ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第十三話 ケストヘイ制圧作戦2

 ゲルトホフェロヴァー中尉の頭上から相次いでビームが降り注ぐ。上を小型ネウロイに押さえられている上、下は地面が近いので縦方向の機動は強く制約されており、左右に振って回避するしかない。旋回を繰り返せば高度が下がって、地上に激突する恐れもあるので絶えず高度に気を配っていなければならない。ネウロイを振り切ろうと思い切って左に旋回しながら、振り返って見上げるが、ネウロイはしつこくついてきている。インカム越しにコヴァーリコヴァ曹長が叫ぶ。

『危ない! 前!』

 さっと前を見れば、高い立木が迫ってきている。慌てて右に旋回すると、高度が落ちて地面が迫ってくる。ぐっと引き起こせば、頭上をビームがかすめる。

 

 このまま逃げ回っていても、いつかはかわし切れずに被弾する恐れが強い。どうにかしてこの状況を打開しなければならないが、今の様に回避を繰り返していても、ネウロイを振り切れそうもない。ここは、危険だが思い切った手を使わなければならない。

『イダニア、前を見てて。』

 そう通信を送ると、ゲルトホフェロヴァー中尉はくるりと体を反転させて仰向けになる。この体勢で高速で飛び続けるのは前も下も見えないので極めて危険だが、上空のネウロイを目視して銃撃を浴びせることができる。ネウロイがビームを発射した。ゲルトホフェロヴァー中尉は、仰向けで飛びながら横滑りしてビームを回避すると、機銃を構えて狙いを付ける。少し右手を立木の梢が通過して行って、ひやりとする。でも本当に危なければコヴァーリコヴァ曹長が警告してくれるはずだ。

 

 先頭の小型ネウロイに狙いを付けて引き鉄を引く。だんだんと音を立てて機銃弾が飛ぶ、と思うと銃撃が止まった。

『詰まった?』

 こんな時にと腹を立てながら確認すると、違う、弾切れだ。

『しまった、地上型ネウロイに向かって撃ち過ぎた。』

 臍を噛むがどうしようもない。予備の弾倉は持っているが、この状況ではとても弾倉交換している余裕はない。

『右へ回避して!』

 コヴァーリコヴァ曹長の声に反射的に右旋回しようとするが、一瞬で思い直して左へ旋回しながら体を捻って反転させる。すぐ横を地面から屹立する岩塊がかすめて行く。自分は仰向けになっていたから、コヴァーリコヴァ曹長の右は自分から見ると左だった。気付かなかったらと思うとぞっとする。しかし岩塊にぶつからなかったのはいいが、弾切れでは今の手も使えない。

 

『イダニア、今わたしがやったのできる?』

『えっ? 今のやるの? 自信ないよ。』

『でもそれしかこの窮地を抜け出す方法がないよ。』

『・・・、わかった。やる。』

 コヴァーリコヴァ曹長は意を決すると、思い切りよく体を反転させる。しかし、反転すると揚力のかかり方が逆になる。それまで上昇方向に働いていた力が、急に下降方向に働くようになって、コヴァーリコヴァ曹長は急激に高度を落とす。

『わ、わっ』

 コヴァーリコヴァ曹長は慌てて反転し直して引き起こす。そこへビームだ。背後に展開したシールドにビームが当たった衝撃で、ぐっと沈み込む。

『イダニア!』

 コヴァーリコヴァ曹長は地面を擦るかというくらい高度を下げたが、かろうじて地面との接触を避けて高度を取り戻す。やっぱり、こんな低高度で急にやるのは難しいか。

 

 何か他の手はないか。

『イダニア、急減速してネウロイをオーバーシュートさせるよ。』

『えっ? そんなことしたら、さっき以上に高度を落として墜落しちゃうよ。』

 それもそうだ。ストライカーユニットを前側に振って、斜め下に向ければ急減速と高度の維持を両立させることは不可能ではないと思うが、余程正確な角度に持って来なければ、揚力が足りなくなって落ちるか、過剰でネウロイの前に飛び出してしまう恐れがある。

『じゃあ、背後にシールドを張って上昇して、ネウロイの前を強行突破するよ。』

『えっ? ・・・、ほんとにやるの?』

『うん、多少無茶でもやるしかないよ。』

『・・・、わかった。』

 ゲルトホフェロヴァー中尉は、背後にシールドを展開すると、ぐっと引き起こして急上昇に入る。コヴァーリコヴァ曹長が続く。しかし、上昇に入れば速度が低下するし、ネウロイとの間隔が急速に縮む。その状況で背中を大きくさらしてネウロイの正面に出るのだから、ネウロイにすればいい的だ。ネウロイのビームがゲルトホフェロヴァー中尉に集中し、背中のシールドに連続して命中する。

『げほっ。』

 シールドがあるのでビームが体に直撃することはないが、シールドにビームが当たる衝撃が連続して、その衝撃であたかも背中を乱打されているかのような状態だ。息もできない程で、目の前が暗くなる。無理だ。ゲルトホフェロヴァー中尉は再び地上すれすれまで降下してビームを避ける。

 

 やはり無茶だった。しかも体に受けた打撃は相当大きい。さらに、ネウロイが接近した分、ビームの狙いが正確になっていて、ともすれば回避しきれなさそうになる。一段と窮地に追い込まれた。

『左右に別れよう。ネウロイが追ってこなかった方がネウロイを攻撃して追い散らせばいいよ。』

『うん・・・。』

 悪い考えではないが、コヴァーリコヴァ曹長はゲルトホフェロヴァー中尉が心配だ。明らかにさっきビームを浴びた打撃で動きが悪くなっている。一緒にいれば間に割って入ってビームを防ぐこともできるが、別れてしまって、ネウロイがゲルトホフェロヴァー中尉を追った場合、逃げきれないのではないか。

『その・・・、ヤナは大丈夫?』

『うん、大丈夫だよ。』

 まあ、ここで大丈夫じゃないとは、指揮官の立場上言えるわけがない。不安は尽きないが、もう信じるしかない。コヴァーリコヴァ曹長は祈るような気持ちで答える。

『うん、わかった。』

 

「ブレイク!」

 ゲルトホフェロヴァー中尉の号令で、二人は急旋回して左右に分かれる。しかし、さっと振り返って見たゲルトホフェロヴァー中尉は絶望的な気持ちになった。背後からは小型ネウロイが2機追撃して来ている。つまり、ネウロイも二手に分かれて追撃を続けているのだ。これでは、2人で連携できなくなった分、なお状況は悪くなったではないか。

 至近距離に落ちたビームに舞い上げられた土埃で前が良く見えない。さっきビームを受けた打撃で息が苦しい。体が思い通りに動かなくなってきた。

『もう逃げきれないかな・・・。』

 思わず口を衝いて出た言葉に、気持ちが急速に萎えてくる。正面に低い崖が見えてきた。このまま真直ぐ突っ込めば、この苦しい追いかけっこも終わらせることができる。

『もう、いいよね。十分働いたし・・・。』

 崖が近付いて来た。

 

 突然、背後で銃撃音がしたかと思うと、ガラスが砕けたような音がする。はっとして振り返ると、空には二つ、ネウロイの破片がきらきらと輝きながら広がっている。その向こうから、3人のウィッチが飛んで来るのが見えた。

『た、助かった。』

 へなへなと全身から力が抜ける。普通に立っているところだったら、へたり込んでいる所だ。

「ポーランド隊です。支援します。」

 インカムからの通信に、そういえばポーランド隊が来るって言っていたなと思い出す。もう少し早く来てくれれば良かったのにと思うが、それより大事なことがある。

「コヴァーリコヴァ曹長が2機の小型ネウロイの追撃を受けています。支援願います。」

「了解。視認しました。支援に向かいます。」

 短く応答すると、ポーランド隊は向こうに飛んで行く。コヴァーリコヴァ軍曹にも知らせておかなければ。

『イダニア、ポーランド隊が応援に向かったわ。もう少し頑張って。』

 すぐに応答が返ってきた。

『うん、わかった。頑張る。』

 これでコヴァーリコヴァ曹長も助かることだろう。

 

 待つほどもなく、ポーランド隊が戻ってきた。後ろからコヴァーリコヴァ曹長もついてくる。

「救援ありがとうございました。助かりました。」

 ポーランド隊隊長のミロスワヴァ・ミュムラー少佐から応答が返ってくる。

「うん、間に合って良かったよ。でも驚いたなぁ。交戦中なんて連絡なかったのに、来てみたら空戦してたから。」

 そういえば、いきなり空中戦になったから、交戦中との報告はしていなかったと思い返す。通報していたらもう少し早く応援に来てくれたのかなと、ちょっと反省する。でも、地上部隊からのネウロイ発見の通報はあったはずだよね。

「地上部隊からのネウロイ接近の通報は聞きませんでしたか?」

「あれ、そんなのあったかな? まあ、地上部隊の無線はあんまり聞いてないから。」

 確かに、空軍司令部からの連絡を聞いていれば足りるのかもしれないが、それでは地上部隊との連携が上手く行かないだろう。それではまずくないかと思うが、何分相手は少佐なので、ここでそのような指摘をして睨まれるのも嫌だから、黙っておくことにしよう。どうせ隊は別だし。

 

「ところでミュムラー少佐、スロバキア隊は交戦して消耗しましたので、一旦基地に戻って補給をしてこようと思いますが、よろしいでしょうか。」

 遠慮がちに申し出るゲルトホフェロヴァー中尉に、ミュムラー少佐は機嫌よく答える。

「うん、いいよ。後はうちに任せて。」

 あれこれ言われなくて良かったと、ゲルトホフェロヴァー中尉はほっとする。新手とはいえ、3人で上空援護を務めるのはちょっと荷が重いと思うので、拒否されても仕方ないところだ。ネウロイを撃墜したところで、機嫌が良いのかもしれない。気が変わらないうちにさっさと退散しよう。

『イダニア、帰還するよ。』

『うん。』

 二人は連れ立って基地へと帰還する。

 

 少し飛ぶと、戦闘機の大編隊とすれ違う。護衛についているのは、どうやらチェコ隊のウィッチのようだ。たった3人で、これだけの飛行機を護衛するのは大変そうだ。戦闘機だからある程度の攻撃には自力で対抗出るだろうが、ネウロイの本格的な攻撃があったら、とてもじゃないが守りきれないだろう。チェコ隊には悪いが、そんな任務を割り振られなくて良かったと思う。でも、戦闘機隊はケストヘイの市街地に潜むネウロイを攻撃するのが任務だと聞いている。市街地では、建物の残骸の陰に潜んだネウロイを、1カ所ずつつぶして行かなければならないので、地上部隊だけでははかが行かない上に被害が大きくなるので、空からの支援攻撃が必要なのだと聞いた。ということは、もう地上部隊はケストヘイの町に突入する段階まで来ているということだろう。であればケストヘイの奪還は近く、どうやらもう一度は出撃しないで済みそうだ。ゲルトホフェロヴァー中尉は先ほどの空戦で深い疲労感を覚えていたので、少し気が楽になった。

 


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