恋姫†国盗り物語 作:オーギヤ
孫家の起源は、春秋戦国時代に名を馳せた孫武(孫子)の子孫として伝えられている。
孫策の先代は孫堅。孫堅は裸一貫から勢力を築き、やがて領主の地位に就く。孫堅はその苛烈な武勇を以って瞬く間に上り詰めたが、その苛烈さ故に志半ばで横死した。
孫堅の死後、孫堅軍は瓦解し子の孫策が後を継ぐ。世襲制という制度はなく、後を継いだ孫策は一門を纏めなければならなかったが、その地盤となる地を失い奔走することとなる。
そんな孫家に目を付けたのが袁家。
孫堅を始め孫家の武勇は広く知れ渡っていたことから、これを買い叩くこととする。
袁家は孫家の食い扶持を面倒見る条件に、まだ幼い袁術の補佐をするように孫策に命じた。孫策にその気はなかったが一門のこともある。折衷案として家臣ではなく客将となることで合意する。
袁術下での孫策軍の待遇は番犬。
袁術統治下の領内は荒れ果てており、孫策軍が番犬としての役割に事欠くことはなかった。
幼き袁術に政治がわかるはずもなく、その家臣達も真っ当に働いていたとは言い難い。
腹心の張勲は明晰であったが袁術以外には興味がなく、その下の家臣は私腹を肥やすことに執着した。子供が大領を統治し、補佐すべき大人が職務を怠った領内が荒れるのは必然であった。
周囲に甘やかされて育った袁術は確かにワガママな部分もあったが、それでも誰かの不幸を願うようなことはしなかった。『領民達はみんな幸せに暮らしている』と聞くと気分を良くする一面も見せる。現実がその逆に進んでいたのは皮肉であったが、悪いのは袁術ではなく周囲の環境。
尉(警察)も碌に機能しない領内で、固有の武力をもつ孫策軍はよく頼られた。
しかし、どんな勝ち戦でも死者は出てしまうもので、先代から付き従った兵が倒れる様は孫策にとって忸怩たる思いがあった。それでも今はまだ雌伏の時として耐え忍ぶ他にはなかった。
「────母様は虎と恐れられたのに、私はまるで犬じゃない。ワンワン、ってねえ……」
昼間から街へ出ては酒を呷る孫策。
それを見守る黄蓋。袁術への不満は募っていたが、それを表に出したところで変わらない。
燻り続ける日々。そんな日々を過ごす孫策の中にも楽しいことがあった。それは自分達と同じく領内で暴れ回る傭兵集団の存在であった。その活躍を耳にする孫策はよく笑っていた。
「────お、今日もおるぞ。ゴロツキ共が」
その日も昼間っから酒を呷る孫策。それに付き添う黄蓋が大通りの一団を見つけて口を開く。
男ばかりの集団。揃いも揃って目つきが悪く態度がデカい。一際大きく荒々しい文鴦。後頭部が光り輝く高順。髭面の張燕、周倉、廖化と主力の絵面がとにかくむさ苦しかった。
周囲の民衆はみな目を合わせず、距離を大きく開けては足早にその場を離れていく。
「私達も似たようなものじゃない」
「確かにのう。大殿が健在の頃はアレの女版みたいなもんじゃったわ。わっはっは!」
懐かしむように笑う黄蓋につられ、孫策も孫堅が健在であった時期を思い出し微笑む。
自分達と同じく領内で暴れ回り荒事を処理する傭兵集団。これは孫策達にとってありがたい存在であった。嫌う理由なんてあるはずもない。仲良くなりたいとさえ孫策は考えていた。
この頃の月影は文鴦と出会った数ヵ月後、旅をする仲間が増えていた時期であった。
月影の一団は普通に旅をしていただけであったが、いつの間にか傭兵集団と見做される。
その理由は単純に見た目の印象と言動からであった。追い剥ぎを剝ぎ返したり、賊を脅して金銭を巻き上げたりと腕力に物を言わせて荒々しく闊歩する姿は、すぐに世間の注目を集める。
だが実際のところ、月影達は見た目以外に悪い点は特になかったりもする。素行が悪いといっても一般人に危害を加えることはない。あくまで危害を加えて問題ない相手に絞ってのものだ。
その証拠を裏付けるかのように、孫策は近く耳にした噂を黄蓋に向かって話す。
「ねえ、聞いた。彼らがした炊き出しの話」
「ほうほう、それはまた殊勝な心掛けじゃのう」
「それがね。あんな身なりしてるから、みんな怖がって寄り付かなかったって。近づいたら釜茹でにされて食べられるかも! だって……ふふっ」
魏延の加入後から慈善活動を意識した月影であったが、それ以前も定期的に行っていた。
月影率いる傭兵団は貧しい家柄の者も多く、貧困地域を回る度、昔の自分達の姿に重ねては『なんとかしたい』という声が上がり、月影も特に反対しなかったために実施されていた。
それでも当初、反応は芳しくはない。
みんなガラの悪い傭兵団を恐れては近づかず、炊き出しに出向く者は皆無といっていい。
月影は『それ見たことか』と自嘲気味に笑いながらもそれ以降、二回目三回目を開催する声が上がった際も特に反対することはなかった。
「いかにも無骨で、母様が好きそうな連中よね」
「文字通り腕ずくで口説いてそうじゃの」
孫策はなんとなしに親しみを感じていた。
ただ、なぜか避けられているようにも孫策は感じていた。何度か手を振ったこともあったが相手にされたことはない。硬派と言えば聞こえはいいが、相手にされないのは面白くない。
「むむむ……。愛想のない連中ねえ」
「あれで愛想があったらそれはそれで怖いわ」
この日も手を振ってみるも空振りに終わる。
不満そうに孫策は先頭に立つ若い男に視線を向ける。むさ苦しい集団の長たる男。月影。
黒い髪は短く、黒い瞳は瞳孔を映さない。背はやや高く、身体はよく鍛えられていた。汚れが目立たないという理由により普段から黒い衣服を身に着けており、黒一色の外見が特徴的だった。
腰に据えた長い剣。鍛えこまれた手首にボロボロの手の平。それが孫策には堪らなかった。
直感が告げていた。自分とも渡り合える使い手だと。どちらが強いだろうと妖しい視線を送る。月影以下、主だった面々は武将としての格を十分有していると孫策は確信する。
「強い男ってイイわよねえ」
「うむ、確かによいもんじゃなあ」
「今度勇気を出して誘ってみようかしら。袁術にカチコミ行かない? なんてどうかしら?」
物騒な話に花を咲かせる孫策と黄蓋。
会話の内容は聞こえなかったが、その熱い視線を背に受ける一行の中で文鴦が口を開く。
「おう、大将。なんか見られてんぞ」
「ああ、あれは孫策だな。名前を知った時はビビったが……まあ、今は相手しなくていい」
虎の尾を踏むことはない、と月影は言う。
「お前らのせいでコッチは評判悪いんだ。因縁付けられて絡まれたら戦闘になりかねん」
「返り討ちにすりゃいいんじゃね?」
「よくねえよ。毎度コッチの得物を見てニコニコする女なんて怖いわ。いいからそっとしとけ」
月影は孫策の視線に気づいてはいたが、孫策に近づくことは一度としてなかった。
褐色肌のスタイルの良い美人の孫策。
並の男なら手を振られたら気を良くし、ノコノコ近づいていきそうなものだが月影は違う。
まず孫策という名前に身構える。
美人であることに気が緩むも、こちらの身体と得物を見てニコニコする姿に再度身構える。
自分達の評判や仕官先を決めかねていたこと。他にも理由はあったが、結論として月影は孫策と交友を持つことを選ばなかった。孫策はションボリしながら、いつもその後ろ姿を見送った。
その後も孫策はいつもの場所で酒を飲みながら、時折訪れる月影一行を見続ける。
月影一行は変わらなかったが、半年も経てば周囲の反応は変わる。相変わらずむさ苦しい絵面を引っ提げて大通りを闊歩する一行。だが、そこには以前のように避けられている姿はなかった。
「────ん、あれが噂の傭兵団か」
「あら、冥琳。貴女も彼らに興味あるの?」
「何度か耳にしてな。ゴロツキ集団とも……うん、見てくれはそんな感じか。しかし────」
民には好かれているな、と周瑜は言った。
それが孫策には堪らなく嬉しかった。自分や、自分の身内が褒められているように感じる。
自分が燻り続ける中で、歩みを進める月影達の姿は孫策の良い励みになっていた。気を良くした孫策は、そこから喜々として長話を始める。
「それではそれでは、物知りな私が冥琳さんに彼らの歴史を教えてあげましょー!」
「私はお前を連れ戻しに来たんだが……まあ、いいか。せっかくだし少し聞いていこう」
「まずは、そうね。私がなぜか避けられているところから始めましょう。この前だって────」
月影は孫策を歴史上の人物として眺めていたが、孫策は月影を人として見ていた。
孫策が、そして孫権が情の深い女であることを、やがて月影は身をもって知ることとなる。
「────本当にカチコミよったわ」
「アッハッハ! 袁術ちゃん可哀想に。これまた見事に攻め落とされちゃったわねえ」
やがて月影が袁術の居城を攻め落とす。その報告を受けた孫策はやはり笑っていた。
城攻め決行時、虚報を受けた孫策軍は他県へと釣り出されており現場には不在。虚報の発信源が何所であるかは考えるまでもなかった。ぶつかり合うのを避けたのだろうと冷静に分析する。
「私達も謀られちゃったわねえ」
「ふっ、そうだな。謀られた。拠点を失い五里霧中とでもいったところか。困った困った」
あっけらかんとした孫策の言葉を受け、孫策軍の筆頭軍師である周瑜がそう返す。
本来であれば孫策軍も大いに混乱すべき場面。だが孫策を始め主要面々に焦りの色はない。
孫策軍の手元には十分な兵糧があった。
山賊の出没という虚報を受けて他県に軍を出した孫策軍。事前に袁術から引き出した物資は過剰な量であったが『長引くかもしれない』という言葉を真に受けた袁術は特に疑わず与えた。
孫策達は虚報であることも月影達の決行も事前に察知していたが、その上で泳がしていた。
領民達をも巻き込んだ城攻め決行を、同じく領内に居を構える孫策達が知らないはずもない。当然早い段階から把握していた。そしてこれを独立する好機とばかりに利用する。
「どうする雪蓮。城の奪還でも狙うか?」
「まさかまさか。そんなことしても袁術ちゃんが戻ってくるだけじゃない。元鞘はゴメンよ」
それに、と孫策は続ける。
「そんなに簡単な相手じゃないわ。旧臣揃わぬ今の軍勢じゃまず勝てないでしょう」
「分かっているならいい。まったく張勲め。人の嫌がることにかけては抜け目がない」
袁術の腹心である張勲は孫家を迎えるにあたり、その戦力を分散させて配置させていた。
反乱抑止の観点からと単なる嫌がらせの二点。これは両雄の仲を裂く一因となったが、妥当な判断でもあった。そもそも駒として利用したい袁術と、使われるのを嫌う孫策とは水が合わない。
「────豫洲へ入るわ。旧臣を束ね、新たに孫家の家を建てる。楽しくなってきたわね!」
こうして孫策軍は袁術の下から離れた。
月影の思惑と孫策の思惑は合致する部分が多く、それが双方にとって良い影響を与える。
そんな中にあって共通して予想外のことがあった。それは孫策の妹にあたる孫権が孫策軍への合流を拒んだことにある。孫権は孫策軍への合流を拒み、南陽郡への滞在を強く望んだ。
孫策は慰留したが、孫権の意思が固いと見るや遂にそれを認めた。
そして護衛として甘寧を付け、同じく護衛兼南陽郡への間者として周泰を派遣する。
黄巾賊の勢力が強い豫洲は、多くの領主がその凶刃によって倒れる無法地帯と化していた。
そんな地に乗り込んだ孫策軍は、袁術下での鬱憤を晴らすかのように大暴れし、その功績が認められては瞬く間に官職を得る。そしてすぐに空位となった領地を治めることとなった。
孫策軍の目的は先代孫堅が治めていた揚州は呉郡の地を再び治めること。
故郷に帰ってみんなでまた仲良く楽しくやりたいね、というのがスタンスであった。
揚州呉郡は豫洲の南東にあたる地。このまま南下を果たせば辿り着く地であったが、国に与えられた領土を離れ、私利私欲のまま攻め続けるというのは説明がつくものではない。
黄巾賊全盛の今、領土守護こそが果たすべき使命であり孫策もそれをよく守った。
旧臣が揃った孫策軍は強軍としてこれにあたり、近辺の黄巾賊に非常に恐れられた。そして先日の戦では曹操軍、並びに官軍と肩を並べ潁川黄巾軍と対峙し、これを薙ぎ倒す活躍をみせる。
「────ふう、波才は強敵だったわね!」
ここまで絶好調の孫策軍。
ただ、ここで問題が生じてしまう。それは孫策軍、とりわけ孫策が絶好調過ぎたことである。
「強敵、のう」
「その強敵相手にウチのご当主様は大層なご活躍で鼻が高い……とでも言うと思ったか、雪蓮?」
「あっはっは……。やっぱりダメだった?」
孫策の言葉に重臣の黄蓋、周瑜が不満気に返事をする。孫策は活躍した。活躍し過ぎた。
潁川黄巾軍との開戦直後。
正確には開戦前から驚異的な勘で賊将波才を捕捉していた孫策は、矢のように飛び出し速攻をかけ波才の首を一刀両断にする。その速攻は黄巾賊は勿論、官軍さえも対応しきれなかった。
ボスを失った黄巾賊はたちまち離散する。
本来であれば、そこに激しい追い打ちをかけるまでがセットであるのだが、官軍はそれを満足に行えなかった。本能的に逃げる黄巾賊と、状況を把握する官軍の間で中々のラグが生じる。
その結果、数万を数える潁川黄巾軍は大将は失ったものの、その大多数の勢力を保ったまま四方八方に逃げ延びた。この残党処理に孫策軍、並びに曹操軍は長い期間追われることになる。
「ま、まあ勝ったんだからいいじゃないの!」
孫策のこの言葉は正論であった。
そして曹操を始め一戦に参加した官軍の多くが孫策を高く褒め称え、その武勇を虎と評した。
曹操は『負けてられないわね』と静かに覇王ポイントを積み上げていく。これが黄巾・南陽の乱最終盤で月影にぶつけられることになるのだから、月影はとんだとばっちりである。
「さてさて、そろそろ明命が報告に来る頃ね。蓮華達は元気にやってるかしら。心配だわ!」
「ふん、どうせ元気にやっとるわい」
「アッチも大概めちゃくちゃなのがな。南陽討伐軍の第二陣をあっさり蹴散らしたらしいし」
このように孫策軍は、南陽軍の旗揚げから一貫して友好的な姿勢を通していた。
筆頭軍師である周瑜も敵としては見做しておらず、交渉余地のある相手として見ている。
それは周泰を自由に使わせていたことからも明らかであったが、当の月影は文字通り瞬殺での波才撃破の知らせを耳にし『孫策軍の弱点を調べてくれ』と周泰に頼む程度には動揺していた。
次回は孫家の続きと頑張れ朱里ちゃんの二本
孫家サイドは今後、主人公陣営の味方として書くことが多いと思われます