恋姫†国盗り物語   作:オーギヤ

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第二十四話

 

 中平一年(184年)十一月。

 三度の戦を隔て荒れ果てた大地。南陽荒原にて南陽軍と討伐軍の最終戦の火蓋が切られた。

 

 序盤。南陽軍の総大将である月影と討伐軍の総大将である何進の思惑は奇しくも一致する。

 双方共に中央本隊を動かさず両翼の軍に大局を委ねるも、その内情は異なる。諸葛亮、鳳統の加入により両翼に高い勝算を見い出す月影。ただ他力本願に戦況が優位に進むことを願う何進。

 

 開戦から数日は互いに探り合う静かな展開が進むも、四日目に差し掛かると動き始める。

 

 討伐軍の左翼、袁術軍が徐々に乱れ始める。

 寄せ集めの袁術軍は連携の拙さや自力の低さもあり、ジリジリと押し込まれる展開に入る。

 

 戦況を好転させるべく袁術軍の軍師張勲は手を打つも、対峙する南陽軍の右翼には鳳統。

 鳳統は慌てることなく張勲の仕掛けを読み切ると、逆に綻びを冷静に突いては戦況をさらに優位に進めていった。二度三度と同様の展開が続けば張勲も相手が上回っていることを理解する。

 

 ならばと武力行使に踏み切るものなら、そこには鄧艾、周倉、廖化が悠然と構える。

 袁術軍にも武将はいたが、筆頭格の紀霊が鄧艾の手によって負傷すると大方の態勢は決した。

 

「────これはもう、ダメそうですねえ」

 

 討伐軍左翼本陣で張勲は敗勢を確信し呟く。

 そして中央本陣へと救援を求む伝令を送ると、張勲は横に座る袁術へと視線を向ける。

 

「南陽の民は妾ではなく月影に味方したか」

「………………………………」

「領民に刃を向けられるのは悲しいのう。妾が戻れば、みな喜ぶものだと思うておったが」

 

 袁術に細かい戦況はわからなかったが、自身が治めていた地の反乱に胸を痛めていた。

 戦場でも一際小柄な袁術。その袁術がさらにその身を縮め俯く姿に、張勲はかける言葉が見つからなかった。『せめて無事に脱出を』と本陣の守りを固めるも、戦況が好転することはない。

 

 討伐軍中央本陣に構える何進は救援要請を受け、後詰め部隊を左翼の補充へと向ける。

 

 曹操が于禁、李典を含む自身の兵の半数近くを割いたことで左翼は一時勢いを取り戻すも、これは曹操にとって好ましいものではなく、鳳統にとっては大きな問題ではなかった。鳳統は言う。

 

「中央本軍の攻勢に合わせ突破を図ります」

 

 開戦から数えて七日目の晩。鳳統は鄧艾、周倉、廖化と右翼の主だった将兵を集め宣言する。

 

「月影さんが攻め時を見誤るとは思いません。中央本軍が動いた時が勝負をかける絶好機です」

「新手は腕利き揃いやが、簡単にいくか?」

 

 鄧艾がそう訊ねるも、既に右翼を勝勢と捉えていた鳳統は落ち着きを払っている。

 

 開戦から一週間。鳳統の手腕を目の当たりにしていた鄧艾は既に信頼を寄せていた。

 そして鳳統も、軍を動かすことが初めてである自分に文句を言わず従い、何かと細かなフォローをしてくれていた鄧艾を信頼していた。鄧艾は顔に似合わず柔軟な動きを得意としている。

 

「簡単ではないですが難しくもありません。それは勿論、みなさんの奮闘あってのことですが」

「ほう、それなら気張らんといかんな」

 

 返事をする鄧艾と同様に周倉、廖化も賛同すると、鳳統は柔らかな微笑みを浮かべた。

 だが、その言葉や瞳は強く確かな自信が漲っていることを感じ取り、みな気を引き締め直す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優位に進める南陽軍左翼と異なり、右翼を率いる魏延、諸葛亮は討伐軍左翼と拮抗していた。

 

 袁紹軍は袁術軍に比べ精強を誇り、そして袁紹の奇抜な采配は時に諸葛亮の理解を越える。

 また柔軟な鄧艾とは違い、猪武者な魏延は諸葛亮の指示を重視しなかった。月影の手前、諸葛亮の指示に従う姿勢こそ見せたが、重要な局面では自身の判断を優先する悪い一面を見せる。

 

「────後退しろ? こんなに押しまくってるのに下がってどうするんだよ! いけいけ!」

 

 そして古参であり、第二軍団長と南陽軍右翼で最も地位の高い魏延の発言を兵達も優先した。

 

「ああ! また魏延さんが勝手に突っ込んだ」

 

 新米軍師の諸葛亮は思わぬ苦難に直面する。

 それこそ魏延がボロボロに負けて引き返すようなら言いようもあったが、そこは猛将魏延。

 自身が招いた劣勢下でもなんのその。持ち前の武勇で一定の成果をきっちり残す。そうなると新米軍師は辛い。実績の無い人間の指示を実績のある者へ通すのは困難を極める。だが────。

 

「────ちょっと魏延さん! 指示無視とは一体どういうつもりですか! ええ!?」

 

 諸葛亮は一歩も引かなかった。

 日が沈めば戦況は落ち着く。諸葛亮は毎晩、魏延を呼びつけその日の行動について詰問した。

 

「現場判断を優先することもあるだろう!」

「時にはそういう場面もあるでしょうが、毎回毎回優先されては困るんですよ。今日だって!」

「あそこは、あのまま押し切るべきだった!」

「押し切れてないでしょうが! へなちょこ猪武者! 少しは私の言う事を聞いてください!」

 

 顔を突き合わせては盛大に言い争う両名。

 両名の衝突は、同じく右翼を率いる高順と張燕も把握していたが、二人は口を挟まなかった。

 高順と張燕は、若く血気盛んな魏延と諸葛亮が衝突することも必要であると考える。間違いなく今後、南陽軍の中枢を担う期待の若手。どうせ衝突するなら早いに越したことはないと。

 

 

 

 

 

 その一方で袁紹軍も攻めあぐねていた。

 袁紹軍の二枚看板は顔良と文醜。袁紹軍の勝利にはこの二人の活躍が必須といえた。

 

 文醜は初日から堂々と戦場を駆けたが、その文醜の動きには高順と張燕が目を光らせる。

 月影から『二人がかりでいい。顔良か文醜を必ず抑えろ』と命じられていた両名。文醜を捕捉しては命令を忠実に守り自由にさせない。常に二対一の状況を作っては執拗に攻め立てた。

 

「────ああ、もう! ハゲとヒゲがウザったい! お前らいい加減しつこいぞっ!!」

 

 文醜はそう言って吐き捨てるも、打ち倒すことも振り切ることも容易ではなかった。

 文醜が足止めを受ける中、活躍が求められる顔良。だが顔良は本陣深くに留まり、袁紹の護衛から離れずにいた。袁紹も顔良を自身の傍から離し、前線へ送ることに難色を示していた。

 

「わたくし達が拮抗していれば、そのうち大将軍や美羽さんが逆賊を打ち倒すでしょう」

「そ、そーですよね。私達が無理しなくても!」

「かなり野蛮な連中のようですし……わ、わたくしが直々に手を下すには値しませんわ!」

 

 都では主役を張る気満々であった袁紹。

 その考えを変えたのは、南陽進軍道中での惨事を直に目撃したからだろうか。

 口では虚勢を張っていても内心では不安が渦を巻く。それは顔良も同様であった。現状、戦況は拮抗状態が続いている。拮抗といえば聞こえも良いが、何か打開する糸口があるわけではない。

 

「姫ー! 斗詩ー! なんか思ってたより楽勝って感じでもねーけど、どうする?」

「私はそんな気がしてたよ文ちゃん……」

「う、うーん。そうですわねえ……」

 

 その日も高順と張燕を相手取り、攻めあぐねていた文醜は本陣に引き返すなりそう言った。

 文醜の言葉に顔良は力なく返事を返す。袁紹は腕を組み考え込む仕草をみせる。普段の袁紹であれば全軍突撃だなんて無茶だって言いかねない状況。ただ今回は少し様子が違っていた。

 

「失地奪還は当事者の美羽さんに任せましょうか。大将軍より目立つのも品がありませんし」

 

 袁紹は現状維持で善しとした。

 魏延と諸葛亮が嚙み合っていない序盤。自力も高く優位が見込めた袁紹軍であったが、袁紹が珍しくも及び腰であったため機を逸する。そして拮抗というのは、いつまでも続くことでもない。

 

「────お頭とアニキがいなくて気負ってるのかな。右翼の将として考えて動かないと」

「────現場判断かあ。受け売りな感じもするけど、言ってることは間違ってもないかも」

 

 衝突していた魏延と諸葛亮。

 だが二人はいがみ合うことはなく、次第に互いの言葉に耳を傾けるようになっていく。

 

「意地張って負けたら二人に合わせる顔もない。ワタシにはまだまだ足りないことが多い」

「意思のある人間は必ずしも駒のようには動かない。もっと自由度の高い策を練らないと!」

 

 中盤、チグハグであった魏延と諸葛亮が噛み合いをみせると、戦況は徐々に南陽軍へ傾いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南陽軍中央本陣。

 激しい戦闘が行われている両翼とは打って変わり、不動を貫く中央の軍は平静を保つ。

 南陽軍、討伐軍共に陣形を組み対峙するも、互いに一定の距離を置き睨み合っている。静かながらも緊張感が漂う。特に最前線で構える兵達はいつ火蓋が切られるのか気が気ではなかった。

 

「やはり仕掛けて来る様子はない、か」

 

 開戦から一週間。

 月影は自らが抱く違和感の正体を探るため間者を放つも、望む成果を得ることはなかった。

 耳に入る情報は既知のものばかり。ならばと月影は戦況が動くのをジッと待つ。見立て通り袁術軍は弱く、袁紹軍は精強であったが魏延や諸葛亮の活躍もあり次第に優勢に進んでいると知る。

 

 討伐軍側に仕掛けがあるなら、そろそろ何か動きがある頃だろう。そう考えてから既に三日は経っていたが、未だ動きはない。形勢が悪くなっているにも関わらず特別な対応を示さない。

 

 月影はこのまま座して待っていても、この大戦に勝ち切れるだろうと踏んでいた。

 だが一方で、半端に勝ち切ると次戦が発生する可能性も憂慮していた。討伐軍第五陣。当然そうなれば大規模だと読む。劉備、曹操、董卓などが名を連ねるような激戦になるかもしれないと。

 

「それを楽しむのも乱世の醍醐味かもしれんが、いい加減身体も鈍ってきたところだ────」

 

 両翼の形勢は良く、それを感じ取ってか中央の軍勢の士気にも大きな差がある。今の良い流れを活かさない手はない。この大戦の勝敗を決するべく月影は攻勢に打って出ることを決意した。

 

「────さて、頃合いだな。文鴦!」

「ああ! とっくに準備は出来ているぜ!」

 

 開戦から数えて八日目の朝。月影が動く。

 月影は副将文鴦を始め、精鋭騎馬隊を引き連れると本陣を離れ愛馬を促し歩を進める。

 

 南陽軍の兵は自軍の大将の出陣に道を開けると歓声を上げ、決戦の始まりを理解した。月影は最前線まで進むと自軍へと振り返り、大きく息を吸い込み、両手を目一杯に広げ檄を飛ばした。

 

 

「南陽の強者共よ! オレの声が聞こえるか!」

 

 

 月影の声はよく通り、南陽軍中央本隊二万の兵は、みな挙って大声を張り上げて応える。

 月影が直々に檄を飛ばすという特別な行為に士気が高まる。みなが内に抱く不安や迷いを吹き飛ばすかのように大声を張り上げては、自身を奮い立たせ闘志を一層高めていく。

 

「今日という日は始まりに過ぎない! オレ達の未来はオレ達の手によって切り拓く!」

 

 月影は腰に据えていた剣を鞘から抜く。

 柄を強く握り、剣尖を堂々と天に掲げる。みながそれぞれの得物を掲げそれに倣った。

 

「派手に行こうじゃねえか! 誰に喧嘩を売ったのかを思い知らせてやれ! 全軍────」

 

 出撃、と月影は号令を発する。

 月影を先頭にした騎馬隊が駆ける。士気高揚した南陽軍中央本隊はそのまま、目の前の討伐軍へと襲い掛かる。戦場はたちまち激戦の様相を呈し、瞬く間に広大な大地が赤く染まった。

 

 

 

 

 

 その地鳴りのような鬨の声は対峙する討伐軍中央は勿論、戦場を離した両翼の軍にまで届いた。瞬間的に兵達は手を止め、中央方面へと視線を送る。当然、勢いづくのは南陽軍の方であった。

 

「────遂にカシラが動いたか。これで官兵共も仕舞いやな。一人残らず血祭りじゃ」

 

 南陽軍右翼。

 于禁、李典と対峙していた鄧艾は不敵な笑みを浮かべ、額の血を乱暴に手の甲で拭う。

 

「そんなのわからないの!」

「せや! お前は絶対通さへんで!」

「さあて、オレも遅れるわけにはいかんな。さっさとオドレらを始末させてもらうで」

 

 于禁、李典はそう言って自身を鼓舞するも、武将である二人は正しく圧を感じ取っていた。

 それ故に判断に迷う。このまま持ち場を固守するべきか。それとも曹操軍本隊へ戻り、主である曹操と行動を共にするべきか。二人の小さくない迷いを鄧艾は、鳳統は見逃さなかった。

 

 

 

 南陽軍左翼。

 月影の出陣を察した魏延は左翼本陣まで一時戻ると、憚ることなく諸葛亮に指示を仰いだ。

 

「諸葛亮! ワタシはどう動けばいい!?」

「────────えっ?」

「軍師のお前が策を出さずしてどうする! お頭達は待っちゃくれないぞ。急いでくれ!」

 

 指示を仰ぐ魏延に呆気を取られた諸葛亮。

 ただ、そんな時でも偉そうな態度を崩さない魏延に諸葛亮は少し頬を緩ませるも、ここは戦場。諸葛亮はすぐに引き締め直すと、その類稀なる頭脳をフル回転させては羽毛扇を掲げた。

 

「難しい話は無し! 魏延さんはただ真っ直ぐに突っ込んでください! 微調整は私がします!」

「よし、わかった! それなら任せてくれ!」

 

 チグハグであった魏延と諸葛亮は今、自分の出来る最大限を発揮しようと励んでいた。

 それは必ずしも最良ではなかったが、決して勢いを切らすことなく突き進む姿には力があった。保守的で後手後手に回る袁紹軍がその勢いに飲み込まれるのも、必然であったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二守備隊突破されました!」

「──────様、討ち死にッ!」

「賊軍の勢い止まりません。ご指示を!」

 

 討伐軍中央本陣。総大将何進の耳に届く報告はどれも悪い知らせばかりであった。

 猛烈な勢いで突き進む月影率いる南陽軍本隊は、瞬く間に前線を貫き、早くも何進の首まで五合目の地点まで兵を押し進めている。

 

 抵抗らしい抵抗も敵わず突破された前線であったが、討伐軍側が無策であったわけではない。

 中でも月影に三度敗れていた朱儁は雪辱に燃え、早くから対抗策を練り、現時点で最善と言って差し支えない策や備えの用意が出来ていた。

 

 それでも何進やその幕僚達は、三連敗を喫していた朱儁の発言を用いることに消極的であった。朱儁が提案する最善、次善の策は突っぱねられ、無難で平凡な備えをとってしまう。

 

 それで足りぬことを朱儁は重々思い知っていたが、強く推し通せる信用が無かった。何進の幕僚に朱儁ほどに知恵者はおらず『貴殿はそれで敗れたのだろう』と言われてしまうと苦しい。

 

 指示を仰ぐ兵や救援要請を求む兵が途切れなくやって来る中、本陣は酷く混乱していた。

 誰も有効的な手立てを打てず、仕舞いには本陣を下げるべきという者まで現れ始める。みな死ぬことを強く恐れていた。総大将である何進さえもが同調の意思を示した中、朱儁が叫ぶ。

 

「────なりませぬ! ここで本陣が下がれば敗勢は必至。まだ打てる手はあります!」

 

 朱儁は独り、弱腰の何進や幕僚達を咎めた。

 そして押し込まれている中であっても、敵総大将が最前線に居る今が絶好機と強く主張した。

 

 士気や体力が無限に続くことはない。

 猛烈な勢いで進んでいる南陽軍にも、必ず翳りが来ることを経験豊富な朱儁は見抜いていた。

 少なくともこのまま一直線に本陣が貫かれるなんてことはない。本陣へと近づくにつれ屈強な兵を配置している。南陽軍の勢いが止まったところを囲んで叩く。見方を変えれば絶好機である。

 

「本陣の兵の半数を私に預けてください。必ずや、必ずや月影を討ち取ってみせまする!」

 

 大将軍何進率いる本陣の兵は精強を誇る。

 現時点においてはこの国で最強格だろう。十二分に月影を討ち取る公算が朱儁にはあった。

 朱儁の必死の主張に何進も考え込む仕草をみせる。このまま引き下がるのは何進も本意ではなかった。『十分な勝算があるのならば』と認めようとした矢先、最悪の凶報が届く。

 

「────袁術軍、突破されました!」

「────袁紹軍、退却を始めました!」

 

 両翼が崩されたことを知った何進は言葉を飲み込むと、すぐさま陣払いを厳命した。

 朱儁は忸怩たる思いで受け入れると『ならば、大将軍が撤退されるまでのお時間を』と前線で指揮を執ることを希望する。何進がそれを認めると朱儁は僅かな手勢を引き連れ本陣を離れる。

 

 

 

 朱儁の見立ては正しく、本陣まで七合目の地点では南陽軍の勢いも衰え始めていた。

 

 そこに再び活力を与えたのは、両翼の軍が突破したという一報が戦場を駆け巡ったのが一つ。

 そしてもう一つは朱儁の旗を目撃したこと。朱儁は三度敗れてこそいたが、それでも南陽軍にとっては仲間の仇。その筆頭。朱儁の首に手が届くところまで迫っていれば俄然燃えてくる。

 

「おい、大将! 見慣れた旗だぜ!」

「朱儁か。もう最優先に狙う相手でもないが」

 

 四度も逃すつもりもない、と月影。

 それから一刻後。朱儁討ち死にの一報は、中央軍の勝敗を決定づけるものとなった。

 

 過去、三度に渡り取り逃がし続けてきた大将格の首級に南陽軍の兵達は湧き上がる。

 僅かな体力を気に留めることなく気力を振り絞り、そして遂には何進本陣に火の手が上がる。嵐のような歓声が上がり、誰もが南陽軍の勝利を確信する中、それに異を唱える人物が一人いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────さて、ようやく私達の出番ね」

 

 撤退する討伐軍本隊に一瞥もくれず、ジッと機を待ち続けていた無傷の精鋭部隊がいた。

 その数は二千。精鋭部隊を率いるは曹操。夏侯惇、夏侯淵、楽進と三名の猛将が脇を固める。

 

 曹操は開戦当時から、いや開戦以前からこの時を待っていた。この時を待ち侘びていた。

 逸る気持ちを抑えるように曹操は口を開く。今、月影が考えていることは何か。どのような心情で、これからどのように兵を動かすか。曹操はかねてより分析していた内容を雄弁に語った。

 

「討伐軍の本陣を突破した月影はどう動くかしら。両翼の軍や後に続く歩兵部隊との合流を待つ? 自身や周囲の兵は既に満身創痍。合流を待ち勝利を決定づける。ええ、それが賢いでしょう」 

 

 でもそうはならない、と曹操は続ける。

 

「そうすると何進を取り逃がしてしまうから。月影は逃げる何進の軍勢を両目で捉えている。ならば追いかけるわ。脇目も振らずに何も恐れずに。月影とは、南陽軍とはそういう集団」

 

 曹操の口振りからは確信を得ていた。

 そして何進を追いかけている瞬間こそが、月影を討つ最大の好機であると曹操は言った。

 

「脚の速い騎兵を動かす。数は数百から千。月影は勿論、その先頭を駆けてくるでしょう。北東へ逃げた何進に追いつくためには、途中の湿原地帯はまず避ける。そうなると進軍経路は……」

 

 向かってくる兵数。その進軍経路。

 曹操は既に展開を読んでいた。そして消耗している南陽軍と違い、曹操軍は余力が十分。

 左翼に兵を割いていなければれば、さらに盤石に戦えていただろうと曹操は考える。半数に減らしてしまったのは紛れを生む予兆か。いずれにせよ曹操はジッと機を待った。そして────。

 

 

 

 

 

「弓隊構え! まず脚を止める! 一斉掃射!」

 

 夏侯淵の号令の下、雨のように矢が降り注ぐ。

 

 錐行の陣を敷き進軍していた南陽軍の騎馬千騎は、精度の高い射撃を受け脚が止まる。

 さらに砂塵に紛れ潜んでいた曹操軍の軽騎兵が横っ腹を食い破ると、抵抗する間もなく分断され、そこに曹操軍の盾兵、歩兵部隊が加わり、南陽軍先頭三百騎を包囲する動きにかかる。

 

 討伐軍本陣が陥落し総大将何進が撤退。

 大多数の兵が逃げ惑う中での組織的な攻勢に、南陽軍は完全に不意を突かれてしまう。

 

 そして夏侯惇、楽進が重騎兵を率い、孤立した先頭部隊へ向けて突撃の構えを取る。

 このまま一気呵成に攻め立てる態勢は整っていたが、号令を発するはずの夏侯惇は口を噤み騎馬隊の先頭の男を見る。想像していたより若く、その精悍な顔つきは悪行に似つかわしくはない。

 

「…………………………」

 

 その男は、月影は静かに天を見ていた。

 月影は雲一つない蒼天に靡く曹旗をジッと見ていた。戦場で手を止めて隙を見せる行為。

 この機を逃す夏侯惇ではなかったが、自身の直感が警戒を発する。全身に刻まれた切り傷にも、背に刺さる矢にもまるで怯む様子を見せず、ただ静かに佇む月影。そして月影が口を開いた。

 

「────すんなり勝たせちゃくれんか」

 

 空には太陽が燦然と輝く。

 地には兵が犇めきあい、大地を血で赤く染める。耳に入る喧騒は戦場のそれであった。

 

 曹操軍を認識した月影の表情からは自然と笑みが零れ、握りしめる剣の柄に力が籠る。

 剣の切っ先から滴り落ちる赤い雫。声を発さずに笑みを浮かべ、無防備に馬を歩ます月影。

 

 夏侯惇を始めとした曹操軍の面々は、その異様な月影の姿に身構えるも曹操だけは違った。

 曹操は懐かしむような目で満足そうに月影を見つめる。永く夢に見続けていた光景が、今まさに眼前に広がっていた。高まる鼓動が抑えきれず、曹操もまた笑みを浮かべては高らかに叫んだ。

 

「雌雄を決するとしましょうか。月影!」

「お前にオレが討ち取れるかな。曹操!」

 

 南陽軍と討伐軍の最終戦終盤。

 両大将の檄が飛ぶと両軍は激しく激突する。夏侯惇が月影の下へと一直線に斬りかかった。

 




更新再開します。
書き溜めがあるので当面は継続更新出来るかと。
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