恋姫†国盗り物語   作:オーギヤ

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第十三話

 

 ストライキを決行した日の晩。

 周泰は久方ぶりにフカフカの寝床に就くも、感触を確かめる間もなく数秒で意識を手放す。

 

 目を覚ましたのは翌日の朝。

 小鳥の囀りが聴こえる早朝にきっちり目を覚ました周泰は一つ大きく伸びをする。

 

「ふぁぁぁ。さて今日も一日元気に……」

 

 そう呟くも後に続く言葉が出ない。

 気持ち良く目を覚ましたはいいものの、今日一日の予定が何もないことに気づく。

 

「元気に……何をすればいいんだろう?」

 

 自由を求めて飛び出した周泰ではあったが、その生活はすっかり仕事一色に染まっていた。

 降って湧いたような休日に周泰は対応出来ずにいた。何処か行きたい場所があるわけでもなければ、誰かと過ごす約束もない。寝床でぼんやりと過ごしていると、やがて時間は昼を過ぎる。

 

「お腹が空きましたね」

 

 街へ出て買い物をしようかとも考えるも、それもなんだか面倒に思えてしまう。

 普段任務中に食べている軽食を口にして腹を満たす。食べ終えてしまうと、また手持無沙汰。

 

 腹が満たされるとまた睡魔が襲う。

 目を瞑ればコテンと寝床に倒れ再び意識を手放す。次に目を覚ますと周囲は暗くなっていた。

 

「────夜? 私は今日一日何を……?」

 

 一日を無駄に過ごしたことに焦りを覚える。

 実際は疲れた体をゆっくり休められたのだから無駄ではないが周泰はそう思わなかった。

 

 そして誰も自分を訪ねて来ないことに気づく。

 これは気を遣って一人にさせた配慮ではあったが、少なくない淋しさを感じる周泰。

 少し経つとまた空腹を感じる。今度こそ買い物にと考えるも、そろそろ店じまいの時間帯。今度でいいかと昼間と同じ軽食を口にする。食べて寝て食べて寝て。そんな無機質な一日であった。

 

 

 

 

 

 その翌日も早朝に目を覚ました周泰。

 この日も予定は当然の如く真っ白であったが、それならばと城の様子を見に行くことにした。

 

「報告は済ませないといけませんしね!」

 

 自分にそう言い聞かせながら用意をする。

 働き詰めの身体ではあったが周泰はまだまだ若く、一日フルに休めば全快に達していた。

 とは言っても気まずさは残っている。飛び出してすぐ戻るのもどうなんだろうと。報告を済ますという建前はあるが、みんな怒っていたらどうしよう。周泰は慎重に様子を窺うことにした。

 

 気配を絶った周泰を探知するには、音を頼りにするか正面から視線を合わせる他に術はない。

 この特性から潜入捜査などお手の物。音を立てず動こうものなら通れさえすれば素通りである。

 

 この日もなんなく城へ忍び込んだ周泰。

 すぐに月影の下へ向かおうかとも考えたが、まずは孫権と甘寧を探すことにした。

 

 だいたい何所にいるかは察しがついていたが、珍しく思っていた場所にいない二人。

 少し探すと甘寧を見つける。甘寧は兵の鍛錬所へ出向いては、特に何か手伝うでもなく腕を組んで見物していた。時折『動きが甘い』や『違うんだよな』とか独り言を呟いでいる。

 

「あれは……やってる感ですね!」

 

 そう周泰が言う様に、甘寧はプータロー発言を気にして昨日から一人で動いていた。

 ただ、頼まれたわけでもなく手伝う義理もない。甘寧は暇な部活のOBみたいに突然やってきては、偉そうに佇みながらブツブツと玄人ぶった発言をして周囲の兵達を戸惑わせていた。

 

「思春殿は、まあいいか。さて蓮華様は……」

 

 次いで孫権を探すことにした周泰。そう時間を置くことなく孫権も見つかった。

 孫権は城内の庭で本を読みながら、月影が身辺警護として置いた女兵士達と談笑していた。

 

 その様子はもっぱら貴婦人。

 人質という触れ込みはどこへやら。兵士達も孫権に対して敬意を払っているように見える。

 

「楽し気に料理の話なんてしちゃってさ。私のことを心配している様子がまるでない……!」

 

 最近はあんな感じなんだ、と周泰は思う。

 この城へやって来た最初期こそ緊張感をもって護衛していたが、今やその面影はない。

 甘寧も普通に孫権から離れて行動しているように、既に護衛という名目は有名無実化していた。ここへ来て既に三カ月余りが経つ。甘寧も周泰も南陽軍が孫権を害するとは思っていない。

 

「蓮華様も、まあいいか。さて月影殿は……」

 

 次いで月影を探すことにした周泰。月影の居場所についても見当がついていた。

 事あるごとに使いっぱしりにされていたため、迷うことなく足が進む。最近は街へ出て行ったりもしているようだが、城内の雰囲気から滞在しているのだろう。なら向かうは一つであった。

 

「────では手筈の通りにやれ。定期連絡は欠かさずに。捕まったらまず助からんと思えよ」

 

 思っていた通り謁見の間に月影は居た。

 月影は新たに編成した諜報員達に指示を出しては、その出発前に引き締めを図る。

 

「もう私の代わりを用意している……?」

 

 その様子を見て精神的ショックを受ける周泰。ただこれは以前から計画していたことだった。

 

 昨日今日での編成ではない。

 周泰の業務過多を見た月影が中期的に計画していた構想がようやく形になった段階である。

 そんなことを知らない周泰はショックを隠せない。任務を拒否すると口にしたのは自分であったが、こんなに早く役割を奪われるとは。自分の役割とはそんなに軽いものであったのか。

 

「どうだ周泰。自由を満喫出来てるか?」

「────────っ!」

 

 諜報員達が去った後のこと。

 一人その場に残った月影は、自分の背後に隠れていた周泰へ振り向かずに声をかける。

 気配を絶った周泰を捕捉出来るのは月影ぐらいなものであった。血を見続けて感覚が最高潮に達した孫策なら捕捉し得る可能性もあったが、平時で捕捉出来る存在は他にいないと周泰は思う。

 

 それも初対面の頃より捕捉する感知範囲が伸びている。月影本人は慣れだと言っていたが、底知れなさを周泰は感じていた。背中越しに悠然と声をかける姿にはどこか大物感がある。

 

「シャアァァァァァ!!」

「もう野生に還ってるじゃん。早くない?」

 

 それでいて冗談にも付き合ってくれる。

 こういう一面は主人である孫策に似てるかもしれないな、と周泰は思う。

 そして猫化したことを突っ込まれた周泰は気恥ずかしくなり、報告を忘れて離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────こんなことになるとはな」

「ええ、自分もこれは完全に想定外です……」

 

 一方その頃、意気揚々として南郡へ向かった文鴦達は想定外の事態に直面していた。

 

 進軍に淀みなく無事に南郡の地を踏む。

 そこから事前に鄧艾が把握していた黄巾賊の拠点数箇所に強襲をかけるまでが一連の流れ。

 その段取りは済んでいた。そして勝ち切るだけの戦力も十分に整えていた。だが、事態は想定を超えてしまう。文鴦と鄧艾は天を仰ぐ。どうしてこんなことになってしまったのかと。

 

「まさか戦いすら満足に起きねえとは」

「流石は泣く子も黙る南陽軍ですね。戦う前に片っ端から降伏してくるとは……」

 

 勝ち切るだけの戦力を十分に整えてしまったことが仇になったのか。それとも悪名故か。

 

 南郡の黄巾賊達は戦いを挑むでも逃げるでもなく、早々に降伏を願い出て来る。それもそのはず、鄧艾は手が回らないと嘆いてはいたものの、手が回る部分ではきっちり仕留めていた。

 

 力関係では鄧艾の手勢が上回っていた。

 足りていないのは人手。そこに待ってましたとばかりに南陽郡から二万の軍勢が来る。

 それも討伐軍を相手取り蹴散らしてきた生粋の軍勢である。数百から数千しかいない農民上がりの賊が、数も実力も数倍以上の差がある軍勢に戦いを挑もうと思うのか。答えは否であった。

 

「頭下げてくる相手を斬る趣味はねえし」

「自分もどうケジメを付けさせたらええものか。これで手打ちってのも寒いですよねえ」

 

 誰もかれも命は惜しい。

 南陽軍も黄巾賊と同じく賊として認知されていたことも降伏を決意させた要因であった。

 

 同じ賊なら許されるかもしれないと。

 これが官軍相手であったら逃げの一手しかない。もしくは玉砕覚悟で一か八か突っ込むか。

 最初に降伏した賊が許されたことにより、拠点を強襲する前に続々と降伏者が続いた。これは完全に想定外であった。二カ月という猶予があったが、一ヵ月もかからず平定に漕ぎ着ける。

 

「お頭の威光は凄いなあ。困っている人は助かり人手は増え、良い事ずくめですね。アニキ!」

「…………………………」

 

 魏延は屈託もなく素直に喜んでいたが、文鴦はシンプルに物足りなさを感じていた。

 月影に信頼され全権を預けられ気合いが入っていた文鴦。血で血を洗うような激戦もバッチコイで構えていたが、結果はこれだ。だが大勢が決した盤面をひっくり返すほど狂ってはいない。

 

 そして同じく鄧艾も物足りなく思う。

 南陽軍の仲間として認められ、自分の気合いを強く示す絶好の機会であった今回の一戦。

 戦わずして勝つのがベストであることに疑いの余地はないが、こうもあっさり過ぎると物足りない。だが戦う相手は南郡には既にいない。せいぜい官軍相手に因縁をつけるぐらいである。

 

「まあ、しゃあねえか」

「ですねえ。自分も些かアレですが────」

 

 しょうがない、と納得しようとした矢先。

 降伏を願い出て来た賊の一人から情報が入る。その情報を聞き沸き上がる南陽軍の面々。

 

 この地を捨てて逃げ出した元太守の居場所が明らかになる。それは江夏郡であった。

 ざっくり例えるなら、南陽郡を正三角形の頂点と見た時に左下に南郡。そして右下に江夏郡の位置関係となる。間に合うと瞬時に判断した後は早かった。一秒の時間が今は惜しい。

 

「よっしゃあ! まだ獲物が残ってたか!」

「水路を確保している近辺の海賊を脅して船を奪いましょう。今なら間に合います!」

「それだ! 軍を二つに分ける。足の速いヤツは付いて来い! 残りはここの後始末だ!」

 

 鄧艾の提案に秒で飛びつく文鴦。

 そしてテキパキと指示を出しては出発に向け今や遅しとばかりに準備を整える。

 

「先に江夏郡にいる情報屋を頼って元ドグサレ太守の正確な現在地を割り出します」

「頼むぜ。楽しくなってきたな」

「いや、ホンマですね。ここで役に立つとはなあ。こら命は勘弁してやらんでもないか」

 

 邪悪に微笑む文鴦と鄧艾。

 二人とも月影の命令に背く気はなかったが、不完全燃焼感から命令を拡大解釈した。

 勝手なことして大丈夫かな、と疑問符を浮かべる魏延はその疑問をそのまま口にする。

 

「お頭、怒りませんかね?」

「現場判断で臨機応変にやれとの命令だ」

「ドグサレが戻ってくると新たな火種になる。その火種を絶やすのも任務の範疇と違うか?」

 

 魏延は文鴦相手には古くからの上下関係。鄧艾相手には口先の巧さで勝ち目がなかった。

 そして魏延もバリバリの脳筋であった。少し考えるも『ま、勝てばいいだろう』とあっさり割り切ると疑問はどこへやら。相棒の大金棒を得意気に担いでは陽気に口を開く。

 

「そうですね! じゃあ行きますか!!」

 

 こうして文鴦一行は軍を分けては南郡を離れ、新たな戦場を求め江夏郡へと歩みを進める。

 月影というストッパー不在の南陽軍を止める者はいない。後に報告を聞いた月影が『お前ら迷子にでもなったの?』と口にするほどの経路を歩みながら南郡、江夏郡の二郡平定に乗り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────月影、ちょっといいかしら」

 

 ストライキが決行された二日目夕方のこと。

 仕事を終えた月影が城内の廊下を歩いていると、孫権と甘寧に声をかけられ立ち止まる。

 

「周泰のことか?」

「ええ、そのことで話が……」

「ああ、そうだな。そろそろ謝りに行こうか」

 

 今後は気をつけるよ、と月影は続ける。

 月影があっさり謝罪の意思を示したことに孫権はホッと胸を撫で下ろす。

 ここでの決定権は全て月影にある。月影が『そんなことは知らん』と切り捨てては孫権に打てる手はない。周泰のことを少しでも気にかけてくれていたことが孫権には嬉しかった。

 

「今からさっそく行くか?」

「貴方と私が謝ると、あの子も真面目だから受けてくれると思うけど、それだとちょっとね」

 

 せっかくだから労おう、と孫権は言う。

 

「明日の晩、城の部屋を一室貸して貰えない? そこで明命の疲れを労おうと思うの」

「別にいいけど、何すんの」

「私が明命の好きな料理を用意して思春が部屋の飾り付け。そして貴方だけど────」

「猫を用意すればいいのか?」

「────そう! そうよ。わかってるじゃない。私達もそろそろ付き合い長いもんね!」

 

 嬉しそうに微笑む孫権を見ながら月影は『それぐらいしか知らんしな』と内心思う。

 

 初対面の印象から猫好きなのは見て取れた。

 だが、その他となると何を知っているのだろうと思う。周泰もそうだし孫権や甘寧についても知らないことが多すぎると月影は思う。良い機会だし多少は知っておいてもいいかなと考える。

 

「まあ、実はオレの方でも周泰のご機嫌取りのために昨日から仕込んでることがある」

「え? なになに教えてよ!」

「ほう、貴様にしては殊勝な心掛けだな」

 

 月影の言葉に孫権と甘寧が興味を示す。

 月影は孫権からの提案がなかったとしても、周泰に対して解決策を用意していた。

 猫好きという情報からアレンジを利かせては、若い女子にウケそうな物を用意する月影。

 

「猫鍋だな」

「猫の鍋……?」

「貴様は明命にトドメを刺すつもりか……?」

 

 絶句する孫権と甘寧を余所に月影は続ける。

 

「それなりに準備は大変だったぞ。時間作って街の野良猫を捕まえてさ。中々強情なもんだったが一日経てば静かになった。仕込みも終えたし、今は鍋の中でゆっくり休んでるだろう」

 

 表情を変えずサラッと言い放つ月影。

 孫権と甘寧の脳裏にモザイク処理不可避なグロ映像が流れるも、実際そんなことはない。

 

 猫鍋とは土鍋の中で身を丸くした猫の様子が可愛らしいというコンテンツである。

 若い女子は好きだったな、と思い出した月影がそれっぽい土鍋に捕まえて来た野良猫を調教して馴染ませたという話。だが、そのコンテンツを知らなければ思い浮かぶは凄惨な猫の姿。

 

「あ、あのね。気持ちは嬉しいんだけど……」

「未来永劫、明命に恨まれたくなければやめておけ。本当にやめておけ……」

 

 なんで、と月影は思う。猫が好きなら猫鍋って好みそうな組み合わせではないかと。

 

「そうか? オレの地元じゃ若い女や子供を中心に、かなりウケてた気がするが……」

「いや、そんなことある?」

「月影を輩出した修羅の地か。まさか猫まで捕食するとは全くもって情け容赦がない……」

 

 引き気味に放つ甘寧の言葉を聞き、月影は認識に差異が生じていることに気がつく。

 そしてこの世界に猫鍋という概念がないことを理解する。理解すれば二人の反応は妥当だった。

 

「食い物じゃねえよ。猫は元気に生きてるどころか、むしろ伸び伸びしてるぐらいだ」

「そうなの?」

「まだ油断できませんよ。蓮華様……!」

「二人してオレをなんだと思ってんだか。現物を持ってくるからそれを見て判断してくれ」

 

 そう言い残すと月影はその場を離れ、猫鍋を取りに城内にある自室へと歩を進める。

 その姿を見ながら孫権と甘寧の二人は『まだどんでん返しもありますよ』や『猫って美味しいのかしら』などと談笑を交わしていた。そしてそんな様子を遠くの支柱から眺める影が一つ。

 

「み、みなさん楽しそうですね……」

 

 二日経っても訪ねて来ないことに焦りを覚えた周泰が物陰から三人の様子を窺っていた。

 会話までは聞こえないが、なんだか楽しそうな様子。孫権はいつも通りニコニコしているし、甘寧はムスッとしながらも参加している。月影は良くも悪くも普段通りであった。

 

「わ、私も会話に……。いや、でも飛び出してしまった手前それもちょっと…………ぐぬぬ」

 

 少しして月影が戻ってくると、月影の手元にある物を見た孫権と甘寧が歓声を上げる。

 その歓声は周泰の耳まで届いた。楽しそうだなと周泰は思う。猫の仕草をしながら月影に話しかける孫権を見ながら独り離れた場所で周泰は、自由とは一体なんぞやと考えていた。

 

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