ストライクウィッチーズ オストマルク戦記 作:mix_cat
いよいよブダペスト攻略作戦の開始だ。シャーメッレーク基地では、出撃を前にしてグラッサー中佐が最終確認をしている。
「最初の出撃は今回もハンガリー隊とスロバキア隊だ。他の部隊は状況に応じて順次交代、、または増援に出撃してもらうので、基地で待機だ。戦闘で弾薬を消耗した場合は、前進基地のシオーフォク基地に燃料、弾薬を集積してあるので、シオーフォク基地で補給を行うこと。なお、シオーフォク基地ではユニットの整備はできるが、修理が必要な場合はシャーメッレーク基地まで戻って来ること。」
グラッサー中佐の説明は、既に全員確認済の内容の繰り返しだが、出撃前となるとわかっている事でも神妙に聞いている。
「質問はないか。」
この期に及んで質問はない。各隊の隊長が小さく肯いて問題ないことを確認する。
横に座っている芳佳は、ついこの間まで指揮命令は全部自分でやっていただけに、こうして黙って座って聞いているのは何となく居心地が悪い。隣に座っている鈴内大佐にそっと話しかける。
「ねえ、わたしこうやって黙って座ってるだけでいいのかな?」
鈴内大佐は、さも当然といった風で肯く。
「いいんです。司令官というものは黙って部下のやることを見ていればいいんです。何か問題があれば意見すればいいんです。」
芳佳ももちろん頭では分かっている。でもそれとこれとは別で、どうにも落ち着かない。
「じゃあ、書類のチェックでもやっていようかな。」
「何を言っているんですか。これから作戦という時に、司令官が部屋に籠ってどうするんですか。どっかりと座って、部下たちの働きを見守っていなければいけません。」
「うう、そうなんだけどね・・・。」
芳佳はそもそもじっとしていること自体あまり得意ではない。
チェルマク少将は芳佳を横目で見ながら、複雑な心境でいる。ネウロイの巣との決戦を前にして、自分は胃が締め付けられるような感じがしているのに、泰然自若としていられるのはやはり実戦経験の差から来るものなのだろうか。同じ少将といっても大差を感じる。この前の司令部での会議でも、自分は一言も発言できなかったのに、芳佳は統合軍総司令部トップの将軍を前に、何ら臆することなく積極的に意見を戦わせていた。しかもその内容は、ウィッチ隊の運用に関することだけではなく、他の戦力の活用に及んでいて、知識の幅の大きさはどうだろう。そしてこの若さだ。もはや定年も近い身からすると、その若さだけでも嫉妬してしまう。人生経験は遥かに長いのに、それだけ経験も多いのに、だからといって第一次ネウロイ大戦の経験など持ち出しても、相手にはされないだろう。新しい知識や新しい戦術をどんどん吸収してどんどん伸びて行く若い力には、古い知識と古い考え方に凝り固まっている自分は、どんどん引き離されていくばかりだ。いや、決戦を前にしてこんなに後ろ向きの気持ちになってはいけないと思うもが、やはり若い子は眩しいし羨ましい。
グラッサー中佐が命じる。
「出撃!」
それに応じて、ハンガリー隊とスロバキア隊のメンバーが駆け出して行く。グラッサー中佐は腕を組んで仁王立ちといった風で、そして険しい表情で出撃して行く隊員たちを見送る。その姿勢も表情も、実は内心の動揺を周囲に悟られないためのものだ。正直な所、グラッサー中佐の不安は大きい。前回の攻勢作戦では、巣を攻撃するどころか、出現してきた多数のネウロイのために、巣のずっと手前で撤退を余儀なくされている。今回もそうなるのではないか、あるいはネウロイを撃破して巣に迫ったとしても、強大な巣を前にまたしても攻撃は頓挫してしまうのではないだろうか。巣との戦いは苛烈を極めると聞いているので、攻撃が頓挫するだけで済まず、作戦を再興するのが不可能なほどの損害を出してしまう恐れもある。その責任は自分の双肩にかかっているのだと思うと、不安に押しつぶされそうになる。でも、指揮官が不安を見せれば隊員たちの士気にかかわるので、あくまで強気を装わなければならない。チェルマク少将はともかく、黙って見ている扶桑の司令官にどう評価されるかも気になる所だ。指揮官とは孤独で辛いものだと身に沁みる。
出撃したハンガリー隊とスロバキア隊は、やがて眼下に轍を残して前進する地上部隊を見て、そしてさらに前に、全部隊の先頭に出る。この先は周囲全て敵の領域だ。デブレーディ大尉が、ヘッペシュ中佐に尋ねる。
「中佐、今回はネウロイとの戦い方はどうします?」
ヘッペシュ中佐の答えは明快だ。
「見敵必殺、突撃あるのみだよ。」
「了解!」
デブレーディ大尉は明るく、元気良く応じる。前の戦いで撃墜されて重傷を負ったことなど忘れたかのようだ。それを聞いて、スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉は、また大損害を受けるのではないかと不安を覚える。あまり、前回の教訓を生かそうとしているようには見えない。しかし、2人しかいないスロバキア隊としては、指示に従って突撃する以外にない。
そんな所へ通信が入る。
「電探に感あり。飛行型ネウロイ接近中と見られる。」
全員さっと機銃を構え直すと、それぞれに射撃準備をする。改めて試射する者もいる。いつでも来い、と思いながら進むと、程なく接近するネウロイが見えてきた。どうやら小型ばかりのようで、数はおよそ20。この程度なら十分勝てる。
「突撃!」
ヘッペシュ中佐の号令と共に、各員一斉に加速してネウロイめがけて突撃する。ネウロイがビームを撃ってきた。隊員たちは巧みにビームを回避しながら突入し、ネウロイを射程に補足すると銃撃を浴びせかける。機銃の発火炎が光り、硝煙の臭いが鼻を突く。ネウロイのビームの光が目を刺し、砕け散った破片の煌めきに目が眩む。そんな空戦場を縦横に飛び回り、隊員たちは1機、また1機とネウロイを撃ち落とす。前回の戦いでは、100機以上の小型ネウロイの群れに圧倒されたハンガリー隊だが、今回はネウロイの数が少ないこともあって、着実に圧倒して行く。やがて、空を飛び回るのはウィッチだけになった。
「集合、集合。」
ヘッペシュ中佐の指示に、隊員たちが集合してくる。ざっと見回してみるが、被弾した者はいないようだ。
『今回は圧勝だね。』
ヘッペシュ中佐の言葉に、隊員たちが嬉しそうに目を輝かせる。そう、自分たちは強いんだ、ネウロイなんかに負けないんだ、そんな自信が伺える。幸先は良い。ハンガリー隊とスロバキア隊は編隊を組み直すと、再び前進を始める。
程なく再び通報が入る。
「電探基地より。ネウロイ接近中。」
またネウロイの出現だ。隊員たちは緊張感を持って、ネウロイの来る方角を監視する。
『電探のおかげで、ネウロイの接近が予めわかるからいいよね。』
『そう、奇襲される心配がないからね。』
デブレーディ大尉とケニェレシュ曹長がそんなことを言っているが、ヘッペシュ中佐が釘を刺す。
『あんまり電探に頼り過ぎちゃだめだよ。低空を侵入するネウロイは電探にかからないから、電探があっても見張は重要だよ。』
そう言われて、ケニェレシュ曹長は慌ててきょろきょろと下を見回す。大丈夫、低空を密かに侵入してくるネウロイは見当たらない。
『それに、電探じゃあネウロイの数や大きさはわからないからね。』
そう注意するヘッペシュ中佐に、モルナール少尉が尋ねる。
『ネウロイの数が多かったり、大型だったりしたらどうするんですか?』
ヘッペシュ中佐の答えは簡単だ。
『どんなネウロイが来ても撃滅するだけだよ。』
まあそうだが、一抹の不安を感じないではない。
「ネウロイを視認しました、大型が1機です」
ハンガリー隊のやや緊張感に欠ける雑談を余所に、スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉が生真面目に報告する。ヘッペシュ中佐も歴戦の指揮官だ。さっと戦闘指揮モードに切り替える。
「ロッテ毎に連続して攻撃して装甲を削る。ポッチョンディ隊は右、デブレーディ隊は左、スロバキア隊は後方に回り込んで攻撃。私は正面から行く。」
「了解!」
各隊さっと攻撃位置に散る。正面から大型ネウロイに向かうヘッペシュ中佐がまず接近すると、ネウロイは多数のビームを集中してくる。やはり大型ネウロイの攻撃は強力だ。ヘッペシュ中佐は右に左にビームを回避しながら接近を続けるが、とても回避しきれず、シールドを開く。シールドに連続して当たるビームに阻まれて、銃撃距離まではとても接近できない。
右側に展開し上方に位置を取ったポッチョンディ大尉とモルナール少尉は、直ちに突撃する。ネウロイのビームは正面のヘッペシュ中佐に集中していて、一歩遅れて突入するポッチョンディ大尉たちに向かって来るものはわずかだ。大型ネウロイは、中心線に沿って縦に厚く、両側に翼状に広がる部分は薄い、一見すると飛行機にも似たような形状だ。ただ、飛行機にしては前後が短く、何より尾翼に相当する部分を欠いており、どうやって飛行を制御しているのか謎の形状をしている。それ以前に、明確な推進装置を欠いており、飛んでいること自体が謎だ。こんな謎に満ちた敵ではどう戦えばよいのか悩んでしまう所だが、悩んでみても仕方がない。今はただひたすら肉薄して機銃弾を撃ちこむことだけを考えれば良い。その大型ネウロイが眼前に迫る。
「撃て!」
ポッチョンディ大尉の号令と共に、二人は引き金を引きっ放しにして、ネウロイの胴体部分に機銃弾を浴びせかける。次々命中する機銃弾に、ネウロイの装甲から細かい破片が霧のように舞い散る。あっという間にネウロイの上を通り過ぎ、二人はぐっと引き起こして上昇に転じる。遅まきながら狙いを変えたビームが背後から集中し、背後に展開したシールドに次々当たる。入れ替わるように反対側から突入してきたデブレーディ大尉たちが銃撃を浴びせかけ始めた。
スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉とコヴァーリコヴァ曹長がネウロイ後方に回り込んだとき、丁度デブレーディ大尉たちがネウロイの右側から銃撃を浴びせかけながら、こちらに向かって来るのが見えた。銃撃はネウロイの胴体部分に着弾し、装甲の破片が飛び散っている。しかし、装甲はなかなか固く、ネウロイの反撃はあまり衰えを見せていない。退避するポッチョンディ大尉たちを追っていたビームが、さっと向きを変えてデブレーディ大尉たちを狙う。デブレーディ―大尉たちはシールドを展開し、ビームに追われるように退避して行く。それでも反復攻撃を繰り返せば、いずれは撃破できそうにも思うが、もう少し何とかならないだろうか。ゲルトホフェロヴァー中尉はふと思い付く。
『イダニア、翼状部分の先端を狙うよ。』
『うん、左右どっち?』
『じゃあ、左。』
『了解!』
多分コアは胴体部分にあるだろうが、薄くなっている翼の先端部分を狙えば、ある程度大きく破壊できて、ネウロイの姿勢を崩せるかもしれない。そう考えて、翼状部分の先端を狙って突入する。銃撃を集中すると、ばりばりと破片が飛び散ったかと思うと、ばきっと音を立てたような気がして、先端から4分の1くらいの位置で翼状部分が折れた。
『やった、狙い通り!』
退避しながら振り返って見ると、折れた衝撃でバランスを崩したようで、ネウロイが大きく傾いているのが見える。ビームは、数は大して減っていないが、傾いたことでさっきまでの様に誰かを狙って集中することができなくなったようで、ばらばらに周囲に撒き散らされている。
「今だ! 突撃して!」
ヘッペシュ中佐がそう叫びながら突入する。ポッチョンディ大尉たちも反転して突入する。続いてデブレーディ大尉たちが反転し、ゲルトホフェロヴァー中尉も反転する。各隊次々に突入し、ネウロイの胴体部分に銃撃を集中する。連続する銃撃に、装甲が見る見る削られて、装甲がはぎ取られるように大きな破片が飛んだ。その下から赤い光が漏れる。
『コアだ!』
ゲルトホフェロヴァー中尉とコヴァーリコヴァ曹長は、銃撃をコア付近に集中する。コアを覆う装甲が見る見る削られて、コアが大きく露出する。次の瞬間、コアが砕けた。コアが破壊されれば、大型ネウロイも最後だ。大きな音を立てて、全体が崩壊する。
「大型ネウロイ破壊。」
ヘッペシュ中佐が本部に向けて送る通信が、インカムから聞こえてくる。何となく、張りのある声に誇らしげな響きが感じられる。この調子だ、この調子でネウロイの巣まで一気に攻め込むんだ。ゲルトホフェロヴァー中尉の胸も高鳴る。