恋姫†国盗り物語 作:オーギヤ
第一話
蒼天已死。黄天當立。歳在甲子。天下大吉。
ここ最近よく耳にする言葉だ。遠く離れた地方では県の役人が賊に討ち取られたとも聞く。物騒な世の中である。そしてこれが局地的なものでなく、大陸全土で起こるのだから性質が悪い。
年号なんて細かいことまで覚えてないけど、要するに黄巾の乱が勃発するということだろう。乱の主犯者である張角は易姓革命を目指したのか。はたまた別に崇高な目的があったのか。
事の顛末を知っていれば色々と考える幅も広がるが、顛末を知っていれば黄巾の乱について考えるだけ無駄という気持ちも湧いてくる。敗れる賊側のことなんて考えても仕方ないし、実際のところ大して興味があるわけでもない。だが世が乱れることはオレ達にとって実に好都合が良い。
「これから何か悪さをする時は頭に黄色の布でも巻くか、蒼天已死って文字を現場に残しとけよ」
「なんでそんな面倒なことするんだよ」
「流行るから覚えといて損はないぞ。悪行が許される免罪符ってとこだが、現行犯だと御用かな」
見知った隊商の護衛をしながら南陽郡へと向かう道中。隣の文鴦にポロッと軽口を零す。
まだ世間には黄巾賊の名が広く知れ渡ってはいない。朝廷は地方で起こっている出来事に対して大きな動きを見せてはいないようだ。ボヤ程度で騒ぎが収まると高を括っているのだろうか。
現状、未来の歴史を知るオレだけが黄巾の乱の存在を正しく認識していた。地方を守護する領主の中でも優秀なのは動乱の兆しに勘付いているかもしれないが、国を揺るがす程の大乱が起きるなんてことは想定できないだろう。
「…………苦節数年。本当に色々と苦労したけど、ようやく面白いことになりそうだな」
自分の知る時代へと移り変わることに喜びを覚える。それが乱世だろうがぜんぜん構わない。
黄巾の乱の始まりは三国時代の始まりでもある。後の時代を彩る英傑達が大いに飛躍した舞台。それが黄巾の乱だ。実際この認識が正しいのかは知らないがオレはそう思っている。
つまりは時代が動く時期に差し掛かっている。何か事を起こすなら今が絶好のチャンスだ。勿論このまま動かず動乱を静観するという手もあるが、動く方が遥かに面白味があるだろう。
未来の大勢力へ早い内から仕官を果たし譜代格として居座るのも悪くない。本来なら門前払いを食らいそうな軽い身分ではあるが、ヤクザな仕事もしてきた分そこそこ名は通っているはずだ。魏延が現れた翌日からは方針転換も図り、民衆へ向け地味に地道に善行を積んだりもしている。
それとも劉備玄徳のように義勇軍を立ち上げるのも面白い。張角を討ち取るのは流石に無理でも、適当な賊将の首でも刎ねれば僻地の領主にでも任命される芽もある。この時代に立身出世を目論むなら王道。ウチの連中も相当に強い。そんじょそこらの雑魚に遅れを取ることはない。
パッと思いつくのはこの二択。人に仕えるか国に仕えるか。結局三国に分かれるのが決まっているのなら、早く何れかの勢力に仕えるべきとも思うが、別にそうする義務があるわけでもない。
「今は確かに絶好機だが、すぐ膝を折るのもつまらないな。動くにしても道中を楽しまないと」
今すぐに焦って決めることではない。今後のことは何れみんなで相談して決めてみようと思う。
「お頭! アニキが言ってたけど、黄色の布を頭に巻いたら暴れていいってホントですか?」
そんなことを考えていると魏延に声をかけられた。魏延もすっかりウチに馴染んでいる。
いつからだったか魏延は文鴦のことを兄貴と呼ぶようになっていた。そしてオレのことは一度もブレずに御頭と呼び続けている。本当に困ったヤツだが憎めないのでついつい許してしまう。
「本当だけどお前はダメ。ヘマしそうだし」
「ヘマなんてしませんよ! それと蒼天快晴って文字を書けば悪行が許されるんでしたっけ?」
「どう伝わればそうなるんだよ。まあ、ある意味では快晴って書けば許されるかもしれないな」
相変わらず変なことを言い出す魏延に笑いそうになる。伝言ゲームでもしてたのだろうか。
そしてそのまま和やかに南陽郡は宛県を目指す。南陽郡へは頻繁に立ち寄ることが多い。南陽郡は袁術が治める領地となるが、オレ達が頻繁に立ち寄るということはつまり治安がよくない。
後漢は領土を13の州に分け、その州の中に郡国を置き、さらに郡国の下に県や村がある。
これを元の世界に置き換えるなら州は地方の総称。郡国は県。県は市とイメージするのが正しいだろうか。たった今着いたのは袁術の領土である南陽郡は宛県。正式名所は荊州南陽郡宛県。
つまり荊地方南陽県の宛市となる。地方領主を指す郡太守は県知事。県令や県長は市長の役職といったところだ。それでも郡太守は兵権を所有していたりするので県知事とは権限の格が違う。
地方なら郡太守が一番偉い。その郡太守を怒らせると兵隊を寄越し兼ねないので、悪さをするならその辺は特に気をつける必要がある。郡太守如き知ったことかと兵隊を返り討ちにするもなら、次は朝廷が軍を差し向けてくるかもしれない。何時の時代であっても権力者とは厄介なものだ。
この世界へやって来て早数年。日々生活を送っていれば自然と一般常識は身に付いた。役人を刺激するようなことは控えなければならない。いくらか窮屈ではあったが致し方ないことだろう。
絶妙なバランス感覚をもって今までこの世界を渡り歩いて来たが、これから黄巾の乱が起こるのであれば話は別だ。史に大きく刻まれる大反乱。王朝の屋台骨をも揺るがす黄巾の乱が起こるのであれば、平時のように権力者にビビる必要はない。汚名は黄巾賊に着せればいいだけのこと。
「南陽郡っていつ来ても活気がないですよね。お頭はさ、その原因がなんでだかわかります?」
隊商の護衛を終えたオレ達は、宛でよく訪れる酒場にて仕事終わりに一杯ひっかけていた。
酒場の中にはオレ達の他に客の姿は無く、店主も魏延の言葉を受けては数度頷く。あまり酒に強くないオレはいくらか鈍った頭を働かせながら、他に客がいないなら構わないかと口を開く。
「税が高いとか領民の陳情を聞かないとか色々あるけど、つまり領主の袁術が悪いんだろう」
「領主の袁術って確か子供って噂でしたけど」
「みたいだな。どうして子供が太守なんてやってるのかは知らんが、大人の事情もあるのかな」
そこらの事情は気になるが、どうせ考えてもわかりっこないのであまり考えないことにする。
「南陽郡は今年も凶作と聞いたが、課せられる人頭税は減るどころか増えているらしい。まあ、これは袁術の責任と言うよりも、汚職が蔓延し役人の質が下がっていることが原因だと…………」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 小難しい話をされてもワタシにはわかりませんよ!」
話している途中で魏延にストップをかけられる。いくらか説明臭くなってしまったようだ。
手元の陶器が空になると、向かいに座る文鴦が溢れんばかりの酒を注いでくれた。お決まりのアルハラを受けたオレは酒をチビチビと飲み進めながら、次第に顔が熱くなっていくのを感じる。
「要するにみんな生活が苦しいんだよ」
「でしたらワタシ達の出番ですね! 義の名の下に貧困に喘ぐ民に施し物を与えましょう!」
「焼け石に水だ。郡全体でどれだけ人がいると思ってんだよ。半端な施しは却って不幸を招く」
魏延は義という言葉を頻繁に口にする。きっと正義感が人よりもずっと強いのだろう。
オレ達が民衆へ向け地味に地道に積んでいる善行は色々とあったが、貧しい村々に食料を都合することはハズれなく喜ばれた。素直な魏延は村人達に喜ばれるといつも嬉しそうにしていた。
魏延の言いことはわかるが流石に規模が大き過ぎて無理だ。郡全体ともなると10万単位の人口を誇るし、南陽郡は漢王朝全体でも特に人口の多い郡だろう。正確な数はわからないが大雑把に100万人。いや、下手をするとそれよりも多いかもしれない。全てを賄いきることは到底不可能だ。
「えー。なんとかならないんですか?」
「無理」
「そこを曲げて。こう、気合いでなんとか!」
「絶対無理」
「そこを曲げて曲げてなんとか! お頭が首を縦に振るまでワタシは食い下がりますよ!」
酒が入ってるせいかやけに面倒くさい魏延。
周囲に助けを求めて目を向けるも、みんな遠巻きに面白がって眺めていた。薄情な連中である。
素面なら適当に話を流す場面。だが今は酒の席である。ぞんざいに扱うこともない。それにようやく面白い時代になることじゃないか。そう考えたオレは顎に手をあて想像を膨らませる。
護衛の仕事が終わった後であるため懐は暖かい。だが物資があり余っているわけでもない。魏延の言う通り貧困の民に施すというのであれば、どこからか仕入れる必要があるだろう。普通に考えれば商人に頼むのが常套。でもそれでは集まる量も高が知れているし、何より面白くもない。
せっかく黄巾の乱が起こるんだ。どうせなら今このタイミングでしか出来ないことがしたいものである。平時の世では検討にすら値しないようなこと。灼けるようなスリルを味わうのもいい。
瞬間、脳裏を過ぎった閃きに口の端が上がる。そして間を置かず魏延に向かい口を開く。
「まあ、実のところ方法が無いこともない」
「ホントですか!?」
「難しい話じゃない。施す食料がないなら食料のある場所から奪えば済む話。つまりは…………」
この城を落とせばいい、とオレは続けた。
オレの言葉に呆気に取られる魏延。ほんのり赤みを帯びていた頬の色が次第に落ちていく。
魏延と同様に新参の連中は驚いた表情を浮かべていたが、古参の連中は落ちつきを払っている。今でこそ丸くもなったが、昔は平然と無茶をしてきた。本当によく生き残れたものだ。
「城を落とすとなれば数より速さが肝要かな。内から城門を開ければあっさり陥落まである」
「おう、大将。詳細を詳しく聞かせてくれ」
「文鴦。お前は荒い話になると絶対入ってくるよな。待ってましたと言わんばかりじゃないか」
真っ先に食いついてくる文鴦。文鴦は都を攻めると言っても賛同してきそうだから物騒だ。
「お、お頭! ちょ、ちょっと待ってください。城を落とすだなんてことしたら流石に…………」
「不味いだろうな。お尋ね者待ったなしだ」
「面倒なことは城を落としてから考えればいいだろ。オレは賛成だぜ。最高に面白そうだ」
文鴦は一先ず置いといても秘策が無いこともない。今の時世ならとっておきの一手が打てる。
つまりはこうだ。これから流行る黄巾賊に扮して城を攻め落としては袁術を追い出す。袁術はこの時代でも指折りのボンボンの出だ。懐に溜め込んでいる蔵を開いては領民に施しをする。
この時代に袁術の一族である袁家から睨まれるのは不味過ぎるが、どうせ大陸全土で収拾がつかない程の騒ぎとなるんだ。城を落としたのは黄巾賊とし罪を張角に押し付ければ問題ない。
もし失敗するようならそのまま遠くの地方へとんずら。成功すればちゃっかり財の一部を着服しつつ、軍隊が動き出す前に南陽群から立ち去るだけのこと。実に隙のない構えだと思う。
これなら魏延の言う施し物もかなり賄えるし、実際のところ領民の貧困は深刻な問題でもある。黄巾の乱が勃発するような世の中だ。これを袁術の責任と一言で片付けるのは酷だろう。
それに普通に考えれば子供に統治なんて不可能だと思う。ここの治安が悪いからこそ護衛の仕事にあり付けていることもある。どちらかと言えばオレは袁術を好意的に思っているぐらいだ。だがオレ達は正義の集団というわけじゃない。危険を伴うことでも十分な見返りがあるなら動く。
そうと決まればさっさと行動を起こしたいところだが、ここには一つ厄介な問題があった。
「袁術は虎を飼っているのが面倒だ。かち合うと洒落にならんだろうから、そこだけが問題」
袁術は孫家を客将として抱えているようだ。
当主は孫策。理由は知らんがこの世界の孫堅は既に死去しているらしい。元の世界での孫堅は連合戦に参戦していたように思うが、あまり知識に自信がないのではっきり言い切れない。
ともかくこの世界では孫堅が既に存在していない。だが子の孫策はいる。孫策は何度かこの街で見かけたことがあった。褐色肌のスタイルの良い美女。一見するといつも飄々としているように見えるが、六感で受ける印象には圧がある。安い言葉じゃ形容し難い鋭い雰囲気があった。
「あの艶っぽい姉ちゃんか。相当なもんと見た」
「あれは絶対ヤバい。敵対するのは極力避けたい。というか断固として避けなきゃならんな」
選択次第では将来の仕官先になる孫家。この街には何度も足を運んでいたが交友はない。
近寄り難い雰囲気であったせいか、オレは孫策をいつも遠目から見ていた。あるいは直感的なものだろうか。下手に用件も無く話かけるより、今はまだ接点を持たない方がいい気がした。
袁術と孫家は折り合いが悪いという噂だ。孫家の不在の頃合いを見計らって攻めればいい。薄々勘付いてはいても見逃されるかもしれないし、オレ達は留守に忍び込むのが得意である。
「虎は餌で釣って外へ放ち、不在の隙を突いて攻め落とすのが基本だな。いつ決行しようか」
「オレは今からでも構わないぜ」
「今からは論外としても少しは待ちたいな。もうちょっとばかり世間が騒がしくならないと」
黄巾賊の名が轟き出してから始めたいが、義勇軍を立ち上げるなら機を逃すかもしれない。
悩ましい問題だ。孫家には話を通しておくべきかと考えるも、内容次第では問答無用で斬りかかられる可能性もある。それは非常に困ってしまう。まあ、やったのがバレなきゃ問題ないか。
孫家を不在にさせる餌となる理由も用意しないといけない。折り合いが悪いという噂の信憑性も確かめるべきだろう。実は両者蜜月の仲でしたなんてオチだと中止しなきゃならないし。
文鴦を筆頭とした古参の連中と作戦会議に華を咲かすも、魏延の様子がどこかおかしい。寄らば大樹の影という言葉もあるぐらいだ。おそらく王朝に背くことに抵抗を覚えているのだろう。魏延の他にも比較的新参の連中はどこか物怖じしているように見えるが、無理もないことだと思う。
「どうしたお前達。気が進まないのか」
「あ、いえ…………その。お頭のことは信じてますけど、本当に正しい行いなのかが…………」
「躊躇う気持ちはわかる。確かに義の道には背く行いかもしれない。だがこれも必要なことだ」
正しい事ばかりが全てじゃない。正しさだけでは片付けられないことなんて山ほどある。
「多くの民を救いたいなら少々のことには目を瞑れ。オレ達は敢えて泥をかぶる役割を担う」
「ワタシ達が泥をかぶる……?」
「誰かがやらなきゃならんことだ。世間から糾弾されようが知ったことじゃない。好きなだけ言わせておけ。オレ達は弱きを助けるために強きを挫く。今の時代じゃこれこそ仁の道だよ」
「弱きを助け強きを挫くが仁の道……!」
袁術の持つ財を着服したいという思惑もあったが、それは半分から八割程度に過ぎない。
残りの二割は人のため。いや、或いはこれも自分のためか。オレは単純に民が飢えているのを見るのが嫌いだった。性格云々の話じゃない。在りし日の自分を見ているようで嫌だった。
「大事を成すため小事は捨て置く。無謀に思える挑戦が時代を切り開くことだってあるしな」
「お、お頭! ワタシ感銘を受けました!」
「そうかそうか。ならやってくれるよな?」
「勿論です! この魏文長。世のため人のためお頭のために尽くすことを改めて誓います!」
「そうこなくっちゃ。お前達も頼むぞ。役人相手だからってビビってんじゃねえ! やるぞ!」
応、と勇ましい声が揃う。なんでかんだ言ってもみんなノリが良いから気に入っている。
「大将、お前やっぱ頭に向いてるわ」
「そうか。って文鴦。お前さり気なく酒を注ごうとすんなよ。オレが弱いの知っているだろ」
後になって思い返せばこの日この時の出来事が全ての原因、始まりだったんだろう。
この日は確かに酒に酔っていた。それでも頭も呂律も普段通り回っていたし、発言もおかしくなかったと思う。大きなことを言いはしたが、素面であっても検討していた可能性は高い。
「(黄巾の乱が本格化してから)城を落とすか」
「(王朝と構える第一歩のため)城を落とすぜ。こんな日が来るなんて夢のようだ。血が滾る」
だが酒に酔っていたせいだと思う。オレはみんなとの間にある認識の違いに気付けなかった。
気付いたのは作戦決行日の直前。それまでもやけにみんなが街や村で秘密裏に兵隊を集っていたことや、馴染み深い商人達が一世一代の大勝負、と多額の出資を申し出てくれたりもした。
気になることはいくつかあった。オレも言葉足らずだったとは思う。それでもまさか、いくらウチの連中が脳筋揃いとは言っても、国を相手に反乱を起こそうとしているとは思いもしない。
いや、オレの迂闊な発言が全ての原因であることは誰の目にも明らかではあるのだが…………。
中平一年(184年)一月。宛のとある酒場にて宛城を攻め落とす話が持ち上がる。
同年二月。黄巾賊が大陸各地で勃発。諸侯らはその鎮圧に追われるも手が足りない様子。
同年三月。朝廷は何進を大将軍とし都である洛陽の守護を命じると共に、黄巾賊の勢力が強い地域への将兵及び軍の派遣を検討。同月の吉日、南陽郡内の県で小規模な反乱が勃発する。南陽郡太守の袁術は客将孫策とその兵を派遣し反乱鎮圧に向かわせる。同日、南陽郡は宛県…………。
「確かに面白いことを求めてはいたけど…………」
眼前にずらっと広がった兵。数は七千と聞いた。よくもまあ、これだけ揃えたものである。
最悪の場合は遭遇戦となることも覚悟していたが、どうやら孫家の目を欺けたようだ。それとも見逃されただけか。まあ、どちらでも構わない。そのまま戻ってこなければ構いはしない。
認識の違いに気付いた時に止めていれば騒ぎを抑えられていただろうか。がっつり扇動していた手前、中々引っ込みがつかなかったこともある。こんな時代だ。止めたところで別の形でやがては堰が切れていたような気もする。ならばこうなってしまったのも必然と納得することも…………。
「…………できるか。そんな達観が」
「おう、大将。準備はもう整ったぜ!」
「お頭! いつでも突撃できますよ!!」
文鴦と魏延の二人がやってきた。二人はやる気満々の御様子。手に握る得物が怪しく光る。
袁術の居城である宛城から一里離れた平原にいるのは、頭に黄色の布を巻いた七千の集団。異様な光景だ。当て付けとして黄巾賊に扮しはしたが、城から逃げないのであれば必要性は薄い。
人に仕えるか国に仕えるかなんて考えていたが、まさかこんなことになるとは。これは夢なのかと思わず頬を抓りたくなるも現実だ。いや、永く覚めないだけでやはり夢なのかもしれないが。
ともあれ今はぶつぶつ言っても仕方ない。こうなった以上は勝たなきゃ意味がない。後のことは後になって考えるべきだろう。黄巾賊の、張角の御利益がオレ達を守ってくれるかもしれない。
「こうなりゃヤケくそだ! よし、お前達行くぞ! 蒼天已死! 黄天當立! 張角万歳!」
「よっしゃあ! 官兵共かかってこいや!」
「お頭万歳!!」
足並みも揃わぬままオレ達は宛城を強襲する。
内通者や領民の協力もあって城は驚くほどあっさり陥落した。袁術はほとんど抵抗らしい抵抗も出来ないまま、城内にある秘密の通路を通っては側近と共に宛を脱出したようである。
入城を果たしたオレは津波のような大歓声を耳に受けながら先のことを考える。たかだか数千の兵士で何ができるのだろうと。背中に嫌な脂汗を感じながらも、こうして時代は動き始めた。
美羽が不憫ですが後々必ず挽回の機会を設けるますので今回は一つ御容赦を。
主人公の原作知識は横山三国志を読んだぐらい。私見で人並みと書きましたが、ぜんぜん人並みじゃないですね。次話で蓮華と思春が出ます。