それからというもの、ユイハンドクは修行者の履き物の汚れをひたすら拭き取った。しかし、きれいにした履き物が、時間と共に再び汚れていくのを見て疑問を感じる。

 

「うーん、どんなにきれいにしても、やっぱり汚くなっちゃうなぁ」

 

 考え込む彼女のもとに、仏陀が近づいてくる。

 

「それは、ものが移りゆく様子、諸行無常を表しているんですよ。きれいにした履き物も、時間がたてば汚れていくんです」

 

 仏陀は両の手の平を胸に当てて、更に説法を続ける。

 

「そして、それは人の心も同じです。人の心も本来は清らかなものだけれど、時間と共に汚れていく。尊者ユイハンドク、その汚れを取り除くことが修行なのです」

 

 その言葉を聞いたユイハンドクは、視界が一気に開けた気がした。

 

「世尊様! 私、頑張るよ! ……じゃなくて、頑張ります!」

「ふふ、その意気ですよ」

 

 その後、彼女は修行を積み、ついにさとりを開くことができた。そして、ユイハンドク亡きあと、遺体を埋葬した所に、可憐な花が咲いた。人々はこれを“ミョウガ”と名付け、いつしかミョウガを食べると“もの忘れをする”というユイハンドクにちなんだ言い伝えが生まれ、後世に受け継がれていったのだった。

 

 ***

 

「な、なんていい話なんだー!」

「わぁ!?」

 

 感極まっていきなり口を開いた律に、ひるむ梓。

 

「ムギ! 私が間違ってた! 頑張ったんだな、ユイハンドク!」

 

 晴れやかな表情をする律に、紬は優しく微笑む。

 

「ミョウガは小さな存在だけど、その中にユイハンドクの強い想いが脈々と息づいている。そのことを少しでも、心に留めておいて欲しいの」

「もちろん! 絶対に忘れないさ!」

 

 ついに、律も紬の説法に心を奪われた。これらの一部始終を傍観していた梓は立ち尽くすばかりである。唯は、まだ生きる喜びを噛みしめ、憂に感謝の祈りをささげていた。澪は、恥ずかしそうにモジモジしながら紬を見つめ、紬に視線をさとられないように時々目をそらしている。さらに、流しそうめんの竹の存在もあいまって、部室内は異質な雰囲気をかもし出していた。

 ひとまず、この場を収めようと、梓は紬に話しかけようとする。

 

「あの、ムギ先輩……」

 

 ガチャ!

 

「紬!」

「え?」

 

 突然、部室の扉を開けて紬に声をかけたのは、なんと真鍋和だった。彼女は早足で部室に入り、紬の前に歩み出る。そして、合掌しながら礼拝し、片ひざをついてしゃがんだ。

 唯が不思議そうに和に近づく。

 

「和ちゃん、何してるの?」

「あ、唯。見ての通り礼拝してるだけだけど」

「和先輩、もしかしてもうムギ先輩に……」

「紬は釈迦牟技世尊だから、礼拝するのは当然じゃない?」

「やっぱりですか!」

 

 和の様子から、彼女が既に紬の信者になっていることを察した梓だった。 片ひざをつく和に、紬が声をかける。

 

「おつかれさま、和ちゃん」

「そろそろ禅に入る時間よ。早く行きましょう」

「おお! 放課後ゼンタイムの始まりだな! 私もやろー!」

「ずるいぞ、律! 私だって……」

「じゃあ、私はギー太と一緒にやるよ!」

「えっ、ちょ、みなさん!?」

 

 律、澪、唯はそれぞれ床に座って、目を閉じ、精神統一に入っていく。ただ、唯は愛用のギターであるギー太を抱きかかえながらなので、禅をしているようには見えない。

 そうこうしているうちに、いつの間にか紬と和は部室の中から姿を消していた。急に部室の中が静寂に包まれ、取り残された梓は三人に呼びかける。

 

「律先輩! 澪先輩! 帰ってきてください!」

 

 梓が、律と澪の肩を揺さぶるが、二人とも目を開けようとしない。

 

「唯先輩も、いつもの唯先輩に戻ってください! ……って、眠ってるだけですか!?」

 

 唯はギー太を抱えて座ったまま、寝息をたてている。結局、唯はいつもの唯だった。

 

「どうしよう、こんなところ先生に見つかったら……」

「え!? ちょっとこれ、どうしたの!?」

「先生!?」

 

 ふと気がつくと、軽音楽部の顧問である山中さわ子が音楽準備室内に足を踏み入れていた。紬達がドアを開けたままにして出て行ったので、開閉音がなかったためだろう。

 

「三人とも、床に座って何してるの!? それに、この竹は何なの!?」

 

 床に座った三人は反応が無いため、結果的に梓一人が問いただされる形に。梓は心の中で思わず叫ぶ。

 

「(ムギ先輩~!!)」

 

 ***

 

 紬と和は校内の廊下を歩いていた。ふと、和が何かに気がつき、目を閉じる。

 

「どうしたの? 神通力?」

 

 紬の言葉に、和は両目を開いて答える。

 

「梓が心の中で助けを求めてるわ。行かなくていいの?」

 

 和の問いかけに、紬はゆっくりと首を振る。

 

「昔、私がさとりを開いた時に、アージーヴィカ教のウパカという人に出会ったの。私はその人にさとりの内容を伝えたけれど、その人は私の話を受け入れなかったわ。教えを信じるかどうかはその人次第。だから、今の梓ちゃんには私は必要ないと思うの」

「なるほど、そういうことなら、分かったわ」

 

 少し間を置いた後、紬が再び口を開いた。

 

「ふふ、でもね、実はウパカはしばらくしてから仏道に改心して、私の弟子になったの」

 

 その時の紬の表情は、それまでの慈悲深さではなく、悪戯っぽさを秘めていた。

 

「……さすが、私達の世尊ね。南無釈迦牟技仏」

 

 和は、スクールバッグの中に入れてある『ダンマパダ』の重みを改めて感じた。

 

 

 




釈迦を正式に表すと、シャカムニ”釈迦牟尼”。
それをもじってシャカムギ"釈迦牟技"にしただけの安直な発想から生まれた話でした。
お付き合いいただきありがとうございました。

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