ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第二話 地中海方面統合軍

 ブカレスト航空基地上空、扶桑のウィッチたちが訓練を続けている。これから行うのは、吹き流しを標的とした射撃訓練だ。飛行機が吹き流しを曳いて飛んで来る。淡路が他の二人に指示する。

「じゃあ、わたしから行くから、長谷部さん、岡田さんの順で続いてね。岡田さんは、わたしと長谷部さんを良く見て、同じようにやってね。」

「はい、頑張ります。」

 少し緊張気味に玲子が答える。淡路は肯くが、ちょっとやりにくさを感じている。玲子はウィッチとしては新米だし、階級は下である一方、淡路が15歳なのに対して玲子は18歳と3歳も年上だし、軍歴も長いのだ。しかしまあ、そんなことを気にしている場合ではない。淡路は魔導エンジンを吹かすと、吹き流しめがけて一直線に突入する。ぎりぎりまで肉薄すると、吹き流しにぱぱっとペイントの花が咲く。度重なる実戦で鍛えた淡路の腕は確かだ。

 

 続いて長谷部が突入し、危なげなくペイント弾を命中させると、次は玲子の番だ。

「大丈夫、これまでの訓練でたくさん練習してきたんだから。」

 そう自分に言い聞かせると、玲子は突入する。轟々と吹き抜ける風を受けながら、正面に吹き流しを見据えて肉薄しつつ、機銃を構える。照準器の十字の中心に吹き流しを捉えると、今だとばかり引き金を引く。だん、だん、と衝撃を残して、ペイント弾が飛んで行く。しかし、どうしたことか、ペイント弾がまるで当たらない。たちまち距離が詰まって、玲子は引き起こす。

「失敗だ。ちゃんと照準器に捉えていたんだけどな・・・。」

 当たらなかった吹き流しを横目で見つつ、玲子は待機空域に戻る。

 

「玲子ちゃん、調子はどう?」

「はい、全然当たりませんでした。」

 返事をしながら声を掛けてきた人を見ると、いつの間に現れたのか、何と司令官だ。

「あっ、司令官殿。しっ、失礼しました。」

 玲子は驚きのあまり声が裏返りながら、しゃちほこばって敬礼する。自分の腕を引いて、強引に飛ばせたこの人が、司令官だと後で知って、ずいぶん驚き、そんな偉い人に対して失礼な態度を取ったのではないかと酷く狼狽えたものだ。その、宮藤司令官が目の前にいる。

「ああ、そんなに硬くならなくていいよ・・・、っていうか、飛びながら敬礼とかしなくていいから。あと、殿はいらないよ、芳佳って呼んで。」

 そう言われたからといって、まさか司令官の名前を呼び捨てにはできない。どう呼んだらいいか、玲子は迷いながらおっかなびっくり呼んでみる。

「・・・、芳佳・・・、様?」

 これには淡路と長谷部は爆笑だ。空を飛びながら、腹を抱えて笑うなど、なかなか器用なことをしている。淡路と長谷部は、芳佳とそんなに遠慮のいらない間柄でもないが、それにしてもこの人に『様』はないだろう。

 

「様って・・・。」

 芳佳はちょっと膨れて不満顔だ。しかし、気を取り直して聞き直す。

「様とかどうでもいいけど、射撃は当たらなかったみたいだね。」

「はい・・・、ちゃんと照準器の真ん中に目標を捉えたつもりだったんですけれど・・・。」

 それに対して、芳佳は軽く言い放つ。

「うん、それじゃあ当たらないね。」

「へっ?」

 玲子は目を丸くする。飛び方がまだ不安定で、真直ぐ飛べていないから狙ったところに弾が飛んで行かないのかと思ったが、どうも違うらしい。

「あのね、今の訓練では、吹き流しに右後上方から接近しているでしょう?」

「はい。」

「その場合、吹き流しも前に向かって進んでいるから、真直ぐ吹き流しに向かって飛んでいるつもりでも、実際には徐々に引き起こしながら、緩やかに右旋回をしているんだよね。そうすると、弾は見かけ上、左下の方向に流れて行くんだよ。だから、その分を修正して、吹き流しの右上に照準を合わせないと当たらないんだ。修正する幅は、速度や引き起こしの速さ、旋回の速さで決まるから、何度も練習して修正幅の感覚を身に付けないといけないね。」

「そ、そうなんですか?」

「うん、そうだよ。理屈がわかったら後は訓練の繰り返しだね。」

「はい、了解しました。」

 外れた理由がわかれば、後は訓練をすればできるようになるはずだ。玲子は張り切って敬礼する。その弾みで飛行姿勢が崩れて、すとん、と20メートルばかり落下した。

「だから敬礼はいらないって・・・。」

 淡路と長谷部はまた笑い転げている。

 

「行きます。」

 玲子は再び吹き流しに向かって降下する。吹き流しを照準器の中央に捉え、目を離して試射してみると、照準器を覗き込んでいるとわからなかったが、なるほど機銃弾は左下方向に流れている。流れ具合から見当を付けて、照準を右上方向にずらしてもう一度射撃してみる。しかしまだ当らない。距離が離れているうちは、ずいぶん大きく修正しないと当たらないのだということを実感する。そうするうちに、ぐんぐん吹き流しが近付いて来る。近付けば流れる幅が小さくなるので当てやすくなるが、このままでは吹き流しに突っ込んでしまうので、右に捻って回避する。やれやれ、また当てられなかった。難しいものだ。その後何回か再挑戦して、ようやく数発の命中を得ることができた。

 

 玲子への指導を終えて、芳佳が地上に降りて来ると、地上では憮然とした表情の鈴内大佐が待っている。

「あっ、鈴内さん、何かありましたか?」

 何かありましたかもないものだ。司令官が若手の戦闘訓練を指導しているなど、それだけでもう事件だ。

「何かありましたかじゃありません。今日はこの後、各部隊の司令官が集まって、作戦会議をすると言ったじゃないですか。すぐに準備をしてください。」

「ああそうだったね。うん、じゃあすぐ行こう。」

「だから、すぐにシャワーを浴びて着替えてきてください。全く、うら若き女性が、汗と硝煙の臭いにまみれて人前に出るなんてことをしちゃいけません。」

「はあい。」

 芳佳はしゅんとして着替えに走る。戦塵にまみれて暮らすことに慣れている芳佳はそういうことには無頓着だが、傍から見れば芳佳は立派なうら若き乙女だ。横で見ていた千早は可笑しくて仕方がない。くすくす笑いながらつい言ってしまう。

「参謀長はそんなことまで気にしなければならなくて大変ですね。まるで娘の事を気にするお父さんみたい。」

 言われた鈴内大佐はむっとするが、実際親子ほどの歳の差があって、立場上司令官である芳佳の事は何でもサポートしなければならないので、そう見えても仕方がない。それに、そういう細かいことを気にするのは自分たち幕僚に任せて、余計な気を使わずに、司令官としての職務に集中して欲しい。

 

 地中海方面統合軍総司令部に行くと、これまでに何度も顔を合わせている司令官たちに交じって、見慣れない人がいる。その将軍が立ち上がって挨拶する。

「カールスラント陸軍E軍集団司令官、兼、オストマルク軍総司令官のアルブレヒト・レーア上級大将だ。本作戦から地中海方面統合軍の指揮下に入る。これまではカールスラント空軍上級大将として、E軍集団司令官を務めてきたが、元々はオストマルク軍人だ。オストマルク軍再建にあたって、オストマルク軍に復帰して総司令官を務めることになった。今回のオストマルク奪還作戦は、欧州の平和を回復するために極めて重要な作戦だ。作戦成功のために、各国の協力を頼む。」

 

 続いて立ち上がった人は、何と年配の女性だ。ウィッチ出身の上級将校も増えてきたが、こんなに年配の人は見たことがない。その女性が挨拶する。

「オストマルク空軍ウィッチ隊総司令官を拝命しました、エルフリーデ・フォン・チェルマク少将です。よろしくお願いいたします。」

 何と女性の将軍だ。オストマルクは歴史ある大国なので、どちらかというと保守的な気風かと思っていたが、女性の将軍がいるとはなかなか革新的だ。レーア上級大将が言葉を添える。

「チェルマク少将は、第一次ネウロイ大戦の際にウィッチとして活躍し、その後はウィッチ隊の育成や戦術研究に努めてきた、オストマルクウィッチ隊の育ての親とも言って良い人だ。今回オストマルクウィッチ隊を再建するにあたって、総司令官を務めることになった。」

 何と第一次ネウロイ大戦の経験者だ。第一次ネウロイ大戦が勃発したのは1914年の事なので、それから38年にもなり、当時12歳としても今年で50歳になることになる。まあ、当然とっくに飛べないだろうが、稀に見る大ベテランだ。

 

 そのチェルマク少将が芳佳の方に視線を向ける。

「扶桑皇国海軍の宮藤芳佳少将ですか?」

 芳佳はびっくりして立ち上がる。

「はい、宮藤です。」

「わたしたちオストマルクウィッチ隊は、宮藤提督の指揮下に入りますので、よろしくお願いします。」

「えっ? 失礼ながらチェルマク少将の方がお年が上と見受けられますので、同じ階級なんだからチェルマク少将が総指揮をされた方がいいんじゃないですか?」

「いえいえ、私は今回総司令官になるにあたって少将に昇進しましたから、宮藤提督の方が先任です。ですから総指揮をお願いします。それに・・・。」

「それに?」

「私は幕僚勤務が長く、部隊指揮の経験は乏しいものですから。」

「ああ、そうなんですか。」

「ですからオストマルクウィッチ隊の戦闘指揮は、私の下でウィッチ戦闘航空団司令を務めている、ヘートヴィヒ・グラッサーという中佐、この子は現役です、が務めます。」

「はい、わかりました。」

 どちらかというと、象徴的な司令官のようだ。こういう重層的な指揮構成にする所は、歴史と風格のある大国らしいところだという感じがする。もっとも、芳佳が少将なので、対抗上同階級の少将を司令官に据えたという感じがしないでもない。そのあたりに、古い大国らしい妙なプライドの高さがあるとしたら、共同作戦は少々やりにくくなるかもしれない。

 

 レーア上級大将が再び口を開く。

「オストマルク軍としては、どのような作戦を取るべきか、まだ様々な意見が出ている所でまとまっていない。個人的には、オストマルクの首都で、エステルライヒ地域の中心都市であるウィーンの奪還をまず行いたいと考えているが、実際の作戦については種々の要素を考慮しつつ、これから研究して行きたいと考えている。」

 実際、これまで奪還作戦に成功していなかっただけあって、オストマルクのネウロイを倒すためには、慎重な作戦の研究が必要だ。

 

 そこへ、ダキア軍総司令官が意見を述べる。

「ダキア軍としては、まずベッサラビア地域を奪還して、オデッサの攻略を目指すべきだと思う。この方面はネウロイの大きな拠点がないので作戦は容易と考えられるし、黒海の航路の回復と、オラーシャとの連携を図る意味で有効である。」

 何だかオストマルク奪還とはまるで方向が違う。それでいいのかと思うと、オラーシャの将軍が立ち上がる。

「オラーシャとしては、背後の安全を期する意味で、スロバキア地域のコシツェの巣をまず攻略するべきだと思う。」

 負けじとカールスラントの将軍が異議を唱える。

「いや、やはりカールスラントに大きな脅威を与えている、チェコ地域のプラハの巣を撃破するのが重要だろう。」

 ものの見事に意見がばらばらだ。どうやら前途多難になりそうだ。

 




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎オストマルク

アルブレヒト・レーア(Albrecht Löhr)
オストマルク空軍上級大将 (1890年5月20日生61歳)
オストマルク軍総司令官
オストマルク空軍の将軍だったが、オストマルク陥落後はカールスラント空軍に合流する。上級大将に昇進後は、バルカン半島方面に派遣されたカールスラント軍のE軍集団司令官を務め、ヴェネツィアからオストマルク領クロアチアの奪還を指揮する。オストマルク軍再建にあたって、オストマルク軍総司令官に就任し、オストマルク解放戦の指揮を執る。

エルフリーデ・フォン・チェルマク(Elfriede von Tschermak)
オストマルク空軍少将 (1897年11月15日生54歳)
オストマルク空軍ウィッチ隊総監
1914年の第一次ネウロイ大戦に16歳で従軍。実戦での戦果はそれほど目立つものではなかったが、思慮深く論理的思考に秀でていたことから、ウィッチ引退後も軍に引き止められ、主に戦訓の研究や、教育の任務に就く。1939年の第二次ネウロイ大戦勃発時には41歳の中佐で空軍司令部に幕僚として勤務していた。オストマルク陥落後は、指揮下のウィッチたちとともにカールスラントに撤退し、その後はカールスラント軍と行動を共にする。1951年のオストマルクウィッチ隊再建にあたって、少将に昇進の上、オストマルク空軍ウィッチ隊総監に着任する。元々は学者一家の出で、温厚で思慮深い性格から、攻勢作戦の指揮官より軍政や教育任務の方が適任ともいわれる。

ヘートヴィヒ・グラッサー(Hedwig Grasser)
オストマルク空軍中佐 (1932年8月23日生19歳)
オストマルク空軍ウィッチ隊司令兼エステルライヒ隊隊長
カールスラント空軍でウィッチとしての訓練を受け、堅実な戦い方で戦果を重ねる。同僚や部下から慕われる良き指揮官として、カールスラント空軍第110戦闘航空団戦闘隊長を務める。オストマルク空軍ウィッチ隊再建にあたって、中佐に昇進の上司令に任命された。
 

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