生暖かく見守ってくださるとうれしいです。
雄大な白亜の遺跡で、漆黒の竜が暴れている。全身に刀傷を負い、既に翼は切り取られている。竜の周りには数人の冒険者が陣形を組んでいる。誰もが満身創痍の状態だが、消耗の度合いは竜の方が上。既に彼らは勝利を確信していた。
「今です、お父さん!」
盾持ちの少女が声をかけると、黒い全身鎧を来た男が飛び出す。"夜の騎士"の異名を持つ彼は、この一党の中心的存在だ。彼にとどめを任せるのも至極当然であった。彼はいつものように飛び上がり、なんでもないことのように竜の首を刈り取った。
「ッ!?」
しかしとて、予想外のことは起こるもの。竜の首を抱えて着地した瞬間、白亜の床に限界が来た。偶発的な
◆――――――◇
冷たい瓦礫のベッドから身を起こすと、そこは暗い迷宮の中だった。上を見れば遠くに小さな穴が見えるだけで、その穴からも光は見えない。ずいぶんと深いところまで落とされたものだ、と彼は胸中で呟いた。もともと口数の少ない彼は、冒険の間は一言も喋らない。こういった迷宮では声が反響し、怪物共を呼び寄せるかもしれないからだ。
(落ちた以上覚悟はしていたが……
全身鎧を着た状態で高所から落ち、それでも動ける程度の傷で済んだのは紛れも無い幸運だ。たとえ持ち物の大半が使い物にならなくても、その事実は揺ぎ無い。
(剣も上での戦いでかなり刃こぼれしているな……無事なのは鎧だけか)
彼の鎧はかつて迷宮で見つけた魔法の鎧である。彼の持つ最高の装備であるこの鎧は、空腹や毒といった不調を抑える魔法がかかっている。この鎧さえ無事ならば、きっと何とかなるだろうと考えていた。
(さっさと地上に戻らねば……あの娘は無事だろうか)
彼には義理の娘……のようなものが居る。孤児院での冒険者である彼女は、数年前に一党を組んでからずっと面倒を見てきた。そのせいかどうかは知らないが、気づくと彼は『お父さん』と呼ばれるようになり、彼もまた彼女の父親のように振舞っていた。今回の冒険が終わったら、辺境の祭りに出かけようと約束していた。約束を違えぬためにも、早急な脱出が必要だ。
(とにかく階段を探すか)
彼は
◆――――――◇
それから彼は駆け抜けた。小鬼を殺し、巨大鼠を殺し。道中で出会った全ての怪物を殺した。鎧のおかげで不調にはならないとはいえ、やはり食欲というものはある。食べられそうな怪物は、解体した後火に晒して食べる。果てしなく不味いものの、腹にはたまると言い聞かせて何とか耐えた。
進んでいくうち、恐らく冒険者であろう遺体を見つけることも増えた。そういった時は認識票と武器類を確認し頂いた後、埋葬する。緊急時であるとはいえ、墓荒らしのようで良心が痛んだ。
階層を上がれば出てくる怪物も多彩になる。
そんなことを何度も繰り返し、広い空間へとたどり着く。空間の中央には、巨大な剣を構えた怪物達の首魁――すなわち、
『よくも我が軍勢を……貴様のせいで侵攻計画を練り直さねばならん!』
話しぶりを察するに、本当に混沌の根城だったようだ。悪魔は剣を振り上げて彼を見据え、彼はその後ろの光景に目を奪われた。
(――ステンドグラス)
地上である。その事実だけが彼の意識を支配し、無意識のうちに誰かの遺品である長剣を構えさせた。拾い物で戦い、得体も知れないもので飢えを凌ぐような
◆――――――◇
「……おかしい」
ズカズカとした遠慮の無い足運び。薄汚れた皮の鎧に身を包んだ男――ゴブリンスレイヤーが呟いた。
「然り。こうも怪物の屍骸ばかりとなると、気が張って仕方ない」
それに続くように一党の纏め役、蜥蜴僧侶が周囲を見渡す。依頼で訪れてみれば、生きた怪物は姿さえない。迷宮内部には血と腐肉の臭気が充満していた。
「入り口は土砂で塞がれてましたよね?」
「うむ、わしらが来るまでまず誰も来とらんじゃろな」
女神官の問いに、鉱人導師が答える。今回の依頼は山の麓で見つかった迷宮の探索である。小鬼の姿が確認され、ゴブリンスレイヤーが好みそうと妖精弓手が持ってきたものだ。しかしいざ来て見れば道は瓦礫で埋まり、何とか隙間を見つけて入ればこの状況。
「私は普通の冒険がしたいんだけど……まあこういうのもアリよね」
油断無く周囲を索敵しつつ、妖精弓手の声は弾んでいた。途中までは単純な迷宮探索だったのだが、瓦礫の山を越えてからは空気が一変。魔神王の陰謀を暴く類のものと同じ雰囲気を感じられる。これもまた冒険の醍醐味と感じているようだった。
「あ、広いところに出るみたいですね」
無数の屍骸を越えた先、幾つもの階段を上っていくと、光差す広間へと辿り着いた。そこにあったのは巨大な悪魔の屍骸と、割れたステンドグラスの前に立ち尽くす鎧の男。ステンドグラスの奥には、大きな鏡が設置されている。地下であるここへ光を届けるため、頂上にある遺跡から鏡を使って光を送っているのだろう。
「ねぇ、あれって……」
「行方不明っちゅう冒険者だったか。確か"夜の騎士"とか――」
「!」
妖精弓手と鉱人導師の会話に、"夜の騎士"が振り向く。鎧に赤黒い物がこびりつき、その姿は禍々しささえ醸し出している。手に持った剣は半ばから折れ、剣先は悪魔の頭部に刺さったままだった。
「おい」
「Aaaa――!?」
先頭の男――すなわちゴブリンスレイヤーが進み出る。呼応するように"夜の騎士"が声を上げた。それは人の言葉とはならず、"夜の騎士"本人も驚いているようだった。
「Aaa!?Aaa、Aaaaa!?」
「落ち着け」
慌てる"夜の騎士"を宥め、広げた羊皮紙を差し出す。
「まずは認識票を出せ。それが終わったらこれに顛末を書け。急いではいないが、声が出るのを待つのも面倒だ」
「Aaa?Aaaa……」
"夜の騎士"は一言唸り、羊皮紙を受け取る。胸元から引っ張り出した認識票は血と泥で汚れていたが、第三位を示す銀の輝きは失われてはいない。
「ふむ、どう思われますかな?」
「思ったより元気ですね……長期間孤独だった人は上手く言葉が出ないと聞いたことがありますし」
カリカリと筆を進ませるその姿にはどこも問題は見受けられない。しかしそれは、今までの道を考えると違和感しか感じられない。無数の屍骸を積み上げたのは恐らく彼だろう。だが、果たしてあれだけの怪物を全て屠り無事で居られるものだろうか?
「しかし酷い臭いだのう、あの悪魔からか?」
「にしてはあれ、まだ血がドバドバ出てない?」
周囲は未だ濃い鉄の臭いで溢れ、しかし腐肉の臭いもまた薄れずに鼻腔をくすぐる。下層の怪物達は腐敗が始まっているだろうが、上層の屍骸はそこまで時間が経っていないように見えた。ならばこの腐臭はどこから来るのか。
「……そうか」
「……」
そんな会話も知らず、二人の男が話を進める。ゴブリンスレイヤーが渡された羊皮紙を読み終えると、"夜の騎士"は小さな皮袋を二つ前に出した。半分以上を血に染めたそれの片方は、この迷宮で拾った全ての認識票が入っているようだ。もう片方には数枚の金貨や小粒な宝石が入っている。
「……ギルドに届けよう」
「Aaaaa……」
それを受け取ったのを見ると、今度は先ほどより綺麗な皮袋を鎧から引っ張り出す。ゴブリンスレイヤーはそれを受け取ると、一枚の羊皮紙を手渡した。さらさらと文章を書き上げると、くるくると巻き上げる。
「Aaaa――Aaaa」
「必ず届ける」
ゴブリンスレイヤーはその羊皮紙を先ほどの綺麗な皮袋へと仕舞い込む。それを見届けると、"夜の騎士"は階段へと走り出した。
「ちょっと!何があったのよ!」
「これを読め」
詰め寄った妖精弓手に渡されたのは、先ほど"夜の騎士"が渡した羊皮紙だった。
◆――――――◇
私は竜を討伐しに来てそこから落ちてこの迷宮にやってきたが、そこは問題ではない。
問題なのは私自身の肉体に関してだ。
先ほどステンドグラスを覗き込んだとき、私はこの迷宮に落ちて初めて自分の
私は蛆の沸いた自分の顔を見てしまった。恐らくは
不死者となってなおこれほど強い自意識があるのは珍しい例だろう。奇跡とさえ言える。
しかしこの体のままでは冒険者には戻れまい。私は自分の肉体を取り戻すつもりだ。
幸いなことに北に不死者が肉体を取り戻せる寺院があるという与太話を聞いたことがある。
君達には私が旅に出たと、ギルドと娘に伝えて欲しい。
ギルドには私がここで集めた認識票を届けてもらいたい。
彼らの肉体は埋葬したがそれでは足りないだろう。せめてギルドから家族に話が行くといいが。
娘は身の丈ほどの大盾を構えた小柄な少女だ、酒場で探せばすぐに見つかるだろう。
これから娘への手紙をしたためるから、それと皮袋の中身を娘に渡してくれ。
もし辺境から出て行ってしまっていたら、そのときは君達で袋の中身を分けてくれ。
報酬は私の今持っている財産全て。宝石も混じっているが、おおよそ金貨数十枚くらいだ。
君達に迷惑をかけるが、どうか頼みたい。
◆――――――◇
「……いや、事情はわかったけど」
「何で見逃したんじゃ?かみきり丸らしくねぇように思うが」
「……簡単な話だ」
駆け抜ける"夜の騎士"を見送って、ゴブリンスレイヤーが振り向く。
「冒険者は、助け合うものだ」
「して、その心は?」
「あいつはまだ冒険者だ。だから、助けてやりたかった」
一党は顔を見合ってから、小さく笑った。
「じゃあ、戻りましょうか」
「ああ」
◆――――――◇
ここから先はまた別の話。賽を投げ結果を出すもよし。賽を置き次の冒険へ向かうもよし。
一つだけいえるのは、北方で黒い
ここから先を知りたくば、新たな
もし賽を投げるなら――聖ガイギャックスに祈るのを忘れぬよう。
読んでくれてありがとうございました。
きっとここから不死者"夜の騎士"の話が始まるのです、多分。
原作のゴブリンスレイヤーもとても面白いので、
未読の方はぜひ読んでみてください。