ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第十二話 ケストヘイ制圧作戦1

 空のあちこちに、白く光るネウロイの破片が地上に向かって落ちて行く、白い帯が縦に伸びている。ぐるりと見回してみても、もうネウロイの姿は見えない。

『全部撃墜したみたいね。』

 ハンガリー隊隊長のヘッペシュ中佐がインカムに向かって言うと、隊員のポッチョンディ大尉が応答する。

『そうですね、もう見当たらないわ。地上には点々とネウロイがいるけど。』

『まあそれは地上部隊に任せましょう。』

『あ、街道の左手、少し離れてネウロイが集団でいるわ。』

『どれ? あ、ほんとだ、2~30機はいるかな。これは警告しておいた方が良さそうね。』

 ヘッペシュ中佐は地上型ネウロイの集団の所在を地上部隊に警告すると、再び大きく周回しながら周囲を警戒する。

 

 地上部隊上空では、スロバキア隊が同じように旋回を続けている。眼下では時折銃砲火とビームが激しく交錯するが、大抵は単機の地上型ネウロイとの交戦で、戦闘はすぐに止む。上空では、さっき来た2機の飛行型ネウロイ以外に出現はなく、実際には出現しているのかもしれないが、先行しているハンガリー隊が片付けてしまうのだろう、スロバキア隊の所まで来るネウロイはいない。

『もっと物凄い戦いになるのかと思った。』

 コヴァーリコヴァ曹長がちょっと拍子抜けしたように言うと、ゲルトホフェロヴァー中尉がたしなめるように答える。

『イダニア、気を抜いちゃ駄目よ。いつまた現れるかわからないんだから。それにね、地上部隊の直掩隊が物凄い戦いに巻き込まれるとしたら、その時は地上部隊も猛烈な攻撃を受けている時だから、そんなことになったら大変だよ。』

『ああ、そうだね。』

 屈託のない様子で軽く答えるコヴァーリコヴァ曹長は、どこまで厳しい戦いを経験したことがあるのかわからない。ゲルトホフェロヴァー中尉は今まで一緒に戦ったことがなかったので細かい経歴は知らないが、コヴァーリコヴァ曹長は反復出撃をこなす体力があると聞いているので、案外猛烈な戦闘の経験もあって、この程度の戦いは余裕なのかもしれない。

 

 地上部隊が前進を停止した。どうしたのかと思うと、地上部隊から通信が入る。

「前方の街道左手にネウロイの集団がいるという報告があった。砲撃で制圧するから、射撃を誘導してくれないか。」

「了解しました。」

 なるほど、地上部隊と一緒に行動すると、こんな役割もあるのかと思いながら、ゲルトホフェロヴァー中尉は前に出る。きょろきょろと地上を見回しながら進むと、いた。地上部隊の先頭の部隊からは4,000メートルくらいだろうか、2~30機ほどのネウロイが固まっている。

「発見しました。街道の北西およそ1,000メートル。先頭部隊からの方位35度、距離およそ4,000メートル。30機くらい固まっています。」

「了解した。砲撃するので、弾着を見て誘導してくれ。」

「了解。」

 弾着の誘導などやったことはないが、やるしかないだろう。このあたりは比較的平坦なので、砲兵隊が自分で弾着観測をするのに適した高地はないようだし、いつ飛行型ネウロイが現れるかわからないから、観測機を飛ばすわけにもいかない。

 

 すぐに砲声が聞こえた。そして着弾の火柱が上がる。

「ええと、目標の北東800メートルくらいに着弾です。」

 もっともらしく報告を送っているが、実際には結構焦っている。だって目測で地上の距離を測る訓練なんかやったことがないんだもん。

 続いて砲声が聞こえ、着弾する。今度はさっきより近い。

「目標の南、300メートルに着弾です。」

 着弾点が近付いたせいか、ネウロイが動き出した。命中する前に逃げられてしまわないかとやきもきする。もし逃げられたら、上手に誘導できなかった自分のせいなのかなと、ちょっと心配だ。そこへ3発目が着弾する。高々と火柱が上がるとともに、直撃したのか、ネウロイの破片がぱっと飛び散る。

「命中しました! 凄い、凄い。あっ、ネウロイがひっくり返ってますよ。」

 まあ、観測の訓練をやっていないのだから仕方ないが、命中の報告はともかく、後は全然誘導になっていないし、ゲルトホフェロヴァー中尉自身はそれに気付いていない。コヴァーリコヴァ曹長も、手を叩いて喜んでいるだけだ。

 

 しかし、それでも十分だったようだ。連続して発砲音が聞こえたかと思うと、ネウロイの集団の中や周囲に次々着弾する。かなり大型の大砲を使っているようで、砲撃は相当な破壊力だ。相次いでネウロイが砕け散り、白く輝く破片が飛び散る。ようやく本気で逃げ始めた地上型ネウロイだが、連続する着弾に右往左往するばかりだ。意味もなくビームを撃ち始めたネウロイまでいる。そうか、ネウロイも狼狽えることがあるんだと、ゲルトホフェロヴァー中尉は認識を新たにする。狼狽えたネウロイの放ったビームが、別のネウロイに当たった。同士討ちだ。

 

 やがて砲撃が止んで、硝煙と土煙が薄まって来ると、ネウロイの破片が一面に散っているばかりで、あれだけたくさんいたネウロイは、僅かに2機ばかりが残っているだけだ。そこに向かって戦車隊が突進すると、砲撃を浴びせかける。ネウロイは反撃らしい反撃をする暇もなく砕け散った。自分の誘導が役に立って、ゲルトホフェロヴァー中尉はちょっと嬉しい。

 

 再び前進を始めた地上部隊が停止する。見回すと北方右寄りに細長い湖がずっと伸びている。バラトン湖だ。この湖の南岸に沿って、ブダペストに続く街道が伸びている。ただ、今回の目標はバラトン湖の西端に接しているケストヘイの街なので、ネウロイの侵攻に備えて街道を塞ぐように一部の部隊を配置すると、主力は北上を始める。ゲルトホフェロヴァー中尉達スロバキア隊も一緒に北上する。

 

 すると先行していたハンガリー隊が戻ってきた。ヘッペシュ中佐から通信が入る。

「ハンガリー隊は、弾薬を消耗したので一旦基地に戻ります。スロバキア隊は引き続き地上部隊の援護をしてください。」

 弾薬がなくなったら補充しに帰らなければならないのは当然だが、ゲルトホフェロヴァー中尉はまだあまり弾薬を消耗していない。そんなに使ったのだろうか。

「弾薬・・・、ですか?」

「ええ、結構ちょこちょことネウロイが飛んで来てね、戦闘を繰り返していたからなくなったのよ。」

 なるほど自分たちの所までは来なかったが、前線では戦いが連続していたようだ。でも、その弾薬が切れるほどちょこちょこ飛んで来るネウロイを、今から自分たちだけで防がなければならないのだろうか。2人しかいないスロバキア隊ではちょっと無理を感じるが、だからといって、一度に戻らないで何人か残して行ってくれと言うのも気が引ける。そもそも、オストマルクの中でも中心的な民族であるハンガリー人に対して、要求や交渉をすること自体ためらわれる。各民族は平等という原則はあっても、やっぱり第一にカールスラント人、次にハンガリー人、そしてその他の諸民族という暗黙の格付けを感じている。

「・・・、了解しました。」

「わたしたちハンガリー隊は一旦引き上げるけど、かわりに応援が来るわ。ポーランド隊が応援に来ることになっているわ。」

 さすがに2人だけで援護しろというような、無理は言わないようだ。

「はい、了解しました。」

 ゲルトホフェロヴァー中尉はほっとする。

 

 ハンガリー隊を見送ると程なく、地上にビームが飛んだ。はっとして見ると、ビームが先頭を行く戦車を貫いて、戦車が爆発、炎上した。ビームの元を見ると、地面から半ば姿を現したネウロイが、盛んにビームを放っている。この地上型ネウロイはかなり大きい。半ばしか姿を現していないのにこの大きさということは、相当大型のネウロイだ。反撃の戦車砲弾が命中するが、びくともせずにビームを撃ち返す。撃ち返したビームは軽々と戦車の装甲を貫いて、また戦車が1両炎上した。

『まずいよ、戦車が負けてるよ。』

 コヴァーリコヴァ曹長の言う通り、どうもこの大型ネウロイには戦車でも歯が立たないようだ。このままでは先頭部隊の戦車が全滅し、歩兵部隊が蹂躙されるのは時間の問題だ。もっと大量の戦車を一度に投入するか、もっと強力な砲で攻撃しなければ勝てそうもない。

『イダニア、攻撃しよう。』

『うん。』

 ゲルトホフェロヴァー中尉は、自分たちが攻撃することで、地上部隊が反撃の準備をする時間を稼ごうと考える。それも地上部隊援護という、自分たちの任務の内だろう。

 

 スロバキア隊の2人は大型の地上型ネウロイめがけて降下すると、銃撃を浴びせかける。機銃弾の命中したところが白くなって、ネウロイの装甲に損傷を与えていることはわかるが、何しろ大きくて、どれだけの打撃になっているのかよくわからない。

『効いてるのかな?』

『わかんないけど、もっと攻撃するよ。』

 2人は銃撃を繰り返す。大型の地上型ネウロイには、破壊できないまでも、地上部隊への攻撃を弱まらせることができればそれで十分だ。

 

 突然、2人に向かってビームが飛んで来る。

『危ない』

 左右に分かれた2人の間をビームが抜けて行く。

『空に向かって撃って来たよ!』

『うん、地上型の中にはそういう奴もいるよね。』

 ここまで、上に向かって撃って来る地上型ネウロイがいなかったので、ちょっと油断していた。もう少し近かったら、かわせなかったかもしれない。ネウロイは追い打ちをかけるように更にビームを撃って来る。

『ちゃんと狙わなくていいから、とにかく撃って。』

『うん、わかった。』

 コヴァーリコヴァ曹長が、ビームを回避しながら機銃を撃ちかける。狙いは定まらないが、ネウロイが大きいので結構命中する。ゲルトホフェロヴァー中尉も銃撃する。こうしてネウロイの攻撃が自分たちに向いていれば、その間に地上部隊の人たちが、反撃の準備をできるはずだ。でも、ゲルトホフェロヴァー中尉は、ビームをかわしながら思う。わざと撃たれ続けるのは結構辛い。いつまで続ければいいのだろうか。

 

 そこへ、鋭く空気を斬り裂く飛翔音がしたかと思うと、轟音と共に火柱が上がる。

『砲撃だ!』

 コヴァーリコヴァ曹長の声が弾む。やっと地上部隊が反撃態勢を準備できたのだ。僅かな間隔で砲撃が続く。続いて至近弾、ネウロイの足がぽっきりと折れて、巨体がぐらりと傾く。ゲルトホフェロヴァー中尉は、少し距離を取りながら砲撃を見守る。

『当たれ!』

 歓声を上げるコヴァーリコヴァ曹長は、既にスポーツ観戦でもしているような気分になっているような感じだ。その声に応えるように、何発目かの砲弾が大型ネウロイの上部に直撃し、盛大に破片を舞い上がらせる。

『コアだ!』

 ぎらりとコアの赤い光がのぞく。接近して銃撃を加えれば確実にコアを破壊できるが、近付くと砲撃の爆風に巻き込まれかねないので、スロバキア隊の2人は少し距離を取って見守り続ける。再び砲弾が直撃した。甲高い音を立てて大型ネウロイが砕け散る。

「大型の地上型ネウロイは消滅しました。」

 ゲルトホフェロヴァー中尉が通報すると、地上部隊から歓声が上がる。やれやれだ。

 

 ほっとしたのも束の間、緊迫した声音の通信が入る。

「飛行型ネウロイ接近!」

 えっ? と思って見上げると、小型ネウロイが4機、既にこちらに向かって降下を始めている。一難去ってまた一難、地上型ネウロイ攻撃のために低空に降りていたゲルトホフェロヴァー中尉達は、圧倒的に不利な態勢での戦いを余儀なくされている。


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