ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第十四話 ブダペスト進軍

 ケストヘイを制圧したオストマルク軍は、急速に守備体制を固めていた。北側の丘陵地帯には、ネウロイの襲来に備えて、対地、対空防衛陣地を構築している。また、ネウロイの襲来を早期に捉えるための、電探基地も設営した。何より重要な補給路として、クロアチアからケストヘイに至る道路の整備も急ピッチで進めている。そして航空基地の準備だ。ケストヘイの中心から西へ8キロの所にあったシャーメッレーク飛行場を復旧し、格納庫や資材倉庫、兵舎を急造して、直ちに作戦基地として使えるように整備した。

 

 そして、航空基地の整備ができるのを待ちかねたように、ハンガリー隊とスロバキア隊が進出する。しかし何分急造された施設だ。お世辞にも良い施設とは言えない。ハンガリー隊のモルナール・エメーケ少尉が、口を尖らせて隊長のヘッペシュ少佐に苦情を言い立てる。

『少佐ぁ、何なんですか、この宿舎は。隙間風が吹き込んで、寒くて眠れないです。』

 そんなモルナール少尉を、ポッチョンディ・アーフォニャ大尉がたしなめる。

『エメーケ、そんなに文句を言うものじゃないわよ。最前線なんだから、不備があるのは仕方ないわよ。』

『でも、ちゃんと眠れないと、翌日の任務に差し支えるじゃないですかぁ。』

『我慢しなさい。もうじき春が来るから。』

『え~、まだ寒い盛りじゃないですかぁ。』

 そんなモルナール少尉に、ヘッペシュ少佐が喝を入れる。

『寒いと思うから寒いのよ。寒さなんか突撃精神で吹き飛ばしなさい。』

『え~。』

『気を付け! 滑走路先端に向かって、突撃!』

 無茶を言うヘッペシュ少佐だが、そこはやはり軍人で、モルナール少尉には無茶な命令でも従う習慣ができている。

『突撃!』

 そう叫ぶとモルナール少尉は外へ飛び出し、滑走路を全力で走って行く。

『はっはっはっ、元気でよろしい。』

 ヘッペシュ少佐は笑いながら、走って行くモルナール少尉を見送っている。

 

『ねえ、ヤナ、ハンガリーの人がまた走ってるよ。』

『うん、そうだね。』

 同じシャーメッレーク基地にいるスロバキア隊では、ゲルトホフェロヴァー中尉が、生返事をしながらストーブに薪をくべる。くべた薪は、雪をかぶって湿っていたので、火の付きが悪く、少し煙を出しながら燻っている。急造の兵舎は隙間風で寒いのに、暖房には薪ストーブしかない。

『ああ、せめて石炭ストーブがあればいいのに・・・。』

 嘆くゲルトホフェロヴァー中尉だが、コヴァーリコヴァ軍曹は意外に元気だ。

『わたしたちもハンガリーの人みたいに、走ったら温かくなるかもしれないよ。』

『えー、走りたいならイダニア一人で走ってきて。わたしはいいよ。』

 ああ、幼い子は元気だなと、ゲルトホフェロヴァー中尉は思う。ハンガリー隊は何かというと突撃精神というが、ちょっとついて行けない。元気溢れるコヴァーリコヴァ軍曹ならついて行けるかなと思う。わたしは、ストーブのそばで温かいココアでも飲んでいたいな。

 

 そんなところへ集合がかかる。予告では、ザグレブ基地から司令のグラッサー中佐が来て、今後の作戦について説明があるということだ。隊員たちが集合すると、グラッサー中佐は先に来ていて、全員が揃うのを待って口を開く。

「ケストヘイ進出ご苦労。急造の基地なので何かと不便なことが多いと思うが、おいおい整備を進めるのでしばらくは我慢して欲しい。」

 グラッサー中佐はひとまず隊員たちを労うと、本題に入る。

「さて、ケストヘイの防衛体制も整備できたので、いよいよブダペスト進攻作戦に移る。地上部隊はバラトン湖南岸に沿ってブダペストに進出、所在のネウロイの巣を攻撃し、これを殲滅する。ハンガリー隊、スロバキア隊は、進攻する地上部隊の上空直掩と、巣への攻撃の支援を行ってもらいたい。」

 いよいよブダペストの巣への攻撃だ。ハンガリー隊の面々の意気は上がり、思わず歓声を上げる。一方のスロバキア隊の2人は、自分たちの故郷が解放されるわけではないのでハンガリー隊の人たちのような盛り上がりはなく、黙って姿勢を正して正面を見据えており、好対照だ。

 

 しかし、歓声を上げるハンガリー隊の中にあって、さすがに隊長のヘッペシュ中佐は冷静だ。すっと手を挙げると意見を述べる。

「ブダペスト進攻となると、ケストヘイ進攻の時とは比較にならない程の激戦が予想されます。ちょっと拙速に感じます。部隊の増強や武器、弾薬の集積を行うなど、十分な準備をした上で行う方が良いのではないですか。」

 ヘッペシュ中佐の意見に、グラッサー中佐は深く肯く。

「ヘッペシュ中佐の意見はもっともだ。巣への攻撃となると、正直な所どれほどの反撃があるか予想が付かない。過剰と思えるほどの戦力を集めて攻撃するのが望ましいだろう。」

 しかし、そうもいかない事情もあるのだ。

「しかし、どれだけ兵力を集めれば安心と言えるものでもない。何より、作戦は急がなければならない。ネウロイは寒さで動きが鈍ると言われているんだ。だから活動の不活発な冬の間に巣の撃滅まで持って行かなければならない。可能なら、この冬の間にウィーンの巣も片付けてしまいたいくらいだ。それに、雪解けの季節になれば道路が泥濘と化して交通が障害される。その前に、ネウロイの巣を破壊するだけでなく、少なくとも防衛陣地の構築と、必要な物資の集積を終えておかなければならない。」

 そう言われるとヘッペシュ中佐も反論できない。巣への攻撃が容易ではないという話は聞いていても、実際に直接巣との戦いを経験したことがあるわけではないので、漠然と戦力は多い方が良いと考えている程度でしかない。

 

 話を聞いていたケニェレシュ曹長が、隣のデブレーディ大尉の袖を引いて囁くように尋ねる。

『ねえ、ジョーフィア、何て言ってるの?』

 ケニェレシュ曹長はハンガリー語しか知らないので、グラッサー中佐の言っていることがわからない。デブレーディ大尉は何を話しているのか理解できるが、さすがにこの場で説明をするわけにはいかない。

『うん、後で説明してあげる。』

『うん。』

 仕方がないといった様子で、ケニェレシュ曹長は肯く。他にも、何を言っているのかわからないで、ぼんやりと聞き流している隊員もいる。ケニェレシュ曹長は、どうせ何を言ってるのかわからないんだから、自分たちまで集合させることないのにと思う。

 

「ブダペストの巣を撃破することができなければ、オストマルクの解放は覚束ない。そういう意味では、今回の戦いはオストマルク解放の成否を決める重要な戦いだ。困難な戦いになるとは思うが、各員力を尽くして、必ずや作戦を成功させて欲しい。」

 グラッサー中佐の言葉に、隊員たちは姿勢を正す。ケニェレシュ曹長たち、言葉のわからない隊員も、何となく雰囲気を察して姿勢を正す。そして、ヘッペシュ中佐が代表して答える。

「了解しました!」

 

 

 それからおよそ1週間、いよいよブダペスト進攻作戦の始まりだ。砲兵隊の支援砲撃の下、地上部隊がブダペストに向かって進軍を開始する。ウィッチ隊もシャーメッレーク基地を発進する。

「発進!」

 轟々とエンジン音を響かせながら、各隊員は次々離陸すると、上空で編隊を組んで地上部隊との合流地点に向かう。眼下にはバラトン湖が広々とした水面を広げて、目的地のブダペストの方向に向かって長く伸びている。バラトン湖南岸に沿って、東端に近い湖岸最大の都市シオーフォクまでは75キロ、そこからさらにおよそ100キロでブダペストだ。バラトン湖南岸に沿う進撃路は、北側をバラトン湖に守られているので地上型ネウロイに側面から襲撃される恐れはほぼないが、飛行型ネウロイはそれに関係なく湖を飛び越えて襲撃してくる。だから、ウィッチ隊の責任は重大だ。前進する地上部隊の上空にスロバキア隊が、その前方にハンガリー隊が、それぞれ周回しながら周囲を警戒する。後方のザグレブ基地にはエステルライヒ隊、ポーランド隊、チェコ隊が待機して、いつでも出撃できるように準備を整えている。また、マリボルのクロアチア隊とセルビア隊は、交代で出撃して、ウィーン方面からのネウロイの襲来を警戒している。

 

 周回して周囲を警戒しながら、ヘッペシュ中佐はデブレーディ大尉がしきりに東寄りの方角を気にしているのに気付いた。

『ジョーフィア、どうしたの? 東に何かいるの?』

 声を掛けられたデブレーディ大尉は、はっとした様子で首を振る。

『いえ、特に何も発見していません。』

『じゃあ、どうしたの? 東を気にしているみたいだけれど。』

『はい・・・。実は、私はシオーフォクの南東側の近くにある、ラヨシュコマーロムの出身なんです。もう少し進んだら東に故郷の様子が見えるんじゃないかと、つい気になって・・・。』

 ためらいがちに答えるデブレーディ大尉に、ヘッペシュ中佐は無理もないと思う。誰だって自分の故郷がどうなっているのかは気になるものだ。だが、いつネウロイが現れるかわからない前線で、他の事に気を取られるのは危険だ。

『ジョーフィア、気持ちはわかるけれど、今は作戦に集中してね。』

『はい。』

 デブレーディ大尉は思いを振り切るように答える。しかし、デブレーディ大尉のようなベテランでもつい気を取られる、祖国の奪還作戦とはつまりそういうものだ。

 

 2人の通信を聞いていたケニェレシュ曹長が口を挟む。

『いいなぁ、ジョーフィアは。この作戦が成功したら故郷が解放されるんだよね。わたしの故郷のニーレジハーザなんか、スロバキア地区にあるコシツェの巣が近いから、コシツェの巣を破壊するまでは近寄ることもできないよ。』

 ニーレジハーザはハンガリー地域の北東の端、スロバキア、ウクライナ、ダキアとの境界に近い位置にあり、スロバキア地域の東にあるコシツェの巣のすぐ近くだ。羨ましそうなケニェレシュ曹長に、ヘッペシュ中佐は自分も似たようなものかな、と思う。

『まあ、順番に奪還して行くしかないよね。ケニェレシュ曹長はまだ若いから、多少時間がかかっても大丈夫だよね。』

『ヘッペシュ中佐の故郷はどこなんですか?』

『うん、トランシルヴァニア地域の西にあるアラドだよ。わたしの故郷が解放されるのもまだ先かな。』

 ニーレジハーザ程の困難さではないかもしれないが、それでもハンガリー地域の東半分も解放してからでないと、トランシルヴァニアには近付けない。ヘッペシュ中佐は今年20歳になるから、現役でいるうちに故郷にたどりつくのは厳しそうだ。

 

 モルナール少尉も話に加わってくる。

『わたしの故郷はソンバトヘイですけれど、やっぱり解放はまだ当分無理ですか?』

『ううん、そんなことないわよ。ソンバトヘイだと北西部のエステルライヒ地域との境界に近いあたりよね。ブダペストの巣を撃破したら、多分次はウィーンの巣を撃破する番だから、ウィーンへ向かう途中で解放できるわよ。もう少しの辛抱ね。』

 ヘッペシュ中佐の答えを聞いて、モルナール少尉は嬉しそうだ。

 

 そんな中、ポッチョンディ大尉は黙ってみんなの話を聞いている。実はポッチョンディ大尉の故郷は、南部のクロアチアとの境界線に近いペーチュなのだ。ペーチュはクロアチアに近い上、飛行場があるので優先的な奪還目標になりそうだ。もしかするともう地上部隊が奪還に向かっているかもしれない。でも、今のこの雰囲気の中では、そんなことは言えないな、と思うポッチョンディ大尉だった。

 

 そんな話をしながらも、各部隊はブダペストに向かって進軍を続けている。ネウロイの出現はまだない。


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