恋姫†国盗り物語   作:オーギヤ

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第六話

 

 牙門の旗を目指して駆ける道中、月影は討伐軍の敗北条件について考えていた。

 

 夜襲は成功した。だが、その戦果が明らかになるのは早くとも明朝になる。現時点では被害の程度は定かでない。夜が明け、討伐軍の骸を数えて実感することになるだろうと。

 

 その被害の高は討伐軍に撤退を決意させる程のモノとなるのか。それとも立て直しが可能な範疇に留まるのか。そこが重要であった。故に総指揮官である朱儁の下を目指して駆ける。

 

「────朱儁の首が獲れれば最良だが」

 

 厳しいかな、と月影は思う。朱儁の幕舎に近づくにつれ、目に見えて兵の数が増えている。

 

 ここでは味方同士で争うような素振りもない。

 兵達は皆、慌ててはいても本陣を守備するという意識が働いているようだ。喧騒の中にも一定の規律が窺える。ここで闇雲に仕掛けても周囲の兵はこちらだけを敵と見做すだろう。

 

「さあて、どこから切り込むかな」

「…………………………」

 

 それでは都合が悪い。混乱に乗じられないのであれば相応の被害を被ることになる。

 今にも飛び出しそうな文鴦と並走しながら月影は、敵大将首は獲れないだろうと結論付ける。

 そして今、最も正しい選択は一度態勢を整え、半刻しない間にやって来るであろう魏延・高順と共に足並みを揃えて兵糧庫、武器庫を強襲し、先々必要となる物資の確保に乗り出すこと。

 

 特に兵糧の確保は急務であった。奪われると判断すれば討伐軍は兵糧庫に火を放つ。

 討伐軍は三万。他州へ入る前提でやって来ており蓄えは多い。奪えば一年は計算が立つ。奪えなければその分を別に工面する必要があった。優先事項ははっきりしている。だが────。

 

「────ま、なるようになるさ」

 

 月影は頭では理解していた。それでも敵本陣を目前にすると、どうにも身体が疼いてならない。

 

「よし、突っ込むぞ文鴦!」

「おうとも! 大将首はオレが頂くぜ!!」

 

 血を流す度、灼けるように生を実感する。

 どれだけ周到に準備していても、どれだけ頭で理解していても、最後には本能が勝つ。

 月影は己の性質を理解していた。猛火に飛び込まずにはいられない度し難い衝動を。これが自分の大きな欠点であることも、最期はこの衝動が滅びに繋がることも受け入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────取り逃がしたか」

 

 明朝、宛の地は赤く染まり、周辺には討伐軍の夥しい数の骸で溢れていた。

 その数は数千にも上る。激戦となった討伐軍本陣付近では、南陽軍の死者も多く見られた。

 

 軍旗は折られ建物は焼け落ちる。血の匂いが色濃い惨状を歩きながら月影は、総指揮官である朱儁を取り逃がしたことを暫し悔やんでいたが『まあ、そんな簡単でもないわな』と思い直す。

 

 討伐軍の兵数は三万。目算で二割は討ち取った。大半は同士討ちだろうが二割は消した。

 そして逃げ出した兵もいるだろう。退却した討伐軍の兵数は二万程度だと考える。まだ十分、立て直しが可能な数だとは思うが、斥候の報告では討伐軍は都への撤退を選んだらしい。

 

「兵糧を根こそぎ奪ったのが決定打? 食う物がなければ攻めるしかないと思うんだが」

 

 報告を聞いた月影は首を傾げる。思惑通り、兵糧も軍事物資も馬も根こそぎ奪い取った。

 だが、指揮官は健在で兵数も十分に残っている。打つ手が残る中、撤退を決め込んだ討伐軍の意図が掴めなかった。月影基準で考えると、まだまだ相手方の敗走には程遠い勝利であった。

 

「まあ、でも半分は焼かれたか。バカ官兵共が。飯をなんだと思ってんだよ。ったく……」

 

 ともあれ、と月影は呟く。

 

「ひとまずは勝った。ただ次も同じ手は食わんだろう。次……次ねえ。しかし、どうするかな」

 

 月影率いる南陽軍は討伐軍との緒戦を勝利する。ただ、これはまだ始まりに過ぎなかった。

 

 月影はそのことを正しく認識していた。

 そして今回のような一か八かの作戦が、物資を得る大勝が続かないことも理解していた。

 撤退が出来る討伐軍とは違い、南陽軍に後はない。一度でも敗れればそれまで。勝ってもジリ貧。そんな展開が容易に浮かぶ。どれだけ健闘しても、やがて物量差に押し切られるだろうと。

 

「勝ち続けるにはまだまだ人材が居るな」

 

 黄巾の乱が絶賛勃発中の今はいい。

 問題はその後のこと。まだ先のことではあるが、大まかな方針を決めておかねばならない。

 

「兵法に通じた軍師。政治がわかる識者。ウチの脳筋連中に務まるワケねえし、他所から引っ張って来ないとな。しかし、普通に考えたら脳ミソあるヤツが来るわけない、か。うむ…………」

 

 戦場の跡地を独り歩きながら、ブツブツと呟く月影。その身体には生傷が絶えない。

 歩いていると骸と化した若い兵士と目が合った。その焦点定まらぬ目が何を訴えているのか月影にはわからなかったし、興味もなかった。『オレを殺せず残念だったな』と小さく吐き捨てる。

 

「────ま、行けるとこまで行くさ」

 

 

 

 

 

 中平一年(184年)三月。南陽軍が宛県で蜂起。月影率いる精鋭は半月で一郡を平定する。

 

 同月。朝廷は何進を大将軍として洛陽の守護を命じると共に、冀州方面へ盧植。豫州潁川方面へ皇甫嵩。荊州南陽方面へ朱儁。三名を北、左、右中郎将とし、賊の勢力が強い地域へ派遣する。

 

 四月。右中郎将、朱儁は三万の軍勢を率いて南陽へ進軍。同月、宛県にて南陽軍と激突し敗走。

 

 同月。左中郎将、皇甫嵩は潁川にて黄巾軍の波才と激突し敗走する。汝南太守の趙謙は邵陵で黄巾軍に敗北しかけるも孫策軍の援護を受け勝利。孫策は功を認められ郡内の県令となる。

 

 同月。広陽の黄巾軍は幽州刺史と、広陽太守を攻め殺した。北中郎将、盧植は冀州へ進軍中。道中、黄巾軍相手に連戦連勝を飾る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────討伐軍、雑魚すぎるだろ」

 

 荊州南陽郡宛県は宛城。

 周泰から各地方の戦況報告を受けた月影はそう漏らす。各方面、黄巾賊が優勢であった。

 謁見の間では主要人物が顔を揃える。すっかり諜報役の任に就いていた周泰は真面目に役割を全うするも内心『こんなことしていいのかな?』と思ってもいたが、着々と染まりつつあった。

 

 荊州、豫洲共に討伐軍が敗戦。これは大きな衝撃を以って大陸全土へと伝えられる。

 国家の衰退を予感させる敗戦。地方を守護する領主達の失望も大きい。国家がアテにならないとくれば必然的に地方の軍閥化が進む。地方の軍閥化は英雄が台頭する土台となっていく。

 

「孫権。君の姉ちゃん領主になったってな。おめでとう。まあ、よろしく伝えといてくれ」

「ありがとう。順調そうで何よりだわ。一応、貴方のお陰でもあるのかな? ふふっ変なの」

「割とマジでそれもあるから、仲良くしてくれ。具体的にはコッチに攻めてこなけりゃいいよ」

 

 討伐軍が苦戦する中でも孫策軍は躍進していた。袁術の客将から離れ領主まで駆け上がる。

 これは月影が袁術の領土を奪い取ったことが起因していた。袁術下で飼い殺しになっていた孫策軍の鎖が切れた結果の躍進。孫家としてみても、この状況は非常に好ましいものに映る。

 

 月影は孫策軍の進軍を警戒する発言をしたが、おそらくそれは無いだろうと考えていた。

 孫策が拠点を構えた地域も黄巾賊の勢力が強い。それを無視して南陽に攻め込んでくる可能性は考え辛い。妹である孫権以下、仲間の救出という名目であれば既に来ているはずだ。

 

 最終的にどう転ぶかは不明だが現状、孫策軍は脅威ではないと月影は考える。そしてすっかり馴染んでいる孫権達に『コイツらいつ帰るんだろう』と思っていたが口には出さない。

 

 諜報役の周泰があまりにも便利であるために、帰られるとそれはそれで困る。今回の一戦で諜報の有用性を認識した月影は、周泰を出来る限り手元に留めておきたいと考えていた。孫権が孫策軍に帰れば当然、周泰も帰ることになる。帰りたいなら引き留めないが、進んで出すこともない。

 

「────────ふむ」

 

 しばらくは帰らない前提で、月影は甘寧、周泰の二人に目を配りそれぞれを評した。

 

 甘寧は発言に刺々しい面もあるが特に害はない。孫権に不利益が無い限りは下手な真似はしてこないと踏む。ウチの連中と絡んでる場面も見かけるし、それなりに馴染んでそうだ。

 

 戦力として期待出来るかは定かでない。官軍相手に表立って戦ってくれるかは微妙、というか無理だろう。妙に常識人らしい一面も見せるし、国家に歯向かう真似はしないと考えるべきか。

 戦力として期待できるとすれば孫権が窮地に陥った場面だろうが、孫権が窮地ということは形勢が詰んでいる。まさか孫権を前線に出すわけにもいかないし、仮に出たいと申し出てきても断る。孫権が無事であるという前提があって始めて、孫策軍との関係を考える余地が生じる。

 

 周泰はあまりにも便利なため、可能な限りは酷使し続けることになると思われる。

 これからも抜群の働きが見込めるし、既に信用しつつあった。ただし懸念点が二つ。一つ目は結局、周泰は孫家の一員のために孫家と天秤にかかる場面では裏切られる可能性が高いこと。

 

 孫権は裏切らないと言っていたが、それは現時点での話。孫家と対立すれば話は別だろう。

 そうなってしまえば仕方がない。嫌なら周泰を使うなという話になるが、便利なモノは中々に手放せない。周泰以外にも間者は放つが、おそらく情報の速度と精度で周泰に勝ることはない。

 

「────ときに周泰」

「はい、なんでしょう?」

「これからビシバシ酷使していくから一つ頼むぞ。体調管理も仕事のうちと捉えてほしい」

 

 そして二つ目。周泰の体調面である。

 持病があるとか、そういう面は知らないが既に酷使される片鱗が見え隠れしている。

 孫策軍にも当然ウチの情報を流しているはずだから掛け持ちは確定。本職の孫策軍は勿論のこと、南陽軍も油断するとサクッと滅びかねないと考えられるため、手は抜けないだろう。

 

「え、えええぇぇ…………」

「立ってるものは親でも使えってな。それで周泰、他にもアツい情報があれば報告してくれ」

 

 周泰の体調面も懸念点ではあるが、そこはもう上手くやってもらうしかないと月影は思う。

 過剰な職務故に精神面での問題を抱える可能性もあったが、そこは史に名を残す将の一人。酷使宣言を受け、周泰も強かな一面を見せる。

 

「────それでしたら、とっておきが一つ。月影殿もきっとお喜びになることでしょう!」

「おっ! きたきた。流れがいいねえ」

 

 周泰はニコリと微笑むと孫権を見る。

 孫権は「あはは……」と少し困った表情を浮かべ、その横に立つ甘寧は笑いを堪えていた。

 

「此度の敗戦を朝廷は重く受け止め、特に罪が深い三名を朝敵認定する運びとなりました」

「ああ、そう。ご愁傷様。張角は確定として、後は張角の側近とかかな。なんとも哀れだな」

「一人目は黄巾軍の最高指導者と目される張角。居場所は割れてないですが、名前は既に割れています。二人目は左中郎将の軍を破った潁川黄巾軍の波才。そして三人目は────」

 

 その瞬間、嫌な予感が月影を過ぎ顔色が曇る。

 そんな月影を見て周泰は今日一番の笑みを浮かべ、両の手の平を胸の前で合わせて続けた。

 

「南陽軍の月影殿です! やりましたね! これは史に名が残る大罪人認定ですよっ!!」

「お、おお……。もう…………」

 

 周泰の言葉に月影は俯き、手で顔を覆う。それに反して南陽軍の古参面々の反応は大きい。

 

「ヒュー! お頭かっこいい!!」

「やったな、大将。こいつはデカイ箔がつく!」

「お前らマジかよ。朝敵認定ってことは官軍が意気揚々と攻めて来る…………って、今もか?」

 

 この時、月影は気づいていなかった。

 張角並びに波才が黄巾軍と評されている一方で、自分が南陽軍と評されていることに。

 夜襲によって勝敗が決したことから、討伐軍は南陽郡の軍勢を黄巾軍と断定することが出来ず、別の勢力と認識してしまう。南陽軍内でも黄巾賊の一員と認識しているのは月影ただ一人。

 

「こうなりゃ波才とやらに粘ってもらって……」

「潁川黄巾軍ですが、討伐軍の第二弾として孫策軍と曹操軍が当たることに────」

「波才、完全に終わったな。助からんわ。御上に歯向かうからそういう目に遭うんだよ……」

 

 オレもじゃん、と月影は頭を抱える。

 状況的に変わることは特にないが、朝敵認定を受けると気の持ちようが変わってしまう。

 月影は『悠長なことは言ってられん』と覚悟を固め、長く考えていたことを遂に口にする。

 

「────────軍師だ。お前ら軍師が務まるヤツを引っ張ってこい。素性は問わん」

 

 後に月影は、討伐軍との緒戦を飾るも緩めることなく軍部の拡張を命じたと評される。

 

「軍師ねえ。そんなの必要か?」

「そうそう、お頭がやればいいじゃん」

「うるさい、管巻いてないでさっさと行け。賢そうなヤツがいたら攫ってでも連れて来い!」

 

 文鴦と魏延にそう命じるも月影自身、そう簡単に見つからないことを理解していた。

 

 

 

 

 

「────まさか本当に勝つとは」

 

 月影達のやり取りを眺めながら甘寧が呟く。

 討伐軍が不甲斐ないと言ってしまえばそれまでだが、こうもあっさり勝ち切れるかと思う。

 甘寧から見て、南陽軍は駒が揃い過ぎていた。自分と打ち合える猛者がゴロゴロいる。そんじょそこらの賊が有していい武力ではない。はっきりいって南陽軍は異端だった。

 

「孫権、甘寧。君達も探しに行ってくれないか。どうせウチの連中はサボってるだろうし」

 

 南陽軍はどこまで進むのだろうか、と甘寧は興味をそそられる。この先も勝ち進むのかと。

 

「うるさい! 我々に指図をするな!」

「いいじゃない。天気も良いことだし、外に出て見ましょうか。ね? 思春もいいでしょ?」

「は、はあ。連華様が仰るのであれば……」

 

 そしてもう一つ甘寧は思う。自分の主人である孫権はどうしてこの地に留まったのかと。

 気になることは多いが、甘寧はここでの暮らしも悪くはないと感じていた。少なくとも袁術に囚われていた時期よりはずっといい。ならば少しぐらい協力してやってもいいかと思う。

 

 

 

「────水鏡女学院?」

「ああ、街で耳にした。教育施設らしいぞ」

「ふうん、女学院ねえ。子供が通ってそうだけど一応調べてみるか。ありがとう、甘寧」

 

 

 

 【伏龍】諸葛亮孔明。【鳳雛】鳳統士元。

 当代屈指の天才軍師が通う水鏡女学院が南陽郡内にあったことこそ、月影最大の幸運。

 甘寧が協力的であったことにより、南陽軍の軍師事情は大きく進展を見せることになる。

 




次回朱里ちゃん颯爽登場
投稿日は2024年5月6日予定
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