ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第二十二話 攻勢作戦前夜

 派遣されたリベリオン施設部隊の努力で施設整備は速やかに進展し、シャーメッレーク基地の施設拡張工事は概成した。早速ウィッチ部隊が進出する。マリボルに駐留して、ウィーン方面からのネウロイを警戒する任務を帯びたクロアチア隊、セルビア隊を除く全部隊が進出し、シャーメッレーク基地は一気に賑やかになった。芳佳も進出して、整備された基地内を見て回る。急速に整備した割にはなかなか良い施設だ。

「うん、なかなかいい施設ができたね。リベリオン軍に後でお礼を言わないとね。」

 一緒に巡回していた鈴内大佐も、感心しながら答える。

「そうですね。宿舎はもちろん、烹炊所も食堂も充実していますし、レクリエーションルームまで整備されていて、至れり尽くせりですね。これで隊員たちの士気も揚がるでしょう。」

「うん、そうだね。」

 そう言いながらも、芳佳はどこか不満気だ。

「何か不満な点でもありましたか?」

「うん、不満って程じゃないんだけどね・・・。」

 鈴内大佐の問いに、芳佳は多少ためらいがちに答える。

「お風呂がないんだよ。シャワーだけなんだ。」

「そ、それはさすがに最前線基地には無理でしょう。そもそも、整備したのがリベリオンですからね。」

「うん、それはわかってるけど・・・。ねえ、扶桑の設営隊を呼んで整備してもらえないかな?」

 それはさすがに駄目だろう。最前線基地でやることではないと、鈴内大佐はぴしゃりと言う。

「いけません。」

「うう・・・。」

 芳佳もさすがにわかっているから、ちょっと名残惜しそうにしながらも、それ以上は言えない。

 

 負傷者の傷も癒えて、再度進出したハンガリー隊では、モルナール少尉が浮き浮きとしている。

「少佐、少佐、見てくださいよ。今度の宿舎は隙間風がありませんよ。扶桑の司令官って偉いですねぇ。」

 いや、隙間風の有無は、司令官の偉さの認定として基準が間違っているだろう。そんなモルナール少尉に苦笑しつつも、ポッチョンディ大尉も司令官の偉さには感心しきりだ。

「隙間風はともかく、負傷者をたちまち治療してしまったり、基地をあれよあれよという間に拡張整備したり、凄い実行力ですよね。しかも全然偉ぶらないし。」

 デブレーディ大尉も話に加わる。

「苗字と名前の順番がわたしたちと一緒っていうのもいいよね。何だか親しみを感じるし。扶桑の司令官が来て、今度は勝てそうな気がする。早く戦いに出たいな。」

 前回の作戦での大損害も忘れたように、盛り上がるハンガリー隊だ。

 

 一つの基地に部隊の大半が集まったので、必然的に他の隊との接点が多くなる。そうなると、お互いに言葉が通じない同士でも、何とかコミュニケーションを取ろうとすることになる。今しも、扶桑の長谷部祐子一飛曹とスロバキアのイダニア・コヴァーリコヴァ曹長がコミュニケーションしようとしている。

「始めまして、扶桑の長谷部祐子です。」

 共通語のブリタニア語で話しかける長谷部だったが、生憎コヴァーリコヴァ曹長はブリタニア語がわからない。

『え、と、フソー?』

 ブリタニア語が通じないのかと困惑する長谷部は、とりあえず名前だけでも伝えようと、自分を指差して言う。

「ゆうこ」

 どうやら自分の名前を言っているらしいと気付いたコヴァーリコヴァ曹長も、自分を指差して返す。

『イダニア』

 そして、長谷部の名前を不思議に思う。スロバキアでは女性の名前の末尾は「ア」が多い。「オ」で終わる名前はスロバキアでは少なく、近隣のロマーニャやヒスパニアなどの国々では男性の名前と決まっている。

『ユウコは男の子なの?』

 意味が解ったら仰天するところだが、幸いというか、長谷部にはスロバキア語はわからない。何だかわからないけれど、何となくコミュニケーションができた気がして、長谷部はにこにこしている。肯定の意味に取られないと良いのだが。

 

 そんな所へブザーが鳴って、拡声器から命令が流れる。

「大村航空隊は格納庫へ集合し、出撃準備。」

 各隊が進出したおかげで、哨戒飛行のローテーションはぐっと楽になったが、ネウロイの出現も盛んになってきている。出撃命令が下るということは、哨戒に出ている部隊だけでは手に余るようなネウロイが出現したということだ。

「またね。」

 長谷部はコヴァーリコヴァ曹長に手を振ると、若干の誤解を残したまま格納庫へ向けて走る。格納庫へ駆け込むと、もうメンバーは大体揃っている。

「バラトン湖岸の地上部隊の陣地に向かって、10機ほどの小型ネウロイが接近中です。哨戒に出ていたチェコ隊が交戦中ですが、わたしたちも支援に出撃します。」

 千早大尉の指示に、隊員たちは声を揃える。

「了解!」

 ストライカーユニットが次々始動し、格納庫内が轟音に満たされる。滑走路に面するシャッターが解放され、点検を終えれば出撃だ。

「発進!」

 隊長の千早大尉を先頭に、隊員たちが次々に滑走し、舞い上がる。上昇しながら編隊を組んだ大村航空隊は、緩やかに旋回して目標に向かう。目標は小型ネウロイが10機ほどということだから、特に大きな問題もなく撃退できることだろう。

 

 

 とっぷりと日が暮れて、今日も基地の一日が終わった。消灯喇叭が鳴り響いて、宿舎の明かりが落とされる。そんなころ、芳佳は執務室を出て大きく伸びをする。

「う、ああ、疲れたぁ。なんでこんなに処理しなきゃいけない書類が多いかなぁ。」

 ネウロイの出現が多く、交戦も多いとなると、処理しなければならない書類も多くなる。戦闘行動調書の記録は出戦手当や航空加俸に影響するのはもちろん、各隊員の考課に、ひいては昇給や昇進にも結び付いて来るものだから、きちんとチェックしておかなければならない。弾薬や部品の消耗があれば、それに応じて補給の手配も必要になってくる。そして、注意しなければならないのが必要な書類の提出漏れだ。機材や資材の損耗があったのに補充の申請がなければ、いざ戦闘という時に必要なものがないということになる。もちろん各級の指揮官がチェックしているのだが、人間のやることだからどうしても時に漏れが出る。それを含めてチェックしなければならないのだから、上級指揮官も楽ではない。

 

「あーあ、もうこんな時間だよ。もうみんな寝ちゃったよね。」

 芳佳はぶつぶつ言いながら薄暗い廊下を歩く。そしてふと、レクリエーションルームで仄かな明かりが揺れているのに気付いた。

「あれ、まだ起きている人がいるのかな?」

 夜更かしは翌日の作業に影響するのに、と思いながら扉を開けて室内を覗いてみる。すると、テーブルの上でランプが一つ灯っていて、明かりが揺れている。

「消し忘れかな?」

 そう思って部屋に入ると、一人の人が座っていて、芳佳の方を振り向く。金色の髪がふわりと揺れると、ランプの明かりを映して、まるで金色に輝いたように感じられて、その美しさにはっと息を飲む。

 

「あら、司令官、こんな遅くまでお仕事ですか? お疲れ様です。」

 幽霊ではなかったようで、芳佳に気付いて声を掛けてくる。会ったことはもちろんあるが、あまり見かけない顔だ。

「ええと、あまり会わないよね。名前は・・・。」

 その人はくすりと笑って答える。

「あまり顔を合わせる機会もありませんものね。エステルライヒ隊のリッペ=ヴァイセンフェルトです。」

「ああそうだ、名前の長い人だよね。こんな時間にどうしたの?」

「私は、ナイトウィッチですから、今が仕事の時間です。」

「ああ、そうだったね。」

 そう言えば、最初に顔合わせをしたときに聞いていた。すっかり忘れていたと、芳佳は頭を掻く。

「ごめんね、ちゃんと覚えてなくて。じゃあ、今から夜間哨戒に行くの?」

「いえ、この部隊にナイトウィッチは一人だけですから、毎日哨戒に出ていたら体力が持ちません。哨戒に出るのは週一回程度にして、他の日はこうして待機していて、電探情報が入ったら出撃するようにしているんですよ。」

 なるほど、それはもっともだ。司令官のくせに全然把握していなかったと、芳佳はちょっと恥ずかしい。

「じゃあ、いつもこうして一人で待機しているんだね。」

 それはちょっと淋しいなと思う。そんな芳佳の思いに気付いたように、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は答える。

「ええ、それが任務ですから。慣れてますから別に淋しくはないですよ。」

 

 そんなリッペ=ヴァイセンフェルト少佐が居住まいを正す。

「司令官、そんなに夜間の襲撃があるわけじゃあないですけれど、やっぱり一人だけだと対応しきれなくなりそうだと思うんですね。夜間専任じゃなくてもいいですから、誰か夜間担当にしてもらえませんか。別に魔導針が使える人じゃなくても、夜間飛行に慣れている人ならいいんですけれど。」

 そう言われればそうだ。一人だけだと一日の休みもないことになる。今はたまにしか夜間のネウロイ出現はないけれど、もし連日出現するようなことになったら、たちまち消耗して戦えなくなってしまうだろう。

「そうだね、確かに一人だけだと心許ないよね。」

 しかし、夜間飛行に慣れている人といっても、ちょっと思いつかない。

「オストマルクにはいないの?」

「今の所居ないみたいですね。」

「そうなんだ。でも扶桑隊にもいないしなぁ。」

「どこかから呼んで来ることはできませんか?」

 そう言われても、思い当たるのはサーニャとエイラ位だ。この二人はまさか呼ぶわけには行かない。

「リッペ=ヴァイセンフェルトちゃんは心当たりはいないの?」

「リッペ=ヴァイセンフェルトは名字ですから、エディタでいいですよ。それはそうと、心当たりはいないこともないですけれど、カールスラント軍の現役ばりばりの人は引き抜けませんよね。」

「そうだねぇ、うん、すぐには無理だけど、探してみるよ。」

「はい、ありがとうございます。」

 リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は、にっこりと笑顔を向けると、たおやかに頭を下げる。揺れる髪がまた金色に輝いて、目を奪われる。こんな美しい姿を見せられたら、期待に応えないわけには行かないと思えてくる。あてはないけれど、これも司令官の仕事だ。ますます荷が重いと思いながらも、代わりにやってくれる人はいないのだから、頑張らなくっちゃと思う芳佳だった。


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