ストライクウィッチーズ オストマルク戦記 作:mix_cat
大型ネウロイを撃破したところで、消耗したハンガリー隊とポーランド隊は基地に帰還し、エステルライヒ隊が代わって先遣隊を務める。ネウロイの襲撃は一旦途切れて、坦々とした飛行が続く。やがてシオーフォクの街並みが見えてきた。
「あれがシオーフォクだね。思ったほど破壊されていないみたいだね。」
シャル大尉がそう感じたように、バラトン湖南岸で最大の街並みは、もちろんそこここに戦火の跡は見られるものの、案外賑わっていた頃を偲ばせる姿を残している。ざっと見渡しても、ほとんど破壊されていない大きなビルが3棟見られるし、他の建物も原形をとどめているものが多い。街のシンボルの、高さ45mの給水塔も健在だ。ただ、当たり前のことだが人影は全く見られず、夏場には100万人が集まったというその賑わいの影はない。
「こちらシャルです。シオーフォク上空に到達しました。」
シャル大尉の報告に、本部からグラッサー中佐の応答がある。
「ネウロイは見えないか。」
「特に見当たりません。」
「地上型ネウロイはいないか。」
「偵察してみます。」
シャル大尉たちは、シオーフォクの街の上空を周回して、地上型ネウロイを探す。小型の地上型ネウロイが市街地にいた場合、排除して占領するのはなかなか骨が折れるし、どうしても地上部隊の犠牲も多くなる。目を凝らして建物の影や路地を見回すが、幸いネウロイがいる様子はない。
「市街地をくまなく偵察しましたが、ネウロイはいません。もっとも、建物の中や地中に潜んでいたら発見できませんが・・・。」
「そこまでは仕方がない。了解した。地上部隊を突入させるので、前方警戒を頼む。」
「はい、了解しました。」
シャル大尉たちエステルライヒ隊は、シオーフォクを越えて前に進む。
その後を追うように、地上部隊が進んできた。戦車を先頭に歩兵が散開して後に続く。街の入口に差し掛かると、部隊は一旦停止する。
「今からシオーフォクの市街地を占領する。上空からの偵察では市内にネウロイの姿はないということだが、どこに潜んでいるかわからないので慎重に行動すること。戦車隊は主要道路を押さえて、歩兵部隊は建物を1軒1軒しらみつぶしに調べろ。潜んでいるネウロイを見逃すことのないように。」
指揮官の指示に従って、各隊が動き出す。
「前進。」
号令と共に戦車が再び無限軌道を軋ませて街道を進み、散開した兵士たちが立ち並ぶ建物に次々突入して行く。銃声や砲声は聞こえてこない。どうやら本当にネウロイの姿はないようだ。
シオーフォクの市街地は、バラトン湖に張り付くような形で東西に細長く伸びている。先頭を進む戦車隊は随伴歩兵を伴ってどんどん進み、街の中央付近を横切る川のほとりまで進んで一旦停止する。それほど大きな川ではないが、架橋せずに押し渡るのは得策ではないので、工兵隊と架橋材料が届くまで小休止だ。川を越えた所が街の中心地で、シオーフォク駅や中央広場が近い。川越しに、中央広場に立つ街のシンボルの給水塔が見える。川向こうの市街も静まり返っていて、ネウロイが待ち構えている様子は見られない。小休止の間に、一部の部隊を分派して、南へ向かう街道を押さえさせておく。街の南約5kmには小規模な飛行場があるので、後続部隊が到着したらそこも占領する必要がある。
南寄りに、ウィッチ隊から報告があった、ほとんど破壊されていないビルの中の1棟が見える。ここまで来る途中で、他の2棟も見かけた。通り沿いの建物も、破損はあるが倒壊しているものは少ない。おかげで道路が塞がれていなくて、ここまで進出してくるのがスムーズだった。もちろん、外観の破損は少なくても、内部は焼け落ちている建物も多い。しかし建物の損傷の様子からすると、この街は余り防衛戦を戦わずに、早々に放棄することになったのだろうと思われる。
突然、大きな地響きが起こる。強い振動に、周囲の建物からぱらぱらと破片が落ちてくる。すわ、大型ネウロイの襲来かと、川の対岸を見るが何の動きもない。再び大きな地響きが起こる。すると、破壊されていないと見えた南寄りのビルがゆらりと揺らいだ。見た目とは異なって、実は大きく損傷していて、何かのはずみに倒壊を始めたのだろうか。そう思って見守るビルの壁面に、閉じていた眼を開いたように、赤い点々が現れた。
「何だ、あれは・・・。」
異様さに目を釘付けにされる兵士たちの目の前で、ビルの壁面が赤く光る。そして次の瞬間、ビームがあたりを薙ぎ払う。一瞬にして、小休止していた兵士や車両の半分ほどが焼き尽くされた。
「ネウロイだ!」
絶叫すると兵士たちは、西の方へ、元来た方へ一斉に走る。
「止まれ、応戦しろ!」
指揮官が叫ぶが、そんなものは耳に入らないかのように、兵士たちは一様に顔をひきつらせて走る。そんな兵士たちに向けて、ビームが次々降り注ぐ。最早壊乱状態だ。ベテランの下士官が、街の入り口を指して走りながら、悪態をつく。
「畜生、これは、噂に聞くジグラットじゃないか。何でよりによってこんなのがいるんだ。」
しかし、兵士たちの不幸はそれだけではない。逃げる前方で、2棟のビルと見えたジグラットが動き出している。
「まずい。」
慌てて伏せると、ジグラットが周囲にビームを撒き散らす。連続する爆発音とともに熱風が吹き付け、無数の破片が飛んで来る。
「畜生、畜生。」
もはや逃げ道はない。ただ地面にへばりついている以外、できることはない。
ザクレブの司令部に非常通報が入る。
「シオーフォクにジグラットが3基出現。地上部隊の先遣隊は壊滅的な打撃を受けた模様です!」
司令部内に動揺が広がる。
「ジグラット!」
「何でそんなのが出るんだ。滅多に出たことがないのに。」
そんな中でもさすがに隊長のグラッサー中佐は冷静だ。
「ウィッチ隊はどうしている。」
「はい、上空直掩のスロバキア隊が攻撃していますが、全く歯が立たないそうです。」
「うん。」
おもむろに無線機を手に取る。
「シャル大尉、応答しろ。」
「はい、シャルです。」
「シオーフォクの市街地にジグラットが出現した。エステルライヒ隊は直ちに戻って攻撃せよ。」
それを聞いた芳佳が立ち上がる。
「待って、攻撃してもジグラットは破壊できないよ。」
グラッサー中佐がきっとなって振り返る。
「何でそんなことを言うんですか。」
「ジグラットはね、陸戦ウィッチの88ミリ砲でも破壊できないんだよ。オティーリエちゃんでも持ってるのは20ミリかそこらだよね。それじゃあ破壊するのは無理だよ。」
グラッサー中佐は、司令官が相手だということも忘れたようにいきり立つ。
「じゃあどうしろっていうんですか。諦めて退却しろっていうんですか。」
しかし、芳佳は余裕だ。
「いや、そうじゃなくて、わたし前にジグラットを倒したことがあるから、わたしが行くよ。」
グラッサー中佐は目を丸くする。ジグラットが出現したのといえば、1940年のスオムスのスラッセンと、1946年のカールスラント奪還作戦の時と、あと数回だと聞いている。そのどこかで実際に戦ったというのか。
「いつジグラットなんかと戦ったって言うんですか。」
「うん、1946年のカールスラント奪還作戦の時にね。ええと、5機ぐらい破壊したかな?」
グラッサー中佐は、芳佳がモエシア、ダキア奪還作戦を指揮して戦ったことは知っていたが、そんな昔のことは知らない。
「そんなに前から欧州で戦っていたんですか?」
「うん、知らなかった?」
「知りませんよ、6年も前の事じゃないですか。その頃私13歳ですよ。」
「うっっ。」
芳佳は年齢差に衝撃を受けた。まあ、年齢差は3歳でしかないのだが、ウィッチの現役期間は短く、その頃既に芳佳は部隊を指揮していたのだから、その差は大きい。
「じゃあ、エステルライヒ隊には牽制させて、ジグラットの動きをなるべく止めるようにしておいて。大村航空隊、抜刀隊、出撃。」
そして芳佳も出撃しようとするが、鈴内大佐から待ったがかかる。
「宮藤さん、司令官が自ら出撃して、直接戦うというのはいけません。司令官の立場を考えてください。」
それももっともだが、生憎芳佳以外にジグラットと直接戦った経験があるのは千早と赤松くらいで、芳佳が行かないと倒し方がわからない。
「だって、わたしが行かないと倒し方がわからないよ。えーと、そう、教えに行くだけ。ね?」
「うーん・・・。」
教えに行くだけでも、司令官が出撃するというのはどうかと思う。しかし、そんなことを言っていると作戦が頓挫してしまうのもまた事実だ。
「わかりました、教えるだけですね。」
「うん、じゃあ行って来るね。」
そう言って芳佳は出撃して行く。鈴内大佐も仕方ないと思って見送るしかない。いくら軍規と言ったところで、軍はやはり戦いに勝たなければ仕方がない。
芳佳たちがシオーフォクに着くと、ジグラットはビームを撒き散らしながら暴れ回っていた。エステルライヒ隊とスロバキア隊が攻撃しているが、ほとんどジグラットの動きを止めることなどできてはいない。芳佳は抜刀隊の隊長の茅場桃大尉と、隊員の桜庭初穂中尉に声を掛ける。
「桃ちゃん、初穂ちゃん、ジグラットは扶桑刀で倒すんだよ。君達ならできるよね。」
二人ははいと、自信を持って答える。茅場大尉は鏡新明智流剣術の師範、桜庭中尉は心行刀流剣術免許の腕前だ。扶桑刀を使った戦いなら人後に落ちない。
「じゃあ、やって見せるから見てて。」
教えるだけと言っていたのに、やっぱり自分でやるのかと、付き合いの長い千早大尉は予想した通りで可笑しい。まあ、百聞は一見にしかずとも言う。でも、参謀長は怒るだろうな。
「エステルライヒ隊、スロバキア隊、大村隊、抜刀隊の各隊員は、ジグラットを周囲から攻撃してビームを分散させて。」
芳佳の指示に従って、各隊はジグラットを攻撃する。ジグラットは攻撃してくるウィッチめがけて、周り中にビームを撒き散らして反撃してくる。そこへ芳佳が突入する。壁面一面から発射されるビームの数は驚くほど多いが、これだけ分散させれば芳佳に向かって来るビームはそれほどでもない。突入しながら、芳佳は背中の和泉守兼重をすらりと抜く。モエシア奪還作戦のために扶桑を出るときに、坂本からもらった扶桑の名刀だ。その和泉守兼重が魔法力を帯びて輝きを放つ。
「やっ!」
ジグラットにぶつからんばかりに肉薄した芳佳は、気合と共に斬り付ける。和泉守兼重はジグラットの分厚い装甲に深く切り込んで、芳佳の進むままに一文字に斬り裂く。芳佳は一息にジグラットの壁面を切り裂いて、さっと振り抜けば魔法力の輝きを放つ和泉守兼重に装甲の破片がまとわるようにしてきらきらと舞い散る。壁面に深々と切り込みを受けたジグラットは、鉄が軋むような音を立てながら、徐々に切り口が開いて、切り口から上の部分がゆっくりと傾いて行く。傾きが徐々に加速すると、金属を引き裂くような耳に障る音を立てながら上半分は横倒しになり、その巨体はあちこちから引き裂けてばらばらになり、轟音を立てて崩壊する。
見ていた茅場大尉と桜庭中尉は驚愕だ。あの巨体を斬撃一閃で崩壊させてしまうとは何と言うことだろう。しかも、次に自分たちが同じことをしなければならないのだ。そんな二人の衝撃には気付かないように、芳佳は戻って来ると説明する。
「見たよね。桃ちゃんと初穂ちゃんも残りの2機を破壊してね。注意することは、いくら魔法力を帯びた扶桑刀でも、あの巨体を両断するのは無理だけど、ただ切れ込みを入れただけじゃあ再生しちゃうから、こう角度を付けて斬り付けて、自重で切り口が開いて崩壊するようにすることだよ。だから下の方を切り裂かないと駄目だよね。」
思いの外具体的なコツを説明されて、茅場大尉と桜庭中尉は、それならできそうだと思う。もちろん簡単にできることではないが、扶桑トップクラスの道場で免許を受けた剣術の腕は伊達ではない。
「行きます!」
眦を決して二人はそれぞれ目標のジグラットに肉薄する。周囲では他のウィッチたちが襲撃を繰り返し、ビームを分散させている。茅場は奥のジグラットに向かいながら、抜き放った扶桑刀の柄をしっかりと握り直す。ちらりと振り返ると、後方で桜庭中尉の斬撃がジグラットの巨体に食い込んでいる所が見えた。ジグラットはその巨体を、最下部に生えた無数の脚で支えて動くが、何分巨体なので動きが極めて遅い。そのせいで、ジグラット同士の相互連携はまるでできていない。
「こいつらが連携しながら進んできたら、食い止めるのは無理だろうな。」
そんなことを呟くが、幸い今は各個撃破が可能だ。茅場大尉は、全身の魔法力を刀身に纏わせてジグラットの装甲に叩き付ける。力を込めて引き回し、一筋に斬り裂いて振り抜けば、切り口がぱっくりと口を開く。巨体が軋む嫌な音を立てながら切り口はどんどん広がり、そして大崩壊を起こす。ほっと息をついて見れば、向こうでも桜庭中尉が攻撃したもう1機のジグラットが崩壊していた。
一部始終を見ていた各隊の隊員たちは、勝った喜びより眼前の想像を絶する光景に対する驚きの方が大きい。驚いていないのは、前に芳佳が同じことをやったのを見たことがある千早と赤松だけだ。驚きを通り越して恐怖を感じているものすらいる。エステルライヒ隊のシャル大尉は、自分たちが反復攻撃しても全く歯が立たなかっただけに、その衝撃は大きい。オストマルクの各隊の中では、自分たちエステルライヒ隊は圧倒的に強いと思っていたが、上には上がいるものだと痛感する。しかし、その悪鬼羅刹のごとき破壊力を持った司令官と扶桑隊が、自分たちの戦いを支援してくれるのだ。これは勝てる、そう感じて、無意識の内に全身が熱くなるシャル大尉だった。