恋姫†国盗り物語   作:オーギヤ

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第二十話

 

「────ふうん、南陽武道大会かあ」

 

 豫洲は沛国相県。

 城内は謁見の間にて周泰による定例報告を受けた孫策はにこやかに返事を返す。

 

「相変わらずそっちは賑やかねえ」

「あ奴らは常に何かと戦っておるのう」

 

 傍に控える黄蓋は孫策とは異なり『少しは大人しく出来んのか』と溜め息をつく。

 

「私も出たかった! 事前に知っていればこっそり参加してたのに。もっと早く言ってよね」

「雪蓮の与太話はさておいても困ったな。明命はともかくとして、思春まで取り込まれるとは」

 

 同じく傍に控える周瑜は考える。

 諜報隊長となった周泰は、南陽軍のために動いていたこともあり、まだ理解出来る範囲。

 だが、甘寧は違っていた。孫策達と過ごしていた頃の甘寧は寡黙で私情を挟むことはなく孫家によく仕えていた。甘寧が孫家の不利益になるようなことをするとは周瑜には考え辛かった。

 

 それが今や南陽軍の第四軍団長である。

 孫権が武道大会への参加を認めたことも大きいのだろうが、本人にも選択権はあったはずだ。

 

 周泰の話によると甘寧はノリノリで参加していたとのこと。そして勝ち抜いては第四軍団長となり、部下の指導を月影に頼まれた際も喜んでいたと聞く。やはり本人の意思だと周瑜は思う。

 

「私達は別に取り込まれてませんよ!」

「別に気にしてないわよ。ねえねえ、明命。私が武道大会に出場したら優勝出来たかしら?」

「南陽軍の層の厚さを侮らないで下さい! たとえ雪蓮様でも苦戦は必至の強者揃いですよ!」

 

 取り込まれていないなら、南陽軍に与することで孫家に益があると考えているのだろうか。

 両軍の外交的感情は決して悪くはない。孫家は南陽軍の蜂起により袁術から独立を果たし、南陽軍は周泰の諜報面での活躍もあって現状、討伐軍との戦いを終始優勢に運んでいる。

 

 互いに利があるのはいいが、傍から見ると孫家と南陽軍が結託しているという見方も出来る。

 これまでは周泰という影の活躍は明るみに出ないと考え、孫権は人質と説明の余地があった。

 

 だが、甘寧まで表立って動くと事情は変わってくる。月影の配慮により裏方に回ってこそいるが見る者が見ればわかるだろう。朝廷に歯向かう勢力に孫家が加担しているようにも映るはずだ。

 

「………………………………」

 

 周瑜はそれを危うくも考えていたが、孫策を筆頭に誰もそんな素振りを見せてはいない。

 詰問されても口先で切り抜けられると考えているのか。それとも南陽軍が負けるはずがないと踏んでいるのか。思えば孫策は一貫して南陽軍に、月影に対して甘い態度を取り続けていた。

 

「うーん、見事に取り込まれとるのう」

「みたいですね。性格も少し荒っぽくなっているし、まあ半年も一緒に居たら影響も受けるか」

「思春殿でも三回戦、準々決勝と苦戦してましたからね。組み合わせが悪かった感もありますが」

 

 黄蓋と話しながら周瑜は、孫策は南陽軍と気質が合うのだろうかとも考えてみる。

 それとも嫌疑をかけられたとしても、手を結ぶ方が将来的に利があると見ているのだろうか。

 

 孫策の思惑の全てを周瑜は汲み取り切れてはいなかったが、勝てば官軍という言葉もある。

 孫策が認めているのであれば口を挟むことはないと思い直す。一時とはいえ世話になった袁術を出し抜き、独立を図った自分達も決して綺麗な身ではない。強力な友軍は歓迎すべきだろうと。

 

 

 

 

 

「組み合わせに恵まれなかったみたいだけど準決勝敗退か。思春ってウチでも上位よね?」

「よーいドンで戦うなら策殿に次ぐ実力者かもしれんのう。儂も易々と負けてはやらんが」

「その思春が南陽軍では四番手……いや、月影を加えたら五番手までか。確かに層が厚いな」

 

 孫策の言葉に黄蓋と周瑜が返す。

 甘寧の結果は健闘したと評していいが、だからこそ自軍との戦力差が明確に見えてくる。

 

 甘寧の実質的な実力は南陽軍内でも三番手。

 月影、文鴦に次ぐ実力者。魏延と高順。激戦であった鄧艾とは差がなかったりする。

 

「────ま、頼もしくていいじゃない。月影は私達と構える気はないのよね?」

「仮想敵とは見做していないですね。こっちに情報を流していることも黙認していますし」

「うんうん、それなら問題ないわね。それで明命と思春はいいとして、蓮華の様子はどう?」

 

 孫策は妹である孫権の様子を訊ねる。

 これは言ってしまえば自然な流れであった。妹のことを訊ねない方がずっと不自然でもある。

 周泰も十分に予想はしてはいたが、実際に口に出されると少し身構える。昨今の孫権の様子を素直に説明していいものか。黙ってろと口止めをされていたわけではないが、どうなんだろうと。

 

「蓮華様は、ええっと……うん」

「あら、どうしたの?」

「ま、まあ元気に過ごされてますよ! 不自由なく過ごされていることは間違いない……ですね」

 

 答えづらそうに言葉を濁し視線を外す周泰。

 その様子を見た孫策、周瑜、黄蓋は『これは何か面白そうなことがあるな』とピンとくる。

 

「ほう、儂ら相手に隠し事か?」

「報告はきちんとしてもらわないとな。明命」

 

 黄蓋と周瑜が周泰へ、にじり寄る。

 周泰は質問を上手く避けられたと安堵していたが、そこはまだまだ若輩者。

 孫策を始め黄蓋と周瑜の勘の良さ。女の勘の鋭さを甘く見ていたことが仇となった。

 

「淋しいじゃないの。私達の間で隠し事なんて。冥琳、祭。明命をひっ捕らえなさい!」

「お、おやめくださいぃぃぃぃぃ!」

 

 両腕を黄蓋と周瑜によってガッツリと抱えられた周泰は洗いざらい吐かされることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、なるほど。なるほど……?」

「強い雄に惹かれるのは大殿の血筋じゃな」

「ふむ、蓮華様が月影に恋慕とは。聞いていた話とは違うが……悪いことでもないのか?」

 

 周泰の暴露により昨今の孫権の痴態は容赦なく暴かれることとなった。

 周泰は『バレたら折檻されるかも』と内心ひやひやしながら三人からの質問に答える。

 

「え、二人って今そんな関係なの!?」

「二人というか蓮華様が、ですね。月影殿は基本的に戦うことばかりを考えている様子です」

 

 月影の態度自体はほとんど変化が無い。

 孫権、甘寧、周泰の三人に対しても親しみを持つようになっていたが関係は進んでいない。

 月影は討伐軍との決着を最優先事項と捉え、それ以外を大きく離して考えていた。恋愛なんて発想は端から頭になかったりする。今がそんな状況ではないという認識を強く持っていた。

 

「それもどうかと思うけど……なんだろう。二人が出会った時の話だとか、月影の悲しい過去とか、そんな回想はなかったの? 蓮華の口振り的にはそんな含みがあったけど……?」

 

 そして周泰の暴露は孫策にとっても予想外。

 強い意志をもって決死の覚悟で南陽の地に留まった、孫策にとって可愛い妹である孫権。

 そんな孫権が南陽では姐さんと呼ばれ、月影不在の間に寝室に忍び込んで痴態を晒すなんてことは思ってもみない孫策。満喫しているのは良いが『そんな雰囲気だったっけ?』と思う。

 

「いや、私に言われましても……」

「月影を止めるって言ってたんだけどねえ。簡単に止まるワケないのは分かるけどさあ」

 

 モヤモヤと腑に落ちない孫策は少しボヤいてみるも、そこに黄蓋が割って入った。

 

「まあ、よいではないか。今、肝心なのは蓮華様の恋が実るか否かじゃ。これは当家の今後の方針にも関わる重大なことじゃからのう。差し当たっては月影の好みを知らねば……明命!」

 

 年長者である黄蓋は周泰に話を振り、にんまりと微笑む。黄蓋は誰よりも楽しんで聞いていた。

 

 先代である孫堅から付き従い早何年経ったか。

 娘と呼ぶほど年は離れていないが、幼少の頃より成長を見届けてきた孫権の色恋事。

 これが面白くないはずもなかった。孫策が微妙に拗ねているのも、堅物の周瑜が興味深そうに聞き耳を立てているのも、周泰がひやひやしているのも、全て黄蓋にとって愉快であった。

 

「ああ、はいはい。既に聞いてますよ」

「流石に仕事が早いのう。話してくれるな?」

「ええ、まあ。月影殿曰く『胸が大きくて細腰の美女』とのことです。いやあ、カスですね!」

 

 周泰は事前に月影の好みを訊ねていた。

 なぜそんなことを聞いてくるのかわからない月影ではあったが、思ったまま素直に答える。

 性格等に条件を付けなかった理由は、そこまで重視していないからである。美人でスタイルの良い女性が好み。ありきたりな答えであったが孫策、周瑜、黄蓋の表情は勝利を確信している。

 

 

「ふふふっ、勝ったわね!」

「やはり孫家の敵ではなかったな!」

「うむ、所詮は月影も雄ということよ!」

 

 

 孫権がそうであるように、姉である孫策を始め孫家の重臣達のスタイルはみな抜群に良い。

 

 道を歩けば男だけでなく女も振り返るプロポーション。それが自分達の武器であるいう自負もあった。これが見事に月影に刺さっているのだから、気を良くするのも無理はない。

 

 まあ、そんな中でも甘寧や周泰のように孫権付きの配下のスタイルは貧相であったりする。

 周泰は孫策、黄蓋、周瑜の三人が得意気に胸を張る姿を見てから自身の胸に視線を落とし、格差社会に愕然としては肩を落とす。それでもなんとか体勢を戻して吐き捨てるように続けた。

 

「さらに付け加えると月影殿がそんな好みなので南陽軍内では、胸が大きくて細腰の美女が正義という風潮があります。本当に碌な連中がいないですねえ! いつ攻め滅ぼしますかぁ!?」

 

 投げやりに言い放つ周泰に優しい視線を送る三人。周泰はその優しい視線が気に障った。

 

「まあまあ、明命もそのうち成長するわよ」

「うむ、南陽軍の攻略も楽勝ときたか。そうなると友軍と見做す方がやはり良いだろうな」

「獰猛な雄ほど母性を求める。孫子にもそう書かれておった。間違いなく蓮華様の勝ちじゃ」

「────ケッ! 余裕こいてたら余所者に掻っ攫われますよ。私はそんな気がしてます!」

 

 ムスッとした周泰はそう言い放つも、案外まるっきり的外れではなかったりもする。

 

「蓮華で完封出来るはずだけど、万が一仕損じても二の矢三の矢がここにはあるわ。年上好きなら年増の祭。落ち着きなら冷静沈着な冥琳。癒しなら包容力抜群にして絶世の美女の私!」

「誰が年増じゃ!」

「そして爆乳を求めるなら穏だな。隙の無い布陣だ。誰かしらは月影を骨抜きに出来るだろう」

 

 孫家はスタイルの良さを戦力として置き換えるなら、この大陸で間違いなく覇者。

 孫策、黄蓋、周瑜、陸遜。さらには孫権と豪華な顔ぶれが揃う。個人では対抗し得る逸材がいたとしても、集団としての戦力でなら孫家が頭一つ二つ、いや三つと抜け出していた。

 

「胸がどれだけエライんですかね……」

「────それで、報告はそんなところ?」

「いえ、最後に一つ。月影殿が主要面々を集め、次が最終戦となることを宣言されてました」

 

 孫策の問いかけに周泰が答えると、場の空気が一気に引き締まる。

 月影が明確に乱の終わりを宣言した。これは大陸の情勢が大きく動くことになる。

 南陽軍が帰順すれば朝廷は黄巾賊に集中することが出来る。そうすれば一気に収束へ近づく。

 

「あら、張角が討たれるのを待たないのね」

「まだまだ長引くと見たのかもな。ほっとけば月影が自ら討ち取りに向かうかもしれんのう」

 

 孫策と黄蓋は来るべき時が来たと思う。

 半年以上も続いた内乱が収束の兆しをみせたことに、周瑜は前のめりになり質問を続けた。

 

「その場での反応は?」

「蓮華様がとても歓ばれておりましたね。南陽軍の方々は『なんで?』って感じでしたが」

「それに対して月影は?」

「次の目標を各自、考えておくようにと。ざっくりそんな話でした。詳しく話しますと……」

 

 周瑜は月影が帰順を目指そうとしても、南陽軍の面々がそれを拒む可能性を憂慮していた。

 

 南陽軍は戦闘に特化した人材が揃っている。

 朝廷に背くことにもまったく辞さない戦闘狂。性格が荒々しいことも容易に想像がつく。

 戦場でしか生きられない人間というのは、どの時代も一定数存在する。平和な世を息苦しく思う人間。月影の配下にはそんな人間が集っているのだろうと周瑜は想像していた。

 

 月影の宣言はそんな人間を刺激するのではないかと周瑜は思う。孫策と黄蓋の脳裏にも周瑜と近い考えがあった。どのようにして月影は南陽軍を説き伏せたのだろうかと三人は耳を傾ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────これは始まりに過ぎない、か」

 

 周泰の説明を聞いた孫策がそう零す。

 そして頬を緩めては『なるほど、やはり月影は面白いことを考えるものだ』と思う。

 

「彼は時勢をそう捉えているのね」

「なまじ間違いであると否定出来ないのが悲しいところだが、なるほど……始まりか」

「朝廷に降ることで全方位敵という現状を打破し、先々に向けて力を蓄えると仰ってました」

 

 月影は次で討伐軍との最終戦とは宣言したが、世が平和になるとは口にしなかった。

 これから乱世が起きることを知っている月影にとって、黄巾の乱はまだ始まりに過ぎない。

 支配が認められるのではあれば戦い続けることもないと言った。朝廷に降るとはいえ、事実上の独立が認められる形となればそれでいいと。逆に認められないのであれば続けるとも言った。

 

「冥琳、どう思う?」

「朝廷内部の工作も行っているのならそうなる可能性が高いだろう。次も勝利する前提だがな」

「そこじゃないわ。世の乱れは続くかしら?」

 

 孫策の言葉に周瑜は考える。世の乱れは結局のところ起こるべくして起こっている。

 黄巾賊の張角や南陽軍の月影が原因であるというよりは、そうなる下地があったという見方が正しい。世が真っ当に治まっていれば、騒ぎなんて起こしても早急に鎮圧されるのが関の山だ。

 

「結局、我々は地方の役人に過ぎん。国を立て直すなら中央の力が、求心力が求められる」

「つまりダメってことねえ」

「後一つか二つ。大きな乱が起これば危ういだろう。火種は南陽軍以外にも無数にあるからな」

 

 二百年続いた漢王朝は繁栄と衰退を繰り返し、緩やかに破滅へと向かっていた。

 腐敗した組織を内から立て直そうとすることは既に難しく、孫策達にもその気はなかった。

 

 南陽・黄巾の乱を通して地方の軍閥化が進む背景には朝廷への、中央への不信感が強い。

 中央がアテにならないのであれば、地方の現場でやり繰りする他に術はない。土着の有力者や領民はその地を治める領主を頼るようになり、これが地方の軍閥化を後押しすることになる。

 

「ふむ、儂らは儂らの成すべきことを成すだけじゃ。差し当たっては南陽軍との融和かのう」

「それと豫洲黄巾賊の残党処理ですね。南陽軍の件は会ってみないことには読めぬ部分が多い」

 

 周瑜はそう発言するも、南陽軍との関係が今後の鍵になることを認識していた。

 孫権、甘寧、周泰が向こうで友好的にやっている以上、これを無碍にすることもないと思う。

 

「明命から見てどう? 蓮華が月影に嫁げば南陽軍は有事の際に協力してくれるかしら?」

「うーん、そうですねえ……」

 

 この場で南陽軍を最も知る周泰は、月影と孫権がくっついた未来を想像してみる。

 

 

 

 

『ほう、姐さんの実家のシマに曲者ですか。それはそれは……分からせんといけませんな』

『オレは戦えさえすればなんでもいいぜ』

『まあ、孫策と仲良くしといて損はないかな。荊州、豫洲が盤石なら手堅く進められるし』

 

 

 

 

 想像してみるのは簡単であった。

 鄧艾、文鴦、月影の反応は容易に想像がつく。残りの面子も似たような反応だろうと思う。

 

 南陽軍は身内に甘く敵に厳しい。

 これは孫家の気質と似通っていた。だからこそ周泰も甘寧も、南陽軍によく馴染んでいた。

 

「頼まなくても向こうから来ますね!」

「ならばよし! それじゃあ蓮華を嫁がせる方向で。未来の義弟によろしく伝えといてね!」

 

 こうして孫策軍の基本方針が決定する。

 そして、これらのやり取りは全て月影の、孫権の知らぬところで行われていたものであった。

 それから数ヵ月の後のこと。孫策軍の面々と邂逅を果たした月影は初対面でありながら、やたらと親し気に接して来る孫策達に面食らうことになるのだが、これはまた別の話であった。

 




長くなったので曹操の幕間は次回へ。
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