ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第十八話 撤退、ブダペスト進攻作戦挫折

 チェコ隊のペジノヴァー中尉は、ステヒリコヴァ曹長を連れて、銃撃を加えながら小型ネウロイの集団に向かって突入する。対するネウロイは一斉にビームを放って来る。雨霰と降り注ぐビームに、回避を連続させながら進むので、とても銃撃の狙いを定めている余裕はない。あっという間にネウロイが接近し、銃撃しながらすれ違うが、手応えは浅い。多分撃墜できなかったろう。深入りは禁物なので、すぐに斜め上にひねり上げるようにして引き返しにかかる。目の前に飛び出して来たネウロイに反射的に銃撃を浴びせれば、ぱっと砕け散る。1機撃墜だ。ネウロイの集団の前方に戻って周囲を見回せば、ネウロイは多数の小集団に分かれて、てんでんばらばらな動きで乱れ飛んでいる。反転して再び攻撃に向かえば、ネウロイはあらゆる方向からそれぞれに襲撃してくる。手近なネウロイに銃撃を浴びせ、飛んで来るビームを回避し、迫るビームをシールドで弾き返す。息つく暇もない忙しさだ。

 

『隊長、敵が多すぎます。これじゃあ狙っている暇もないです。』

 ペジノヴァー中尉の泣き言なような通信に、状況の厳しさからかエモンシュ大尉も非難めいたことは言わない。

『いいよ、狙えなくても。とにかく引っ掻き回せばそれでいいから。』

 そう言うエモンシュ大尉はどうしているかと見れば、やはり四方八方からの襲撃を受けて、ビームの間を縫うように飛び回りながら、右に、左に、短く連射を繰り返している。そして驚いたことに、射撃をするたびネウロイの破片がぱっと広がる。

『ど、どうすればそんな状況で撃墜できるんですか?!』

『うん、慣れね。いい機会だからペジノヴァー中尉も慣れて。』

 いや、身を守るだけで精一杯で、とてもいい機会になどできないだろう。ブリタニア空軍にいて後方勤務の多かった自分達と、最前線を渡り歩いていたエモンシュ大尉とではレベルが違う。ペジノヴァー中尉は、エモンシュ大尉の技量に舌を巻く。

 

 一方のグラッサー中佐は、シュタインバッツ准尉を連れてネウロイの集団を下から突き上げるように攻撃する。その隙に、低空に舞い降りたミュムラー少佐以下のポーランド隊が、ネウロイの下をすり抜けるようにして、負傷者の捜索に向かう。低空に降りると、地上には広く地上型ネウロイが分散していて、こちらに向かって進んで来ているのが見える。と、左前方で信号弾が上がった。あそこにハンガリー隊のデブレーディ大尉とケニェレシュ曹長がいるはずだ。ミュムラー少佐は上空からの襲撃を警戒しつつ、信号弾の上がった地点に急ぐ。

 

「どこにいるの?」

 空から人一人を、それもネウロイに見つからないように隠れている人を見つけるのは難しい。さっき上がった信号弾で大体の位置はわかるのだが、それでもやっぱり見つけるのは難しい。ぐずぐずしていると、飛行型ネウロイに気付かれて、襲撃されかねない。そうなったら捜索を続けることは難しい。その時、再び信号弾が上がった。

「あそこ!」

 信号弾の上がったあたりを見ると、岩陰から身を乗り出して両腕を大きく振っている人影がある。

「ヴラスノヴォルスカ曹長、撤退を支援して。」

 ミュムラー少佐の指示で、ヴラスノヴォルスカ曹長は腕を振る人影に向かって降下する。

 

 腕を振る人が多分ケニェレシュ曹長で、その足元に横たわっているのがデブレーディ大尉だろう。ヴラスノヴォルスカ曹長は通信を送る。

「ポーランド隊のヴラスノヴォルスカ曹長です。撤退を支援します。」

 しかし、ケニェレシュ曹長は曖昧な表情を浮かべて、腕を振り続けるばかりだ。

「負傷者を連れて撤退してください。わたしが同行して援護します。」

 再び呼びかけても反応がない。これは、ブリタニア語がわからないということなのか。ではどうすれば良いのか。試しにポーランド語で呼びかけてみる。

『わかりますか? 撤退を支援します。』

 もちろん、ポーランド語が通じるわけもなく、反応はない。困った。しかしぐずぐずしている暇はない。ヴラスノヴォルスカ曹長は近くに着陸すると、横たわるデブレーディ大尉を抱きかかえて飛び立つ。

『援護してください。』

 言葉は通じなくても、きっとわかってくれるはずだ。そう信じてヴラスノヴォルスカ曹長は基地に向かって飛ぶ。もしわかってくれなかったら、デブレーディ大尉を抱えて、思うように回避もできないままネウロイの襲撃を受けて撃墜されるしかない。すると、ケニェレシュ曹長が後を追って飛び立ち、ヴラスノヴォルスカ曹長の上空、少し前方の位置に着く。やれやれ、どうにか意図が通じたようだ。

 

 ミュムラー少佐はヴラスノヴォルスカ曹長を見送ると、フェリク少尉を連れてヘッペシュ中佐の捜索に回る。しかし、ヘッペシュ中佐からの応答はなく、どこにいるのか見当がつかない。

「ポッチョンディ大尉、ヘッペシュ中佐が撃墜された位置はどこですか?」

「ええと、デブレーディ大尉より東寄り・・・、東南東ですかね?」

 まあ、救助に行けない程の乱戦だったのだから、具体的な位置がわからないのも無理はない。しかし、もう少し手がかりはないものか。

「距離は?」

「ええ? 距離ですか・・・。デブレーディ―大尉が墜ちるのは見ましたから、そんなに遠くありません。」

 あまり参考にならないが、少なくとも見える範囲を探せば良かろう。もっとも、空戦高度はそれなりに高かったはずだから、地上まで墜ちる間に大きく流れた可能性もある。

 

 その時、フェリク少尉が叫ぶ。

「あそこ! 細く煙が上がってます!」

 ネウロイは破壊しても煙は上がらない。地上部隊はここまで来ていないので、煙が上がっているのなら、それはヘッペシュ中佐のストライカーユニットの可能性が極めて高い。勇躍して煙の元に近付くと、ユニットが転がって煙を上げており、その前方に倒れている人がいる。ヘッペシュ中佐に違いない。

「フェリク少尉、救助して。」

 フェリク少尉が着陸して抱き起す。階級章は中佐、間違いなくヘッペシュ中佐だ。

「ヘッペシュ中佐発見。基地に運びます。」

 フェリク少尉はヘッペシュ中佐を抱えて飛び立ち、ミュムラー少佐が援護する。

 

 前方にはネウロイの大群が飛び交っている。ネウロイに発見されないようにと、できるだけ低空を飛行して、その下を潜り抜けようとする。エステルライヒ隊とチェコ隊のウィッチたちが、繰り返し攻撃を加えて注意を引き付けてくれている。行けるか、そう思ったがそんなに甘くはない。2機のネウロイがこちらに向かって降下してきた。

「フェリク少尉はそのまま進んで。」

 ミュムラー少佐は上昇して、降下してくる小型ネウロイを迎え撃つ。ビームが飛んで来る。シールドで弾き飛ばすと、そのまま肉薄して必殺の銃撃を浴びせかける。機銃弾が貫いた小型ネウロイは、ふらふらと揺れるとぱっと四散した。もう1機は、フェリク少尉に気付いていないのか、すぐに反転して向かって来る。シールドを展開しながら思い切り肉薄して、銃撃を浴びせかける。これも撃墜だ。

 

 しかし、このまま進んで無事に済むか、危ぶまれるところだ。さっと周囲を見回して、良いことを思い付いた。

「フェリク少尉、湖の上に出て。」

 湖の上に出れば、地面の起伏も高い立木もないし、地上型ネウロイもいないので、ぎりぎりまで高度を落としても危険は少ない。

「水面を舐めるように飛んで。」

 指示に従って、フェリク少尉は水面ぎりぎりまで高度を落として飛ぶ。これなら、上空のネウロイに発見される危険は低くなりそうだ。そして、湖に沿って進めばケストヘイまで真直ぐ行ける。ミュムラー少佐もぎりぎりまで高度を落として、フェリク少尉を先導する。首をひねって上空を見れば、ネウロイには襲撃してくるような動きは見えない。よし、このまま行けそうだ。

 

 その頃、ポッチョンディ大尉はネウロイの集団を突破する機会をうかがっていた。すると、ネウロイの動きが大きく変化する。反対側からエステルライヒ隊とチェコ隊が攻撃を始めたのだ。ネウロイが動いて、薄くなった空間が現れる。突破するのは今しかない。

『エメーケ、行くよ!』

『うん!』

『突撃!』

 ポッチョンディ大尉とモルナール少尉は、周囲のネウロイの動きを見極めながら、隙間をすり抜けるように突っ込んで行く。もちろんネウロイも黙って通してはくれない。1隊が行く手を遮るように回り込んでくる。

『撃て!』

 ポッチョンディ大尉は叫びながら機銃の引き金を引き絞る。ネウロイからのビームが飛んで来るが、回避もせずに、シールドを前にかざして遮二無二突っ込んで行く。とにかくいかに素早くネウロイの集団の中を突き抜けるかが勝負だ。かざしたシールドに、ビームに続いて、至近距離で砕け散ったネウロイの破片がばらばらと当たる。

 

 ネウロイは、反対側から攻撃を仕掛けてきたエステルライヒ隊とチェコ隊に気を取られているようで、ポッチョンディ大尉に向かって来るネウロイは少ない。それでも向かって来るネウロイもいて、2機のネウロイが肉薄してきた。このまま進めば衝突コースだ。咄嗟に銃撃を浴びせかけると、ぱっと砕け散って大量の破片が降り注ぐ。がん、と音を立ててストライカーユニットに衝撃を感じた。どきっとしてユニットを確認するが、大丈夫、ユニットに異常はない。こんな所でユニットが故障したら万事休すだ。なるべく破片は浴びたくないと思うが、モルナール少尉の銃撃を浴びたネウロイが至近距離で爆散して、またユニットが嫌な音を立てる。

 

『あうっ!』

 モルナール少尉の奇妙な叫び声が聞こえて振り返ると、防ぎ切れなかった破片が刺さったようで、モルナール少尉がぐらりと傾く。ここで脱落させたら絶対に助からない。反射的に手を伸ばして、モルナール少尉の手をつかむ。

『エメーケ、しっかりして。』

 モルナール少尉の泣きそうな声が返ってくる。

『だめ、力が入らない。』

 ここまで一緒に来たのだから、絶対に一緒に脱出したい。

『あきらめちゃ駄目。絶対に一緒に帰るんだよ。』

 ぐっと力を込めて、モルナール少尉の腕を引き寄せる。片腕で構えた機銃を乱射して、シールドを素早く回してあちこちから飛んで来るビームを防いで、あらんかぎりの力をユニットに注いで極限まで速度を上げる。モルナール少尉が、つかんだ手をぎゅっと握り返して来た。

 

 突然目の前にネウロイが飛び出して来た。片腕で支えた銃撃では狙いが定まらない。だめだ、回避している暇もない。衝突する、と思った時にネウロイが砕け散って、ざあっと破片が降り注ぐ。思わず首をすくめた。その目の前を、ウィッチが横切る。

『あっ! ウィッチだ! ネウロイを突破した!』

 ぱっと目の前が開けて、ネウロイの集団が後ろに遠ざかる。追撃してきたネウロイも、そのウィッチの銃撃で砕け散った。感激するポッチョンディ大尉の耳に、通信が入る。

 

「チェコ隊のエモンシュです。ハンガリー隊と合流しました。」

「よし、そのまま撤退を援護しろ。」

「了解。ペジノヴァー中尉、合流してハンガリー隊の撤退を援護してください。」

「了解。」

 友軍の通信を聞いて、脱出できたとの実感がふつふつとわいてくる。モルナール少尉も同じ思いのようで、つないだ手に力が入るのを感じた。

 

「ウィッチ隊のグラッサーだ。ウィッチ隊はいったん後退するので、地上部隊も後退して防衛体制を固めて欲しい。スロバキア隊、前に出て後退を支援してくれ。」

「スロバキア隊のゲルトホフェロヴァーです。現在地上部隊の上空で後退を支援中です。こちらにも断続的にネウロイが現れていて、離れられません。」

「わかった、そのまま地上部隊の撤退を支援しろ。」

 

 通信を終えたグラッサー中佐が、反転して追撃してくるネウロイを追い散らしにかかる。グラッサー中佐たちをしんがりに、今やオストマルク軍は全面撤退に入っている。悔しいが進攻作戦は失敗だ。冬季でネウロイの活動が不活発なことを利用しての作戦だったが、それでもネウロイの反撃は強烈だった。オストマルク軍は作戦の再考を迫られている。




 今週は出張が入るので、来週の更新はできない見込みです。
 次回更新までしばらくお待ちください。

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