ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

17 / 54
第十七話 激闘、ハンガリー戦線3

『デブレーディ大尉が被弾したわ。救出に行くわよ。』

 そう言って、ヘッペシュ中佐はデブレーディ大尉が撃墜された方に向かう。ポッチョンディ大尉も後を追おうとするが、次から次へと襲撃してくるネウロイに阻まれて、向かうことができない。

『ヘッペシュ中佐、待ってください!』

 ポッチョンディ大尉はヘッペシュ中佐を呼び止めようとするが、ヘッペシュ中佐は待ってくれない。一人でネウロイの大群の中に飛び込んで行くのは危険過ぎる。せめて自分たちが護衛しなければと思うが、思うように近付けない。早く救出しなければならないのはわかるが、無理をして中佐自身が撃たれてしまっては元も子もない。焦って飛び出そうとした瞬間、目の前をビームが横切って背筋が凍る。ビームを回避しながら振り返って見ると、ヘッペシュ中佐のユニットからぱっと黒煙が噴き上がる。

『中佐!』

 ポッチョンディ大尉の叫び声が空しく響く。

 

 中佐を助けなければならない。そう思って飛び出すポッチョンディ大尉だったが、直後に至近距離でビームが弾ける。ポッチョンディ大尉のすぐ脇に飛び込んで、ビームを防いだモルナール少尉が叫ぶ。

『アーフォニャ! 完全に囲まれたよ!』

 慌てて周囲を見回せば、なるほど周り中ネウロイだらけだ。それもそうだ。残ったネウロイが全部自分たち二人だけを目標にして襲って来ているのだ。囲まれて襲撃を受け続ければ、そう長いこと回避し続けることはできないだろう。ここは、撃墜された仲間の事は一時置いておいて、とにかくネウロイの包囲から脱出するしかない。

『エメーケ、突破するよ。』

『うん。』

『突撃!』

 ネウロイがやや薄そうな方角に向かって、機銃を乱射しながら突入する。ビームが乱れ飛び、シールドにびしびしと当たる。しかし、今はそんなことは気にせずに、遮二無二突っ込んで行くしかない。至近距離で砕け散ったネウロイの破片が頭に当たってくらっとするが、それでもひたすら突き進む。

 

 突然、ビームが止んだ。目の前にはネウロイの居ないすっきりとした空が広がっている。振り向けばモルナール少尉はしっかりとついてきている。そのまた背後に、ネウロイが一面に広がっている。

『どうやら抜け出したみたいだね。』

『うん、何とか無事だったみたい。』

 ポッチョンディ大尉はさっき破片が当たったあたりに手を触れてみる。ぬめっとした感触と共に、手にべったりと血が付いた。ずきずきと痛みが響くが、でも多分そんなにひどい怪我ではないだろう。

『エメーケは怪我してない?』

『うん、大したことない。右腕と背中に小さな破片が刺さったくらい。』

 さすがにただでは済まなかったようだが、それでもあの重囲の中から脱出できたのだから、幸運だったと言って良いだろう。しかし、周囲を見回して愕然とする。

『あ、反対側だ。』

 ネウロイの集団を突き抜けて、ブダペスト側に来てしまったようだ。つまり、基地に帰るためには、もう一度あのネウロイの大群の中を突っ切らなければならないということだ。それに、遮るものがいなくなって、このままではネウロイの集団は地上部隊に殺到することになってしまう。一体どうしたらいいのかと、ポッチョンディ大尉は途方に暮れる。

 

 

「ハンガリー隊、どうした、状況知らせ。」

 さっきまで激しく飛び交っていたハンガリー隊の通信が突然静かになった。ハンガリー語の通信だったから何を話していたのかはわからないが、緊迫した雰囲気から苦戦していることは予想が付く。

「ハンガリー隊、応答しろ。」

 グラッサー中佐は再び呼びかけるが、やはり応答はない。デブレーディ大尉、ヘッペシュ中佐と撃墜され、ポッチョンディ大尉はネウロイの集団の真っただ中で激戦中で、誰も応答できる状態ではないのだが、そんなことはわからない。

「まさか、全滅したのか。」

 不吉な予想にグラッサー中佐は焦燥感が募る。

 

 一方のケニェレシュ曹長は、デブレーディ大尉を抱きかかえて飛び立てば空を埋めるネウロイの餌食になることは避けられないと考え、デブレーディ大尉を抱えて岩陰のくぼみに身を潜めていた。周囲を地上型ネウロイが地響きを立てながら通って行く。とにかく逃げる隙が見つかるまではじっと息をひそめてやり過ごすしかない。

『誰か助けに来てくれないかな・・・。』

 心細さと、重傷のデブレーディ大尉への心配が募って来たところで、聞き慣れない通信が入った。意味は解らないが、多分他の部隊が救援に来たのだろう。何とかここまで助けに来て欲しい。

『ハンガリー隊のケニェレシュ曹長です。デブレーディ大尉が負傷しました。至急救援を要請します。』

 

 通信を聞いたグラッサー中佐は、困惑せざるを得ない。何と言って来ているのかわからないのだ。

「これは・・・、ハンガリー語だな。ハンガリー隊の誰かが応答して来ているんだな。おい、誰かわかる奴はいないか。」

 しかし、ハンガリー語は欧州の数ある言語の中でも独自性が強いので、生憎わかる者はいない。ポーランド隊隊長のミロスワヴァ・ミュムラー少佐が答える。

「ポーランド隊にはわかる者はおりません。」

 チェコ隊隊長のカテリナ・エモンシュ大尉も同様だ。

「チェコ隊にもわかる人はいません。」

 グラッサー中佐に付いているシュタインバッツ准尉ももちろんわからない。ただ、名前だけは聞き取れた。

「内容はわかりませんでしたけど、ケニェレシュとデブレーディは聞き取れました。二人のどちらかじゃないですか?」

 確かにその可能性は高い。

「その二人のどちらかなら、デブレーディ大尉は共通語もわかるだろうから、ケニェレシュ曹長だな。」

 そう考えたグラッサー中佐は、再び呼びかける。

「ケニェレシュ曹長、応答しろ。」

 

 ケニェレシュ曹長は、何と言っているのかわからなくても、自分の名前が呼ばれたことはわかるので応答する。

『ケニェレシュです。わたしは無事ですが、デブレーディ大尉は重傷です。周囲をネウロイに囲まれていて撤退できません。救援をお願いします。』

 一応応答はするが、こちらがわからないのと同じように、向こうもこちらが何を言っているのかわからないのだろうと思うと、救援は絶望的に思えてくる。

 

 応答があったので、ケニェレシュ曹長が無事らしいことは確認できた。しかし、何を言っているのかわからないので状況は不明だ。そこへ、別の通信が入る。

「ハンガリー隊のポッチョンディです。ケニェレシュ曹長は、負傷したデブレーディ大尉を救護していますが、周囲をネウロイに囲まれて撤退できないとのことです。」

 おお、ハンガリー語のわかる士官がいた。

「ポッチョンディ大尉、貴官の状況を報告しろ。」

「はい、さっきまでネウロイの集団の真っ只中にいて交戦していましたが、離脱できました。モルナール少尉は一緒ですが、ヘッペシュ中佐は撃墜されました。」

「なにぃ、それだけわかっていてどうして救助に行かない。」

「ネウロイの大群に阻まれて近付けません。」

「そうか、ではこっちに来て合流しろ。」

「無理です。ネウロイの大群を挟んで反対側にいます。」

「・・・。」

 グラッサー中佐は言葉に詰まる。つまりハンガリー隊は四分五裂ではないか。この状況では、ネウロイを撃破して進攻作戦を継続するのはどうも無理そうだ。とにかく、負傷者を救出して、一旦態勢を立て直す必要がありそうだ。

 

 グラッサー中佐が各隊を率いて前線に急ぐと、やがて2人のウィッチが周回しているのが見えてきた。その下には地上部隊が見える。ハンガリー隊のポッチョンディ大尉たちだろうか。だとすると自分の位置を勘違いしている。不審に思って呼びかけてみる。

「お前たちはどこの部隊だ。」

「はい、スロバキア隊です。」

 そういえば前線にはスロバキア隊もいた。ハンガリー隊が厳しい戦いをしているのに、何をのんびり警戒を続けているのかと思い、口調が厳しくなる。

「そこで何をしている。前線ではハンガリー隊が危機的状況に陥っているんだぞ。通信を聞いていなかったのか。なぜ応援に行かない。」

「はい、ヘッペシュ中佐から地上部隊の上空援護を命じられています。」

 一瞬頭に血が上る。いくらそう命じられているとしても、友軍が苦戦しているのだから応援に駆け付けるのが普通だろう。グラッサー中佐は怒鳴りつけそうになるが、命令を忠実に実行することは決して非難されることではないと思い直す。それに、すり抜けてきたネウロイが地上部隊を襲撃して大きな損害を与えれば、肝腎の侵攻作戦が頓挫してしまう。ヘッペシュ中佐もそれを考えて、スロバキア隊をここに残しておいたのだろう。

「わかった。上空援護を継続しろ。」

 そう命じてさらに進む。

 

 程なく、空を圧して小型ネウロイの大群が向かって来るのに遭遇した。この下のどこかにヘッペシュ中佐とデブレーディ大尉が救助を待っていて、この向こう側にポッチョンディ大尉たちがいる。

「ポッチョンディ大尉、今からネウロイに攻撃をかけるから、それに呼応してネウロイの集団を突破してこちらに合流しろ。それから、負傷者を捜索するので、ケニェレシュ曹長に信号弾を上げるように指示しろ。」

「了解しました。」

 ポッチョンディ大尉の応答する声が、心なしか弾んでいる。脱出する方法が見つからなくて途方に暮れていたのだろう。

「チェコ隊はネウロイを攻撃して、負傷者の捜索とハンガリー隊の脱出を支援しろ。ポーランド隊は負傷者を捜索して救出しろ。」

 各隊からの了解の応答を待って、グラッサー中佐は命じる。

「攻撃開始!」

 

 命令を聞いたチェコ隊のフランチシュカ・ペジノヴァー中尉が、グラッサー中佐にわからないようにチェコ語で愚痴を言う。

『ちぇっ、何でわたしたちが攻撃でポーランド隊が捜索なのよ。わたしたちにばっかり大変な任務を振って。』

 すかさず、隊長のエモンシュ大尉がたしなめる。

『そんなこと言うもんじゃないわ。それだけチェコ隊があてにされてるってことじゃない。いい、チェコ隊の力を見せつけてやる機会よ。』

 そう言われれば悪い気はしない。

『まあ、そんならいいですけど。』

 その気になった所で、手短に作戦指示だ。

『いい? 今回の目的はネウロイの殲滅じゃないから、深入りは禁物よ。一撃したら引いて、囲まれないように心掛けて。撃墜できなくてもいいから、細かく攻撃を繰り返してネウロイを追い散らして。』

『了解。』

 そこにグラッサー中佐の攻撃開始の号令がかかる。それに応じて、エモンシュ大尉も号令をかける。

「攻撃開始。」

 チェコ隊は、エモンシュ大尉、ペジノヴァー中尉とステヒリコヴァ曹長の2隊に分かれてネウロイの集団に向かって突入する。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。