ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第十九話 宮藤司令官出陣

 ダキア王国の首都ブカレストの、芳佳の司令部に悲報が届く。

「宮藤さん、オストマルク軍のブダペスト進攻作戦は失敗に終わりました。多数のネウロイの出現に、損害が続出して作戦の継続が困難になったとのことです。」

 芳佳はしまったと思う。現地部隊の指揮に委ねて、口出しをしないようにしたのが裏目に出た。

「それで、損害はどの程度なの?」

「はい、ウィッチ隊は軽傷も含めて7名が負傷しました。ハンガリー隊は重傷者3名、軽傷者1名を出して壊滅状態です。その他、チェコ隊、スロバキア隊、エステルライヒ隊にそれぞれ1名の負傷者が出たとのことです。」

「地上部隊は?」

「地上部隊は、ウィッチ隊の援護下に後退できたので、それ程酷い損害は受けていないとのことです。先遣部隊は本隊の線まで後退して、追撃してきた地上型ネウロイは重砲部隊の十字砲火で撃退しました。飛行型ネウロイは、ウィーン方面から飛来した大型ネウロイ撃破に向かっていたエステルライヒ隊主力が応援に到着して、撃退できたとのことです。」

 つまり、損害を多数出して進攻作戦は頓挫したが、地上部隊はある程度の進出を果たしたという状況のようだ。ただ、ウィッチ隊の損害が大きく、進攻作戦の再興はすぐには難しい。何より、同じような作戦では再び撃退されるのは目に見えており、オストマルク奪還作戦は初戦でいきなり頓挫したということだ。ここは、自分が乗り出さなければならないだろう。

「鈴内さんと、大村航空隊司令の井上大佐を呼んでください。」

 

 大村航空隊は戦闘飛行隊と哨戒飛行隊で構成されている。戦闘飛行隊が実戦部隊で、哨戒飛行隊は陸海軍の新人を集めた部隊で、過去の成り行きで陸海混成の特殊な編成になっている。全体を指揮する司令の井上大佐は当年51歳、元は航海畑の出身だ。元々ウィッチの作戦に精通しているわけではないので、作戦はウィッチの飛行隊長に委ねてあまり口出しはせず、ウィッチたちが実力を自由に発揮できるよう、バックアップに努めている。そんな井上大佐にしてみれば、わざわざ呼ばれるというのはちょっと珍しい。

「もう聞いているかもしれませんが、オストマルク軍が作戦に失敗しました。梃入れのために部隊を連れて行こうと思います。」

 芳佳はバルカン半島周辺を広く担当しているので、本当はオストマルク戦線にかかりきりになるわけにはいかない立場だ。オストマルク軍ウィッチ隊は人数も多く、司令部も充実していたので任せきりにできるかと期待していたのだが、残念ながらそうもいかなかったようだ。参謀長の鈴内大佐は、結局腰を落ち着けている暇のない芳佳に同情している。

 

「それで、ベッサラビアの方は落ち着いてきたと思うので、抜刀隊は引き上げます。でも、度々ネウロイが出現しているようなので、ダキア隊だけにするのは荷が重いでしょう。それで、哨戒飛行隊を出そうと思います。」

 哨戒飛行隊は井上大佐の指揮下なので、井上大佐は同意を示すために肯いて見せる。

「それで、井上さんにはヤシに行ってもらって、ダキア隊と哨戒飛行隊を合わせて指揮して欲しいんです。」

 これは井上大佐には意外だ。これまで作戦は全て芳佳が指揮し、井上大佐はもっぱら後方支援を担当してきたからだ。

「私が指揮ですか? ウィッチ隊の指揮はウィッチが適任と思いますが。」

「うん、でもダキア隊隊長のアリーナちゃんは、他の部隊を合わせて指揮した経験がないから、戦闘指揮に集中してもらう意味で、井上さんに全体指揮をお願いしたいんです。」

「なるほど。すると指揮というより運用管理や部隊間調整といった役回りですね。」

「あと、やっぱりみんな女の子だから、頼りになる人が必要なんだよ。」

 井上大佐は苦笑する。言ってみれば部隊のお父さん役か。まあ、軍人らしくないとも言えるが、そんな役回りも悪くない。

「では、戦闘飛行隊はどうしますか?」

「それはわたしがオストマルクに連れて行って、直接指揮します。」

「了解しました。」

 

 鈴内大佐が尋ねる。

「抜刀隊はブカレストでダキアの防衛ですか?」

「ううん、抜刀隊もオストマルクに出てもらうよ。」

「そうなると、トランシルヴァニア山脈方面の防衛が手薄になりますね。」

「うん、だから、ギリシャのウィッチ隊にここに来てもらう。」

 なるほど、確かにギリシャは後方になって、ウィッチ隊も手が空いていることだろう。だが、勝手に来てもらうなどと決めていいのだろうか。

「宮藤さん、ギリシャ隊は確かに手が空いていると思いますが、わたしたちの指揮下ではないので、自由に動かすことはできません。」

「うん、だからお願いしてみるよ。」

 そう言って芳佳は電話を取った。

 

「もしもし、扶桑皇国海軍の宮藤です。ウィッチ隊隊長のイオアンナ・ケラス大尉をお願いします。」

 呼ばれたケラス大尉は面食らう。以前モエシア奪還作戦の時に一緒に戦って、よく知った仲ではあるが、いきなり直接電話をかけて来るというのはちょっと珍しい。

「はい、イオアンナです。どうしたんですか?」

「うん、ギリシャのウィッチ隊って今余裕があるよね。こっちに来てダキア防衛を担当して欲しいんだ。」

 ますます面食らう。ケラス大尉本人としては、一緒に戦った仲なので別に構わないのだが、軍人である以上勝手な行動は許されない。

「ええと、行くのは構わないんですが、でも直接言われてもねぇ。」

「うん、そこはちゃんと話を通すよ。ただ、先にイオアンナちゃんに了解してもらいたかったから。」

「それならいいですよ。準備をして待ってます。」

「うん、お願い。」

 芳佳は電話を置くと、鈴内大佐に向かう。

「そう言うわけだから、鈴内さん、連合軍総司令部を通して、ギリシャ軍に話を通してください。」

 鈴内大佐は、さすがは芳佳だと思う。自分の指揮下にない部隊、それも他国の部隊をいきなり動かそうとは、普通は考えないだろう。しかし、今の状況を考えると、多分芳佳の希望通りに話は通るだろう。そんな状況判断を瞬時にするとは、芳佳もずいぶん司令官らしくなったものだと、感慨を覚える。ただの無茶から、計算された無茶に進化してきたかな、と思う。

 

「じゃあ、わたしは行くから、バルバラちゃんと愛美ちゃんを急いで送ってね。」

 何を置いても、負傷者の治療は忘れない。このあたりは変わらない。もっとも、自分で治療するのではなく、軍医を派遣して治療させるあたり、司令官としての自覚が育ってきたとも言えるか。

「了解しました。後はお任せください。」

 そう答える鈴内大佐だったが、生憎芳佳の人使いは荒い。

「うん、ギリシャ隊が来たら抜刀隊もオストマルクに送ってください。あと、鈴内さんもオストマルクに来てください。」

 そうか、いつも手元に置いて追い使うつもりか。もっとも、それこそ幕僚冥利に尽きると言うものだ。

「司令部の留守居役は誰にしますか?」

 芳佳が主力を連れてオストマルクに行っても、部隊の担当範囲が減るわけではない。だから誰かにオストマルク以外の地域の指揮を委ねなければならない。

「うん、作戦参謀の柴又中佐にやってもらうよ。」

「了解しました。伝えておきます。」

「うん、じゃあ先に行ってるね。」

 そう言うと芳佳は出撃を下令して飛び出して行く。

「大村航空隊、戦闘飛行隊出撃!」

 このあたり、一飛行隊長だった頃とそっくりそのままだ。司令官なのだから、輸送機位仕立てればいいのにと思わないでもない。

 

 芳佳は、ザグレブのオストマルクウィッチ隊司令部に乗り込む。

「状況を説明してください。」

 司令部に呼びつけられるのではなく、司令官自ら乗り込んできたことに緊張しつつ、グラッサー中佐が説明に立つ。

「はい、ハンガリー隊を先頭に侵攻作戦を行いましたが、100機以上のネウロイの大群に攻撃され、負傷者多数を出して作戦は頓挫しました。損害の大きかったハンガリー隊は後退させて、前線基地にはチェコ隊とポーランド隊を前進させて防衛体制を固めています。」

「負傷者はどうしているの?」

「重傷者はザグレブの病院に入院しています。軽傷者は手当てした上でそれぞれの部隊に戻しました。全員入院させると、人数が足りませんから。」

「うん、まあそれは仕方がないね。」

 

 芳佳としては、以前部隊を視察した時に感じた、各隊の一体感のなさが作戦に影響したのではないかとの疑いがある。それぞれの思いがばらばらで、人によっては言葉が違って意思疎通もままならないのでは十分な戦力発揮は見込めない。

「作戦中の各隊の連携はどうだったの? 一部言葉が違って意思疎通が難しい隊員もいたみたいだけれど。」

 グラッサー中佐は、痛いところを突かれたと思う。実際、意思疎通に難を感じた場面はあった。

「そうですね、通信しても話が通じなくて困った場面は確かにありました。」

「だったら、そうならないように、あらかじめ共通語の練習はしておくべきだったんじゃないのかな。」

「それは・・・、それよりも飛行や戦闘の訓練や、各隊内での連携の訓練を優先しました。」

 グラッサー中佐はそう答えながらも、ちょっと苦しいいいわけだとは自覚している。さらに突っ込まれると言い訳に窮すると思う。実際、負けているのだし。

 

 そこへ、チェルマク少将が口を挟む。

「確かに軍の常識としてはそうかもしれませんが、私は多様性を重視したいんです。」

「多様性?」

 チェルマク少将の言う意味が解らなくて、芳佳は小首を傾げる。

「オストマルクは多民族国家です。その民族の多様性が国全体としての力になると考えています。軍についても同様です。」

「うん、それで?」

「そもそも、生物というのは多様性が重要だと言われています。それは生物集団の中での種の多様性もそうですし、一つの種の中での遺伝的多様性もそうです。」

「・・・。」

 急に難しい話を始めたと、芳佳はやや困惑している。しかし何か深い考えがありそうで、続きを聞いてみようと思い、黙って続きを促す。

「その生物種の中での多様性や、生物集団の中での多様性が、その集団の強さにつながっていると考えられています。例えば、一つの例を上げると、鎌状赤血球というものがあります。」

 芳佳は医者だから、これは知っている。遺伝的変異から酸素運搬能の低い鎌状の赤血球を有するために、貧血を中心とした症状を呈する疾患だ。

「貧血を起こす一見すると不利な特性ですけれど、マラリアに感染したり、重篤化したりしにくい特性があります。そのため、そういう人を含むことで、集団としてはマラリアによるダメージが限定的になって、集団としての抵抗力が高くなっています。一見不利な特性を含む多様な特性を集団内に持っていることで、様々な状況に対して集団として強くなるわけです。」

「うん、だから一見不利な言葉の違いも、多様性として全体を強くすることにつながるっていうことかな?」

「そうです。言葉の違いの不利を我慢しても、各民族の特性、多様性を活かした方が、全体としては強くなると考えて、あえて民族ごとの特性を押さえつけないようにしようと思います。」

「うん、理屈としてはわかりますよ。」

 しかし、その理屈通りに強くなっている面があるのかはわからない。

 

 必ずしも納得していない様子の芳佳に、チェルマク少将の語気が強くなる。

「だって、統合戦闘航空団だってそうじゃないですか。以前統合戦闘航空団に所属していた宮藤司令官なら、わかると思うんですが。」

 そう言われても、抽象的過ぎて芳佳にはよくわからない。チェルマク少将はさらに重ねて言い募る。

「統合戦闘航空団は、言葉こそ共通語で統一していましたけれど、メンバーの出身国が違うだけではなく、ストライカーユニットも、武器も、弾薬もばらばらで、軍の常識としては非常に非効率で不利な編成だったと思います。それでも抜群に強かったんですよね?」

 確かにそうだ。ユニットが違えば飛行特性が違うので、編隊機動がやりにくい。武器が違えば、統一的な攻撃がやりにくい。装備や弾薬が違えば、補給も整備も大変に手間がかかる。軍の常識からすると、ありえないような不利な編成だ。それでも、個々人の特質をうまく活かし、組み合わせることで抜群の強さを発揮していたことは、実際に所属していた芳佳には身に沁みて良くわかる。

「うん、そうだね、確かに不利な編成だったけれど、強かったよね。」

「私たちオストマルク軍もそうありたいと思っています。そのために、あえて民族ごとの特性を弱めないようにしたいんです。まだ活かせているとは言えない状態なのは申し訳ないと思いますが・・・。」

 そう言われてしまうと、芳佳としては否定しにくい。そもそも芳佳の存在自体が、軍としてはイレギュラーで、でも組織としてそれを活かすように仕向けることで、芳佳の力を引き出している。芳佳だって、自分が相当特別扱いされていることは自覚している。

「うん、わかった。じゃあその点はこれ以上言わないことにするよ。」

 そのかわり、組み合わせの妙をいかに引き出すか、よく考えなければならない。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎ギリシャ

イオアンナ・ケラス(Ioanna Kellas)
ギリシャ空軍大尉 (1933年生18歳)
ギリシャ空軍第21迎撃飛行隊長
固有魔法として雷霆を持つ。魔法力を手に集めて、強力な雷撃を行う技で、相当大型のネウロイでも一撃で破壊できる。ギリシャ防衛に活躍し、モエシア奪還作戦では芳佳の指揮下で戦った。

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