恋姫†国盗り物語   作:オーギヤ

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プロローグ

 

 戦火轟く中平一年。荊州南陽郡宛県は宛城。

 

 謁見の間にて玉座に腰かける青年は、近々この地へやってくる官軍について頭を悩ませていた。

 

 始めこそ黄巾賊に扮して悪政を敷く領主の追い出しを画作し実行した青年であったが、今や黄巾賊を率いる張角を凌ぐ天下のお尋ね者っぷりには流石に苦笑いを禁じ得ない。

 

 これまでも散々官軍を返り討ちにしてきた青年とその軍勢。全ての罪を黄巾賊に擦り付けるため頭に巻いていた黄色の布は、今やその悉くが返り血で赤く染め上がるという熾烈さである。いつしか付いた名称は南陽赤巾軍。その本拠地である宛城は不落の城と呼ばれていたが────。

 

「────先に討ち取るべきは張角だろうに。しかし官兵共も、懲りずに何度もしつこいな」

 

 どうしてこうなった、と頭を抱える青年。その理由は簡潔明瞭に暴れに暴れたせいである。

 

 後漢の首都である洛陽と距離が近い南陽郡。近いといっても今日明日で行き来できる距離ではないが、だだっ広い大陸全土を狭めた縮図で見てみると到底捨て置けない距離であった。

 

 青年が奪い取った領土が中原から離れた僻地であれば朝廷も対処を後回しにしていただろう。あるいは同じ中原でも片田舎に近い地であれば張角の方を優先していたことだろう。南陽郡は都から近いから警戒されていた。そして近い故にこそ、朝廷はこの地へ多大な兵数を割けないでいた。

 

「何進って確か凡人だったような。なら大将軍という名ばかりの雑魚なのは明らかだが……」

 

 青年はニワカ知識ながらもこの時代、もとい次の三国時代のことをある程度知っていた。

 

 所謂転移者である。なぜ知識持ちの転移者でありながら敗北必至の黄巾の乱にガッツリ絡んでいるのか。その件は後述また話すことになるが、今は間近に迫った一戦について触れようと思う。

 

「二人の協力が得られれば楽勝だろうが、さて」

 

 数刻悩んでいた青年はそう呟くと一つ息を吐く。そして同刻、謁見の間に入る三つの影。

 

「おう、大将。嬢ちゃん達を連れてきたぜ」

 

 先頭でやってきた男は開口一番そう言った。一目で戦闘力の高さを窺わせる大きな体躯。

 

 髪は短く逆立っている。広い額に大きな顔。全身の至るところに刻まれた真新しい傷跡。虎のごとき体に熊のごとき腰回り。その容姿は誰もが振り返る程の堂々たる威丈夫っぷりである。

 

 姓を文。名を鴦。字を次騫。三国時代末期から西晋にかけて活躍した武人であるが、この外史においては正史よりも早くに生まれ落ちていた。女に仕えるなんて御免蒙るという強い信念から本来なら表舞台に登場することのない男であったが、青年との出会いがそれを変えることとなった。

 

「おう、ご苦労さん。そんでよく来た孔明!」

「相も変わらず馴れ馴れしい人です! そして私はここへ来たのではなく連行されました!」

「天下の逆賊相手に正論並べてゴネたところでなんも変わらんぞ。残念だったな!」

「清々しさすら覚える理不尽っぷりですね……」

 

 青年は文鴦に労いの言葉をかけるとその後ろにいるベレー帽を被った少女に声をかける。

 

 その少女の名は諸葛亮孔明。穴だらけの三国志知識しか持ち得ていない青年であっても知っている名前である。そしてその横にいる魔女っ娘帽子の少女もまた後の時代の有名人であった。

 

「士元もよく来てくれた!」

「あ、あわわ……。こ、こんにちはです……」

 

 鳳統士元。内気な鳳統は小さくそう答えると帽子のツバを握って顔を隠してしまう。

 

 伏龍鳳雛の二人。南陽郡を始め南郡、江夏郡と荊北三郡を事実上の支配下に治めていた青年は、かなり早期の内から諸葛亮と鳳統の二人が通う水鏡女学院との接触を図っていた。

 

 そして「劉備に仕えるまで年月もあるし、ちょっと知恵を拝借しようか」とばかりに度々こうして呼び寄せてはその頭脳を活かしていた。青年に二人を配下に収めようという野心はなく、困った時の助っ人扱いであったのだが、幸か不幸か青年はこの世界での二人の動きを知らなかった。

 

 今日こうして諸葛亮と鳳統を呼び出したのは差し迫った官軍の一件。間者から大将軍が軍を率いてやってくるとの報告を受けた青年は、必殺の策を聞き出そうと二人を頼ったのであった。

 

「それで今日はどのようなご用件ですか?」

「ああ、そうそう。少し困ったことがあったから二人の知恵をまた借りようと思ってな」

「少し程度で呼びつけないで下さい! 私達だって暇を持て余してるわけじゃないんですよ!」

 

 控えめに尋ねる鳳統に対し不満気な諸葛亮。だがその言葉は紛うことのない正論である。

 

 やたらと刺々しい諸葛亮であったが青年を嫌っているというわけではなかった。嫌っていたら呼び出しになど応じはしないし、そもそも今日まで荊州に留まってはいなかったことだろう。

 

 統治については及第点。兵の練度は中の下。だが官軍はこの地を長く落とせずにいた。それは突出した個の力が優れているということもあるが、それよりも青年は領民の支持がとにかく厚かった。荊北の民は黄巾の乱に参加しないで青年と共に王朝へ反乱を起こす道を選んでいた。

 

 諸葛亮にはその理由がなんとなくわかっていた。それを好ましく思う気持ちもあったが、それでもこうして事あるごとに噛みついてしまうのはやはり、出会いの印象が悪すぎたせいだろう。

 

「ウチの連中脳筋ばっかりだからさ……」

「貴方も大概だと思いますけどね! それで用件はなんですか? 手短にお願いします!」

 

 青年の言葉をバッサリと切り捨てる諸葛亮。鳳統はその様子を見てあたふたと慌てている。

 

 ふん、と鼻を鳴らす諸葛亮。『今日はこのまま何を頼まれても反発しようかな』なんてことを考えたりもしていたが、青年が次に発した言葉を聞くとそんな気もすぐに吹き飛んでしまう。

 

「また懲りずに討伐軍が来るらしいんだわ」

「と、言うことはまた中郎将がやってくるんですか。あの人なんで罷免されないんでしょう」

「さあ? いつも負けて帰ってるのにな。政治力が高いのかもしれんが、今回は相手が違うぞ」

「相手が違う?」

「おう。都から大将軍が軍勢率いて来るらしい。後はここの前領主の袁術とその従妹の袁紹」

 

 あっけらかんと言い放つ青年。諸葛亮と鳳統は口を開いたまま暫し呆気に取られる。

 

「困ったどころの騒ぎじゃないですよ……」

「大将軍っても何進だろ。なら大したことない」

「どこからその自信が湧いてくるんですか。それに名門汝南袁氏も参戦してくるとは……」

「この地は元々袁術の領土だからな。それで話を続けるが、今回二人を呼んだのは他でもない」

 

 嫌な予感が諸葛亮の脳裏を過ぎる。

 

「討伐軍を血祭りに上げる策を立ててくれ!」

「お断りします!!」

「そう答えると思っていたが考えてもみろ。大将軍を破った立役者ともなると箔が付くぞ?」

「箔どころか札が付きますよ。これまでも何度か言いましたが、王朝に歯向かうのは流石に……」

 

 申し訳なさそうに俯く諸葛亮。隣の鳳統は諸葛亮と同じく俯きながらも熟考の構えを見せる。

 

 諸葛亮はこれまでも青年に呼び出されることが度々あったが、軍事について触れるような内容は全て断っていた。知恵を出し助言するのはいつも治世や内政といった類のものばかり。

 

 青年も断られると毎度あっさり引き下がった。武力を背景に脅すという手段もあったが、そんなことをしたところで二人は動かないだろうと考える。それにやっていることは黄巾賊と同じ国家反乱。二人が敵側に着かなかっただけマシと考え、せっかくだからと少し粘ってみようとする。

 

「そうか。無理言って悪かったな」

「こちらこそ申し訳ありません。南陽軍の勝利を願っている、かどうかは微妙なとこですが」

「仕方のないことだろう。賢明な判断だと思う。まあ、真面目な話はそれぐらいとして、最近は物騒だし今日は城に泊まって行くといい。一泊、二泊と言わず一週間でも一カ月でも一年でも……」

「なし崩し的に巻き込もうとしてもダメです! 一泊したら帰りますから。ねえ、雛里ちゃん?」

 

 諸葛亮は鳳統を真名で呼んでは同意を求める。ここまではいつものお約束の流れであった。

 

 熟考を重ねる鳳統の脳裏に浮かぶは先に迫った討伐軍との大戦の展望。泰平の世であれば勝てるはずもない一戦。だが今は黄巾賊が大陸各地で暴れ回る動乱期。時代は青年の味方をしていた。

 

 鳳統は思う。既に南陽軍が削りに削ったせいで兵は質が相当落ちている。数を揃えたところで多くは徴兵したばかりの新兵中心だろうと。警戒すべきは招請されてやってくる諸侯達。

 

 こちらも黄巾賊との兼ね合いもあってどの程度集まるかは不明瞭。各領地の守備もあるので割ける兵数も限られているはず。厳しい戦いなのは間違いない。だが次の大戦で勝てば────。

 

「討伐軍の総数兵とその編成。進軍経路や兵糧。主だった将兵の情報などがありましたら……」

「雛里ちゃん!?」

「お、マジか士元。言ってみるもんだな。ホント助かるよ。こりゃ本格的に勝ちの目もあるか」

 

 その次に続く軍はないと鳳統は確信する。

 

 元々蛮地として名高い荊州は、青年が荊北を支配してからは魔境の地と呼ばれた。だがそれはあくまでも外からの評価。この地へ住む民は豊かではないにせよ他州ほど飢えてもいない。

 

 古より農民反乱は国の崩壊を示唆するもの。移り変わる時代の中で求められるは強い指導者。そして脇を支える優秀な臣下。青年は既に巨大で鋭利な矛を従えていた。足りていないのは盾となるべき頭脳。そしてその部分を補えば、後の時代でも十二分に戦える戦力が整うことになる。

 

「重圧を掛ける気はないが、士元の双肩に五万の兵士の命運が掛かってるからよろしく頼む」

「あ、あわわ。あわわわわわ…………」

「正気なの雛里ちゃん!? ちょ、ちょっと雛里ちゃんを説得するので少し席を外しますね!」

「ああ、いいよ。そんで孔明が説得されて来い」

 

 

 

 

 

 諸葛亮と鳳統の二人が部屋を出てから少しの間、青年は一言も発することなく口を閉ざす。

 

 終始黙って三人の話に耳を傾けていた文鴦。壁に背を預けながら腕を組み一人になった青年の様子を窺う。普段通りと変わらぬ様子の青年だが、長い付き合いの文鴦はその変化に気づく。

 

「なんだよ大将。珍しくヤル気満々じゃねえか」

「────まあ、こんだけ舞台が整えばな。今回は最強軍師の二人も出陣しそうな感じだし」

 

 本人の失言があったにせよ、周囲に担ぎ上げられて首謀者となった青年は当初萎えていた。

 

 それもそのはず転移者である青年は黄巾の乱で賊側が敗れることを知っていたからだ。歴史通り敗れれば死罪は逃れられないことだろう。逃げ出そうとしたことは一度や二度じゃない。

 

「ウチの兵は貧しい農民の出ばかり。身体が細いせいか最初は鍛えても大して変化がなかった」

「そうだったな。最近は多少マシにもなったが」

「最初は土の匂いがする連中ばかりだった。だが今はもう違う。揃いも揃って血の匂いがする」

 

 それでも青年は結局逃げ出さなかった。逃げ出そうと思えば逃げることは叶ったはずだ。

 

 人の考え方なんてものは、言うならば一瞬で変わり得るものだ。昨日まで好きだった事柄が、今日になって急に嫌いになることだってある。心の移り変わりとはそれだけ激しいもの。

 

 青年の場合はきっかけらしいきっかけがあったわけじゃない。天啓が下ったわけでもなければ、誰かのタメになる言葉に感銘を受けたというわけでもない。ただ日々を過ごしているうちに自然とそうなった。多くの仲間と触れ合うことで自然とこの地で戦う決心が固まっていった。

 

「こんな時代だ。斬らなきゃ斬られて死ぬだけのこと。今更感傷に浸ってもしょうがない」

「座して飢え死ぬよりはマシだと思うぜ」

「ああ、そうだな。逆賊なら逆賊で構わんさ。開き直って堂々と我が道を突き進んでやろうか」

「なら、その道に立ち塞がる敵は俺が斬るぜ!」

 

 静かに、だが熱く闘志を滾らせる青年。その様子に相槌を打つ文鴦の口元が緩む。

 

 青年の頭には次の官軍との大戦が。そしてその先の時代のことがあった。大陸を三つに割り覇権を争う三王の名。一騎当千にして万夫不当の将。深謀遠慮の名軍師、名参謀の名が浮かぶ。

 

 戦い続け、生き残ればどこかで必ず遭遇するだろう名前。戦わずして膝を折るか。友好的に協力体制を築くことができるのか。それとも勇敢に挑んで散るか。はたまた灰に勝ち続けるのか。

 

「オレは覇を唱えるなんてデカいことは言わん。賊らしく奪い盗んでやるよ。この国をな」

 

 この先の未来は誰にも知る由がない。

 そして場面は一先ず前へ巻き戻る。青年がこの地へ降り立った数年前へと遡ることとなる。

 

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