恋姫†国盗り物語   作:オーギヤ

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第二十三話

 

 漢王朝では代々幼帝が続き、宮中は皇太后の外戚と宦官の勢力争いに明け暮れていた。

 外戚派閥の長である何進が出陣する南陽討伐軍第四陣の勝敗は、以降の宮中での勢力争いに影響を与える可能性が極めて高く、対抗する宦官派閥は何進の勝利を願ってはいなかった。

 

 月影率いる南陽軍が帰順の姿勢を示しているのなら、むしろ負けてくれた方が都合がいい。

 そう考える勢力が宮中には一定数存在していた。討伐軍が敗れ、自分達の口利きで帝を動かし南陽軍に服従を促す。漢王朝の威に屈するという形で南陽軍が降るのであれば、帝の顔も立つ。

 

 そして、それを進言した自分達の権威が高まるのであれば、それが最上の形と考える。

 宦官派閥は何進や袁家が諸侯らを集う行為を秘密裏に妨害していた。例を挙げるなら罷免されていた盧植の復職を申し出た皇甫嵩の話を、帝の耳に入れることなく弾いた一件がある。

 

 盧植を首都洛陽の防衛の任に就かせ、皇甫嵩を何進の副将として編成させる狙いは良い。

 だが名将、皇甫嵩を討伐軍に編成させる理由が宦官派閥にはなかった。そしてもう一人、盧植の後釜として冀州討伐軍を率いていた董卓もこの時期には、涼州の地へと左遷されている。

 

 冀州討伐軍敗戦の責を取らされ左遷された董卓であったが、都へ残すという選択肢もあった。

 都へ残していれば何進の幕僚として討伐軍に編成されていただろうが、董卓麾下の呂布、張遼といった猛将が勝利を近づけることになると考え、涼州の異民族、黄巾賊の対応を命じさせた。

 

 戦争と政治が密接に関わっているのは世の常だが、内乱期でもそれは同様であった。

 万全を期した布陣なら朝廷内には南陽軍を打ち破るだけの戦力が十二分にあったが、様々な思惑と、それぞれの都合が交錯する宮中において一枚岩で戦うことなど、もはや困難を極めていた。

 

 

 

 

 

「────逆賊なぞ、このわたくし袁本初が華麗に雄々しく討伐して差し上げますわ!」

 

 十月末。司隸、河南尹は首都洛陽。

 南陽討伐軍に参戦するために集まった諸侯の中で、一際声を張り上げて宣言するは袁紹。

 

 現在、名族として最大の名声を博するは汝南郡汝陽の袁氏。その次期当主の呼び声高い袁紹。

 金髪縦ロールに魅惑的な身体。声色は自信に溢れ、集まった諸侯らの中でも群を抜いて目立つ言動をしている。軍勢も断トツで率いて来ており、既に軍の一翼を担うことが決定している。

 

「姫とあたいらで戦えばどんな相手だってイチコロだっての。そうだよな、斗詩!」

「南陽赤巾軍……。不落の城……。どうして私達が南陽に攻め込むことになったんだろう……」

 

 お気楽に返事を返すは文醜。不安気に目を伏せるは顔良。二人は袁紹軍の二枚看板。

 

「失地回復は名族の務めですわ。わたくしの一族である美羽さんが失ったのなら尚更のこと」

 

 当然でしょう、と言い胸を張る袁紹。

 南陽郡は元々袁術が治めていた地。即ち袁家が支配していた領地であるといっていい。

 

 その領地を奪還するのは一族の務めと袁紹。自信家でお嬢様気質な面が強い袁紹であったが、名門一族としての役割は勿論、従妹である袁術のことも意外と気にかけていたりする。

 

「それもこれも名門袁家の次期当主である、わたくしの手にかかれば造作のないことですわ!」

「そーそー。楽勝楽勝!」

「本当にそうだといいんですけど……」

 

 楽観的な袁紹と文醜。

 どこか不安感を拭えない顔良。そんな三人を少し離れた場所から見ていたのは袁術であった。

 

「────まったく、麗羽は相変わらずアホじゃな。袁一族の次期当主は妾じゃというのに」

「ダメですよー。お嬢様。せっかく援軍に駆けつけてくれた方々にそんなこと言っちゃ」

 

 袁紹をそのまま一回り小さくした容姿の袁術は、賑やかに騒ぐ袁紹を見てはそう零す。

 そんな袁術を咎めるのは張勲。袁術を幼い頃より支えてきた腹心の張勲。二人は月影に奪われた南陽の奪還にさぞ燃えているのかと思いきや、実際のところはそれほど燃えてもいなかった。

 

 それには袁家の内部事情も絡んでいる。

 そもそもまだ幼き袁術が南陽郡の太守に就いていた背景には、袁紹を次期当主に推す派閥と袁術を次期当主に推す派閥との関係がある。本来であれば袁術は、まだその年齢には達していない。

 

 名族であるが故に袁紹に負けじとキャリアを積まされていた袁術。月影に攻め落とされた時は、噴火するほど激怒していたものの、それから都で悠々自適な生活を送るにつれて薄れていた。

 やれと命じられたので統治し、攻め落とされたので都へ引っ込み、袁家主導で攻め込むことになったので軍を率いることになった袁術。張勲はそのあたりの事情を面倒くさく思っていた。

 

 袁術を溺愛し続けている張勲。

 袁術が望むことならなんでも喜んでするが、袁術を戦場へ出すことは反対であった。

 そして張勲は南陽での統治が上手くいっていなかった自覚があった。戻ったところで劇的に改善する見込みがあるわけでもない。また同じことを繰り返す結果になるのは明らかである。

 

「まあ、妾が戻れば南陽の民はすぐに味方をするであろう。そうすれば月影なんぞ一捻りじゃ」

「そうだといいですねー」

「それより孫策はどうした! 妾の窮地に傍におらず、ここへも顔を出さんとは何をしておる!」

 

 張勲は袁術さえ傍にいれば、拠点となる場所は別にどこであっても構わなかった。

 むしろ太守なんてしないで、都でのんびり悠々自適に遊んでいる方が性に合っていた。

 

 袁術は領主時代に面倒を見ていた孫策が南陽討伐軍へ来ていないことに憤慨する。

 これまでの事情は百歩譲って理解出来ても、自分が参戦を果たした今回の討伐軍に孫策が不在であることには納得がいかなかった。それは袁術だけでなく張勲も同じ気持ちを持っていた。

 

「孫策さんのことは私も気に入らないです」

「まったく、妾があれだけ目にかけてやっておったのに。孫策め、次に会ったら覚えておれよ!」

 

 張勲は孫策が南陽軍の蜂起に気づいていたが、意図的に見逃していたことを察していた。

 そして孫策軍の躍進も気に入らない。自分達を裏切っておきながら名を高めていく孫策軍の姿がどうにも気に障った張勲。元々、孫策との仲が良好でなかったことも、これに尾を引いている。

 

「────私は南陽軍のことなんて正直あまり興味ないですが、袁家を、美羽様を裏切った孫策さんには報いを受けてもらわないと気が済まないですねえ。ええ、本当に気に入らないです」

 

 張勲は表情こそ普段通りの笑みを浮かべていたが、その声色は冷たく濁っていた。

 月影よりも孫策に怒りの矛先が向いているあたり、人の感情とは実に難しいものである。

 

 

 

 

 

 討伐軍に集まった諸侯の中で、最後にやって来たのは曹操。率いる兵も四千に満たない。

 曹操は月影の監視の目を欺きながら巧妙に兵を都へ送っていた。数こそ多くはないが自軍内でも精鋭を選抜して揃える。夏侯惇、夏侯淵、楽進、于禁、李典と将もきっちり揃えていた。

 

「あーらあら、これはこれは華琳さんではありませんの。相変わらずちんちくりんですわね」

「久しいわね、麗羽」

「ええ、そうですわね? 率いる軍勢も少ないですし、それじゃあ前線なんて務まりませんわ」

 

 曹操の姿を見つけた袁紹が旧交を温めるかのように皮肉を口にするも、曹操はこれに応じない。

 頭に残る曹操の反応とは少々異なっていたが、決戦の地へ向かう前ということもある。袁紹もあまり深く触れることはなく、討伐軍の副将として曹操軍の役割について希望を訊ねてみた。

 

「それで華琳さん。希望はありますこと?」

「そうね、私の軍は後詰めでいいわよ。袁家が主攻部隊であることに異論は無いわ」

「しばらく会わないうちに随分と殊勝な態度を取るようになりましたわね。わたくしの活躍を見に来たというのであれば、邪険にはしません。名族の戦いというものを見せて差し上げますわ!」

 

 素直に曹操が後詰めを申し出たことに袁紹は気を良くし、高笑いを浮かべる。

 袁紹は曹操と学友の関係にあり、その高い才を認識していた。曹操軍が前線に出張ると主張すれば、自分の活躍が脅かされるかもしれないと。その懸念が消え失せたことに袁紹は満足する。

 

 曹操としてみても、ここで袁紹と揉めて話が拗れることは望んでいなかった。

 曹操の狙いは月影一本。月影と最も遭遇する可能性の高い地点は味方の本陣付近だと推測する。雌雄を決するのであれば、月影が討伐軍の本陣を抜き切った直後を狙うのがいいと。

 

 袁紹軍や袁術軍が南陽軍を押し切るのであれば、それはそれで構わないと曹操は考える。

 討伐軍の敗北を望んでいるわけではない。南陽軍が袁家に敗れるようであれば、それまでの相手であっただけのこと。わざわざ自分が対峙するほどの相手でもなかったものとして考える。

 

「────まあ、そうはならないだろうけど。そうよね、月影。ふふっ……ふふふふっ」

「あらあら、上機嫌ですわね。華琳さん!」

 

 こうして役者が揃った討伐軍は大将軍何進の号令の下、都を出発し南陽の地を目指した。

 

 

 

 

 

 討伐軍の進軍経路は第一陣から変わらず、河南の伏牛山脈を越え、新城、陽人を通る。

 

 荊州は南陽郡へ入ってからは、雉県、西鄂県を通り抜け南陽軍の待つ宛県を目指す。

 第一陣から変わらぬ往路と復路で同じ進路を歩んだということは、過去に敗戦した痕跡が目に入るということでもあった。特に大敗を喫した第三陣後の今回は道中、酷いものであった。

 

 深い傷を負い、都へ戻ることが果たせず途中で息絶えた兵の遺体が各地で散見される。

 夏を越え、腐敗した遺体が目に入る度に兵達の気は滅入った。負けたという事実は頭にあっても現実として目に入る光景は士気を落とす。自分達の未来の姿のように思えてならなかった。

 

 総大将である何進には、この光景を受けて味方を鼓舞するような振る舞いは出来なかった。

 何進自身も平然を保つことで精一杯であり、味方を思いやるような余裕はなかった。張勲は袁術の目に入らないように気を逸らし、袁紹は虚勢を張って気にならないかのように振る舞った。

 

「────当然、こうなるわよね」

 

 一方で予想していた曹操は、この惨事を目の当たりにしても至って冷静に振る舞えていた。

 曹操に言わせれば狼狽える自軍の将兵はどういう心積もりでやって来たのかと問いたくなる。

 

 その光景を見て吐き出す兵を咎める気はなかったが、練度の不足感がどうにも否めない。

 さらに進み、西鄂と宛の県境に差し掛かる。そこには月影が討伐軍の士気を挫くためにばら撒いていた討伐軍の兵士と思わしき遺骨が、県境の平地一角を白く染め上げていた。

 

「………………………………………」

「………………………………………」

 

 その異様な光景は、これまで平然を保っていた曹操軍の精強な将兵の表情すらをも曇らせた。

 夏侯惇と夏侯淵の二人は無言でその光景を見つめては、これから対峙する南陽軍が普通の相手でないことを再認識する。『賊相手と舐めてかかっては不味い』と気を引き締め直す。

 

「威力行為にしては手間がかかり過ぎてるわね。他にも意図があるとするのなら────」

 

 一方で曹操はなんら動じていなかった。

 この時代にも火葬自体は伝わっていたが、死者を埋葬する方法としては土葬が主流である。

 わざわざ討伐軍の士気を挫くためだけに火葬したとは曹操には考え辛かった。士気を挫くのが目的ならば、居城の周囲に死体を積み重ねて置いた方がよほど楽で効果的なように思えた。

 

「────月影は漢民族ではないのかしら。夷狄の民は火を信仰するという話も過去に……」

 

 曹操は月影の行動一つ一つから、月影に繋がる何らかの手掛かりを得ようとしていた。

 進軍の道中にも朱儁を始め、かつての討伐軍に参戦していた兵士から南陽軍の情報収集に励んでいた曹操。自身が想像する認識との差異を埋めるべく、慢心せずに努めていた曹操。

 

 月影の仕掛けは狙い通り、討伐軍将兵の士気を挫くことには成功したが、その一方で最も厄介であろう曹操の関心や曹操軍の主だった将校の警戒心を強く高める結果となってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして決戦当日の朝。

 目下に迫った討伐軍。出陣前、見送りに来た家族・知人と言葉を交わし合う南陽軍の兵士達。

 

 城門の前で馬に乗り会話を耳にする月影。

 無事を願う声が多く聞こえてくるが、その全てが叶うことは無いだろうなと思う。

 戦場で人が死ぬのは至極当然のこと。どんな勝ち戦であっても一定数の死者は必ず生じる。

 

 決戦の時が近づくにつれ、月影は心身が軽くなっていくことに気づく。

 不安や迷いは既に無く、純粋にこの戦いを楽しもうとしている自分自身に気づかされる。

 

「オレは生きる手応えを欲しているんだろうな。戦いの中でしか、それを見い出せていない」

 

 本当に度し難いものだと月影は思う。

 本来、自分は討ち取られるべき悪しき存在なのだろう。そんなことはとっくに承知であった。

 だが、自責の念を感じるようなヤワな精神を月影は持ち合わせてはいなかった。『欲しければ斬り落として持ってってくれ』とばかりに自身の太い首筋を撫でると満足気に微笑む。

 

 開門の瞬間が訪れようとしていた。月影は先頭へと馬を歩ませると振り返り、声を発する。

 

「両翼は速やかに展開し、以降は両軍師の指示に従い戦え。それじゃあ、お前ら────」

 

 文鴦以下、各軍団長と目が合う。

 国盗りを決意してから最初の決戦。ここから全てが始まるとばかりに、月影は続けた。

 

「────漢を倒しにいくぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い地色に【乱】の一文字が書かれた旗。

 砂塵を立てて堂々と展開する南陽軍の軍勢。籠城ではなく、当然の如く野戦を選択した。

 

 対峙するは大将軍何進率いる討伐軍。

 右翼に袁紹軍二万。左翼に袁術軍二万を従え、中央には何進軍二万が構える。

 

 袁紹軍と対峙する南陽軍の左翼。魏延、高順、張燕の軍団を合わせて二万。軍師、諸葛亮。

 袁術軍と対峙する南陽軍の右翼。周倉、廖化、鄧艾の軍団を合わせて二万。軍師、鳳統。

 

 何進軍と対峙するは月影、文鴦。

 精鋭騎馬隊を中心とした二万の兵を率いては、両翼の崩しを待ち突撃の構えをみせる。

 

 月影は城に甘寧率いる第四軍団を守備部隊として残したが、その数は少数であった。

 城に取り付かれたら甘寧は、孫権と共に逃げるだろうと月影は考えていた。元々そういう話であったし、役割を与えていない周泰もそれに従うだろうと。それでいいと月影は思っていた。

 

「────袁紹軍の陣容が想像以上に良い。逆に袁術軍の動きは鈍く精強には映らなかった」

 

 展開する討伐軍の動きを見た月影が総括した。開戦前の印象では袁紹軍が手強いとみる。

 互いに広く展開した大規模な戦場では、対峙する軍勢以外の動きは把握しきれない。両翼の戦況が目視で確認出来ない以上、信じて託した仲間を信じるほかに無いと月影は思う。

 

 月影は眼前に対峙する何進軍を見る。

 圧倒される凄みは感じない。最前線に立つ兵達は、こちらに気圧されているようにすら映る。

 

 十一月の冷たい風が頬を掠めると、月影は指先に僅かな震えを感じた。

 その知らせに月影は強敵との遭遇を予感する。何進や朱儁ではない、別の誰かだと察する。

 

 それを面倒くさく思う気持ちも無くはないが、それよりも好奇心が遥かに勝った。誰が出て来るのか。どんな仕掛けがあるのかと想像するだけで胸が高まる。負ける気なんて毛頭なかった。

 

 

 

「────勝つのはオレだ。相手をしてやる」

「さあ、月影。女を待たせるものじゃないわよ。この曹孟徳が貴方の首級をもらい受けるわ」

 

 

 

 中平一年(184年)十一月。

 南陽軍と討伐軍の最終戦の火蓋が切られた。

 

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