ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第二十五話 束の間の休息

「シオーフォクの占領は成って、防衛施設の建設が進んでいます。」

 グラッサー中佐の報告に、芳佳は肯いて続きを促す。

「郊外の飛行場の復旧も進められています。復旧できたら部隊を進出させますか?」

「うーん、シオーフォクの飛行場って小さいんだよね?」

「はい、1250mの滑走路が1本だけの小さな飛行場です。」

「それだとみんなで進出するのは難しいよね。哨戒のために小規模な部隊を進出させようか。進出させる隊の選定は任せるよ。」

「はい、了解しました。」

「電探基地の整備はできたんだっけ?」

「設置を終わって調整中とのことです。」

「それができるとブダペストのネウロイの動きは把握しやすくなるよね。」

「はい。」

 シオーフォクからブダペストまではおよそ100kmだ。電探が整備できれば、巣から新たなネウロイが出て来た時点で捕捉できるので対応がしやすくなる。他の巣から来るネウロイはそうはいかないので、引き続き哨戒は欠かせないのだが、一番近いブダペストの巣からのネウロイの出現が即時に把握できるようになれば奇襲攻撃を受けにくくなり、ずいぶん状況は良くなる。

 

「他に報告はないかな? 他になければ今日の打合せは終了ってことでいいかな?」

 チェルマク少将が答える。

「はい、特に問題ないと思います。」

「じゃあ、解散。」

 芳佳は解散を告げると大きく伸びをする。

「うう、司令官の役目は疲れるなぁ。できればお風呂に入って体を伸ばしたいよ。」

 そんな芳佳の声を、ハンガリー隊のヘッペシュ中佐が聞きつけた。

「宮藤司令官、お風呂って、お湯につかるんですよね。実はハンガリーは温泉大国なんです。自然の温泉が沢山ありますから、その気になればお湯につかれる所もありますよ。」

 芳佳は思わず身を乗り出す。

「えっ? 温泉あるの?」

「はい、しかもここケストヘイのすぐ隣にあります。」

「そうなの? 何だ早く言ってよ。」

「済みません。でも凄いんですよ。ヘーヴィーズって言って、何と世界最大の温泉湖があるんです。」

「世界最大?」

「はい。直径200mの湖の全体が温泉なんです。しかも、2000年の歴史があるハンガリーの温泉でも最古のものと言われているんです。」

 芳佳は即決する。

「よし、行こう。」

 

 まさか全員で行くわけにもいかないので、案内役を兼ねたハンガリー隊の5人と、扶桑の大村隊の6人を連れて、トラックに分乗してヘーヴィーズの温泉湖に向かう。シャーメッレーク基地からは北に14kmと近い。すぐに着いて車を降りれば、なるほどほぼ円形の湖が広がっている。湖面からはほのかに湯気が立ち上っていて、付近には硫黄臭が漂っている。なるほど温泉だ。試しに手をつけてみると、ぬるいが確かに温かい。

「そんなに熱くないんだね。」

 ポッチョンディ大尉が嬉しそうにちょこちょこと寄ってきて答える。まあ、言ってみればふるさと自慢のようなものだ。

「はい、大体38℃位だって言います。」

「まんまるだね。もしかして火口の跡なのかな?」

「はい、古い火口の跡にお湯が沸いているんだそうです。」

 ポッチョンディ大尉の言う通り、ヘーヴィーズ湖は古い火口の跡で、温泉は硫黄を含んだアルカリ性、湯温は吹き出し口では38℃あるが、全体的には夏で33℃、冬は26℃程度でかなりぬるいお湯だ。もっとも扶桑には、寒の地獄温泉というわずかに14℃しかない温泉もあるから、それに比べればずっと温かい。

 

「じゃあ入ろうか。」

 そう言ってハンガリー隊の人たちを見ると、軍服を脱いで水着に着替えている。

「水着で入るの?」

「そうですけど・・・。他にどうするんですか?」

 そう答えられると、裸で入ろうよとは言いにくい。確かにこんなに大きな湖だと、温泉に入るというよりは湖水浴と言った印象で、水着で入る方が似合っている。しかし、芳佳としては少し残念だ。欧州の少女たちは扶桑の少女たちより一般に女性らしい体つきをしているので、眼福が得られるという期待も若干あったのだから。水着越しにもその豊かな盛り上がりが見て取れるだけに、水着を着て入浴というのは惜しいと思う。しかしまあ、それならそれでいい。芳佳はぱっと軍服を脱ぎ捨てる。扶桑海軍は軍服の下は水練着が標準の服装なので、軍服を脱げばすぐに入浴の装いだ。一緒に連れてきた大村隊も海軍なので、芳佳同様にさっと水練着姿になる。

 

「いっちば~ん。」

 芳佳は勢いよく湖に飛び込んだ。そしてそのまま水中深く沈み込む。ずいぶん沈んでも、足が底に着かない。おかしいなと思いつつ、手足をかいて水面に浮かび上がる。

「ぷはっ。」

 顔を水面に出して周囲を見回せば、まだ誰も入っていない。

「イロナちゃん、足が着かないよ。」

 手足をばたつかせながら水面から顔だけを出している芳佳に、ヘッペシュ中佐は少し困ったような笑顔を浮かべながら答える。

「あの、湖ですから深いんです。深い所で38mあるって言いますから、足は着きませんよ。」

「えっ、じゃあずっと泳いでるの?」

 芳佳はストライカーユニットを装着したままで泳ぐ訓練も受けているので、泳ぐこと自体には不自由はない。でも、ずっと泳いでいるのでは寛げないではないか。

「いえ、元々は木を組んでつかまる所を作ったり、湖の上に小屋を張りだしたりして入浴していたんです。でもそういうのはネウロイとの戦いで全部壊れちゃいましたから。」

「えっ、じゃあやっぱりずっと泳いでるんだ。」

「いえ、だから浮き輪を持って来ました。」

 そう言って膨らませたばかりの浮き輪を差し出す。なかなか用意の良いことだ。さすがは地元のハンガリーの人たちで、一緒に来なかったらあまり楽しめない所だっただろう。

 

 浮き輪の用意ができて、みな思い思いに体を浮き輪に委ねて、ぷかぷかと湖の上を漂う。湯温は30℃を少し割るくらいでぬるいが、そこは温泉に含まれる有効成分の威力で、じっくりと浸かっていると体が中からぽかぽかと温まってくる。そろそろ春が近いと言っても、周囲はまだまだ雪景色で、湖面を渡る風は冷たい。でもぽかぽかと温まった体には、その冷たい風がむしろ心地よい。お湯が熱くないから、むしろいつまででも漂っていられそうだ。浮かびながら見上げる空は澄んだ青空で、ぽっかりと浮かんだ白い雲が流れて行くのを見ていると、何だか日頃の喧騒を忘れそうだ。

 

 どこからか爆音が聞こえてきた。ゆっくりと空を見回すと、南の方からウィッチが飛び立って来るのが見えた。あれは、多分エステルライヒ隊だ。訓練でもするのだろうか。

「おーい。」

 声を掛けながら手を振ってみる。手を振ると体が揺れて、水面がちゃぷちゃぷと音を立てる。でも飛び立ったウィッチたちはこちらに気が付かないようで、そのまま上空を飛び越えて、北の方角に向かって行った。何だか飛んで行った人たちが、別世界の事のように思えてくる。長閑だ。まだ寒い季節なので鳥の声一つ聞こえず、風の音が止めばただただ静けさが支配している。

 

 温泉を十分に堪能して、芳佳たちは基地へ帰る。車を基地に着けて降りてみると、入り口には苦虫を噛み潰したような表情で、鈴内大佐が待っていた。

「あっ、鈴内さん、ただいま帰りました。」

 ちょっと顔色をうかがうような調子で芳佳が声を掛けると、鈴内大佐の表情がますます苦くなる。

「宮藤さん、一体どこへ行っていたんですか。」

「えっ、えーと、ちょっと温泉へ・・・。ほら、隊員たちの休養も大事だから・・・。」

「何を言っているんですか。大体司令官が黙っていなくなるとはどういうことですか。」

 これは言い訳のしようもない。温泉と聞いて、つい盛り上がって何も言わずに飛び出してしまった。

「いや、その、温泉があるって聞いて、つい何も言わずに出ちゃったんだよ。」

 そうは言ってみたが、参謀長に言えば止められると思って、こっそり出かけたというのが本当かもしれない。

「そんなことで部下に示しがつくと思っているんですか。大体不在の間にネウロイが出現したらどうするんですか。実際に出現して、エステルライヒ隊が迎撃に出たんですよ。」

 ああ、エステルライヒ隊が飛んでたのは、訓練じゃなくて実戦だったんだと、さすがに申し訳ないと思う。

「それは・・・、その・・・、ごめんなさい。でも、チェルマク少将もいるし、グラッサー中佐もいるし、大丈夫だったでしょう?」

「そういう問題ですか?」

「・・・、違います。ごめんなさい。」

 鈴内大佐は大きく嘆息する。この頃熱心に軍務に精励しているし、最前線で遊びに行く所もないと思って油断していたかもしれない。本当に油断のならない人だ。しかし、別にさぼろうと思ったわけでもなく、悪意があるわけでもなく、天然なのだから怒っても仕方がない面もある。ちゃんと反省したようだからよしとするしかないだろう。しかもこの突拍子もない行動力が、ネウロイと戦う力になっている面もあるのだから、余り縛り過ぎるのも良くなかったりもする。

「ちゃんと反省しましたか?」

「はい。」

「じゃあさぼった分、しっかり仕事してください。」

「はいっ。」

 芳佳はぴょんと背筋を伸ばすと、執務室に向かって駆けて行く。やっぱり憎めないなあと、苦笑を禁じ得ない参謀長だった。


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