ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第十一話 ブダペスト奪還作戦発動

「これより『春の目覚め作戦』を発動する。」

 レーア上級大将の命令が全部隊に向けて発令されると、クロアチア地域とハンガリー地域の境界線に沿って展開していた砲兵隊が、一斉に砲撃を始める。まだ明けやらぬ大地に砲声が連続して響き、ハンガリー側に次々に火柱が立つ。準備砲撃で十分に叩いておくことが、前進開始後の進出速度に影響してくるので、念入りな砲撃が求められる。幸い砲弾は潤沢だ。まだ砲弾を量産する工業力など望むべくもないオストマルク軍だが、世界最大の工業力を持つリベリオンが武器、弾薬を供給してくれている。

 

 ハンガリー地域との境界線に沿って集結しているのは、再建なったオストマルク軍地上部隊だ。装備は基本的にリベリオン供与のものだが、将兵はオストマルク軍再建に集まったオストマルクの将兵たちだ。連合軍各国の部隊ももちろん今回の作戦には参加しているが、原則として先日行われたマリボル制圧作戦のような支作戦や、防衛任務、後方任務などを担当しており、オストマルク奪還の中心戦力になるのは、あくまでオストマルク軍部隊だ。このあたり連合軍もかなり気を使っていると言えるし、激戦が予想される今回の作戦であるがゆえ、大きな損害が生じると予想される困難な戦線をオストマルクに押し付けているとも言える。

 

 クロアチア地域とハンガリー地域の境界には、大部分にドナウ川の支流のドラーヴァ川が流れており、西寄りの一部はドラーヴァ川の支流のムール川が流れている。これまではこの境界線上の川に沿って防衛陣地を構築していた。水を嫌うネウロイに対しては天然の要害となっていたが、いざ人類側が侵攻しようとすれば、人類にとっても障壁となる。だから準備砲撃の下で、工兵隊が前に出て盛んに架橋作業を進めている。部隊が前進を開始するまでの間に全て完成させておかなければならないので、大わらわで作業を進めている。その背後に伸びる塹壕の中で、将兵たちが前進開始の時を待っている。ひょいと頭を上げて見れば、架橋作業を進めている工兵たちの様子が見える。猛烈な砲撃の下での作業なので、ネウロイが襲撃してくる可能性は低いだろうが、それでも一番前に出て作業を進める工兵たちの勇気には感心させられる。もっとも、工兵たちに言わせれば、直接ネウロイに向かって行く歩兵たちの方がよっぽど勇敢だということになるのだろうが。

 

「前進!」

 号令がかかると、それまで塹壕の底深く身を潜めていた兵士たちが、むくむくと地中から這い出してくる。兵士たちは工兵隊が掛けた橋を渡って、ハンガリー地域へと続々と進んで行く。並走するように、無限軌道を軋ませながら戦車隊も進んで行く。後からは、牽引車に引かれた火砲や弾薬車も進んで行く。準備砲撃で舞い上がった土煙で靄がかかったような景色の中を、周囲を警戒しながら、一歩、一歩、歩を進めて行く。砲兵隊の支援砲撃は射程を伸ばして、前方遠く火柱を上げ続けている。着弾するたび轟音が響き、地面がびりびりと震え、ネウロイがいたとしてもその気配を感じ取るのは難しい。その分、目に頼って、大きく見開いた各自の目で、周囲を確かめながら慎重に進んで行く。砲撃で一帯のネウロイが全滅していれば良いのだが、そんなうまい話はないことくらいは誰でも知っている。一瞬の発見の遅れが、自分たちの生死に直結するのだ。十数年ぶりに、ハンガリーの大地を踏みしめていることに、感慨を覚えている余裕はない。

 

 同じ頃、ザグレブ近郊のルチェコ基地から、ハンガリー隊とスロバキア隊が発進する。

「全機発進。」

 ハンガリー隊隊長のヘッペシュ中佐の指揮下に、合計7名のウィッチが発進すると、進攻を開始した地上部隊上空を目指して北上する。

「ハンガリー隊は地上部隊の進路前方に出て、飛来する飛行型ネウロイの迎撃と対地支援攻撃を行います。スロバキア隊は地上部隊上空で、地上部隊の直接援護を担当してもらいます。」

 スロバキア隊隊長のゲルトホフェロヴァー中尉は短く応答する。

「了解しました。」

 

 やがて、盛んに砲撃を続ける砲兵陣地と、その先の境界のムール川を越えて、街道に沿って東北東に向かって前進している地上部隊が、眼下に見えてきた。

「地上部隊の援護に入ります。」

 ゲルトホフェロヴァー中尉はそう報告すると、僚機のコヴァーリコヴァ曹長を連れて地上部隊上空をゆっくりと周回し始める。

 一方のヘッペシュ中佐は、右手にポッチョンディ大尉とモルナール少尉、左手にデブレーディ大尉とケニェレシュ曹長を従えて、更に前進する。前方では支援砲撃が着弾し、次々火柱が上がっている。そのあたりまで前進したところで、こちらも周回飛行に入る。普通なら北東の巣のある方角からネウロイは出現するので、北東を重点的に警戒するが、回り込んでくる場合もあるので、四囲への目配りも欠かせない。また、地上型ネウロイの中には上空に向かってビームを放って来るものもあるので、下からの攻撃にも注意が必要だ。周囲はみな敵、緊張感が高まる。

 

 クロアチアとハンガリーの境界から、目標のケストヘイまでは、直線で70キロの距離、道路に沿って80キロの道程だ。何事もなければ1日で到達することも、さして難しいことではない。しかし、残念ながらそうはいかない。砲兵隊の射程距離まで進出し、支援砲撃がなくなると間もなくネウロイが出現した。ネウロイのビームが飛ぶ。兵士たちは慌てて身を伏せる。支援砲撃で掘り返された地面はどろどろだ。そこに伏せた兵士の上に、ビームが着弾して飛び散った泥が降り注ぐ。ネウロイの激しい攻撃に、兵士たちは反撃することもできず、泥の中に身を伏せているしかない。その時、誰かが叫ぶ。

『戦車が来たぞ!』

 無限軌道の軋む音と共に、地面に振動が伝わってくる。そして砲撃音。はっとして顔を上げると、見事に戦車砲が直撃し、ネウロイが砕け散る。

『やった!』

 兵士たちは思わず手を叩く。年嵩の下士官が感に堪えないように言う。

『さすがリベリオンの戦車だ。ネウロイが最初に侵攻してきたときとはまるで違う。』

 聞きつけた若い兵士が訪ねる。

『昔の戦いは違ったんですか?』

『ああ、酷いもんだった。当時のハンガリー軍は主力戦車として38Mトルディと言うのを装備していたんだが、搭載していた20ミリ砲ではネウロイの装甲が抜けず、ネウロイの攻撃はトルディの装甲を簡単に撃ち抜いて、たちまち壊滅したんだ。後は生身の歩兵がいいように蹂躙されるばかりで、俺達はただ逃げ惑うだけだった。良く生き残ったと思うよ。』

 確かに、リベリオン供与のM4シャーマン戦車は75ミリ砲を搭載していて、装甲貫徹力は段違いだ。装甲もトルディの最大13ミリに対して最大76ミリと大差がある。若い兵士は、当時の惨状を想像して身震いする。もっとも、ネウロイの方も大戦初期の実体弾を撃つタイプからビーム兵器のタイプに進化しており、破壊力は格段に高まっているので、今の戦いが悲惨な状況にならないという保証もないのだが。

 

 地上部隊の戦いが始まって間もなく、空でも戦いが始まる。デブレーディ大尉がネウロイを発見した。

「ヘッペシュ中佐、ネウロイです。北方から多数接近中。」

「うん。」

 見れば、遠くの空に小さな黒点が散っている。高度は、向こうの方が少し高いようだ。

「上昇します。正面から迎撃。」

 上昇して優位な高度を占めながら、正面から接近して行く。本当は側方か後方に回り込んで攻撃したいところだが、地上部隊の方に行かせるわけには行かないので、正面からの撃ち合いを選択する。近付くにつれてはっきりと見えてきたネウロイは、小型が20機ほどだ。こちらに気付いていないのか、高度を変えずにまっすぐ進んで来る。この分なら、有利な形で最初の一撃ができそうだ。

 

「全機突撃!」

 ヘッペシュ中佐は号令と共に一気に加速する。

「突撃!」

 隊員たちも雄叫びを上げて突入して行く。たちまち速度が上がって、ネウロイが見る見る近付いて来る。

「攻撃開始!」

 号令と共に引き鉄を引けば、先頭のネウロイがたちまち砕け散る。一瞬でネウロイの集団の上空をすれ違うと、ぐっと上昇に転じながら振り返ってネウロイの様子を見る。砕け散ったネウロイの破片が小さな雲のように広がっているのが、5か所見えた。うん、全員確実に1機ずつ撃墜したようだ。ネウロイはばらばらになって四方に散開して行く。ヘッペシュ中佐は上昇している1機のネウロイに狙いを付けて、体を捻って背後に回ると、銃撃を浴びせる。ぱっと白く光を反射する破片が広がって、2機目の撃墜だ。隊員たちもそれぞれにネウロイを追い、銃撃を浴びせている。

 

 ヘッペシュ中佐は一旦空戦域を離れて、全体を見回してみる。ネウロイは最初の一撃で陥った混乱が続いているようで、隊員たちに追い立てられていて、有効な反撃ができないでいるようだ。しかし、ふと気付けば、2機のネウロイが空戦域を抜け出して地上部隊の方に向かって飛行している。しまったと思うが、既にかなり距離が開いてしまって、今から追いかけても地上部隊への接近を阻止できそうもない。ここは、上空援護のスロバキア隊に任せるしかないだろう。

「ゲルトホフェロヴァー中尉、小型ネウロイが2機そちらに向かいました。迎撃してください。」

 

「了解。」

 小さく答えたゲルトホフェロヴァー中尉は、地上部隊の上空を離れると、ネウロイが向かって来るという北の方角に向かう。

『いた。』

 程なくこちらに向かって来る2機の小型ネウロイを視認する。

『イダニア、わたしが正面から攻撃するから、回り込んで攻撃して。』

『うん、わかった。』

 コヴァーリコヴァ曹長はさっと身を翻すと、ネウロイ攻撃に向かう。ネウロイが近付いてくる。ゲルトホフェロヴァー中尉は機銃を構え直すと、正面からネウロイに挑む。ネウロイがビームを撃ってきた。さっとシールドを展開すれば、ビームがシールドに当たって弾けて散る。案外ネウロイの攻撃は狙いが正確だ。ゲルトホフェロヴァー中尉も負けじと撃ち返す。そこへ、上空から機銃弾が降り注ぐ。連続して撃ち抜かれたネウロイが砕けて散り、もう1機のネウロイも数発の被弾を受けて回避に入る。その動きを狙って、ゲルトホフェロヴァー中尉の火箭が走る。もう1機のネウロイも空に散った。

「ヘッペシュ中佐、ゲルトホフェロヴァーです。飛来した2機の小型ネウロイは撃墜しました。」

 インカムから報告すると、ヘッペシュ中佐から応答が返ってくる。

「了解、ご苦労様。上空警戒に戻ってください。こっちももう少しで片付きそう。」

「了解。」

 ゲルトホフェロヴァー中尉は、地上部隊の上空に戻ると、何事もなかったかのようにまた周回を始める。作戦は順調に進んでいる。


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