恋姫†国盗り物語   作:オーギヤ

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第十話

 

「────なんだか勝手に怖い印象があったけど、みんな好い人だったね。朱里ちゃん」

「??????????」

 

 その日、諸葛亮は混乱していた。

 自分と入れ替わる形で南陽軍に連行された親友が、帰ってくるなり妙なことを口にしている。

 

 連れて行かれた時はこの世の最後みたいな慌て方をしていた面影はどこへやら。今の親友、もとい鳳統は普段と別段変わった様子がない。その自然さが逆に不自然に諸葛亮の目には映った。

 

「えへへっ。また遊びに行きたいな」

「雛里ちゃん。そっか、記憶を改竄して……」

 

 諸葛亮は鳳統の不自然さを当初、強いストレスからくる自己防衛の一種と考える。

 普段の鳳統は内気な性格をしていた。恥ずかしがりやで引っ込み思案な面も強く、そんな鳳統が宛城なんて魔境に連行され、楽しそうに感想を語るなんておかしいと諸葛亮は考える。

 

 薄く涙を浮かべながら諸葛亮は、親友の身体に拷問等の跡がないかを注意深く確認した。

 頭から爪先まで確認し、それらしい外傷がないことにホッと息をつく諸葛亮。どうやらその線は大丈夫らしい。一方、そんなことを思われてるとは知らない鳳統は、普段より声色を上げながら嬉しそうに城内での出来事を続けて語った。

 

「あの甘味凄くおいしかったね!」

「え、何それ。私知らないけど……?」

「そうなの? あの外がフワフワってしてて中がトローンとした、甘くて美味しい丸いのだよ?」

 

 あれ、と諸葛亮は違和感を覚える。

 鳳統の言葉には抽象的ながらも形があり、体験したことをそのまま口にしている風である。

 偽りの記憶から空言を語るならもっと具体的に料理名まで出すはずだ。鳳統の口ぶりは『なんかわかんないけど美味しかった』という抽象的故に逆にリアル感がある内容であった。

 

 あれれ、と首を傾げながら諸葛亮はもう一度、目の前の鳳統をまじまじと見る。

 水色のリボンが飾られた、やたらデカい紺色の魔女っ娘帽子を被る鳳統。小動物みたく可愛らしい外見と内気で人見知りな性格。どう考えても野蛮な南陽軍の面々と合うとは思えない。

 

 だが実際、鳳統も自分と同じく南陽軍の面々と会っているはずだ。その上で好い人だったなんて世迷い事を言っている。何かがおかしいと諸葛亮は思う。その当代屈指の頭脳が鋭く回転する。

 

「私は何か見落として──────あっ!」

 

 諸葛亮は答えに至る、というか思い出す。

 自分が帰る間際、背中から聞こえた『次は印象改善になんか仕込んどくか』という月影の声。

 

 それが炸裂したんだと諸葛亮は察した。

 自分の親友である鳳統はその策にまんまと引っ掛かってしまったんだと諸葛亮は悟る。

 

「ええっと……雛里ちゃん?」

「なあに、朱里ちゃん?」

「向こうに行ってからの出来事を覚えている限りでいいから、事細かく話してくれる?」

「いいよ。ええっとね。まずは────」

 

 思い過ごしである可能性に一縷の望みをかけながら、諸葛亮は鳳統の話に耳を傾ける。

 

「城下町に着くと、足を挫いたお婆さんが倒れていてね。それを南陽軍の人が助けて……」

「仕込みのサクラだ……」

「城に着いたら丁度お菓子作りの途中だったみたいで、さっき話した甘味が出てきてね!」

「食べ物で釣ろうとしてる……」

 

 初手からガッツリ。隠す気がないほど露骨に仕込まれてる、と諸葛亮は頭を抱える。

 

「食べながらお話ししてね。私が人見知りで上手く話せないでいると月影さんが『オレも人見知りなとこあるから気持ちわかるよ』って優しく声をかけてくれて。それからはちゃんと話せて……」

「…………………………」

 

 あの人が人見知りなわけないじゃん、と諸葛亮は思うも、楽しそうに話す鳳統を前に言えない。

 

「その後は兵隊さんの訓練を見せてもらって」

「知的好奇心を狙い撃ちに……」

「今度、訓練と装備の運用を兼ねた軍事演習に出るみたいで、その時また呼んでくれるって!」

 

 これはアカン、と諸葛亮は思う。

 純粋無垢な鳳統は起こったことをそのまま信じていたが、明らかに仕組まれている。

 

 南陽軍は鳳統を取り込む気満々だ。

 少なくとも諸葛亮にはそう見えた。自分の時と比べると明らかに手間をかけている。

 そして手間をかけた甲斐あってか鳳統の反応は良い。こいつは不味いなと諸葛亮は思う。

 

「あ、あのね雛里ちゃん?」

「どうしたの?」

「南陽軍……というか月影さんって、朝敵認定されるぐらい物凄く悪い人なんだよ?」

 

 知ってるよ、と鳳統は言った。

 

「でも古くは高祖に仕えた名軍師張良だって、元は全国手配されたお尋ね者じゃない?」

「うっ! まあ、それはそうだね」

「大きな事を成す人ってそういうモノだよ。それに私には悪い人達に見えなかったなっ!」

 

 世間一般の評価を取り上げて説得しようと試みるも、鳳統に揺らぎはない。

 そして口に出しはしたものの諸葛亮からしても、実際会ってみての評価は変わりつつあった。

 

「悪い人。悪いは悪い……のだろうけど」

 

 ううん、と諸葛亮は悩む。

 外からの評価だけを見てビビり倒してはいたが、実際に会って何かされたわけではない。

 

 帰って来てから冷静に振り返ると、そんなにめちゃくちゃ悪い人達ではない気もしている。

 いっぱいいっぱいの自分を見て、特に話しもしていない段階で解放してくれたように最低限の気遣いはあるとも思う。気遣い。だったら連れて行き方も少しは考えろと言いたくもなるが。

 

 結局、諸葛亮は鳳統の説得を断念する。

 それは時間を置けば鳳統も正気に戻るという考えからと、諸葛亮自身も判断に迷っていたから。

 

 

 

 

 

 水鏡女学院は学問を学ぶ場であったが、諸葛亮と鳳統は既にその段階を越えていた。

 本来であれば二人は今の時期に、義勇軍を立ち上げた劉備の話を耳にし、その軍門に加わりに向かうのだが、南陽軍が絶賛大暴れしている中、義勇軍の話題が二人の耳まで届かない。

 

 劉備軍は現状でも関羽、張飛、趙雲と破壊力抜群の布陣を敷いてはイケイケで黄巾賊を粉砕していたが、肝心の軍師陣加入が不透明となったことで、この先どうなるかは未知数である。

 

 それでも劉備は恩師盧植の下、冀州討伐軍の一員として目覚ましい活躍を遂げていた。冀州討伐軍が連戦連勝を飾っていた背景には劉備軍の合流が大きく、劉備は抜群に功績を上げていた。

 

「南陽軍が討伐軍の二陣に勝ったって!」

「また勝ったんだ。ほんとデタラメな……」

「本当に凄いよね。どんな戦略を練ったんだろう。気になるなあ。お話しに行きたいなあ」

 

 鳳統は帰って来て以降、南陽軍贔屓の言動をとることが増えていた。

 諸葛亮は一時的なものと考えていたが、日に日に悪化している様子を見ては不味いと思う。

 

 放っておけば近い将来、取り込まれて悪の大幹部をやっている親友の姿が目に浮かぶ。

 それは避けなければいけないと諸葛亮は思う。本人の意思に任せるなんて悠長なことは言ってられない。正しい道を歩んで欲しいと願うのは、親友として当然のことであった。

 

「私がなんとかしなくちゃ。怯えてちゃダメ。身体は小さくても負けちゃダメ。よしっ……!」

 

 親友を守るために諸葛亮は決意する。

 諸葛亮は自分が矢面で大立ち回りをすることよって、鳳統の目を覚まさせようと考えた。

 

「────今から行くよ、雛里ちゃん」

「え? 行くってどこに?」

「どこって月影さんのとこだよ!」

「急に行ったら迷惑じゃ……?」

「向こうに準備の時間を与えちゃまた仕込むからダメ! 雛里ちゃんに現実を見せてあげる!」

 

 現実、と鳳統は頭に疑問符を浮かべるも、諸葛亮と一緒に行けるのは嬉しいことだった。

 

 頬を緩ませて準備に向かう鳳統。

 引き締まった表情を浮かべながら内心バクバクの諸葛亮。諸葛亮は勝負に出る決意を固める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────兄さん方、ご無沙汰しております。今日はええ取引話を持ってきました」

 

 諸葛亮と鳳統が月影の下を目指しているその頃、宛城には来客がやってきていた。

 

 額から左目を通り、頬にかけて刻まれた深い疵が特徴的なオールバックの強面の男。

 いかにも南陽軍と縁がありそうな風貌の男は月影に会うと深々と頭を下げ、挨拶を述べる。

 

鄧艾(とうがい)か。半年ぶりぐらいになるかな」

「ええ、そんなもんですかね。自分も月影のカシラの活躍を見習って励まさせてもろてます」

 

 鄧艾と呼ばれた男が通された謁見の間には、南陽軍の面子が勢揃いしていた。

 月影、文鴦、魏延を始めとした古参面々。孫権、甘寧、周泰と外部の面々。実際、幹部クラスが全員が揃うのは珍しいことであったが、事前に簡単な話を聞いていた月影によって集められる。

 

 孫権達にとっては『この強面誰?』と言った感想であったが南陽軍の面々には馴染み深い。

 

 鄧艾は南陽郡と隣接している荊州は南郡で主に荒事で生計を立てるヤクザ者であった。

 南陽郡と隣接している故に、元々南陽郡で拠点を構えていた月影一行とは顔馴染みであり、何度か共闘という名の暴力行為によって近辺の賊を恐怖のどん底に突き落とした仲である。

 

 そんな南郡では武闘派として名が通っている鄧艾。鄧艾はやって来た理由を語り始める。

 

「自分らのシマにも最近、黄巾賊とかいう跳ね返りモン共がエラい暴れていまして」

「ああ、うん。だろうな」

「仲間に召集かけて片っ端から潰して回っとったんですが、いかんせん奴らは数が多い」

 

 手が回りませんわ、と鄧艾は続ける。

 

「役人共は対応が亀のように遅い。やっと動いても満足に賊を追い返さん有様でして」

「だらしないな。役人はアテにならん」

「ええ、ホンマに。ほんで自分らもいい加減鬱陶しくなったんで追い込みかけたんですわ。お前らで対応出来んなら上のモンに掛け合って援軍呼んで来いと。連日のように詰めてやりました」

 

 援軍なんて無理だろうな、と月影は思う。

 南郡の立地を考えれば、東と南には大型の河川が流れており援軍の行き来に向かない。

 益州に繋がる西は山岳地帯が広がり不便である。となると北しかないが、前述の通り北は南陽郡と隣接している。月影達がガッツリ蓋をしているため、こちらからも通せるはずがない。

 

「小役人じゃ埒が明かないんで県長・県令と刻んで最終的に太守のトコまで行ったりましたわ」

「ああ、そう。そんで抗争にでもなったの?」

「事と次第によっちゃそれも辞さない覚悟ですが、援軍が厳しいのは自分もわかってますんで」

 

 コイツもイケイケだな、と月影は鄧艾を見て思う。太守に直談判とは気合い入ってるなと。

 ただ太守に直談判したところで無理なものは無理だろう。そして今の話にもあるように鄧艾もそれを理解していた。鄧艾は武闘派の筋者として名が通っていたがインテリの気質もあった。

 

 筋は通すし仁義を重んじる。

 見た目の印象と言動によって怖いと思われがちな鄧艾。実際怖いことには間違いないがハチャメチャというわけでもなかった。話は通じるし義理や情けも人並み以上に持ち合わせていた。

 

「自分も半ばわかってて仲間と追い込みかけとったんですが、その太守のド畜生がね────」

 

 鄧艾を総括すると武闘派のヤクザ者。

 イケイケではあるが話は通じる。そして義理を重んじる。故に不義理は許せない鄧艾。

 

「────トビよったんですわ」

「あらら……」

「こっちも心底ドタマに来まして、地の果てまで追いかけてタマ取ったろか思たんですが……」

 

 シマを離れるのもね、と鄧艾は続ける。

 目をバキバキに滾らせながら怒気を放つ鄧艾。握った拳からは今にも血が滴りそうだ。

 

 鄧艾の話を要約するとこうである。

 南郡でも黄巾賊が暴れ回っているので自分達で対応してました。手が回らないので地元の警察や自衛隊に頼んだんですが対応が遅いです。

 仕方ないのでそのトップの下に直接陳情に行きましたが、トップは何を思ったのか役目を放棄して高飛びしました。残された領民のことを思うとやり切れません。殺したいです。とのこと。

 

「お前の追い込みに命の危機を感じたんだろうな。あんまり役人を刺激するもんじゃないぞ」

「国に上等切ったカシラがいいます。それ」

「なんにしても逃げちゃダメだな。上がそんなだと下も落ち着かんだろう。しかし、ふむ……」

 

 南郡も大変そうだな、と月影は思う。

 太守も援軍のアテなんてないのに、地元の荒くれ者共に詰められて心底参ったんだろう。

 

 黄巾賊全盛の世ではそんなに珍しい話でもない。その地の領主が殺された。追い出されたは、ちょくちょく耳にする話。対外的に見るとこれは追い出されたに分類されそうだ。

 

 そしてここからが鄧艾の本題。

 鄧艾は周囲を見渡すと軽く会釈をし、そのまま腰を中腰に落としてこう続けた。

 

「そこで月影のカシラに取引を持ち掛けたく足を運ばせてもらいました。どうでしょう────」

 

 シマ広げませんか、と鄧艾は言った。

 

 

 

 

 

 史書によると中平一年、三月に蜂起した月影率いる南陽軍はその月に一郡を平定する。

 四月、五月と討伐軍を退けた翌月。六月から八月にかけ南陽郡と隣接する郡である南郡並びに江夏郡の支配に乗り出す。八月末の討伐軍第三陣時点では荊北三郡の切り取りを終えていた。

 

「黄巾賊同士で潰し合うのもな……」

「カシラが絵を書くっちゅうことですね」

「ん? まあ、いいか。共闘してるわけじゃないし別にいいっちゃいいんだが。さてさて……」

 

 蜂起からここに至るまでの手際の良さと、その後の治政が滞りなく進んでいたことから、歴史家の中には既にこの時期、南陽軍には二人の軍師が加入していたという見方が強い。

 

「ちょ、ちょっと勝手に入ったらマズいよ!」

「いいの! ここは強気にガツンと言って出鼻を挫くことが肝心! ガツンガツンなの!!!」

 

 諸葛亮孔明。真名を朱里。鳳統士元。真名を雛里。この時代を代表する天才軍師の二人。

 

「オラァッ! 孔明様と雛里ちゃんのお出ましですよ! 出迎えはどうしました。出迎えは!!」

「ちょ、ちょっと朱里ちゃん!?」

 

 どちらか片方を得れば天下が取れる、とさえ言わしめた天才軍師の諸葛亮と鳳統。

 

 その両方が揃って月影の下を訪れていた。

 月影がその才を知るのはまだ先の話。当時の二人は子供らしい子供だったと月影は述懐する。

 

「────ん? おお、孔明に士元か」

「ほう、随分とイキの良い嬢ちゃんですな」

 

 来るたびにコロコロと表情を変える様は見てて飽きず、殺伐とした時期の癒しであった。

 この日の諸葛亮は威勢良くドアを開いて入室して来たかと思えば次の瞬間には、中の様子を見て即座に委縮を始める。孫権、甘寧、魏延はいい。だが男性陣の面々は諸葛亮に初見であった。

 

「は、はわわわわ……」

「みなさん、こんにちわ。今日は朱里ちゃんと遊びに……って朱里ちゃん? どうしたの?」

「見るからに怖い人がいっぱい……?」

 

 なんてこった、と諸葛亮は出鼻を挫かれる。

 南陽軍の女性陣はみんな見目麗しい容姿をしていたが、男性陣はモロに本職の風貌である。

 

「二回目はそっちから来るのか。よし、外部顧問も来たことで役者も揃った。軍議に入るぞ!」

「朱里ちゃん、軍議だって!」

「絶対碌なことじゃないよ。雛里ちゃん……」

 

 そして月影はこの機を逃さなかった。

 状況を把握していないことを好機とばかりに諸葛亮と鳳統を巻き込んでは話を進めていく。

 

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