魔法少女リリカルなのは~新たな人生を送る転生者~ 作:れお3
「用意は出来たかい?」
俺が動けるようになったと同じくらいのタイミングで、旅支度を終えたジェイクさんが降りてきた。とは言っても、ここに来たとき、既に旅をしていたらしく、支度というより補給と言った方がいいだろう。
「俺は……もともと手ブラですから」
「私も」
覇気のない声で返事する。当たり前だ。固まりかけていた俺の強さのイメージが、粉々に砕かれたのだから。打たれ弱くはないはずだが、これからバトル続きになりそうなこのタイミングでなら別だ。
「じゃあ行こうか」
ジェイクさんは俺とアリシアを置いて、家の玄関を開けて外に出ていった。俺たちもそれに続こうとすると、ジェスパーさんに引き止められた。
「これを持って行きなさい」
ジェスパーさんから二つのショルダーバッグを渡される。中身を見ると、食料が入っていた。トマトらしきものに、りんごらしきもの、何かの肉とかが入っている。地球とは世界が違うが、こういう系はあまり変わらないようだ。日本語だって通じるしな。
すぐさま、お礼を行った後、ジェイクさんを追う。ジェイクさんの荷物は俺らとは大違いで、大きなリュックがパンパンになる程荷物を詰め込み、折りたたみテントがリュックの中からはみ出ている。見るからに重そうな感じだ。だが、ジェイクさんはそれを重たそうにしている素振りは見せない。いつも、そんな重さを経験していたのだろうか?
それから、ジェイクさんの家を出たあとしばらくの間、森が続いた。歩いても歩いても、木ばかりで景色が全く変わらない。進んでいないのではないかと思える程だった。
しかし、しばらく歩いているうちに、景色に変化が訪れた。うっすらとだが、人工物が空の中に見え始めたのだ。だが、この状態から察するに、そこまではまだまだ遠いようだ。
「へぇ…そうなんだ」
「うん!」
「……」
二人は道中、会話を盛り上げていたが、俺はその会話に一回も参加していない。ずっと、頭から離れないのだ。
「弱すぎる」
情けない話だと自分でもそう思う。くよくよしていたって何も始まらないのも分かってる。しかし、なかなか立ち直れない。挫折を味わうのは初めてだった。
二人共、会話の時折自分の様子を確認して来た。アリシアは心配そうな目で、ジェイクさんは申し訳なさそうな目で見てくる。
悪いのは二人ではない。弱くて、立ち直らない俺が悪いのだ。だから二人のそんな目を見ると余計、落ち込んでしまう。
「カズヤく……」
『マスター!!』
ジェイクさんが俺の姿に見かねたのか声をかけて来た。だが、それと同時に森の影から何かが複数出てきた。
出てきた奴らは茶色のローブを着た人達だった。しかし、俺とジェイクさんは身構える。アリシアは不安そうな顔で、俺の背中に張り付く。何故なら彼らは全員武器を持っていた。恐らくの所、盗賊だろう。
武器は皆不揃いだ。斧を持っている奴もいれば、剣を持っている奴もいる。
(数は……、いち、に、さん、し、ご、ろく……)
「リゼット」
『セットアップ』
「カズヤ君……」
数を数え、バリアジャケットへの換装と剣を出現させると、ジェイクさんはまた、俺に声をかけて来た。
「この戦いは攻撃・防御魔法を使ってはいけないからね」
「えっ……なんで?」
「なんででもさ。言ったろう? 鍛えてやるって」
「ちょ……」
「何、こそこそ話してんだ!」
「ちょっとうるさい」
ローブの奴らの一人が、俺たちの会話を遮るように突っ込んできた。ジェイクさんはそれを掌底で一蹴する。掌底を打たれた奴は木に激突し、気絶した。
「アドバイスを一つ。植物は間引きが重要」
「ジェイクさ……ッ!」
「さぁ、行くんだ!」
ジェイクさんから背中を押されて、敵達の中央に放り出される。敵達が手に持っている普通の武器がバリアジャケットの強度を超えるなんてありえないと思うが、何が起こるか分からない。一瞬で戦闘へと意識を切り替える。
敵数は五人。狙うのは一番近い奴で良いだろう。
「はぁぁああ!!」
声を張り上げ、標的に駆け込む。相手は気が弱いのかおどおどしていた。
走る勢いを乗せて、剣で下から上に切り上げる。狙った敵はビクビクしながらも盾を持っていた。 剣が盾を滑る。敵は俺の攻撃を流しきれなかったようで、体勢が崩れる。そんなへっぴり腰じゃ当たり前だ。すぐに、追撃しようとするが……。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
狙った敵の近くに居たもう一体が俺の背後から斬りかかってきた。ギリギリのところで、剣を後ろに回してガードに成功する。横目でさっきの敵を見ると、盾を取りに俺と距離を取っていた。
「エア……!」
目の前の敵を押しのけ、左手に風を集中させようとしたが、ジェイクさんの言葉を思い出し、踏み止まる。その間に敵は盾を取り終えていた。
無防備だった絶好のチャンスを逃してしまった。ジェイクさんは何故、俺に魔法を使っていけないと言ったんだろう?
「よそ見とはよゆうだなぁぁ!」
「ああ!」
「……!!」
右、左、前、後ろ。その四方から盾持ちを抜く四人が同時に斬りかかってくる。
《マスター、これは逃げ切れません!》
「っ……、風よ!!」
ジェイクさんには悪いが、風のバリアーを360度に展開する。四人の攻撃がバリアーに弾かれる。
「ふっ!」
バリアーを爆発させ、四人を吹き飛ばす。三人立ち上がり、俺から距離を取ってきた。だが、一人立ち上がらない。どうやら仕留めたみたいだ。
次の行動に移ろうとした瞬間、ジェイクさんの怒声が飛んできた。
「攻撃・防御魔法は使うなと言っただろう!アドバイスをよく思い出せ!!」
「アド……バイス…………」
――植物は間引きが重要―― 頭の中に再度ジェイクさんの声がリプレイされる。あれはどう言う意味だ? 残念な事にこういうなぞなぞ系は正直苦手だ。自分で気づけってことなんだろうけど、はっきりと言って欲しい。
キンッ! キンッ!
考えながらも敵の攻撃を受け流す。
(植物……間引き……)
確か、間引きってのは、植物を栽培する際、苗を密植した状態から、少しの苗を残して残りを抜いてしまう作業……だったはずだ。
(頭を捻れ……間引きをする理由は栽培する植物が成長しにくいから……。その植物だけでなく、周りも見る事……)
もう少しで何か閃きそうだ……。
「ヒャッハー!」
血の気が高い奇声を上げながらローブの一人が突っ込んでくる。思いきり手に持っている斧を後ろに引いている。あれじゃ、上から下に斬る以外はないじゃないか。
ローブの一人の攻撃をタイミングを合わせて避ける。
そのあとも分かりやすく単調な攻撃が続く。だが、動きが丸見えで、一回も当たらない。
「クソッ! 何で当たらねーんだよッ!!」
「……」
大きな縦振りをまた避ける。その縦振りの勢いは止まらず俺の後ろにあった木に突き刺さる。
(俺なら、もしこうなったら後ろ蹴りを食らわすかな……)
「このッ!!」
案の定、俺が思った通り、ローブの一人は木に突き刺さった斧を持ったまま後ろ蹴りが来た。わかっていたことなので、すぐに反応できた。
コイツは敵が人形と思っているのだろうか。自分のことばかりで相手の思考や動きも考えずに。
(待て……!? 自分のことばかり? 相手……?)
刹那、頭に電流が流れたようだった。
「そうか!!」
つい、声を張り上げてしまった。ローブの一人はその隙に斧を抜き取った。
「そのまま、横に切り裂く……」
俺の言葉通り、そいつは抜きざまに横に斧を薙いだ。
「あれ?」
そいつの間抜けな声を下から聞く。次の行動が読めていた俺は上に跳んでいたのだった。人間の跳躍力では回避しきれないから、上昇気流を生み出し、距離を稼いだ。攻撃・防御はダメでも補助はダメと言っていない。屁理屈かもしれないが、ジェイクさんは何も言ってこないので、良いとしよう。
「はぁぁぁぁああ!」
落下と共に上から剣を振り下ろす。ローブの一人は反応しきれず、剣のスタンで倒れる。
「ありがとう。アンタのおかげで気づけたよ。……残り三人」
「「このおおおおお!!」」
仲間がやられた事にイラついたのか、二人は俺を挟むように迫ってくる。二手に別れる際に相手の武器が見えた。前から来ている奴が持っているのは曲剣。ということは後ろから来ているのは槍持ちということになる。
(後ろの攻撃の方が速い……つまり、狙うは槍!)
後ろも見ずに、槍使いの方へバック転をする。
下を見る。ついさっきまで俺が居た場所に槍が伸びていた。上に切り上げてくるなんて心配をしなかったのは、相手の槍の形状は先端だけしか尖っていない。つまり、突きしかできないと分かっていたからだった。
跳躍の先は、周りに生えている木。その幹に垂直に着地。すぐに膝を、目一杯曲げる。
「んああぁぁ!!」
膝のバネと風のブーストで木を蹴り、下に三角飛び。跳んだ衝撃に幹は耐えられず、跳んだ部分から木が折れる音がする。飛んだ先は槍使いの背後。さっきの斧使いと一緒で俺の姿を見失っている。前から接近してきていた剣使いは、俺の姿を辛うじて見つけていたみたいだった。
「はっ!」
気合一閃、渾身の力を込めて槍使いに剣を振り抜く。そのまま着地。足にビリビリとした感触が伝わる。勢いを殺しきれず足が地面を滑る。砂ぼこりが舞い上がった。
そのまま、滑りながら剣使いにも一太刀浴びせる。
「ふんっ!」
後ろで、ドサドサと二人倒れる音がした。
「さて…残るはあんただけだ」
最初に攻撃した盾持ちに向かって剣を向ける。相手の表情を伺うと明らかに怯えの色が滲み出ていた。
「ひ、ひぃぃぃぃ‼」
「あ、待て!」
怯えに耐え切れないように敵は俺に背を向けて森の中に逃げ出した。俺も追おうとすると、嫌な予感がしたので一歩踏みとどまる。
ヒュン…。
微かに音が聞こえた。鋭利な物が高速で空気を切った時に出そうな音だ。
「お、親分……どうして……」
突如、そう言いながら首元を押さえ出した。その首がズレる。
「うっ……」
反射で目を閉じて逸らした。
「手ぶらで尻尾まいて逃げ出すような奴は要らない」
落ち着いた声が耳に入る。声と親分と、さっき言われていたので人相を想像すると、ヒゲを生やしたおっさんが浮かび上がった。
うっすらと目を開ける。目の前には、首……言わないでおこう。しかし、声の主が居なかった。おかしい。声は近くから聞こえたはずなんだが…。
「!?」
「カズヤ君‼ 上だっ‼」
(言われなくても…‼)
今は昼だ。つまり、万物に影が出来る。
自分では動いてないのに日陰に入るという事は上に何かが移動したという事と同じだ。
剣を上に向け、そして見た。親分を、その正体を。
「くはははははは‼」
「子供…!?」
背は小さく、体つきも幼い。俺よりも、幼いのではないだろうか。顔は逆光で計り知れない。
「みんな、君が、やったのか……素晴らしいじゃないか」
子供とは思えない程、落ち着いた声が耳元へ届く。そう、真横から。
「いつの間に!?」
「おっと」
上から来ていたはずなのに、どうして。
上に構えていた剣を反射的に振る。が、相手は軽やかにバックステップで避けてしまった。
顔を見る。髪は肩にかかる位で金髪。顔立ちは女のように線が細いが男だろう。また、あからさまな童顔だ。笑顔だから、尚更そう見える。アレが無かったら、普通の人は可愛いと言うのではないだろうか。
『なんて、大きい剣を持っているんでしょうか…』
リゼットの震え声が聞こえる。確かに言う通り、その少年の右手にはその少年の四倍はあるかぐらいの大剣が握られている。血が付着しているのは、恐らくあの武器で部下を殺ったからだろう。
「気を付けろ‼ そいつは転生者だ‼」
「転生者だって…!?」
俺と同じ? こいつも神じいさんに会って、新たな生を受けてるのか? いや、そんな事はあり得ない。なにせあの神じいさんは、転生者はこの世界には二人居ると言っていた。もう一人はあのおバカな黒鐘だ。となると考えられるのはアルハザードの技術しかない。後でジェイクさんに訊くとしよう。
(取り敢えず、今は…!)
目の前の敵だ。笑顔でこちらを見てニコニコしているが、そのなんて言うかあれだ。凍てついた笑みって言う奴か。仮面を付けてるイメージだ。
「僕も今からそっちに…!」
「させないよ」
少年は手を頭上へと掲げた。次第にその手が光を放ち、眩しくなって来る。
あまりの眩しさに目を閉じた。
うっすらと目を開ける。森の中に居たのに、木が一本も立っていない。何が起こったかは空が黒く覆われている事から、結界を張られたんだとすぐに分かった。推測するに、ジェイクさんと同じ術式だろう。
「さぁ、邪魔者は居なくなった…。一つ訊いていいかい?」
「なんだ…?」
「仲間に成る気は無いかいっ?」
「……お断りだ」
喜々とした顔で、仲間のお誘いが来た。答えはもちろんNOだ。こんな奴と居たら何時、何をされるか分かったもんじゃない。
しかし、目の前の敵は俺より数段格上だ。圧倒的な存在感。隠し切れないほどの滲み出る殺気。そういったモノが俺の本能に逃げろとさっきからずっと叫んでいる。逃げる場所なんて何処にもないがな、と自分で自分の本能にツッコミを入れた。それが、あまりにしょうもなく、思わず口が釣り上がる。
「そりゃ、そうだよね、それなら……」
まるで、そう答えるとわかっていたかのようにあっさりと退いた。少年は手で顔を覆い、薄ら笑いを浮かべる。そして途中でその笑いがピタリと止まった。
辺りの空気が急に凍てつく。それとは逆に俺の身体にはどっと汗が吹き出してきた。
(来る…‼)
「殺さない程度に生け捕りと行こうかっ‼」
少年との距離はわずか5m程しか無かった。なのにも関わらず、少年……敵は、俺を遥かに通り越すようなスピードで接近して来た。右手に握られている大剣が上へと構えられる。
俺はそれを受け止めようとはしなかった。なにせ、圧倒的なまでに重量感が溢れるあの武器だ。まともに受けたらどうなるかは軽く予想出来る。また、敵の実力が知れないのだ。尚更、安易に突っ込むべきではない。さっき学んだ事ではないか。
まずは距離をとって、様子見をすべきだろう。
剣をギリギリまで引きつけた後に右に向かって、ドッジロール。回転直後、足をクロスさせ着地後に解き、後ろを向く。
敵を見ながら、薄いバリアを展開してバックステップ。あの武器なら地面に当たった場合、地面が砕け、破片が飛んで来る可能性が有るからだ。
敵の剣が、振り降ろされ、地面と接触。
ドォォォォォン‼
爆音と共に、予想通りに地面が爆ぜた。バリアが爆ぜた破片を受け止める。それに伴い、砂煙が発生。バリアのお陰で、目をやられることは無かったが、辺りがまるで見えなくなる。
『危険です。上空に退避するか、さらに後ろに下がるか、どちらかを勧めます』
「魔力の無駄使いは避けたいな…。もっと、下がるか」
さらに、バックステップし続ける。四、五回続ける内に、砂煙の中から脱出する事に成功する。ひとまず安心…と言うわけにはいかない。さっき見たあの、脚力なら一瞬で間合いを詰めることが可能なはずだ。
「…………」
剣を構え直し、意識を砂煙の中へと、集中させる。砂は空へと向かってもうもうと巻き上がって行く。その光景を視界の端に捉えておくと、異変を感じた。
「なんだ…? この音」
何かが空気を切り裂く音が聞こえる。前に聞いたことがあるような…?
「って、俺の烈衝牙と同じだ!!」
取り敢えず、今立っている場所から離れる。次の瞬間にさっきまでいた場所の地面が二つに割れた。
明らかな敵の攻撃。しかも、俺を狙った攻撃。つまりは俺の位置があの砂煙の中からでも分かっているという事だ。
姿が見えないのは俺だけという事になる。不利なのはこちらの方だ。流れを変えないと。
「風よ!」
風で、砂煙を吹き飛ばす。煙が吹き飛んでいく中、あるところだけ不自然に煙が飛んでいっている。
(そこか……)
全力で、そこに駆け込む。ある程度近づいてから、ジャンプで一気に間合いを詰める。
「はぁぁぁああっ!」
横に一閃。だが、敵はそこにはいなかった。剣が空を切る。
「甘いよ」
上からの声。敵は、俺の切るタイミングにあわせて、上に跳んでいたのだ。
「さぁ、空中では身動き取れないね?」
「しまっ……」
上を向くと敵は笑みを浮かべて既に大剣を振りかぶっていた。風で飛翔しても、この距離なら直撃は免れない。
––––回避不能。
脳裏にそれが思い浮かぶ。
『風よ!』
「くっ…!」
「くははっ!」
リゼットは機転をきかして、俺の魔力を使い風のバリアを張る。
俺は剣でガードの構えを取る。
敵はその大剣を振り抜く。
「っ!」
だが、馬鹿正直に受け止める気はこっちには毛頭ない。『止める』のではなく『逸らす』のだ。
敵の斬撃に剣を斜めに合わせてその軌道をずらそうと試みる……が剣と剣がぶつかり合った瞬間にそれは無理な事だと気づいた。
「…ぁ…」
剣が接触した瞬間、チーズのように簡単に俺の剣がスライスされた。
考える間もなく、次はリゼットが展開したバリアに当たる。しかし、これもまた剣と同じような事の繰り返しだった。
圧倒的なまでに重量感あふれる武器が俺の視界を覆って行く。しかし、その覆うスピードは限りなく遅い。だからと言って、身体は動かなかった。
人間は死ぬ直前、知覚が何倍にも膨れ上がり世界がスローになると聞いた事がある。正しく今がその時だろう。
走馬灯––––転生前から今現在までの出来事が次々と出てきては消えて行く。転生前のろくでもなかった人生。こっちに来てからは幾分はマシになってきた新たな人生。今、その幕は閉じる寸前たが。
どうやったって、あの大剣ではバリアジャケットも意味を成さないだろう。
目を閉じる。
「––––お前は、俺の……」
「…!!」
何故か脳裏にあいつの言葉が、あの光景が映し出された。憧れて、追い続けているあいつの姿が瞳の裏に出て来た。
(そうだ……!)
俺はあいつに……。
(俺はこんなところで……)
誓ったんじゃないか……。
「死ねるかぁぁぁぁあああっ!!」
『
敵の攻撃が届くよりも速く赤い球体が俺を包む。瞬く間にバリアジャケットの形状が紅と黒のツートンカラーに変化して行った。
「……」
「うーん。決まったと思ったんだけどな〜。さっきの赤いのはなんなのさ? 触れた瞬間弾かれたんだけど」
システムの書き換えが完了すると、赤い球体は役目を終えて欠片を作りながら消滅していった。
そして何故か息づかいが聞こえる程までに接近していたのに、敵は数m先に倒れていた。頭を打ったようで、後頭部をさすっている。
今起きたことから推定する限り、あの赤い球体は敵からの攻撃を受け止めてノックバックさせる効果があるようだ。確かに書き換え中は無防備だ。もしかしたら、それを防ぐ為だけの物かもしれない。となるとウィザードフォームに出てくる青い球体も同様なのか? それとも別の効果があるのか?
新たな疑問が何個も浮かぶが、今は戦闘中。今度、ちゃんとこの力を把握しておくべきだな。一応、今の所は切り札的な存在だから。
まぁ……
「すべてはこいつを倒してからだな」
正面から相手を見据えて一言。敵も、俺の視線に気づいて後頭部をさするのを止める。
「影剣」
魔力を使って剣を修復した後に影剣を左手に掴む。正直二刀流はまだ慣れない。だが、こいつを倒すには一切攻撃をさせないように絶え間無く攻撃しなくてはいけない。相手の攻撃は一発一発が凄まじく強烈だ。向こうが一撃ならこっちは数だ。
そう思うと、身体は自然に前へと走り出した。接近して右の剣を横に振る。
敵は軽い身のこなしでそれをジャンプでよけた。
(やっぱり……)
俺の読み通りだ。こいつは敵の攻撃を受け止めようとは決してしない。自分の回避能力に余程の自信があるんだろう。だが、そこにつけ込む隙があるはず…!
「はぁぁぁっ!」
すぐに左を真下から切り上げて、敵を追撃する。
「甘いね!」
敵はそれを身体を捻るだけで避けて来た。
間髪いれずに二刀を引き寄せ脇を絞って突きを同時に繰り出す。もちろん、回避出来ない位置を狙って。
「…っ!?」
(捉えた…!!)
ついに敵は大剣でガードして来た。身体が小さい分、大剣を前にかざすだけですべてをその大剣でカバーしてしまう。
剣同士が接触した瞬間、甲高い金属音と共に両腕に痺れが来る。俺は地面に足がついているので踏ん張ったが、敵は空中に居たので俺の突きにより飛ばされる。
俺は腕の痺れに構わず、吹き飛んでいく敵を裂衝牙で相手に体制を立て直させないようにそれを無数に放ちながら追いかける。
「これで、終わりだ……!」
追いついた後に背後に回り込む。後は剣をかざして、敵が勝手に刺さるのを待つだけだ。
敵との距離は後少し。前からは烈衝牙が幾重にも飛んで来ている。後ろは俺。勝利は確実だ。
しかし。
「なっ!?」
敵が突如として振り返り、俺の剣を
狼狽している隙に敵は左手で大剣を振りかざす。ギリギリの所で、よける事に成功したが、地面に打ち付けた時の衝撃波に吹き飛ばされる。
「くっ!!」
俺が体勢を立て直した瞬間には次の攻撃が既に目の前に迫っていた。
それを躱して、大剣が地面にぶつかる前に敵本体を掌底で上空へと押し上げる。
追撃しようと足に力を入れたその時、敵は届きもしないのに吹き飛びながら本人の背丈の倍はある大剣を斜めに振り抜いた。
それに構わず、跳ぼうとした。
「痛っ!?」
胸辺りからの痛みで力が抜ける。
触らなくても、見なくても分かる。これは斬られた感触だ。
「さっきの奴か……」
さほど大した傷ではない。しかし、衝撃波だけでブレイカーフォームのバリアジャケット硬度を破ったことは刃では大怪我。ブレイカーフォームではない場合は衝撃波すらも受け止めきれないということだ。
「へぇ、直撃した筈なのにね。これを耐えたのは君が初めてだよ、興奮するねぇ。もっと君が欲しくなったよ」
「うっさい、ホモ」
ホモは上空に浮かんでは俺を見下ろしている。というか、あの目は上に来いと誘っている。今度は空戦ということか。ブレイカーフォームは空戦には向かない。出来ないというわけではないが、動きが直線的になってしまう。それでは流石にあの敵には厳しい。
「システムリライト」
『
「風よっ!」
敵と同じ高さまで飛翔。敵はポーカーフェイスをきどっている。だが……。
(右手が震えているぜ?)
さっき、敵は右手で俺の剣を受け止めた。もちろんスタンがきいているんだろう。敵はもう片手しか使えない。だから、軽口もそれを隠すために言ったように聞こえた。
「だったら…!」
俺は正面から高速で近づく。
敵は左手だけで、剣を横に振ってきた。やはり考えた通り、右手は麻痺してるようだ。
すぐさま、敵の攻撃範囲から離れる。案外、防御も出来ないっていうのはキツイ。そのまま背後に回り込み後ろから突っ込む。
「ふんっ!」
敵は体勢を立て直さずにそのまま回転して大剣を俺に持ってきた。だが、そんな事は予想していた。いや、むしろそう動いてくれるのを待っていた。
パシッ!
「な、なに!?」
「ぐっ!!」
攻撃の防御は出来ない。それは敵も俺も周知のこと。だが、敵の攻撃が起きる前にそれを防御すると? 攻撃を作り出す、腕の振りを止めることは可能かもしれない。その可能性にかける。
俺は右手で敵の肘を止めた。大剣をぶんぶん振り回すほどの力だから、右腕が悲鳴を上げた。
敵の懐へそのまま潜り込む。敵は今無防備だ。多少食い違ってでもかなりのダメージが狙える…!
「はぁっ!!」
左手に持ち替えた剣で渾身の突きを放った。そのまま届くかと思いきや敵が即席で作った薄い魔力バリアに阻まれてしまう。貫通はしたものの入りが浅かった。
その隙に敵の膝蹴りが俺の腹部に直撃。あまりの痛みに体がくの字になった。それと同時に両手も離れてしまった。
「くははっ! チェックメイトだ」
敵が頭上に大剣を持っていくのが分かる。このままじゃ、真っ二つだ。くそ、あともう少しだったのに…! 俺はいつもあと一歩のところで…! あとはあの剣がもっと奥に刺さるだけなのに!
「届け……」
心の中で切に願う。……またあいつの姿が浮かんだ。
––––願うだけでは駄目だ。
「……それを叶えるために行動するんだ」
痛みを振り払って願いを叶えるために行動を始める。前をはっきりと見据えて集中した。
見据えた世界はスローモーションだった。敵の大剣からの斬撃も近いがゆっくりと迫ってくる。走馬灯では決してない。さっきとは違う気がする。まぁ、死ぬつもりも毛頭ないがな。
声も出せない。リゼットに念話を送っても返事が来ない。一瞬でそれを行動した。
(今しなくちゃいけないことはただひとつだ)
未だ大剣の攻撃は続いている。木々の揺れや服のたなびきは動いていないくらいにゆっくりだが、大剣だけは目に見えて他より速く動いている。
まずは攻撃範囲から右足を軸に身体を回転させて最短で逃れる。敵は俺の動きに反応出来ていない。間髪入れずに足を振り上げてそのつまさきで剣の柄を蹴った。
剣が完全に敵を貫く。それを確認した瞬間、頭に稲妻のような衝撃が走った。
「くっ…!」
頭を抱えて、目を閉じてしまった。敵の目の前だからすぐに開こうとするが中々開けられない。リゼットに念話で状況を聞いてみる。
《リゼット!! 敵はどうなった!!》
『マ、マスターは一体なにをしたんですか…?』
《後で話すから敵はどうなったって聞いてるんだ!!》
頭がズキズキと痛む。耳がキンキンと鳴り響く。
「くははっ…今の反応……僕でも見えないなんてね……ホントに欲し……」
リゼットの返事を待つこともなかった。敵の声が下に落ちて行く。恐らく敵の身体も一緒に。
『敵の気絶を確認。戦闘終了です。結界の崩壊が始まります!』
戦闘終了、その言葉で充分だよリゼット。
俺はそこで痛みに耐えれずに意識が途切れた……。