ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第十六話 激闘、ハンガリー戦線2

 甲高い音を立ててネウロイが砕け散った。

『ネウロイ撃墜!』

 ハンガリー隊のポッチョンディ大尉の声が弾む。全軍の先頭を進むハンガリー隊は、時折現れる小型ネウロイを確実に補足、撃墜し続けている。

『うん、作戦は順調だね。』

 もうずいぶん進んできた。左手のバラトン湖を見ると、対岸から半島が大きく伸びてきているのが見える。これはティハニ半島だ。バラトン湖の幅が一番狭くなっている場所で、対岸まで1.5キロに狭まっている場所だ。してみると、下に見える町はサーントードか。もう50キロ近く進んできたことになる。バラトン湖岸で最大の町、シオーフォクまであと10キロ余りだ。いくら順調に進んでいても、まさか一度にブダペストまで前進して、一気に攻撃というわけには行かない。地上部隊がシオーフォクまで進んだら、一旦停止して態勢の整理と防御陣地の構築を予定している。そこまでは問題なく行きそうだ。

 

『隊長、隊長。シオーフォクまで進んだら、今日は終わりですよね。もうすぐ帰って休めるんですよね。』

 ケニェレシュ曹長が、もう帰りたさそうにしている。まあ、そうなのだが、交代の部隊が来るまでは帰れないし、今居る所は敵中なのだから油断は禁物だ。

『何言ってるの。交代の部隊が来るまでは帰れないよ。そんなことより緊張感をもって周囲を見張りなさい。まだネウロイの勢力圏の真っただ中なんだよ。』

『はぁい。』

 ケニェレシュ曹長が不満そうにしながら離れて行く。でもそれも無理もないと思うほど、ネウロイの攻撃は間歇的で、小規模だ。やはりまだ寒い内だから、ネウロイの活動は不活発なのだろう。もっとも、いくら冬でも、巣を攻撃したら凄まじいまでの攻撃が来るのだろうとも思う。

 

 そろそろシオーフォク上空だ。だがふと、空の一角に黒く煙ったようになっている場所があることに気付く。

『あれは・・・、雲? でもちょっと違うような・・・。』

 ヘッペシュ中佐は首を傾げる。

『どこですか?』

 デブレーディ大尉が尋ねる。

『あそこ。北東の方角のかなり遠く見えるけど・・・。』

『そうですね・・・、雲じゃあなさそうですね。雲じゃなくて空が黒く見えるっていうと・・・、もしかしてネウロイの大群?』

 ヘッペシュ中佐の表情が険しくなる。雲かと思う程というと、ネウロイなら相当の数だと思われる。そして、その黒い影はどんどん近づいて来る。

『明らかに向こうから近付いてきているね。雲が近付いてくるはずはないし・・・。』

 そして、それが黒い点々の集まりであることがわかってくる。これは、ネウロイの大群以外の何物でもない。

『全員戦闘用意。』

 迎撃の構えを取りながら、ヘッペシュ中佐は司令部に報告する。

「ハンガリー隊のヘッペシュです。北方からネウロイの編隊が出現。数は100機・・・、いえ、それ以上です。迎撃します。」

 

 

 ヘッペシュ中佐からの通報で、ザグレブの司令部は騒然となった。グラッサー中佐は陸軍部隊に急報する。

「先鋒部隊に向かって100機以上の飛行型ネウロイが接近中です。地上部隊は迎撃態勢を取ってください。」

 続いて、大型ネウロイ迎撃に向かった、エステルライヒ隊を呼び出す。

「シャル、そっちの状況は?」

 一呼吸おいて応答が返ってくる。

「現在大型ネウロイと交戦中です。」

「了解。先鋒部隊に向かって100機以上の飛行型ネウロイが接近中だ。そっちが片付いたら、すぐに応援に来てくれ。」

「了解。」

「クロアチア隊は、大型ネウロイを撃墜した後は哨戒任務に戻ってくれ。」

「了解。」

 各隊への手配が終わったら、自分たちも出撃だ。

「チェコ隊、ポーランド隊は全力出撃、飛行型ネウロイを迎撃せよ。指揮は私が執る。」

 そして、待機していたレオポルディーネ・シュタインバッツ准尉を連れて、グラッサー中佐自身も出撃だ。

「シュタインバッツ、行くぞ!」

「了解!」

 ザグレブ基地は全力出撃だ。これは、恐らくこの作戦の成否を決める戦いになるだろう。

 

 

 ハンガリー隊は、空を埋めるようにして迫ってくるネウロイの大群と対峙する。見渡したところ小型ばかりのようだが、それでもこれだけの大群と遭遇したことはないし、どうやって撃退したらいいのか見当がつかない。しかし、だからといって臆するわけには行かない。これを倒さなければ、ブダペストの巣を破壊してハンガリーを解放することはできないのだ。

『全機突撃!』

 ヘッペシュ中佐の号令に、隊員たちが呼応する。

『突撃!』

 これだけの数が相手だ、小細工をしている余地はない。ただ正面からぶつかって蹴散らすばかりだ。

 

 突撃するハンガリー隊に向かって、小型ネウロイは一斉にビームを発射する。凄い数の集中射だ。特に、中央先頭を進むヘッペシュ中佐にビームが集中する。集中したビームをシールドで跳ね返しながら進むが、ほとんど間断なく当たるビームの衝撃で、支える腕が振るえる。そうしてヘッペシュ中佐にビームが集中した隙に、両翼から他の隊員たちが突撃する。もちろん、ネウロイの数は多いので、ビームが集中したと言っても、両翼から進む他の隊員たちにも容赦なくビームが降り注ぐ。そんなビームを掻い潜り、デブレーディ大尉は、ケニェレシュ曹長を連れてネウロイに肉薄すると銃撃を加える。2人の銃撃で小型ネウロイが相次いで砕け散る。デブレーディ大尉はネウロイとすれ違った刹那、強引な急旋回でネウロイの背後を取ろうと動く。一方のネウロイは数機ずつに分かれると、四方八方に分散する。分散したネウロイに囲まれることになれば、極めて危険だ。そうはさせるまいと、遮二無二ネウロイの一隊に追いすがり、銃撃を加える。またネウロイが砕け散った。

 

 ケニェレシュ曹長は、デブレーディ大尉の後に続きながら、絶えず周囲に目を配って、ネウロイの動きを見張る。左上の3機の1隊が、いましもこちらに向かって突入して来ようとしている。

『左上方より3機。』

 デブレーディ大尉はちらりと一瞥すると、右に横滑りしてネウロイの射線を外す。さっきまでいた左手の空間を、ビームが貫く。続いて右手から2機のネウロイが突っ込んでくる。デブレーディ大尉は、丁度次のネウロイを射程に捉えたところだ。ここで回避させると折角捉えたネウロイを逃すことになる。ケニェレシュ曹長はぐっと前に出ると、右手から来るネウロイの射線に割り込んでシールドを開く。ビームがシールドに当たって飛び散った。すかさず銃撃を返すが、ネウロイは瞬時に飛び去って、手ごたえがない。しかし、その間にデブレーディ大尉が、補足した2機の小型ネウロイを撃墜している。

 

 ネウロイの襲撃はいよいよ激しくなってくる。

『右前方から2機。』

 左に旋回して回避する。

『後ろ上方から4機。』

 急上昇に転じてやり過ごす。

『続いて、右後方から3機。』

『あーっ、もう、狙ってる暇がないじゃない!』

 文句を言いながらも、被弾しては元も子もないので、右へ横滑りだ。丁度照準器に捉えた所だったネウロイが遠ざかって行く。

 

 撃墜し損ねた腹いせに、邪魔された3機編隊を追ってダイブする。しかしそこへ、下から2機の新手が突っ込んでくる。ケニェレシュ曹長は下側に潜り込むと、シールドを広げながら銃撃する。丁度射線に突っ込んできた形になった1機が機銃弾を浴びて四散する。もう1機は旋回して離れて行った。その間に前を行くネウロイ編隊に肉薄したデブレーディ大尉は、先頭の1機を狙う。狙い違わず撃墜すると、残りの2機が左右に分かれる。

『逃がさないよ。』

 右に逃げた1機を追って急旋回すると、ぐっと距離を詰める。ネウロイが照準器一杯に広がって、ここまで迫れば外しようもない。銃撃と同時にネウロイは光の粒を撒き散らして消滅する。

『また撃墜。』

 しかし、目の前の敵を追うのに夢中になり過ぎた。左手から4機編隊のネウロイが迫り、ビームがデブレーディ大尉を襲う。ぐっと降下に入って回避しようとしたが、一瞬遅かった。右のユニットをビームがかすめ、引きちぎられるように外板が飛ぶ。

 

『しまった!』

 被弾した右のユニットは、まだ動いてはいるががっくりと出力を落とした。これでは速度も運動性も落ちてしまって、息をつく暇もないネウロイの襲撃を回避できない。そう思った側からビームが降り注ぐ。ここは、降下して逃げるしかない。

『デブレーディです、ユニットに被弾しました。退避します。』

 報告を送ると急降下に入る。降下すれば重力が働いて、ユニットの出力の低下を補って逃げ切れるだろう。そう考えたが甘かった。左右から挟み込むように襲撃してきたネウロイがビームを放つ。左からのビームをシールドで防ぎつつ、右からのビームを回避しようとするが、だめだ、片発では回避が間に合わない。回避しきれなかったビームが、デブレーディ大尉の脇腹を抉る。

『あっ!』

 脇腹を丸太でぶん殴られたような衝撃を受けると、デブレーディ大尉は墜ちて行く。

 

『ジョーフィア!』

 デブレーディ大尉の被弾を目の当たりにして、ケニェレシュ曹長は悲鳴を上げる。

『どうしよう、ジョーフィアが撃たれた。わたしのせいだ。わたしがカバーしきれなかったせいだ。』

 墜ちて行くデブレーディ大尉を追いかけながら、ケニェレシュ曹長は激しく動揺する。そんなケニェレシュ曹長にも、ネウロイのビームは容赦なく降り注ぐ。背後に張ったシールドに、がんがんとビームの打撃が来る。ケニェレシュ曹長は、繰り返される打撃をぐっと堪えて、真直ぐにデブレーディ大尉を追いかける。デブレーディ大尉の体が、地面に落ちて大きく弾むと、ごろごろと転がった。ケニェレシュ曹長は、地面にその身を叩き付けるような勢いで着地すると、デブレーディ大尉に駆け寄って抱き起す。

『ひどい怪我。早く治療を受けさせないと。』

 その時、ずしんと重々しい地響きを感じた。周囲を見回すと、疎林越しに地上型ネウロイが向かって来るのが見える。上空にはまだ多数の小型ネウロイが飛び交っている。


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