川内「そうだ、パーティーをしよう」

那珂を再び襲う理不尽な仕打ち。そして吐息が白い厨房で作られるものとは。

クリスマス、誰もが夢を見るこのイベントで、このパーティーに参加した八人は地獄を見る。

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閲覧頂きありがとうございます

二作目です。相変わらず"まんま写し"で所々オリジナル要素が入っています。苦手な方はブラウザバック推奨です。




野外でクリスマスパーティー【巡洋どうでしょう】

 冬も本番になり、海風が氷の礫をこれでもかと煽るようになった。そんなある日の深夜十二時。基地のロビーにはあのメンバーが集結し、何かを話しているようであった・・・。

 

「外でパーティーをしようよ」

 

 藪から棒に川内が口にしたその言葉に真っ先に反応し、批判したのは勿論、

 

「何でよ」

 

すっかり寝ていたところを起こされた一人、那珂である。だが、

 

「そうだな、それもいいかもな」

 

賛成の意を唱えたのは、ダウンを着込んで外に出る気満々の天龍。

 

「よっし!じゃあ行こうか!」

 

同じく防寒バッチリの川内が立ち上がり右手を上げると、それに従うように青葉と天龍も立ち上がる。

 

「あれ?この場で仲間はずれなのって私だけなの」

 

そう不安に駆られる那珂は、周囲を見回す。するとまだ一人立ち上がらずに、ソファーに横になったままの人物がいた。その人物を川内は肩をゆすって起こす。ゆっくりと身体を起こし、目は半開きのままの彼女は、まだ夢現の渦中にあった。

 

「・・・・・・なんでこんなじかんに?」

 

誰に言っているのかは明確でも、どこに向けているのかは一切不明な呟きの主こそ、この遠征隊・天龍組では那珂に次いでオーバーワークをしていると思われる、”白いモコモコした何か”を着ては営業回りをしている夕張である。彼女もまた、睡眠中を叩き起こされた一人。ちなみに本日も北方方面(大湊)や南西方面(佐世保)、ついでに横須賀で那珂と共に遠征という名の営業ライブをこなした・・・、いえ、こなして頂きましたありがとうございます。

 川内に腕を引っ張られ、仕方なく立ち上がった夕張は、川内に誘導されながら、よく分からないうちに萎んだ例の着ぐるみに入れられてしまう。バッテリーもいれられ、空気で膨らみ、夕張改めモコモコが見参。

 

「あれ、なんで私これ着てんのよ?」

 

とようやく正気に戻った時すでに遅し。もう参加を拒むことは出来ない。計画通りと言わんばかりに不敵な笑みを見せた川内。

 

「那珂ちゃんも、やるよね」

 

 逃げ場はない、断る余地もない。断らせてはくれない。と察した那珂は渋々防寒具を羽織るのであった。

 

 

 玄関で川内からある衝撃の事実が告げられる。

 

「パーティーといえばさ、豪華な料理だよね」

「そうだねぇ。食べたいねぇ」

「食べられよ!那珂ちゃん!」

「ほんとに?嬉しいなぁ。誰が作ってくれたの?鳳翔さん?間宮さん?まさか川内ちゃん?」

「まさか・・・・・・。

――あなたです!」

 

 川内は楽しそうな笑みを浮かべて指をさす。那珂のブーツを履こうとしていた動作が止まり、

 

「ハァ?」

 

と言いながら振り向き、川内を睨み付けた。那珂は急いでブーツを脱ぐと立ち上がり、

 

「何で私が作んなきゃなんないの!?」

 

と反論するが、それに川内も反発し、言い争いが始まる。

 

「だって思い付いたの今日だもん。間宮さんはお店で忙しいし、鳳翔さんはご飯当番じゃないし」

「アンタが作ればいいじゃん!料理上手いんだからさぁ!」

「あたしが作ったって何も面白くないじゃん。ここはさ、いっちょ那珂ちゃんの女子力を見せてやろうよ!」

「何でこんな真冬に、それも外で見せなきゃなんないの!?月一で当番の時見せてるじゃん!」

「あたし覚えてるよ・・・。あたしがまだ遠征班だった時に食べた那珂ちゃんの料理・・・。もう一回食べたいなぁ」

「あん時アンタたちみんな不味い不味い言ってたじゃないか!天龍ちゃんに至っては泣いたんだよ!?帰りてぇ・・・帰りてぇ・・・、って!」

「それも含めて、あの頃から腕がどれだけ上がったかっていうのも知りたいじゃない?

――ねぇ、皆食べたいよね?」

 

 川内のその声の後に、その場にいた川内と那珂を除く全員と、いつの間にかそこにいた月潟が、

 

「「「「食べたぁーい!!」」」」

 

那珂は苦い顔をして、天を仰ぐ。一方川内は、どうだ!と言わんばかりの顔で、

 

「作ってくれるかな?」

 

と尋ねる。否が応に作らせるつもりだ、もうやるしかない、郷に入れば郷に従えともいう。

もう抵抗も諦めた那珂は、

 

「わあった。作るよ、作ればいいんでしょ」

 

料理人になることを決めた。シェフ那珂の誕生である。

 

 

「――で、私はキッチンで作って持っていけばいいんだね」

「何言ってんの!?」

 

突如大声を浴びせられ、那珂はたじろいだ。

 

「外でするって言ったでしょう?」

「え・・・?まさかとは思うけど・・・、さっきから煙いとは何となく思ってはいたけど・・・、嘘だよね」

「そのまさかさ!!」

 

そう言って川内が指をさす先には、風に揺らめく薪の火と、20フィートのコンテナの横の扉が開けられ、開けられた扉にブルーシートを被せて屋根を作った、簡易パーティー会場なるものがあった。その光景を見て、那珂は肩を落とす。

 

「うっそ・・・」

 

 そんな那珂を知ってか知らず、川内は外へ向かいつつ那珂の腕をぐいぐいと引っ張る。那珂はそれを強く振り払い、腕を組んだ。

 

「嫌だ!私は行かないよ!」

「いいから行こうよ。ほら皆も押して!」

 

川内の声に続き、天龍や青葉が那珂の肩を押す。那珂も肩を大きく揺さぶって抵抗する。

 

「嫌だって、寒いもん」

「寒いから那珂ちゃんの手料理で温まるんじゃん」

「訳がわからないでしょ。温まりたいなら部屋で毛布でも被ればいいじゃない」

「もう・・・、提督も何か言ってやってよ」

 

那珂が振り向くと、モコモコ(夕張)に抱き付いて寒さをしのいでいる月潟がいた。その神出鬼没さに気色悪いと思いつつ、そのことは口に出さないようにしていた。

 

「提督・・・、やけに寒そうじゃん」

 

その光景にさすがに那珂も小さく吹き出していた。モコモコが無抵抗なのは、眠いからであり、加えて着ぐるみ越しに男に抱かれたところでどうでもいいためである。那珂が”着ぐるみにしがみつく青年”という異様なツーショットを眺めていると、川内が口を開く。

 

「提督もさぁ、那珂ちゃんの料理食べたいでしょ」

 

月潟は無反応であった。きっと寒くてそれどころではないのであろう。だが、その沈黙を川内は肯定と受けとる。

 

「・・・ほら、提督も食べたいってさ」

「おかしいって!!提督は絶対私の味方だって!!だってあんなに寒そうだもの!泊地に戻りたいに決まってるって!!」

「――那珂ちゃん」

 

幽かに聞こえたその声に那珂は振り向いた。その声の主は月潟。

 

「お腹空いたなぁ」

 

今度の那珂は肩だけでなく、膝も崩れた。そして諸手をあげた。

 

「あーもう分かったよ、作るよ。早く行こうよ」

 

 こうして遠征隊天龍組 (那珂・天龍・川内・青葉・夕張・神通。望月・雷・朧の三名は欠席)、加え提督によるパーティーが開催されることになった。

 

 

 

 コンテナの中は探照灯(弱め)で照らされ、床には絨毯が敷かれ、もうコンテナハウスと呼んでも差異はないくらいである。冷蔵庫は屋外、”冷蔵庫”はない。屋外そのものが冷蔵庫。そのためコンテナの脇には飲料がありったけ入れられたケースがある。現在青葉の撮っている映像に映し出されているのは、手前左に天龍、同じく右には着ぐるみを脱いだ夕張。そして扉を開け放たれ、奥には小さな長机に置かれた調理器具一式とカセットコンロ、さらにその奥には風に煽られる薪の炎と、風雪の中明かりが点いた霞んだ泊地。

 

「――かんぱーい」

 

天龍と夕張がグラスを鳴らし、パーティーの開幕が合図される。二人はグラスに少し口を付けて、口を潤す。中身は綺麗な紫色の飲料、果実の芳醇な香りがそそる。素早く飲みほした夕張は何やら英語と葡萄が書いてある瓶に手を伸ばし、空のグラスに注ぎ足した。これは恐らく・・・、いやきっとジュースである。そういうことにする。そして間もなく主役の登場である。

 

「それじゃあそろそろ、料理の方・・・いくか。那珂ちゃん!どうぞ」

 

その声の後に扉の影から現れたのは、シェフの衣装に身を包んだ那珂。

 

「ピストル那珂へようこそ。撃ち抜くぞぉっ!撃ち抜くぞぅっ!」

 

と天龍と夕張を勢いよく指さした。

 

「何作るの?」

 

その川内の問いに那珂は言葉を濁した。先ほど更衣の際に泊地から持ってきた食材を眺め、限りある食材で『パーティーに相応しいような盛り上がる料理』を思考する。肉と呼べるものは鶏丸々一羽と、近くの漁協の方から頂いたエビが十数匹。熊野が買ってきたコンビニのおにぎり(無断拝借)、碇屋が趣味でやっている農園のネギなどの野菜。

 那珂の真面目な表情は数分に渡った。徐々にその顔には深刻さが覗かせようとしていた。その間に那珂以外の連中は飲物を飲んで、歓談しながら暇をつぶす。実はもう思考回路がショート寸前なのではないか、と那珂以外の誰もが思っていると、那珂の後方から一人の人物が現れる。

 

「――やっと見つけた!」

 

 那珂の隣に立ち、月潟に指をさした女性。十二月の外であるためか、コートこそは羽織っているものの、それでも圧倒的な存在感を持つ真っ赤なワンピースドレスに身を包み、小さなバックを抱えた彼女は、月潟が指揮する艦隊の機動部隊の一翼を担う、飛鷹型軽空母ネームシップ、飛鷹。

 

「おー、遅かッたなぁ飛鷹」

「『遅かったなぁ』じゃなくてっ!何でこんな寒くて貧乏くさいとこにいんのよ!早く行こ!」

 

コンテナ内で反響するほどの声量で、ヒールを脱いだ彼女はずかずかと押し入る。そして座してヘの字口の月潟の腕を掴み、あわよくばこのまま外まで引きずらん勢いで彼を引っ張った。痛い痛いと抵抗する彼のフリーな左腕を川内が掴み、動きを止めた。ただ掴んだ瞬間、今日一の大声で「痛えぇッ!!」と月潟は叫ぶが、そんなことなどどこ吹く風と飛鷹と川内は顔を合わせる。

 

「ちょっと、何のつもりよ川内。私はコイツと約束があるの。邪魔しないでくれる」

「今、提督にはあたしらの相手してもらってんの。どんな約束なのか知んないけど、偉そうに乱入してきて、挙句無理矢理連れていくのはないんじゃない」

 

二人の視線が紫電となってぶつかり合うのが目に見えた。

 

「私はコイツが『パーティーに招待してやる』って言ったから、部屋で待ってたの。でもいつまでたっても来ないから、耐えらんなくなって電に訊いたわよ。そしたら『外で川内さん達と何かやるって言っていたのです』て言うのよ。はじめは信じなかったわ、だってこんな真冬に外で何かしようだなんてどうかしてるもの。でも、あの電が言うんだからまさかと思いながら、外を中から見たわよ。すると目の前にあったのは明かりの灯るコンテナの中でわちゃわちゃ騒ぐあんた等の姿よ。もしやと思って目を凝らしてよく見たら、コイツがあんた等と飲んでんの!もう信じらんなかったわ・・・、人との約束放って置いてさ、こちとら着替えて準備万端で何時間待たされたと思ってんのよ!ウソまでついて、あろうことかこんな夜戦バカといるなんて!!」

 

ボルテージが振り切った飛鷹は、月潟を蹴って八つ当たりした。その際に手も放したため、すかさず川内が左腕を引いて、月潟を寄せる。彼が蹴られた脇腹を摩りながら、若干の蔑視を含めて川内は言った。

 

「ちょっと、仮にも上司だよ。最悪解体もんだよ、飛鷹さん」

「んなんどうでもいいの!!女との約束も守れないような男についていけるかっての!」

 

「でも」と那珂が二人の言い争いに割って入った。

 

「飛鷹さんの言うことも分かるよ。確かにこんな寒いのに野外でするのは変だよね。と言うわけでさ提督、今からでも屋内でしようよ」

 

那珂の顔は「好機」と輝いていた。これでこの寒空から逃れられる。しかし、その思いは空から零れる雪のように、淡く儚く地に落ち溶けていく。

 激怒状態の飛鷹は、未だに川内から離れない(もしくは川内が離さない)月潟にもう一発蹴りを加え、鼻で笑って踵を返した。ヒールを履かずに手に持って出て行こうとする飛鷹に、月潟は立ち上がって飛鷹を呼ぶ。飛鷹は足を止め、無言で顔だけ半分こちらに向けた。

 

「――悪いんだが、少し話す時間をくれ」

 

 月潟は深呼吸をして、飛鷹を見据えて言った。

 

「待たせてしまッたことは謝る、すまなかッた。ただな、パーティーに招待したのは嘘じゃない」

 

 飛鷹は身体ごとこちらに向き直り、両手を腰に当てた。0

 

「嘘じゃないなら今から連れてってよ。私がアンタに待たされた四時間半を埋めてよ」

 

 飛鷹のその言葉の後、月潟はゆっくりと飛鷹に歩み寄る。

 

「え・・・?提督、行っちゃうの?待ってよ!」

 

その行動に川内は月潟を引き止めようと手を伸ばすが、その手は月潟の制服の裾を掴むことなく、距離を離された。月潟の様子を見た飛鷹は、機嫌の悪い表情が少し和らいだ。

 

「ふーん、まぁ普通はそうよね。私の方が・・・」

 

飛鷹が言い切る前に月潟は手を差し出した。それを見た飛鷹は言葉を止め、

 

「何?何のつもり」

 

月潟に尋ねつつ、飛鷹は差し伸べられた手に自らの手を乗せた。詳細と意図の不明な誘いに乗ったのを確認した月潟は、

 

「ようこそ、俺たちのパーティーへ」

 

飛鷹の手を引こうとしたが、その言葉を聞いた飛鷹はすぐに手を振り払った。

 

「ちょ・・・、マジありえないから」

 

そう言った飛鷹は月潟を軽蔑した表情を浮かべていた。だが、屈しない月潟はもう一度飛鷹の手を取り、

 

「まぁまぁ、一緒に飲もうぜ。な?」

 

コンテナの中へと誘うが、再び払われた。

 

「いやいや、『な?』じゃないし。私帰るし、隼鷹と飲むし、消火ポンプも調べないといけないし」

「そう言うなよ、消火ポンプなんて後日手伝うからさ。折角そんな綺麗なドレス着てんだからさぁ」

「この場でドレス着てる私ってさ、明らかにくる場所間違えた可哀想な子だし、見方変えればコンパニオンじゃん」

 

月潟は声を高らかに笑った。笑いが落ち着くと、

 

「ま、俺は飛鷹みたいな美人さんがコンパニオンなら大歓迎だけどな!」

 

そうバカなことを言って口説き落とそうとしていた。コンテナ内に残る巡洋艦たちは、そんなことで彼女が落ちるとは思っていなかった。

 

「天龍さん、注ぎますよ」

「おう、サンキューな夕張」

 

・・・というか興味なかった。強いて言えばこの状況がどう展開されるのかを機にしていたのは、月潟を離したくなかった川内と、このパーティーが屋内で開催されることを望んでいる那珂ぐらい。

 

「そ、そんなこと言っても無駄なんだから!」

 

 ちょろいもんだぜ。少しの揺らぎを彼は見逃すことなく、追撃を加える。

 月潟は飛鷹と並び立ち、手を優しく握ったまま、会場へエスコートした。

 

「――にしても綺麗なドレスだな。飛鷹の美しさがより一層引き立つ」

 

見え透いたお世辞と口説き文句に、周りで聞いていた巡洋艦たちは引いていた。ただ、一人を除いて・・・。

 

「(――いいなぁ。あたしもドレス着れば、綺麗って言って貰えるのかなぁ)」

 

夜戦バカこと川内、艤装を取っ払えば立派な年頃の乙女である。

 一方飛鷹は、

 

「分かったわよ、ここが!今日提督が!私を誘った!パーティーということでいいの?」

「あぁ勿論だ。じゃあ一緒に盛り上がろうぜ」

「はいはい」

 

見事に言いくるめられたのだった。というわけで飛鷹も参加。飛鷹は先ほどの流れで月潟の隣に座った。現在彼の隣に座るのは、左に川内、右に飛鷹。

 

「全く、何でこんなことに・・・」

 

飛鷹は渋々参加しているようではあるが、口ではそう言いつつすでに一杯目を軽く飲み干していた。

 

「それにしても飛鷹さん、今日は飛び抜けて綺麗ですね」

 

と神通が藪から棒に言った。どこからどう聞いてもお世辞にしか聞こえないセリフだが、事実現在の飛鷹はパーティーと聞いて準備したこともあってか、この中では群を抜いて綺麗であった。それには他の天龍や那珂も納得しており、言われた本人は少し顔を下に向けていた。その顔はあまり窺えなかったが、もう既に酒が回ってしまったかのように思えるほど、赤くなっていた。だが、そこで月潟は口にした。

 

「飛鷹は化粧上手いからな」

 

と、本人は冗談で言ったつもりであったらしいが、デリカシーの微塵もない彼の発言に、コンテナの中は凍り付き、飛鷹の顔は気色ばむ。

 

「――ちっ」

 

今生で最も大きいと思われる舌打ちが静寂の中に響いた。ただでさえ彼に嵌められたことと、先の発言が相まってのことだろう。飛鷹は月潟を怨敵のように睨み付けていた。

 

「ごめん、マジごめん」

 

月潟の本気の平謝り。その姿に天龍や夕張は失笑した。釣られて那珂や青葉、やがてはコンテナ内のすべての人間に伝染し、高らかな笑い声で静寂は破られた。

先ほどまでのあの嚇怒がまるで嘘のように、今の飛鷹の表情はとても柔らかくなっていた。しかし反対に、川内は若干ご機嫌ナナメである。

 

「どうしたよ、川内」

「別に」

 

月潟の問いかけにも冷たく応じていた。川内は気を取り直して、シェフ那珂に様子を訊くことにした。

 

「そういえば料理の方は決まったの?」

 

那珂は自分の思い通りにならなかったこともあって、気分が急降下してしまい、すっかりやる気を失っていた。

 

「んー、そうだねぇ・・・、エビいっぱいあるし、エビチリでも作ろっか」

 

 ようやく決まった料理に、メンバーは手を叩いて賛同した。すると天龍が手をあげて、那珂に尋ねる。

 

「一ついいか?那珂」

「何?」

「期待していいんだよな」

 

そのある種の意味では暴言ともいえる言葉に、那珂は一呼吸置いて、

 

「勿論だよ」

 

と自信満々に言い切った。その答えにメンバーは再び手を打った。天龍は喝采の中、一人ふとスマホを見ていた。ある事に気付き、那珂にその事実を言う。

 

「那珂ー」

「何?どうしたの?」

「今、日付変わった」

 

泊地のロビーに集まったのが十一時になるかならないか位であったため、企画が殆ど進まないまま既に一時間経ってしまった、ということになる。

 

「オレ、現時点で何してるのか疑問になってるんだけど」

「奇遇だね天龍ちゃん。私もだよ」

 

そう言うと那珂は川内を一睨みするが、当の川内はこの会場唯一の照明である、探照灯を神通と一緒にバッテリー残量や位置の調節をしていたため、通じることはなかった。

 

 調理開始。

 

「こんなに低い厨房は初めてだね」

 

と那珂は初っ端からクレームを放つ。

 

「私、悪いけどギックリってなったら帰るよ」

 

笑いを取りながら下準備を進める那珂の姿は、特に身体を逸らせながらしている姿は、背景に『ゴゴゴゴゴゴ』とかいう文字が出ていても違和感が無いほどであった。尤もそれは格好つけているのではなく、腰をやっちまわない為に逸らせていたため、那珂自身は腰の防衛に必死なのである。

 

「なんか、おつまみでも欲しい?」

 

那珂の提案に皆が賛同した。

 

「だって夕張ちゃんも、ワイン(?)飲みほしちゃって、日本酒(?)に手ぇ出しちゃってるから」

 

川内のその言葉に視線は夕張へと集束した。夕張の傍らには既に空になった瓶と、新たに開けられた一升瓶があり、彼女のコップには透明な液体が注がれていた。少女・夕張。この年にして既に酒好きである。

 

「じゃあつまみ作るからね」

「エビの塩焼きが・・・」

 

という月潟の要望に、

 

「エビの塩焼きぃ?・・・・・・バカじゃないの、提督」

 

と堂々と吐き捨てたのである。その暴言を周りが聞き逃すはずもなく、

 

「おい!提督にバカっつったぞ!!」

 

川内が真っ先に反応するが、那珂の言葉にもちゃんと理由はあるわけで、

 

「これからエビチリ作るって言ってるでしょ?なんでエビ焼いちゃうの?」

 

メインに使う分が無くなってしまっては元も子もない。が、もう一人月潟と同じことを言う者がいた。

 

「いいねぇ、食べたい」

 

酒好きアクター・夕張。こいつもか・・・と那珂は心で思った。しかし改めてエビの量を見ると、エビチリに入れるにはあまりに多い。ざっと見ただけで二十匹はいる。これをすべて頭を取って、殻を取って、背ワタを取って・・・、何てしていたらそれこそ日が暮れて・・・いや朝になってしまう。自分の作業量も考慮した結果、那珂の出した結論は・・・。

 

「じゃあこのデカい丸々一匹のやつでも焼いてみる?量あるし」

 

那珂の計らいに柏手喝采が巻き起こる。しかし結局のところ背ワタは取るので、そこだけは面倒そうであった。那珂が背ワタの除去作業を進めながら喋っていると、ある人物が細く白い棒状の何かを口に加え、ジッポーを取りだし火を点けた。それを発見した川内は声を大にして、

 

「モコモコ、たばこ吸ってんじゃねえよ!イメージ悪いでしょ!」

 

既に火を点けられた後だったため、誰も取り上げたりしなかった。彼女の行動は世間的に見ればこそ、良くないことであるが、この場でそれに静止を呼びかけるものはいなかった。むしろ笑うくらい、夕張本人を含めて笑顔がコンテナ内にあふれた。

 

「何やってんのよ、バリちゃん」

「大体私だって別にやりたくてやってるわけじゃねぇんだよ」

 

酒好きやさぐれ喫煙女子アクター・夕張、だんだんと変なネーミングが追加されていく。しかし、彼女の意見は割と事実で、遠征隊に入れられているのは軽巡だからという理由、モコモコを着せられ、加えて那珂と共に営業を強いられているのは他の軽巡に比べて力があるからという理由。偶々に偶々が重なって彼女にとってはこの上ない理不尽な理由として仕上がっていたのだ。遠征隊として派遣されると、大体機嫌が悪い。これは自身の言う通り、「やりたいこと」ではないからで、本当にやりたいことは「過積載といってもいいぐらいの兵装での敵の殲滅」といった戦艦クラスの願望である。そして言うまでもなく、本日も不機嫌である。

 

「人の誕生日だってのに夜中に呼び出してよぉ」

 

そう言って煙を吐いた。そう、本日(正確には昨日)は彼女の誕生日であった。軽巡洋艦・夕張の誕生日ではなく、人としての誕生日だったのだ。やさぐれた夕張に那珂は昨日の遠征での微笑ましい出来事を吐露した。

 

「昨日だって子供たちに囲まれて大人気だったでしょ?」

「いいからエビ焼けエビ焼け」

 

しかし那珂の放ったエピソードはあっさりと跳ね返されてしまった。

 

「何だ?お前この野郎」

 

那珂も遂にアイドルらしからぬ発言が垣間見えたところで、那珂自身も自らにストップをかけ、調理の続きを再開した。調理台の隣に置かれているウォータージャグのレバーをひねって手を洗った。

 

「――あーこの水をお湯にしてくれたのは賢いね」

 

と、発案者を褒めると、すぐにその人物が声をあげる。

 

「そうでしょ?あたしの心遣いです!!」

 

川内である。既に入っているのか、いつもよりの多めな声量である。ちなみに普段は夜になるとただでさえ、「うるさい」のだが、今はそれよりも多めであるため・・・。

 

「あのね、川内ちゃん。声デカいから」

 

と那珂が流れるように指摘すると、同じく近くいた天龍もまた、

 

「割れてるから、マイクに一番近いから」

 

と笑いながら指摘した。普段クールにオレ様気取っている天龍が、ここまで笑うのもこういう席だからこそである。

 

「キミの声は一々カチンと来るんだよ」

 

そう那珂がエビを十数匹ほど乗せた皿を手に言う。言われた川内は、

 

「・・・そうですかそうですか」

 

と声量を自重して、控えめに言った。

 

「そういえば飛鷹さんは吸わないんですか」

 

夕張は突然飛鷹に尋ねた。何を隠そう、飛鷹も夕張と同様に喫煙者であり、仲間なのだ。ゆえに夕張は、普段飲み会の席で喫煙している飛鷹が今日はお酒にしか手を付けていないことに疑問を覚えていた。

 

「今日は元々吸わない気で来たから、いい。服に臭いついてもヤだし」

 

と飛鷹は答えた。それを聞いた夕張は即座にタバコを口から離し、

 

「ご、ごめんなさい!何も考えずに吸ってしまって」

 

謝罪しながらタバコの火を消した。それを見た飛鷹は、

 

「あぁ!ごめんね。そんなつもりじゃかったんだけど、あなたは吸ってても構わないから。私が吸わないっていうだけだし」

 

互いが譲り合う形で話は一段落ついた。

 カメラから見て、那珂の後方にある薪へエビを網の上に置こうと、那珂は後ろを向いた。その際にふと基地を見ると、ほかの仲間たちの部屋の電気が、パーティー開始時に比べて随分疎らになっていた。そしてまた一つ、明かりが落ちた。

 

「みんな寝てくよぉ。そらもうすぐ夜中一時だもん」

 

良い子は寝ている時間なのである。特に特Ⅲ型の自称”一人前のレディ”は、このパーティーが始まる前には既に眠ってしまうくらい。きっと今頃夢の中でいい思いでもしているのだろう。そして覚めたらまた悲しそうな顔をして起きてくるのだ。

 

「あと何時間かしたら、お隣の娘たち帰ってきちゃうでしょ?」

 

「お隣の娘」というのは、碇屋が率いる艦隊の遠征隊のことで、この遠征隊は昨日の夕方にここを発ち、日をまたいで明け方に帰ってくるという遠征に出かけている。つまりこの者らがこの場でパーティーをしているという事実を知らない。

 エビを無事網の上に置き終えると、安心したのも束の間。コンテナ内へ向けて風が吹き込む。煽られた火の猛威に震えながら、那珂は即座に離れた。風は中にも吹き込んだため、中にいた者らも思わず身を縮ませた。

 

「すごい厨房だねぇ。息が白いよ那珂ちゃん」

 

と川内が笑うと、

 

「寒いよ!そりゃぁ・・・十二月の外だもん」

 

那珂の口元からは白い息が漏れていた。

 下準備が順調に進んでいき、那珂の集中も徐々に長くなり始めたころ。月潟がある事をぽつりと口にした。

 

「そういえばモコモコにカレシが出来たんだッてな」

 

夕張は煙を失笑と同時に吐き、小さな声で、

 

「――なんですか・・・?」

 

と尋ねた。それを見た天龍は、

 

「お前、自分の地元の・・・」

 

それ以上は笑いに揉み消されてしまったが、夕張の勘違いを見事に指摘した。指摘上手の天龍である。

 

「え!?何その話!?あたし聞いてないよ!?」

 

川内は自分だけ蚊帳の外で驚いたのか、月潟の袖を強く引っ張るが、彼は差し置いて話を進めた。

 

「モコモコの話をしてんだろ?」

「『ペンさん』だろ?この間共演してたじゃねえか」

 

天龍の言う『ペンさん』というのは、この間の遠征先にいたマスコットキャラで、デカいペンギンである。その際にマスコットキャラ同士ということで共演し、彼氏彼女という関係(設定)の契りを交わした・・・らしい(この事実は夕張自身に知らされておらず、契りを代わりに交わしたのは那珂である)。ちなみにペンさんの中身も艦娘であるらしいが、明確なことは分かっておらず、ただ、夕張曰く「艦娘であることを言ったら抱き付く回数が一気に増えた」らしい。そして着ぐるみ越しに荒い呼吸が聞こえたとか・・・。

 ――で、そのペンさんの話をされた夕張は、一服を決めた後、

 

「売れてんですか?」

 

と一言吐き捨てた。その言葉は煙を吐くことよりもずっと適当であった。

 

「ペンさんッていうカレシがいるんだよ?」

 

と月潟がもう一度言うと、「あらそう」と灰皿に灰を落とし、

 

「へぇー、素敵じゃないの」

 

と本当に興味なさそうに述べた。「お前のことだろ!」という月潟の突っ込みがさく裂した。

 一方で調理を続ける那珂は、ある悩みをコンテナ内の誰かに言う。

 

「風が強くて一向にエビに火が当たらないんだけど」

「下に下げようか、提督!行って!」

 

そう川内が彼の背中を叩くと、「何で俺なんだよ」と愚痴を挟みつつ、立ち上がって薪の傍へと向かった。

 

「どうやッて下ろすんだよコレ」

「ネジがあるから、少しずつね」

 

川内の指示に従って、彼はネジを緩めて慎重に網の高度を下げていく。ここで一気に緩めてしまって、エビに火があたるどころか、火に埋まってしまうくらいの地獄絵図を見せてくれてもいいんだが・・・、と青葉は心で期待しながら思っていた。

 

「気を付けてよね提督。せっかく提督が食べたいって言ったんだから」

「提督が焼けそうだね」

 

尚も慎重に下げる月潟だが、ここで彼は誤った判断をしてしまう。彼は離れたネジを緩めるために移動した。彼が移動した先は那珂側。つまり風下、先ほど那珂が火の猛威に震えた位置であったのだ。そして都合よく、待ってましたと言わんばかりに風が吹き、火を煽り立てた。結果炎は彼の左手と下腹部を直撃し、燃え広がりはしなかったものの、熱さのあまり会場から離れて、風を浴びに行ってしまった。

 大爆笑に包まれた会場内では、

 

「今、直撃したぞ」

「ホントに?提督大丈夫―?」

 

という天龍と川内の会話が盛り上がっていた。川内が彼に声をかけると、彼はこっちを見てゆっくりと向かってくる。しかし、寒空の下で凍った地面に足を取られ、その場で見事にスッテンコロリン。それを見たパーティーメンバーは再び爆笑し、思わず彼も笑っていた。その笑みには自分を嘲笑するような笑みが混じっていた。

 月潟が席に戻ると、まず先に川内が、

 

「ごめんね、あたしがいっとけばこんなことには・・・」

 

と彼の炎が直撃した左手をそっと摩る。火傷などもしておらず、無傷で助かったのは幸運だったといえる。普段扶桑や陸奥といった、あまり運のよろしくない人と関わることが多い割には、意外な幸運であった。もしくは彼が運を奪っているのだろうか・・・。

 

「ありがとうな、でもいくらお前でもあんなことはさせらんねぇよ」

 

「いや、むしろ提督はなんで態々風下に向かったの」と出かけた言葉を飲み込んだ。

 

「でもいい撮れ高でしたよ。ありがとうございます」

 

青葉が笑顔で嬉しそうに言った。

 提督が炎上したあと、那珂はエビチリ用のエビの下ごしらえに入る。慣れた手際で剥いて背ワタを取った身に、外側から刃を入れて身を割った。それが終わると、塩焼きの付け合わせの調理に入り、野菜を適当に切っていく。

 

「すごいねぇ那珂ちゃん。おつまみを作りつつ、エビを焼きつつ、エビチリを作ってるわけでしょ。三つ一緒にやってるんでしょ」

 

と夕張が賛嘆を述べる。その言葉に那珂は、「そうでしょ」と返答し、

 

「それもバリちゃん、火といわれるものがこの二種類しかないんだよ?」

 

そう言ってカセットコンロと薪を指さす。

 

「コンロ一個にあと薪だよ?これで作ってんだから、すごいよ」

 

と、さらに自分自身を褒め称える。

 

「でもこれじゃあ時間かかるね」

 

そう川内が零すと、天龍が苦い表情をこちらに向けた。

 

「早くしないと隣の遠征班が来ますよ」

 

と夕張が先ほども誰かが口にしたセリフを繰り返した。すると「あのね」と川内が口をはさむ。

 

「遠征の娘たちならまだいいんだよ。その後六時とか七時になってごらんよ。碇屋提督が起きるし、ウチの遠征隊の娘達も仕事始めるよ?それに十時なったら呉の方から監査の人が来るってんだよ?ね?」

 

川内は月潟に確認を取ると、飛鷹にお酌させられており、川内には顔を向けないまま声だけで、「うん」と返事をした。川内は那珂たちの方へ向き直って言う。

 

「こんなことしてたら怒られるよ!」

 

そうだそうだ、と天龍や夕張が笑う中、那珂も便乗して、

 

「『何やってんだ!』――いや、パーティーを・・・って?『うるせぇ!この野郎!』って言われてお仕舞だよ」

 

コンテナに笑い声が大きく反響した。笑い終えた川内は先の会話を踏まえて、改めて那珂に一言いう。

 

「十時までには終わらしてよ」

「何バカなこと言ってんの?あっという間に終わるよ?楽しい時間はすぐだよ。楽しんでおいてよ、終わっちゃうからすぐに」

 

楽しい時間はすぐなのに、料理は全然すぐじゃないな。と何人かが思っていたが、口には出さなかった。

 そして遂に、

 

「それでは皆さんおまちどうさまでございました。エビの塩焼き・無農薬野菜添えでございます」

 

エビの下に野菜が敷き詰められているだけだが、エビの赤色と野菜の緑色がいい具合のコントラストで食欲をそそる。コンテナは喝采に包まれた。そしていざ実食。

 

「・・・・・・うまい!」

「おいしいでしょ?」

 

食べた夕張の顔からは笑みが零れていた。那珂を除く全員が食べ、評価のほどは・・・。

 

「いやー、これはおいしかったよ」

 

川内が言葉の後に拍手をすると、それに続いて皆が手を叩いた。こういうシンプルな料理は非常にウケがいい那珂である。

 続いて、一つを終えて安心したのも束の間、料理はまだまだ終わらない。那珂はある物体を手に取る。

 

「――この鶏・・・。どうすんのよ、これ」

 

鶏丸々一羽。そのまま焼けば美味しそうではあるが、折角のこの機会であるため、パーティーらしい料理を模索中、那珂はある部分を発見する。

 

「ここに何か入れたくなるね」

 

そう言ってお腹の中に手を入れる。ここで月潟が、

 

「ちょッと那珂ちゃん。女の子が穴に手ぇ突ッ込むのはどうよ?」

「ハァ?何言ってんの?そうだ、提督はさぁ、ここに何入れたい?」

「うーん、ネギとか?」

「採用!!」

 

入れることになりました。碇屋提督が仕事の傍ら、栽培していたネギ。ちなみに先ほどのエビの下敷きにされていた野菜も、彼が作ったもの。無農薬なので非常に安心。

 

「まだ入るよ、何入れたい?神通ちゃん」

「え?・・・・・・うーん、と。ご飯とか?」

「採用!!」

 

入れることになりました。那珂はボックスを手探りで探す。

 

「――焼豚おにぎりって良くない?」

 

那珂が取りだしたのはコンビニのおにぎり数個。その発想に思わず全員が声をそろえて、「何それ」と笑った。那珂は逆に不思議そうな顔で、

 

「ご飯だよ?」

 

と断言した。しかし川内は退かず、

 

「おにぎり入れんの?」

「仕方ないでしょう」

「そうだね・・・」

 

元々、準備をしたのは川内自身であるため、言われたところで文句は言えないし、言える立場でもない。すると天龍は、那珂の手にある他のおにぎりにも注目したようで、

 

「海苔は?」

 

と尋ねると、またも「どうして?」と言いたげな顔で、

 

「入るに決まってるでしょ」

 

もう聞いている他の面々は笑いが漏れてきていた。

 

「おにぎりそのまま入れるんだから、海苔も入るに決まってるでしょ」

 

那珂がネギを切ろうと俎板の上に置くと、再び天龍が那珂に尋ねた。

 

「入れてもいいけど、ちゃんととれよ」

「あ?」

「出してよ」

「出さないでしょ」

「出すだろ」

「出さないよ。食べられるの入れるんだから、これ(おにぎり)メインだよ」

 

そして衝撃の料理名が発表される。

 

「”おにぎりの鶏包み”だよ」

 

再度笑いが巻き起こり、川内が代わって那珂に尋ねる。

 

「じゃあ、おにぎりに染み込んだ鶏のエキスを楽しむってこと」

「そうだよ。だからまわりは捨てるよ」

 

似たような、といったら申し訳ないかもしれないが、北京ダックは敢えて皮を食べるという”身を食べない贅沢”であるが、この料理は”贅沢”というよりか、”勿体ない”に近かった。

 

「――では、このように、ぶつ切りにしたネギとかを鶏の中に・・・、ざっくばらんに」

「ざっくばらんになの?」

 

夕張の突っ込みを無視して、那珂はネギをぐいぐいと鶏の中に入れていく。ネギを入れ終えると、次はおにぎりの封を開けていく。そのうちの一つ、焼豚おにぎりを手にし、入れようとしたその時、那珂の手は鶏にではなく、自身の口へと向かい、一口かじって鶏の中へと入れた。

 

「食いかけ入れやがったぞ!」

 

と天龍を筆頭に非難するも、那珂は次の材料を探すのに一生懸命であった。そんな中、一人の人物が浮かない顔をしていた。

 

「おーい那珂ちゃん」

「何よ、提督」

「そのおにぎりさ、誰の?」

「わかんない。川内ちゃんなら知ってるんじゃない?ねぇ?」

「――んー?あぁ、あれ熊野のやつだよ」

「え?マジで?一言言ッたんだよな」

「無断だよ」

 

その事実を聞いた途端、彼の表情は一変、眉をしかめて憂鬱そうな顔をした。

 

「まじかよぉ・・・。どおりで、今日なんか機嫌悪いなぁッて思ッたんだ・・・。お前のせいか・・・」

「まあまあ提督、あの”コンビニ中毒”にはあたしがサンドイッチ買っとくからさ」

「ひどい言われ様だな。あいつの前では絶対言うなよ」

 

額に手を当てて、気を落とした月潟をよそに那珂は調理を再開した。

 

「那珂ちゃん、卵直接入れてみたら」

 

川内のバカな提案に、一度は首を傾げたが、何を思ったのか那珂は卵も丸々一個入れた。それも生で。一通り入れ終え、鶏を網の上に載せ、あとは焼けるのを待つだけ。ようやっと中断していたエビチリを再開した。

 

「よーし、それじゃあエビチリ作るよー!!」

 

意気揚々と空元気で盛り上げる那珂に、川内が一言。

 

「那珂ちゃん。今二時だよ」

「急がないとね」

 

那珂は笑みをこぼしながら一杯飲みほした。

 本格的にエビチリの調理に入り、まずネギを刻む。次いで生姜、大蒜も刻んでいく。その様はまるで台所に立つ新妻のようであり、軽やかに奏でられる包丁のリズムに、待っている皆は拍手による喝采と声援を送る。その傍ら、カメラを持って鶏の具合を撮っている者がいた。

 

「肉がねぇ・・・いい感じだよ。・・・かなりイイ・・・」

 

報告する彼女、川内の足はふらついていた。

 

「お前の酔い加減もいい感じだぞ」

「足元が覚束ないですよ、川内さん」

 

そう天龍と夕張らが彼女の酔っぱらった姿を笑っていた。――しかし、その天龍も他人事ではなかった。

 

「もうな、このV見たらな、『那珂ちゃんに料理作ってもらいたーい♡』『那珂ちゃんが嫁だったら毎日早く帰ってきちゃう♡』って思ってるやついっぱいだぞ?どうだ?」

 

那珂は切るのに集中していたのか、「うん」と一言素っ気なく返した。

 

「でもそんな男、ろくな男じゃない!!」

 

天龍の思いがけない言葉に周囲は吹き出した。そしてもう一人・・・。

 

「夕張な、早く終わってバイト行こうと思ってるから」

「朝もやってんの?」

 

天龍と川内の言葉に、

 

「そりゃあ当然ですよ」

 

と、至極当然のように答えた。

 

「夕張はな、厭らしい人間だから・・・、『今でもバイトしてんです』ってのが売りなんだぜ」

「いやいや実際問題ね。この隊長(天龍)んとこじゃ食えないんですよ」

 

大声で断言した夕張に、周囲からは非難の声などなく、ただ笑いが飛び交った。その間にもエビチリは着実に進んでおり、現在はもいだエビの頭で出汁を取り、スープを作っていた。スープができたところで、エビの頭を捨てようとすると、

 

「捨てんの、それ」

 

という天龍の何気ない一言に、川内は「勿体ない」と反応した。さらに「そう言えば」と天龍が再びある人物のエピソードを語る。

 

「夕張はあれらしいぞ、この間まで蕎麦だけで生活したらしいよ」

「昔からそうだもんね。蕎麦だけは飽きないからとか言ってさ、この間だって間宮さんのとこで食いすぎて、しばらく蕎麦がメニューから外れてたもんね。バリちゃんのせいで」

 

那珂も嘗てのエピソードトークに参加すると、再び夕張が、

 

「この隊長んとこじゃ食えないからさ」

 

普段ならば取っ組み合いのケンカに発展しても可笑しくないが、折角の酒の席であるため、ちょっと大人な天龍は笑って見逃した。

 

「ほらバリちゃん、エビのアラ」

 

そう言って那珂が紙皿に載せて差し出したのは、先ほど茹でていた大量のエビの頭。

 

「それ食えんの?」

 

という天龍の疑問も打ち砕かんと、夕張はさっそく一個かじる。

 

「うめ、うめうめうめうめうめぇ!これ美味いよぉ!」

 

と酔っ払いらしいハイテンションかつ、単純な感想を述べた。

 新たなおつまみ、”エビのアラ”が完成し、本筋に戻る。

 

「那珂ちゃん今、どんな過程やってるの?」

「今ね、エビを取りだしてるよ」

「エビを取りだしてんの?」

 

夕張とエビの支度をしている那珂が会話をしているところに、エビを齧っていた天龍が、

 

「夕張、カメラ・・・そっち向けて」

 

と那珂の方へ向けるように示唆すると、

 

「バリ!早く撮れよ!」

 

と川内が便乗する。

 

「何で私が撮んなきゃダメなんですかぁ」

 

そう言って、名前を不本意なところで略されたことにも突っかからず、渋々カメラのアングルを変えようとする。すると丁度、

 

「じゃあ、エビをさっと茹でるから」

 

と那珂がコンロの前にやってきたため、外に向ける必要はなくなり、向きはほぼ変えずに済んだ。那珂は紙の椀にいれたエビを、お湯を沸騰させたフライパンに投入した。入れた瞬間は湯気が盛大に上がるも、エビそのものの冷たさと、外気温と風で火の通りが今一つであった。

 

「いやー、これ火の弱さ致命的だなー」

 

と、まるで弱火で煮込んでいるかのように、泡も立たない様子を見て那珂がぼやいた。

 

「もうちょっと奥にやってもらえない?」

 

そう言って天龍がコンロの位置を内部に寄せる。

 

「モコモコ、ほらカメラ位置も変えないと」

 

そう川内が言うように、撮る対象が移動すれば向きも変えなければならない。夕張は力ずくで調節する。終えたところに川内が確認を取るために言った。

 

「映ってるか?」

「映ってる映ってる、すごくいい感じですよ」

 

川内が確認を終え、一息つくと、

 

「大体何で私に任せるんですか?これを。その時点でおかしいと思いません?」

 

本来ならばカメラ担当は青葉であるため、彼女がする必要は全くない。だが、いくら広めのコンテナとはいえ、一々移動していてはそれこそ面倒なのだ。そのため非常要員というわけで夕張が抜擢された。理由は勿論”カメラに近いから”。

 

「――ていうか青葉が夕張のところに行きなさいよ」

 

と、敢えて誰も口にしなかったことを述べた人物がいた。青葉は嫌そうな顔をして、

 

「じゃあ飛鷹さん、こっちのカメラお願いしてもいいですか?」

 

と返すと、飛鷹も青葉と同じような表情を浮かべ、

 

「やっぱ青葉に任せるわ」

 

とあっさりと退いた。

周囲がほろ酔いから、一人また一人とへべれけに変化したこのパーティー。那珂の料理の完成を待ちわびていた。ふと月潟の着用するコートの袖を右から軽く引っ張る者がいた。それはほろ酔い飛鷹。少し赤らめた顔で、何かを言いたそうにしていた。

 

「どうした?トイレか?」

「違う。・・・さっきはごめんなさい」

 

そう謝罪すると、飛鷹の視線は下がった。

 

「何が『ごめんなさい』なんだよ」

 

と月潟が尋ねると、飛鷹は視線を落としたまま語る。

 

「ほら、八つ当たりで蹴っちゃったこと。よく考えたらまずいよね。川内の言う通り、私は上官を足蹴にしたわけだし、罰なら受けるから、許して頂けませんか」

 

彼女ももう子供ではないため、自分がしたことと、それに対して何をすべきかを分かっていた。その姿勢を見た彼は、

 

「いいよ。今回は許す」

 

とあっさり過ちを許した。胸を撫で下ろしたのか、飛鷹からはため息が聞こえ、落ちた視線は月潟へと戻っていった。

 

「元はといえば、俺が詳細を伝えていなかッたからだしな。だから蹴られたッて文句は言えないなッて思ッてたんだ。ごめんな、俺の言葉足らずで」

 

結局双方謝罪で和解した。ハッピーエンドを迎えられ、彼の方からもため息が漏れた。

 

「もしさ、このまま私が謝らなかったらどうしたの?」

 

飛鷹の問いに返答する。

 

「お前の兵装は全部ほかの空母の皆で山分けさせて、艤装は長門の対空面の改修にでも使ッたかな」

「そ、そう・・・」

 

 引き攣った彼女の口からは漏れていないが、『謝って良かった』と心の底から痛感した。

 しかし、

 

「いやー、それにしても今日の飛鷹はホントにきれいだな」

 

と、彼女の脚を撫ではじめた。彼の顔はどこか夢現のようであった。それに飛鷹は思わず肩をびくつかせ、困惑していた。

 

「ちょ、ちょっと何触ってんの!」

「ドレスの質感もいいけど、このストッキングに包まれた脚も中々」

「触んないでって!」

 

彼女の静止を物ともせず、触り続ける彼。そしてその厭らしい手つきは脚から、飛んで肩へ。彼は彼女のを抱き寄せて、今度は腹部を撫でた。

 

「ちょ…ちょっと、いい加減に・・・・・・」

 

彼女の声は少しづつ弱くなる。そしてその表情はさらに困惑さを増し、どこか赤みも帯びていた。周囲の冷めた視線などお構いなしに飛鷹を愛撫し続ける彼は、

 

「・・・・・・いい?」

 

という耳元で彼の囁きを受けた飛鷹は、身体に電気が奔ったかのように震えた。飛鷹の身体を這いずり回る彼の手は、遂に胸元へと昇り、彼女の大きく膨らんだ果実を手にしようとした・・・・・・、その時である。

 

「・・・・・・いい加減にしろっつってんだろ!このド変態野郎がァァァァァァァァッ!」

 

と、溜まりに溜まった鬱憤とともに放たれた絶叫。ひるんだ彼の手を振りほどいた彼女の右フックが彼の左頬を直撃。無理矢理解放された彼はそのまま床に顔面から伏した。彼に刺さる視線は、外の寒波を大きく上回るほどに冷え切っている。その傍ら、那珂はエビをどうにか真っ赤にしたところで、続いてはソース作りに移行する。

 

「じゃあ!こっからは一気に行くよ!」

 

と声を張り上げ、注目を集める。油を引いたフライパンに、まずみじん切りにした大蒜と生姜を投入。先のエビとは対照に、入れた途端に音を立て、香りも立たせた。その音と香りに周囲のテンションも上がりつつあった。次に入れたのはケチャップをフライパンの底を二~三周ほど。続いて豆板醤、これは底二周分くらい。若干入れすぎと思ったのか周囲は静まりかえった。さらに、料理酒を少量と、エビのスープを入れ、

 

「これで大体味は決まるから」

 

と自信満々に言うが、周囲の反応は薄かった。それ動じることなく那珂は混ぜ合わせ、紙皿に少量取り、味を見る。

 

「・・・・・・んー、あぁ・・・んー?」

 

と明らかに先ほどまでの自身が崩れ落ちた反応を見せた。

 

「何?何?何ぃ?!」

「疑問形だったぞ!?」

 

と川内と天龍がリアクションを取っていると、

 

「・・・・・・えーとね、何入れよっかな」

「「「「「「「えっ!」」」」」」」

 

 この場の那珂を除いた人物のシンクロ率が120%を超えた。戸惑いをよそに那珂が取りだしたのは、

 

「これいれよっか」

 

豆板醤を追加、結果的に豆板醤は多量入れるようである。続いて、

 

「ピンと来ないんだよね」

 

と言いながら料理酒を近づける。すると、蓋を開けた途端、口のあたりから緑色の小さな物体がフライパンへとダイブする。

 

「今!なんか入ったよ!」

 

と笑いながら川内と、天龍が身を乗り出し確認を急ぐが、もう姿は見えなくなっていた。結果的に料理酒の蓋と、料理酒を多量。さらに、

 

「うーん、なんというかね。決め手に欠けるんだよね」

 

と味塩を多量投入。

 

「もうこれ全部同じ量入れた方いいだろ」

 

という天龍の意見を置いておいて、

 

「これがグラグラっときたら、あと最後にエビを入れて仕上げるよ」

 

 全員がフライパンに注目する。しかし、

 

「来ないね、グラグラって」

 

川内が失笑するように、ソースは凪のまま。那珂は嘆息を一つすると、背後の薪の方へと向かう。

 

「あ、鶏!忘れてた」

 

川内が周囲の代弁をした。一方で那珂は熱さに怯えながら、鶏をひっくり返す。

 

「ホントにいい具合だよ!」

 

そう報告した那珂の顔からは笑みが零れていた。

 

「――ちょ、あの・・・これ、固定できないんですか」

 

と夕張がカメラを持ったまま切ない声で言った。どうやら場所が安定しないらしく、彼女が代わりに固定していたようであった。

 

「あ、那珂ちゃん。ソースグラグラきてるよ」

「ホントに?ナイス!」

 

報告したのは那珂に次いでフライパンを見続けた夕張である。

 

「じゃあエビを入れるよ」

 

エビを入れると、ここで夕張が一言。

 

「なんか中華って音鳴るじゃん」

「だから、そこは火力なんだって!――だってほら、煮込んじゃってるもの。グッツグツグッツグツ、ダメだよこれぇ」

 

 中華とは思えないほど静かな調理である。

 

「めっちゃ弱火で煮込んでるもの。中華のエビチリをさぁ」

「食う前から不味そうじゃんこれ」

 

夕張の心無い言葉に、「美味いから、絶対美味いから」と那珂は念押しした。弱い火力でラストスパート、最後に強火(笑)で煮込み、レタスが敷かれた器に盛り付け完成。

 

「お待たせしました!エビチリでございます!」

 

いざ実食。まず隊長ということで天龍が代表して食べることに。エビを一つ摘み、口へ運んで咀嚼する。食べ終えると、表情は食べる前の高揚とは打って変わって、真剣な真顔であった。そして閉ざされた口を開いてでた言葉は。

 

「えー、美味しそうだけど、コクがなく。ただ、後味辛い」

「そんなことないよ、バリちゃん食ってみてよ」

 

那珂に勧められ、今度は夕張が口へ運ぶ。口にいれ、そのうち夕張は小さく笑い始めた。そしてその場に小さく蹲り、

 

「!!?何吐いてんの?」

 

という那珂の言葉に顔をあげて、口にした言葉が。

 

「こんなん食ったら死んじゃうよ」

「何でぇ?」

 

二人中酷評二票。今のところ”不味い”らしい。

 

「ちょっと神通食ってみなよ」

 

川内の勧めで続いての犠牲者は神通に決まる。神通は怖いもの見たさなのか、まるで子供のようなワクワクに満ちた表情で、エビを口にする。

 

「美味しいでしょ?」

「・・・えほっ、げほっ、げほ」

 

噎せたらしい。神通はそのままコンテナの端まで下がり、ゆっくりと伏した。心配した那珂が声をかけると。

 

「・・・んえっほ!えっほ」

 

そしてさらに、

 

「飛鷹さんも食べなよ」

 

そう言って皿を川内が飛鷹に近づける。若干身を引きながら、小さめのやつを摘まんで口にいれた。入れた途端その嫌そうな表情が一瞬にして驚きへと変化した。

 

「どう飛鷹さん、美味しいでしょ。これ飛鷹さんみたいな人にはいいと思うん・・・」

「・・・うぇっほ!ごっほ!」

 

ダメでした。飛鷹はコンテナの外へと飲物を、オアシスを求め逃亡。

そして那珂にとって最後の希望。比叡のカレーすら一度は平らげた月潟に、皿が回ってくる。

 

「提督ならこれでイケるよね」

 

満面の笑みの川内の手に握られていたのは、レタスで包まれた手のひらサイズ(川内基準・割と小さ目)のエビチリ。

 

「おう!全・然イケるね!」

 

そう言って川内から受け取り、大口開けて食らいついた。

 

「・・・ん!?」

 

 やっぱりダメか、と誰もが思った。

 

「辛くてうまいじゃないか」

 

しかし、一度はあのカレーを平らげた男。この程度では屈しなかった。笑顔で食べる月潟を見て胸を撫で下ろした那珂は、溜息をついて呼吸を整え、

 

「ほらやっぱり、キミらがおかしいんだよ!提督は美味いって言ってくれてるもん!」

 

だが、この状況で安心しているのは那珂一人だけである。天龍や夕張、青葉さらに川内は心配そうに彼を見つめていた。

 

「提督食べるんだね・・・無理しない方いいよ」

 

川内の気遣いを無視して、ひたすら食べ進める。気がつけば最後の一口も口にいれ、彼は諸手を挙げ、

 

「どおだぁッ!!」

 

と高らかに言った。その姿にその場にいた者は皆、彼を称えて手を叩いた。拍手喝采が巻き起こる中、事件は突然起きた。

 

「ぶぉッへぇえ!!」

 

彼が突如大きく咳き込み始めたのだ。そのまま蹲り、断続的に大きな咳が喉を壊す勢いで続く。

 

「大丈夫!?なんか飲んできた方いいよ」

 

背中を摩る川内。この想定してはいたものの、まさかこのタイミングで来るとは思わなかったため、一同大慌て。

 

「一度外に行く?」

 

川内の言葉に蹲りながら頷いて答えた。川内に介抱されながらどうにか外まで辿り着くと、

 

「・・・ッげほ・・・ありがと、あと大丈夫だ」

「じゃ、あと飛鷹さん、お願いします」

「はいはい」

 

と川内は飛鷹になすり付け・・・託し、コンテナへと戻っていった。よろよろと飛鷹のいる下へと向かい、画から外れた。

 

「提督まだ咳き込んでるぞ」

 

天龍が指をさした先にいたのは、コンテナの扉に隠れ、再び咳き込む月潟。起き上がった神通も外にある飲物を取りに行こうと、外へ出た。すると、お茶を片手にした神通が笑いながら那珂の肩を叩く。

 

「吐いた」

 

と神通が指をさす先には、嗚咽を漏らしながら嘔吐する月潟であった。そして今度は飛鷹に背中を摩られていた。

 

「やっぱり初めて食べる人はそうなるんだな」

 

天龍がポツリ呟いたその言葉、なぜ天龍が無事で平静を保っていられるかというと、元々辛いものが得意ということ以外に、那珂の料理を過去に食べたことがあったからだ。パーティー開始前に那珂が言ったように、過去に天龍は長期遠征で那珂の手料理を食べた際に、その驚きの味とインパクトに思わず涙を流した。ついでに同行していた川内と青葉、朧と雷と望月も犠牲になっている。そしてそれが約一週間続いたのだから、嫌でも慣れてしまうものである。勿論全部の味が”アレ”だったわけでなく、好評だったものもある。

だが現状、眠い目を擦って過酷な環境で調理をしたのにも関わらず、本命のエビチリがこの通りの有様で、一人を嘔吐させた事実。ただでさえ日々の労働で溜まっていたストレスが、今、怒りとして昇華されようとしていた。

 

「どぉーだ!思い知ったか!!」

 

既に限界点に達しそうな那珂は、吹っ切れてしまって、自分の料理をもはやある種の兵器として見ていた。その那珂に川内は皿を寄せて、自分も食べてみることを推した。

 

「やっぱ那珂ちゃんの作るのはおかしいんだって!」

「おかしいな、おかしい」

「あたしたちは悪くないもんね、ミセス?」

「悪くない」

 

黙って自身の料理を噛みしめる那珂に、夕張の一言が彼女の怒りを沸点に到達させる。

 

「分かった。那珂ちゃんの味覚はおかしいんだね」

 

その意見に周囲が賛同する傍ら、使わなかったシイタケを手持無沙汰に触っていた那珂の目つきが変わる。その時!!

 

「○×△*#$%※!!」

 

と発狂し、シイタケを川内に投げた。その言葉と思しき言語は聞き取ることもほぼ不可能な域で、恐らくどの国の通訳士を連れてきても黙って首を振るだろう。

 

「お前作ってみろよ!そしたらお前が!!」

 

次は夕張に向かってまた一つ投げる。川内にはシイタケの投擲だけで終わったが、しかし夕張にはそれだけでは終わらなかった。

 

「お前この!!・・・何だ、ちっちぇガス台で作ってみろよ!!そしたらお前!エビチリ!お前!!誰だってこうなるんだよ!あんなね!エビをグツグツグツグツ煮てみろよ!こんなことになるんだよお前ら!・・・分かりもしないでぇ」

 

那珂の激昂に辺りは静まりかえるか・・・、と思いきやむしろ逆で、世にも珍しいアイドルのマジギレに当の本人を除く全員が笑っていた。その一風変わった楽しい空気に便乗し、より面白くさせようとしたのか、夕張は油を注ぐ。

 

「だって不味いもん」

「食えよお前!!早く全部食えよ!!お前なんてエビはあと半年食えないからな」

 

訳の分からないことを言う那珂に、周囲からは笑いが漏れる。そして遂に、

 

「私帰るよ!」

 

那珂はコック帽を地面に投げ捨て、踵返し泊地へと向かう。誰も止めることなく見守っていると、コンテナと泊地の中間地点のあたりで停止し、右を向いて何かを見つめているようであった。行動に疑問を抱いた川内が訊こうとしたその時、那珂はこちらに向いて、

 

「隣の娘たち帰ってきた!」

 

と大声で報告した。するとそれまで眉間に皺を寄せ、若干涙目の那珂の顔に変化が現れる。

 

「あの子たちに食ってもらおう」

 

と那珂自ら提案したのだ。無論それに反対の意を述べるものはおらず、全員(月潟提督を除く)が賛成した。どうせ余るのであろうこのエビチリも、少しでも量は減らしておいた方がいいだろう。いくら仲間に大食いで、食べられるものであれば何でも食べる”アの人”がいるとはいえ、食べ過ぎて体調を崩してしまえば、主力空母を一隻(一人)失うことになり兼ねない。そんなことも杞憂かもしれないが・・・。

 那珂が一度フレームアウトし、次にインした時に連れてきたのは、お隣の遠征隊所属である、黒髪とアンバーの瞳が特徴的な女の子、三日月。

 

「おはよう!!」

「お・・・おはようございますッ」

 

那珂に手を引かれ、戸惑いながら川内に挨拶を返す。そんな三日月に天龍は箸を持たせ、有無を言わさずにエビチリを食べるよう仕向ける。三日月も断ることなく、エビチリを摘まんだ。

 

「正直な感想言っていいからね」

 

那珂がそう言う頃には、既に口に運び咀嚼していた。三日月の喉が動いたのを見た那珂は息をのむ。口内を空っぽにした三日月は口を開き、いよいよ感想を述べる。

 

「オリジナルですねぇ」

 

当たり障りのない感想にギャラリーからは賛嘆が湧き上がった。が・・・、

 

「――げっほっ!!げっほっ!!」

 

案の定の展開に那珂も笑わざるを得なかった。その後落ち着きを取り戻した三日月は、エビチリをまるで汚いものを扱うように箸で遠くからつつき、

 

「何入ってんですか?コレ」

 

と疑問を口にする。その刹那、那珂の顔が豹変した。数秒前まで笑っていた彼女の顔が、まるで修羅と化したのだ。

 

「あんたは早く自分トコに戻りなさいよ」

 

とドスの利いた声色で三日月に言う。三日月は特に抵抗することもなく、川内や天龍らに一言いうと自らの基地へと帰還した。それからしばらく、那珂は虎視眈々と次なる獲物を狙う。その間ギャラリーは持ち寄ったおつまみで歓談に花を咲かせていた。那珂も時折外の獲物を探す傍ら、賑やかなギャラリーを覗いていた。ため息一つ小さくついた那珂が、目を擦って外を惰性で見つめていると、急にギャラリー側に飛び込んできた。

 

「どうしたの、那珂ちゃん。さみしくなったの?」

 

川内が問いかけるが、那珂の表情はさみしさを漂わせてなどいなかった。むしろ何かに怯えているようである。

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」

 

と小刻みに首を横に振りながら呟く那珂。その姿は明らかに異様であるとその場の全員が察した。問題は、”どう”異様なのか、だ。考えられるのは二つ。

 一つ、エビチリを食べたことによる何らかのショック(アレルギーとか)。

 そしてもう一つは、第三者の介入。ただこれについては介入する人物によっては反応が異なる。例えば今現在、外でご馳走を広げてパーティーをしているという状況において、最もここにくると考えられるのは、あの人だ。――そう、”ア”の人だ。だがもし仮にアの人だとするのなら、那珂の表情はこうも怯えないはずである。何せ自分の料理を食べてもらえるかもしれないからだ。食べ物に関してはこの泊地内で・・・、いやこの日本国内で最も貪欲な彼女なら、那珂のエビチリというもはや兵器言っても過言ではないようなものでさえ、平らげてくれるだろう。あくまで仮の話だ。もしも来たのがアの人で、食べてくれたのはいいが、彼女を気絶させるようなことがあれば、那珂は初めて彼女を屈服させたとして永遠に名を刻むことになるだろう。どこに名を刻むのかは知らないが・・・。

 

「おい!お前らこんな時間にこんな所で何やってんだよ!ここは泊地だぞ!?」

 

そう声を荒げながらフレームインしたのは、隣の基地の碇屋提督の側近、摩耶。藍色のダッフルコートを着込み、首にはマフラーを巻いてのご登場。可愛らしい顔とは裏腹に、

 

「何だぁ?こんなホームレスみたいなマネしてよぉ、寒さのあまり脳みそがクソになっちまったか?」

 

意外と口が悪い。口が悪い娘は月潟の下にも数名いるが、もはや上官どころか年上に対する言葉づかいではない。本来ならば即刻解体処分にするところであるが、月潟・碇屋両名はそうしなかった。なぜなら、二人とも口を揃えてこう言うからだ。「それが良い」と。

 そんな口は悪くも根は良い摩耶、彼女の左手薬指にはシルバーのリングが光っている。

 

「摩耶さんはなんでこんな時間に?まさかもう起床?」

 

そう天龍が尋ねると、

 

「まさか。これから寝るんだよ。寝ようと思って外見たら、不自然なところに明かりがあるもんだから気になって出てきたんだ」

「にしても摩耶さんがこんな時間まで起きてるなんて珍しい。仕事が間に合わなかったんですか」

「――いや・・・仕事は終わってる。・・・・・・まぁ・・・、色々あってな・・・」

 

と、はぐらかすように答えた。その曖昧な回答に那珂は、

 

「もしかして碇屋さんと”夜のお楽しみ”だった?」

 

その冗談半分の質問に、摩耶の表情は変わる。一瞬止まって顔が赤く染まり、

 

「・・・バッ・・・バカ言うなッ!!そんなわけ・・・あるわけないだろ!?」

 

大きな声で言って間もなく、そっぽを向いた。その姿を那珂らは楽しそうに眺めていた。

 

「――で、お前らは何やってんだよ」

 

話題の矛先を逸らした摩耶、そんな摩耶に那珂はあることを思いつく。

 

「パーティーしてたんだよ。摩耶さんもどう?」

 

那珂はエビチリと箸を摩耶に差し出す。摩耶も一度は身を引いたが、折角の厚意を無下にするのは悪いと思ったのか、箸を握って恐る恐るエビを口へと運ぶ。するとやはり盛大に噎せ、その後の反応は、これまでの食した人物たちとは違うところがあった。

 

「!?小刻みに震えてるよ!」

 

摩耶は身体を窄め、プルプルと身体を震わせていた。寒さの所為なのか、はたまたエビチリの驚愕の味の所為かは、彼女だけが知っている。那珂がそんな摩耶を指さしてカメラに向かって報告すると、

 

「とりあえずエビチリは大成功!ということだね」

 

と、もう自分の作った料理をドッキリの材料として扱い、カメラに向かってピースをした

そしてそのまま摩耶はパーティーに追加参戦することになり、夕張の隣に立ち、壁に凭れ

た。口では色々言いつつも、意外とノリは良い摩耶であった。

 

「すいません、こんな夜中に」

 

謝罪を述べる天龍に、

 

「あぁ、いいよ。どうせ眠気なんて微塵もなかったしな」

 

と、摩耶は気を遣って答えた。しかし、

 

「やっぱり碇屋さんとの夜は興奮して眠れない?」

 

とふざけて尋ねる那珂に、摩耶の目つきは鋭くなる。

 

「――お前、服剥いで海に落とすぞ」

「すみませんでした!」

 

即座に深々と頭を垂れた。退くのは早い那珂であった。

 その後も那珂は獲物探しを続行。それをしり目に摩耶や天龍らは適当にお喋りにしゃれ込んでいた。そこに川内が割り込んで摩耶に尋ねた。

 

「そういえば摩耶さん、あたしらの提督見なかった?」

「あ?月潟さんか?・・・・・・あぁ、あの人ならあたしがここにくるちょっと前に誰かに連れられて基地に戻ってたぞ」

 

「そうだよな、那珂」と突然那珂に振ると、那珂は肩を竦めて振り向いた。

 

「あ、そうだね。確かにさっき前を横切ってたよ」

 

その情報に川内は眉間に皺を寄せた。その傍ら、天龍は何かを思い出す。

 

「そういえば那珂、鶏肉はどうなった?」

「あ!忘れてた!」

 

那珂は急いで踵を返し、今ではすっかり小さくなった薪へと向かう。結構な時間ほったらかしていたため、火は通っているだろうが、それよりも焦げていそうという心配が天龍らの脳裏をよぎる。

 

「――・・・だいぶいい感じだよ!」

 

その那珂の陽気な声に、皆の心配は杞憂となる。那珂は熱に怯えながら大きな皿(エビのスープに使われた物)に鶏肉を移す。こんがりと小麦色の鶏肉を那珂は、エビチリを奥へと追いやって鶏肉を置く。包丁で一口大に切り分け、それぞれの皿に取り分ける途中、

 

「折角だから摩耶さんも食べてってよ」

 

そう言うと那珂は取り分けた一皿を摩耶に押し付ける。それを受け取った摩耶が、

 

「おい、なんでお握りの残骸が入ってんだよ」

 

那珂やその他この件を始めから知っている者は、そういえばと声を揃える。そして那珂は摩耶に改めてこの料理を紹介する。

 

「これは”お握りの鶏包み”だよ」

「何でだよ、どうして鶏肉をお握りに入れようとしなかったんだよ」

 

那珂は摩耶の言い分を聞くことなく、鶏肉を切り分けていた。そこで那珂は鶏の中にあるものを見つけ、摩耶の皿に載せる。

 

「――おい、何だよこれは」

 

と、疑問形で確認を取る摩耶に那珂は首を傾げて答える。

 

「何って、卵だよ」

「割ってみてよ、摩耶さん」

 

と天龍は摩耶に促す。摩耶は明らかに嫌そうな表情を見せる。鶏肉の風味が移った卵を手に取り、じっと見つめる。ふと那珂に問いかける。

 

「一ついいか」

「なんですか」

「これは”何”卵だ?」

「ん、んー・・・」

 

那珂は腕を組み、首を傾げて唸る。その唸りに摩耶の心配は増幅する一方。

 

「――蒸し焼き卵・・・かな」

 

摩耶の顔が完全に嫌な方へと傾いたところで、覚悟を決めた彼女は卵にヒビを入れた。二つになった卵が皿の上に産み落としたもの、それを目撃した者は思わず吹き出してしまった。皿の上に落ちたもの、それはぱさぱさな黄身でなどなく、白くぷるっとした白身でもなく、透明な卵白に浮かび、破けて卵白を浸食する卵黄。

 

「・・・・・・やっぱり、卵は焼けるわけがないんだよ」

 

と那珂は諦めたように言った。もうこうなってしまっては食欲も消失してしまった摩耶は、那珂らに一言お礼と注意を述べて帰るべきところへと帰っていった。

 摩耶が帰ってすぐ、次なる遠征隊が旗艦。

 

「ちょっと行ってくるね」

 

そう言うと那珂はフレームアウトした。

 

「ちょっとバリ、那珂ちゃんのこと撮ってよ」

 

夕張は「はいはい」とやる気なさそうな返事をして、カメラを外へ出し、レンズで那珂を追う。

 夕張カメラに映るのは、闇夜に紛れ、獲物を虎視眈々と狙うシェフの姿。一人また一人と泊地へと戻っていく碇屋の遠征隊。その中に一人、猫背になりながら戻る者がいた。那珂はその人物めがけて疾走、そして肩を掴み、確保して会場へと連れて帰ってきた。

 連れてこられた次なる犠牲者は、金髪団子ツインテールの少女。

 

「あぁ、あんたは確か”新人の阿武隈”」

 

川内が指をさして言った。そのまま川内は阿武隈に尋ねる。

 

「どう?ここの泊地はもう慣れた?」

「は、はい。でもあの重雷装艦の北上さんでしたっけ・・・、初日の演習でぶつかって中破させてしまってから、しょっちゅう何かにつけていじられるんですよねぇ」

「あらら、でもいじられるってどんな風に?」

「私、髪型こんなでしょ?それを変と言われたり、前髪をくしゃくしゃにされたり・・・。とにかく髪に関することで・・・」

「あー・・・、でも北上なんて前からそうだよね。那珂ちゃん?」

「え?あー、そうだね。確かに前から金剛さんの髪型を見て、『ミスド』とか『フレンチクルーラー』とか言ってからかってたしね。あと月潟提督のことを『根暗野郎』とか、『高校デビュー』とかね」

「そうだったんですか?でもどうして昔の北上さんを・・・」

 

その言葉に川内と那珂は顔を見合わせた。しばらく見合った後、何か合点言ったようで、話を再開した。

 

「そういえば阿武隈がここに来た時には、既に北上はそっちだったもんね」

「そっちって?」

「北上さんはちょっと前まで私たちと同じ艦隊だったんだよ」

 

那珂の話した事実に阿武隈は驚きを隠せなかったようだ。北上が月潟の第一基地から、碇屋の東基地へと異動したのにはある理由がある。それが発端となって月潟と北上が若干険悪となるのだが・・・、それは置いといて。

 

「まぁ、阿武隈も食べていきなよ」

「ていうか皆さんはなにやってんですか?」

「いいからほらほら」

 

と、那珂は摩耶の時と同様に阿武隈にエビチリを押し付ける。冷気に晒されすっかり冷めてはいるが、彩はいまだ健在で、

 

「これってエビチリ?美味しそうですね」

 

と、これまでの犠牲者とは打って変わって良い反応を見せる。それが那珂には嬉しかったのか、

 

「那珂ちゃんが作ったんだよぉーッ!!」

 

と大声で胸を張って答えた。それに阿武隈は、

 

「そうですか」

 

素っ気なく返した。その後すぐに阿武隈はエビチリを口に入れる。食べてすぐは表情に何も出なかったが、眉間に皺をよせ、何かに気付いた途端、やっぱり噎せた。そのまま咳を続ける阿武隈に、天龍は何を思いつき、コップに注ぐ。

 

「ほら、阿武隈。これ”水””水”」

 

そう言って天龍に貰ったそれを飲んだ阿武隈は、さらに噎せた。水を飲んだのに何故か大きく噎せた。それを見て腹を抱えて笑う天龍に、川内は尋ねた。

 

「何飲ませたの?」

「これ」

 

天龍は自身の背後から一本の瓶を取りだした。

 

「ウォッカじゃない?これ」

「そう」

「度数いくらなのそれ?」

「知らん方がいい」

 

 後々聞いたところ、この酒は天龍がパーティーを開始する前に、間宮さんのところで飲んでいた隼鷹に貰ったものらしい。偶々あった酒がそれだったから、取り敢えず貰ってきたようだ。ちなみに隼鷹はこの件に関してはうっすらと覚えているようで、「天龍に何かやったのは覚えているが、それが何なのかは覚えていない」とのこと。ちなみに隼鷹はこの後、一週間出撃以外での外出禁止と禁酒令が下された。天龍も他所とはいえ新人に飲ませたとして減給を食らった。何故か天龍だけ。

 それからすぐに阿武隈は体調不良を訴えて帰還。那珂も引き続き獲物を探すが、阿武隈がこちらに来ている間にすべての艦娘が帰投してしまったようで、泊地には海風に煽られた雪だけが騒がしく舞っていた。この場には時計を持ってきていないため、那珂は自身の携帯端末で時間を確認する。もうあと一時間もすればこの暗闇も晴れる、時刻を確認した那珂は誰にも言わずにため息をついた。パーティーのメンバーもピークが過ぎてしまったのか、壁に凭れたり、その場に横になったりと誰の声も響かず、夕張の寝息がハッキリと聞こえる。カメラも今現在起動しているのは青葉の一台のみ。

 

「――もうお開きにするか」

 

天龍がポツリと呟いた。小さなその声も外の吹雪に揉み消されてしまいそうである。

 

「そうだね。神通ちゃんもバリちゃんも寝ちゃってるし」

「片づけようか」

 

那珂が調理器具をまとめ、と川内が立ち上がり周辺に散乱するコップやお菓子などの包材を回収する。天龍は薪の火を消しに外へと出、カセットコンロといった火の始末を担当した。青葉も夕張に預けていたカメラを拝借し、コートを羽織って夜更けの外へと出た。吐く息が白く、風に攫われていく。吹雪がコートの隙間から入り込み、彼女の身体を冷やした。

 

「何してんの青葉。アンタも手伝いなよ」

 

川内の催促に青葉は、ゆっくりと振り返り答えた。

 

「まだ画的に落ちてないので、泊地やコンテナの外観でも映して落ちにしようかなと」

 

その回答に川内はため息をつく。

 

「アンタって、なんか一つの番組のカメラマンみたいだよね。とても艦娘とは思えない」

 

青葉は失笑し、ほんの少しだけ口を閉ざした。

 

「・・・・・・でも”カメラマン”かぁ。いいですね。もし戦いが終わったらそういう道に進むのもいいかもしれませんね・・・」

 

青葉は雪を浴びるカメラをそっと撫でていた。そして青葉はその場から距離をおき、カメラの電源を入れ、片づけが進むコンテナを捉え、録画を押した。

 五分くらいして青葉が外観撮りから帰ってきて、天龍らの手伝いを始めた。片づけを進めていくうちに発生する物音で、初めに神通、その後夕張も続いて起床。残った人員で上手く割り振りながら片づけていた。那珂が食器を泊地へと運んでいる途中、

 

「食器とかどうすんだよ。今から洗うのか?それとも明日・・・つーか今日の昼にでも・・・」

 

そう天龍がふと気になったことを呟くと、偶然戻ってきた那珂が、天龍の問いに答えた。

 

「今飛鷹さんが洗ってくれてるよ」

「あの人まだ起きてんの!?」

「うん、ほらケークーボの人たちも今日飲んでたらしくて、『龍驤さんたちの分洗ってるから、洗い物あるなら置いていけ』って」

 

何だかんだパーティーに参加した人たちは何らかの仕事をしていた。ただ一人していないといえば・・・。

 

「――提督・・・、あいつ生きてんのか」

「死んでないとは思うよ」

「艦娘の料理食って病気になって艦隊解隊なんてなったら、オレ責任負えんぞ」

「そうならなきゃ・・・いいよね」

 

天龍と川内が今後を恐れながら手を動かしていると、

 

「那珂ちゃんの料理は毒じゃないよーッ!」

 

と那珂が叫んだ。

 

「でもそれに匹敵はしたよ」

 

神通の言葉が那珂に追い打ちを加えた。神通の言葉を受けた那珂は黙り込んだ。そして固く閉ざした口から零れたのは、

 

「もし、そうなったら私を解体・・・」

「ストォォォオオオップ!!」

 

那珂が言葉を言い切らないうちに川内は無理矢理口をふさいだ。

 

「大丈夫!大丈夫だよ、きっと昼頃には元気になってるって!比叡さんの時だってそうだったんだから。確かに那珂ちゃんの料理は不味いよ!姉妹艦でここまで差が出るのかと思うくらいだよ!もはやポイズンクッキングレベルだよ!」

 

那珂の双眸に涙が溜まる。川内と那珂以外の人物は必死に笑いを堪えていた。

 

「だけど!料理が不味いから、下手だからって何!?それは艦娘を辞める理由にはならないよ!それに・・・」

 

川内も黙り込み、この場を静寂が包み込み、その場にいた誰もが息の飲んだ。

 

「・・・・・・折角会えた妹と、こんな些細なことで別れるなんてあたしは嫌だ」

 

その言葉を聞いた途端、那珂は後ろを向いて俯き、両手で顔を覆った。小さく揺れる肩、誰も那珂に口は出さず、彼女が自分から振り返るのを待った。ゆっくり待っていると、那珂は顔を上げ、川内らにではなく屋外に顔を向けた。そのまま何かを凝視しているので、コンテナに残った者らも気になって那珂に寄る。

 風が弱まり、雪が軽やかに舞う。敷地内の一角には一台のトラックが停車していた。この泊地において自動車の免許を所有しているのは、ここの司令官両名。しかし片方は飲酒した上にエビチリを食らってダウン中、もう一人は恐らく熟睡中。それにこの泊地にはあのような大きな車はない。よってあの車は第三者の物であるということになる。そしてこの立ち入りが制限される敷地で、ここまで進入できるのは資材や食材を運搬する専属の人のみ。

 

「――ねぇ」

 

と那珂が呟いた。天龍が「何だ」と答えると、那珂は立ち上がって振り返った。

 

「あの人たちにもコレ食べてもらおう!!」

 

満面の笑みで、意気揚々とまだ片付けていなかったエビチリ(もはや冷製)の皿を手に持った。

 那珂の機嫌も良くなったことで、一発景気づけでそういうこともいいだろうと、那珂を除いた皆は顔を合わせて頷いた。

 

「よし!行こう!那珂ちゃん!那珂ちゃんの料理の腕をその身に知ってもらおう!!」

 

と、川内が元気よく言った。その声はコンテナ内に響き、

 

「ちょ・・・お前!場所を考えろよ!」

 

天龍が耳をふさいで、小声で注意した。見回せば川内以外、ここにいる者は揃えて耳をふさいでいた。もしかしたら向こうにも聞こえていたかもしれない。那珂も耳を塞ぎながら笑っていた。笑い終えた那珂は、一つ呼吸をすると、

 

「じゃあ行こう!エビチリを盛ってやるから!!」

 

あたかも自身の料理を毒のように言い、那珂は皿を置いて、外へと駆け出した。

 

「あたしもーッ!!」

 

川内もマフラーを巻きながら急いで靴を履いて那珂を追う。

 

「よっしゃあッ!!」

 

気合を入れた天龍も、コートに袖を通しながら、雪の舞う闇を駆ける。

 

「神通さん、先に行ってますね!」

「ちょっと待ってぇ!」

 

カメラを片手に疾走する青葉と、出遅れた神通もまた、後を追う。

 

 

 大きく揺れる映像、映し出されているのは暗闇だけ、聞こえるのは激しい足音と荒い呼吸。数秒ほど、モニターの故障と誤解してしまうような映像が続いた。そして、

 

「おはよおぉぉぉぉぉぉございますッ!!!」

 

この闇を晴らさんばかりの那珂の挨拶が、敷地内全域に響き渡った。

 






ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。

よろしければ感想や"このシリーズでやってほしい"みたいな要望等ありましたら、ご気軽に書いてください。

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