恋姫†国盗り物語   作:オーギヤ

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第十二話

 

 文鴦達が南郡に向かった翌日、孔明と士元も水鏡女学院へ帰って行った。

 孔明はウチの男共が去ってから、また調子いい感じで偉そうに喋っていたのが面白かった。ウチは大人ばかりの組織なので、こういった孔明の子供っぽい振る舞いは見ていて和んだりする。

 

 文鴦達の軍勢を大っぴらに南郡へ向かわせたわけじゃない。建前は別に用意した。

 豫洲方面からの討伐軍侵攻に備え、防衛施設を建築するという名目で送り出す。建築資材を持たせた二千の兵を合わせ総勢二万二千。これはウチに忍び込んでいる間者を欺こうという狙い。

 

 わざわざ南郡へ向かうと広める必要もない。

 城から出て行く兵は隠せないが、その目的はある程度隠せる。そうすれば日数を稼げる。

 いずれは発覚するだろうが、欺けた日数が一日でも多ければその分備える期間が短くて済む。

 

 建築資材を持たせた二千の兵は、実際に豫洲は汝南郡と近い舞陰邑あたりで建築させる。

 どれほどの効果かは定かでないが、無いよりはマシだろう。将来的に豫洲へ攻め込むつもりなら葉県あたりに建設して攻略の足掛かりとしてもいいが、今のところその予定はない。

 

「周泰、都の動向を調べてくれ」

「はい!」

「どうも朝廷と冀州討伐軍が揉めてるという話だから、その辺の情報を重点的に頼む」

 

 支配領域を広げるということは、それだけ隣接する地域を増やすことに繋がる。

 明確な目標があるならそれもいいだろうが、特にないなら闇雲に増やすもんじゃない。

 

 南陽軍は悪徳領主から領民を解放するという名目で始めはしたものの、いざそれが叶った後に何をするかまでは考えていなかった。正確にはオレがその先を考える前に行動に移っていた。

 

 それからは考える余裕もなくバタバタと忙しない日々が続いていたが、最近は少し落ち着いてきたようにも思う。仲間が他郡へ進攻中に考えるのも妙な話だが、いい加減に決めねばならん。

 

「戻ったか周泰。それじゃ報告を頼む。それが済んだら次は南郡の様子を見て来てくれ」

「はいはい!」

「その後は……そろそろ孫策のとこに戻る頃か。周瑜先生の有難いお言葉を聞いといてくれ」

「あい!」

「そんで帰りは舞陰邑に寄って建築の進捗確認を頼む。妨害なんかも考えられることだし……」

「はいよっ!!」

 

 そんなことを考えながら今日も今日とて周泰を酷使していたが、このところ様子がおかしい。

 

 返事一つとっても投げやり感が出てるというか。流石に働かせ過ぎたかもしれないな。

 休暇を与えないと不味いなと思うことは何回かあったが、思うだけでなんだかんだ休みなく働かせてしまっている。疲れている様子を見て見ぬ振りをしてしまうほど周泰は優秀だった。

 

「知ってましたか。極めた人間って騎乗中でも眠りにつけるんですよ。不思議なものですねえ」

「────アカン」

「お馬さんも寝ながら走ってるような時もあって、これぞ人馬一体? の境地に居る感覚が……」

「周泰くん、少し休もうか!」

 

 ただ、どんな人間にも限界はある。目の下にクマを抱えた周泰がヤバいことを口にし出した。

 

「え? ああ、月影殿の影武者の方ですか。少し前にそんな話をしてたっけ。似てる似てる」

「いや、声で本人かどうかわかるだろ?」

「顔も声もまずまず合格点ですが、冷酷非道さが足りてませんね。本物は休めなんて生温いことは言わないので気をつけて下さい。それでは私は任務がてんこ盛りなので! さらばですっ!!」

 

 そう言い残すと周泰は去って行った。

 本人を前にして影武者としてまずまず合格ってなんだよ。あれはもう相当疲れているな。

 次に戻って来た時は流石に周泰を休ませようと思う。そのために段取り調整も考えておかねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文鴦達が出て行ってからは暇な時間も増えたが、だからといってもやる事はある。

 最も優先して行うべきことは軍師の登用と言いたいが、見つからんもんはどうしようもない。

 

 今やるべきことは城に籠るのではなく、街へ出ては自分が健在であるのを示すこと。

 そしてトップ直々に誤情報を発信しては、それを聞いているであろう間者を欺くこと。

 散歩がてら街に繰り出しては領民達と会話を重ねる。関心事項はもっぱら出陣して行った兵の話。二万を超える人間が一度に抜けると目に見えて人の行き来が減っているように感じる。

 

 領民達の興味や不安に対して返答を返す。

 一番多かった『建築にしては多すぎやしないか』といった問いに関しては『行きたい奴を募ったらこうなった』と返すと納得された。この辺りは良くも悪くも普段の行いの賜物か。

 

「各方面に斥候を放っているし、有事となれば直ちに軍勢を呼び戻すから問題ない。間に合わなければ、それまではオレと残した兵で対応する。門を閉じて堅く守れば簡単には落ちんよ」

 

 そう言うと誰もが納得した。これまでの実績もあってか意外となんとかなるもんだ。

 

 こうして備えているという姿勢を示すことは重要だ。それも余裕をもって示すのがいい。

 このように日中は時間を見つけて街に繰り出し健在を示した。そして日が沈む頃になると街の端まで歩き、城壁に上がっては外の風景を眺め思考を巡らす。この静かな時間が好きだった。

 

 日中の暑さは何処へやら。六月の夜に吹き抜ける風は冷たくも心地良い。

 遠くで虫の鳴き声が聞こえる。なんの虫かはわからんが、静かで孤独で悪くない雰囲気だ。

 華やいだ街から離れ、静かな場所で想うことはこれまでの歩み。酒の席での一言から、あれよあれよの間にこんなことになったが、違う未来もあったのか。どんな未来があったのか。

 

「────人に仕えるか。国に仕えるか」

 

 確か、そんなことを考えていた気がする。

 義勇軍を立ち上げるとか。未来の大勢力に入るとか。そんなことを検討してたっけな。

 それが今や天下の逆賊ときた。人生わからんもんだと思う。オレの人生はわからんことだらけ。この世界へやって来たことに始まり今日に至るまでそれは続く。おそらく今後もそうだろう。

 

 これまでも必死に生きてはきたが、常にベストな判断であったとは到底言い難い。

 今に至る現状も、果たして良い判断だったのか。黄巾賊に扮して城を落とすまでは良いにしても、その後居座るのはどうだったのか。袁術の私財を奪い領民に配って逃げる手もあった。

 

 協力者や支援者の柵もあって城を落とすことは必須であったが、その後の方針は決まっていなかった。様々な選択肢が考えられた中、オレは都に近い南陽郡を本拠地に据える道を選んだ。

 

 そして国と一戦を交えることにした。

 面倒だと口や態度で示していても本質的には多分、オレは戦いを望んでいるのだろう。

 

「しかし波才もあっさり死んだな……」

 

 朝敵ビッグ3に位置付けられていた波才も、特になんてことなくあっさり死んだ。

 波才はオレと同格であったと思われる。オレ達と同じように討伐軍を蹴散らしていた波才。

 

 生き残っているオレとの決定的な違いは戦った相手か。孫策、曹操と対峙して秒殺されたと聞く。それを聞くとオレが現在、無事に生き延びている最大の要因は相手に恵まれたのだろう。

 

 以前、街で何度か孫策を見かけたことがある。

 いつも酒ばかり飲んでいたが、纏う雰囲気から相当腕が立ちそうな気配を感じた。

 確かに孫策はオレより強いのかもしれないが、そこまで圧倒的な差は感じなかった。戦うべきではないとは思っていたが、戦っても太刀打ち出来るとも踏んでいた。だが現実は違うのかな。

 

 戦場ではもう一段ギアが上がるとか。そういう上乗せ要素を隠し持っているのかもしれない。

 もっと卑屈に考えるなら結局、この時代の主役に脇役は敵わない運命かもしれない。脇役は主役を引き立てる添え物に過ぎず、どれだけ頑張ったところでその運命は覆らないのかもしれない。

 

「────ま、その時はその時か。固執するほど惜しい命でもない。戦って死ぬならそれもいい」

 

 考えたところでなるようにしかならん。

 懸命に生きた結果なら受け入れるだけだ。この道を選んだのは他でもない自分なのだから。

 

 

 

 

 

 その後もぼんやりと考え事をしていると、背後に二つの気配を感じた。

 振り返るとそこには孫権と甘寧の姿。おそらくは帰って来ないオレを探しに来たのだろう。

 

「なんだ、二人してこんなところに」

 

 どれだけ時間が経っているのかも把握出来ないほど、考えることに没頭していた。

 二人の用件は察していたが、晴れない気分のまま話すことに少し抵抗を感じたりもする。

 

「まさか、ここでオレを亡き者に……!?」

 

 こんな時はコミカルに動くことにした。

 二人は顔を見合わせると甘寧は溜息をつき、孫権は少し考えた末に話にノッてくれた。

 

「ふははははっ。この距離まで気づかずに接近を許すとは、随分と錆びついたものね」

「────くっ! 二対一か!」

「悪鬼将月影。落日の刻よ。貴方の相手は思春がします。私は危ないのでしません。覚悟!」

 

 微妙に乗り切れてない感じもするが、まあいい。とにかく甘寧を倒せばいいんだな。

 

 急に指名された甘寧は孫権を見ては肩を落とし、そして不満気にオレへと視線を移す。

 その目に戦闘の意思はない。あっても困るが、ないと話が続かないので困ってしまうな。

 

「蓮華様はなぜか貴様に甘い気がする」

「日頃の行いだろうな」

「雪蓮様もそんな感じだし。貴様には孫家の主筋に好かれる特効でもあるのか。不可解だ」

 

 そんなことは知らん、とオレは答える。

 そして視線を外して外の風景を眺める。暗闇が支配する中、見える風景なんて限られていた。

 薄い雲が空を覆えば、星は隠れてしまう。見えるのは大きな月。手を伸ばせば掴めそうな大きな月は、いつだって空にある。かつては月の影を掴もうとして追い求めていた時期もあった。

 

「何か悩み事でもあるの?」

「別にない」

「なら、何を考えているのか話してくれない? 私達にも力になれることがきっとあるわ」

 

 そう言って柔らかく微笑む孫権。

 以前から孫権は、オレを諭して考えを改めさせたいと思っているような節があった。

 

 理由はわからんし別に聞いてもいない。

 聞けば話してくれるだろうが、聞いて情が移ることになるとそれはそれでよくない。

 これは孫権に限った話でもないが、誰かに入れ込むようなことになると判断が鈍る。そうなると隙が生じる。誰かを優先して考えるようになっては勝てなくなるだろうとオレは考えていた。

 

「まあ、そのうちな」

「そう。ならその日が来るのを待つとするわ」

 

 謎は謎のままでいい。解き明かす日が来るとすれば、それは一段落ついてからだろう。

 ただ、素気ない返事だけというのも味気ないので考えていたことをポツポツと打ち明ける。

 

「────南陽軍の当面の目標は……」

「う、うん!」

「この地の支配権を朝廷に認めさせることになる。他の問題は譲歩してもこれだけは譲れない」

 

 例えば今、降伏を申し出ても通るはずだ。

 条件としてオレの首を求められるかもしれないが、そんなのは死んだ者の首を出せばいい。

 

 オレの顔まで割れていることは多分ない。

 怪しいと勘づかれても追及まではしてこないだろう。軍を解散させれば晴れて自由の身となる。

 

「散っていった連中のこともある。始めたからには中途半端な形で終わらせることは出来ない」

「散っていった人……」

「討伐軍との勝敗が明確に決したら交渉に入る。まあ、負けたら交渉もないから、結局は勝つしかない。後一回か二回、大きく戦った後かな。これは張角の方の状況にもよるだろうが」

 

 だが、子供の喧嘩じゃないんだから、謝って許されるとしてもそんなことには意味がない。

 

 きっちり白黒つけてから交渉の席に着く。

 交渉は難航するかもしれないが、このまま永遠に戦い続けることに比べれば現実的だろう。

 周泰からの報告や市井で聞いた冀州討伐軍第一陣の結末を鑑みるに、賄賂を贈れば効果がありそうだ。問題は誰に送るかだが、そこはこれから時間をかけて精査するとしよう。

 

「簡単に勝てるとは思っちゃいない。オレに何かあれば南に向かうように命令するつもりだ」

「…………………………」

「鄧艾なら悪いようにはせん。負けたとしても救える多くは生かしたい。そうあるべきだろう」

 

 個人的な方針は固まりつつあった。

 この先はウチの連中が戻って来てから決めようと思う。求めることがあれば加えたらいい。

 

 それからは誰も話すことなく時間が過ぎる。

 そろそろ戻ろうかと考え始めた矢先のこと。希薄な周泰の気配を近くに感じ取った。

 

 

 

 

 

「────おや、おやおやおや。城に居ないと探してみたら、みなさんお揃い? おやおや?」

 

 暗闇からスッと出て来た周泰。

 孫権と甘寧は少し驚いていたが、存在を感じていたオレは特に何も思わなかった。

 

「お星様を眺めて楽し気ですね! 私はずっと働いてたのに! みなさんは優雅ですねえ!!」

「落ち着け周泰。星は見えてないぞ」

 

 笑顔を浮かべながら不満を口にする周泰。

 こいつは不味いなと思う。明らかに周泰は不満爆発寸前の雰囲気を醸し出している。

 

 ここで言葉を誤れば暴走までありそうな気配だ。オレは一人で来ていたのだから揃って来たわけではないが、そこを細かく説明していてもしょうがない。まずは周泰を落ち着かせねば。

 

「そんな話をしてるんじゃないですよ!」

「そうだな。その通りだ。一回落ち着こう。まずは落ち着いて南郡の報告を頼む」

「ああぁぁぁぁぁぁぁ! お仕事のことばかり! 私ばっかりいいぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 両手で抱えた頭を左右に振る周泰。

 事態は悪化の一途を辿っている。さっきまでしんみりした雰囲気だったため対応が間に合わん。

 

「わかった、周泰。要求を聞こう」

「お仕事を減らして下さい! 私に自由を!」

「自由は求める物じゃなく掴み取る物だが、君は確かに誰よりも働きまくってるし────」

 

 実に正当な要求だと思う。

 そして前から考えていたことでもあった。周泰にはそろそろまとまった休みが必要だと。

 

 互いの思惑が一致する中、話は無難に纏まるだろうと思っていた。

 だが、ここで思わぬ援護射撃が入る。これが話をややこしくさせてしまう。

 

「待ちなさい、明命。それはダメよ」

「へっ?」

「蓮華様の言う通りだ。南陽軍が手薄の今、諜報役のお前が手を引いてどうする!」

 

 孫権と甘寧が南陽軍側に同調する発言をしたものだから、周泰は引っ込みがつかなくなる。

 

「どうしてお二人まで……。プータローのお二人までそんな……酷いです。あんまりです!」

 

 同調してもらうのは助かるが今じゃないな。

 このままだと不味いことになりそうだと感じたオレは周泰を宥めることにした。

 

「悪いことは言わん。落ち着け周泰」

「月影殿……?」

「君が抱えている仕事量を思い出せ。自棄になったところで減ることはない。冷静になろう」

「ははっ……。はははははっ……」

 

 どれが致命打になったのかは定かじゃないが、多分全部均等に良くなかったんだろう。

 

 周泰は乾いた笑い声を上げながら膝から崩れ落ち、石畳の地面に両手をついた。

 かと思えばものの数秒でスッと起き上がり、何かを決意した目でオレと孫権と甘寧を順番に強く指差しては高らかに宣言する。

 

「────はい、決めました。怒った私は決めました。今日から任務の一切を拒否します! 南陽軍も孫家も知りません。私は自由を……! 私は自由を手にするんだあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そう言い残すと周泰は止める間もなく、薄暗い暗闇へと姿を隠し去っていった。

 こうなるともう捕まらん。気配を遮断し離れていく周泰を捉えることなど不可能に近い。

 

「自由の戦士、周泰か」

「あらあら、どうしましょうか」

「明命のヤツめ、プータローなどと……」

 

 甘寧はなんかダメージを受けていたが、オレと孫権はそこまで深刻に考えていなかった。

 

 だが、ここから周泰の七十時間余りにも及ぶ、怒りのストライキが決行されてしまう。

 日数に換算すると約三日。まあ、休暇みたいなものだろう。聞けば孫権には周泰の機嫌を取る秘策があるようだし。ゆっくり休んでもらってから、ほとぼりを見て謝りにいこうと思う。

 

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