ストライクウィッチーズ オストマルク戦記 作:mix_cat
前線で激しい戦闘が続く中、ケストヘイの電探基地から通報が届く。
「エステルライヒ境界の、ソンバトヘイ北西方向にネウロイ出現。」
出現位置からすると、これはウィーンの巣から出現したものではないか。ブダペストの巣への攻撃に戦力を集中している隙に、ケストヘイを攻撃しようとしているのなら一大事だ。グラッサー中佐が、マリボル基地を拠点にエステルライヒ方面の警戒を行っているクロアチア隊、セルビア隊に呼びかける。
「グラッサーだ。マリボルから哨戒中の隊は応答せよ。」
幸いすぐに応答が返ってくる。
「ゴギッチです。現在セルビア隊が哨戒中です。」
「ソンバトヘイ北西にネウロイ出現との電探情報だ。直ちに急行して確認し、可能なら撃破せよ。」
「了解。」
これでひとまず対処はできた。グラッサー中佐は、セルビア隊で対処できない程の強敵でないことを祈りつつ報告を待つ。
「セルビア隊のゴギッチです。ネウロイを確認しました。大型が1機で、ケストヘイ方向に向かって飛行中です。」
ゴギッチ大尉の通報に、グラッサー中佐は重大な判断を迫られる。セルビア隊だけでは大型ネウロイを撃破するのは無理だろう。マリボル基地に待機中のクロアチア隊を出して迎撃したいところだが、それだけで確実に撃破できるか不安が残る。もしも撃破できずにケストヘイが襲撃されることになったら、作戦の継続は困難になってしまう。エステルライヒ隊を出せば、大型ネウロイ1機ならまず確実に撃破できるが、ここでエステルライヒ隊を出してしまうと、行って、撃破して、帰還して、再整備が終わるまでは次の出撃はできない。もしその間に前線に強大なネウロイの攻撃があっても、その間は応援に出せないことになる。ここでの決断次第で、作戦の成否が分かれることになるかもしれないのだから、責任は重大だ。
チェルマク少将が口を開く。
「何が起きるかわからないから、エステルライヒ隊は待機させておきたいですよね。」
確かにそうだ。いざという時に出せる部隊が手元にないのはまずい。グラッサー中佐がそう思ったところへ、芳佳が口を挟む。
「それもそうだけど、できればなるべく短時間で確実に撃破したいよね。前線で何かあっても、まだチェコ隊とポーランド隊がいるしね。」
芳佳の意見は正反対だった。上官二人の意見が分かれると、グラッサー中佐としてはさらに判断に迷うことになる。しかし、実戦経験は芳佳の方が圧倒的に豊富だ。ここは経験豊富な芳佳の意見に従っておきたい。幸い、芳佳の方が地位が上なので、チェルマク少将の意見を採用しなくても、そんなに角は立たないだろう。もっとも、そんなことを根に持ったりするチェルマク少将ではないが。
「宮藤司令官のご意見に従い、エステルライヒ隊を出します。」
「うん。」
芳佳の了解を得ると、グラッサー中佐はエステルライヒ隊に出撃を命じる。
「シャル、出撃だよ。」
「待ってました。」
待機していたシャル大尉は、ひょいと敬礼すると走り出す。
「エステルライヒ隊出撃!」
程なくシャル大尉以下4名のエステルライヒ隊が大型ネウロイ迎撃に飛び立つ。
「大型ネウロイ発見!」
出撃したエステルライヒ隊は大型ネウロイを発見した。距離を取って監視しているセルビア隊の二人の姿も見える。シャル大尉は早速攻撃を指示する。
「ゴギッチ大尉、わたしたちは右側から攻撃するから、セルビア隊は同時に左側から攻撃して。」
ゴギッチ大尉にしてみれば、自分は一隊の指揮官で、シャル大尉とは同じ階級で、自分の方が年上なのだから指示されるのには納得が行かない所もある。しかし、じゃあ自分が大型ネウロイへの攻撃を的確に指揮できるかと言われれば自信がない。
『まあ、オストマルクではやっぱりカールスラント人が支配階級だしね。』
そんなことを呟いて自分を納得させる。シャル大尉はもう反対側に回って攻撃を始めようとしている。遅れてはいられない。
『ミリツァ、ついてきて。』
『うん。』
ゴギッチ大尉はセミズ軍曹を連れて、ネウロイに向かって左側やや前上方から大型ネウロイめがけて突入する。大型ネウロイはすぐに猛烈な勢いでビームを浴びせかけてくる。右へ、左へ、ビームをかわしながら接近して行くが、とても全部をかわし切れるものではない。さっと展開したシールドに、ビームが当たって飛び散る。
『テオドラ、とっても近付けないよ。』
セミズ軍曹が悲鳴のような声を上げる。実際、次々飛んで来るビームに、ゴギッチ大尉もシールドで防ぐのがやっとで、ビームの間を縫ってさらに肉薄するのはちょっと難しい。
『ミリツァ、ちょっと遠いけど銃撃するよ。』
『うん。』
ゴギッチ大尉はビームをシールドで防ぎつつ、銃撃を浴びせながら大型ネウロイとすれ違う。やはり距離があるのでネウロイにはあまり打撃を与えられていないようだ。ただ、ビームを引き付けて、エステルライヒ隊が攻撃するのを支援する役には立っているから、それで良しとすべきだろう。そもそも、セルビア隊は大型ネウロイを撃破した経験はもちろん、交戦した経験すらほとんどない。
向こう側からはシャル大尉とシュトラッスル准尉が突入して来ている。こちらと同じように激しいビーム攻撃を受けているが、一体どうやっているのか、ほとんどシールドを使わずに、ビームの間をすり抜けて見る見る大型ネウロイに肉薄して行く。十分接近したところで銃撃を浴びせかけ、ネウロイの表面から破片が飛び散るのが見える。どうやってあんなに接近するんだろうと、ゴギッチ大尉は舌を巻く。
『カールスラント人って凄いね。どうやったらあんなに接近できるんだろう?』
『うん、凄いね。まるでビームがよけてるみたい。』
別にカールスラント人だから凄いわけではない。オストマルク出身のカールスラント人ウィッチの中でも、格別の技量を持ったメンバーを集めたから凄いのだ。でも、ゴギッチ大尉はそんなことは知らない。
間髪を入れず、シュトッツ中尉がボッシュ軍曹を連れて突入してくる。やはり至近距離まで肉薄すると、ボッシュ軍曹が猛然と銃撃を浴びせかける。ひときわ大きく破片が飛び散った。
『何? あれ。使ってる武器が違うのかな?』
ゴギッチ大尉が驚くのも道理で、ボッシュ軍曹は大型ネウロイ攻撃用に30ミリの大口径機関砲で攻撃しているのだ。そして、シュトッツ中尉とボッシュ軍曹が攻撃を終えると、素早く回り込んできたシャル大尉たちが間髪を入れずに銃撃を浴びせる。大型ネウロイの装甲が破壊された部分に正確に銃撃を浴びせかけ、確実に装甲を削って行く。着かず離れず銃撃を続けているゴギッチ大尉だったが、エステルライヒ隊の強烈な攻撃に目を奪われ、危うくビームをかわし損ねそうになる。
ボッシュ軍曹の機関砲が再び火を噴くと、コアまで達したのだろう、ガラスが砕け散るような音を立てて、大型ネウロイが崩壊した。シャル大尉の送る通信が聞こえてくる。
「大型ネウロイ撃墜。エステルライヒ隊は帰還します。」
「ご苦労、セルビア隊は引き続き哨戒を続けてくれ。」
エステルライヒ隊の見事な攻撃に目を奪われていたゴギッチ大尉は、本部からの通信に我に返って、慌てて応答する。
「り、了解しました。セルビア隊は哨戒に戻ります。」
ふう、と一つ息を吐いて、ゴギッチ大尉は思う。直接見たことはなかったけれど、エステルライヒ隊の攻撃力は凄い。そして、変に突っ張って、シャル大尉に指図されるいわれはない等と言わなくて良かったと、胸をなでおろすのだった。
一方、エステルライヒ隊がウィーンからの大型ネウロイと交戦している頃、前線には新手のネウロイが出現していた。大型ネウロイは1機だけだが、厄介なことに小型ネウロイが30機ばかり、前衛の様に展開して一緒に向かって来る。しかも、大型ネウロイは比較的よく出現するタイプとは別のタイプで、紡錘形の太い胴体に、尾部に小さな翼状の部分が付いている、大型爆弾のような形状のタイプだ。胴体が太い分、装甲を削ってコアを露出させるのに手間がかかりそうだ。ヘッペシュ中佐が、本部にネウロイ出現を通報する。
「ハンガリー隊のヘッペシュです。大型ネウロイ1、小型ネウロイ約30発見。」
通報を受けた本部では、グラッサー中佐が苦悩する。大型と小型の混成集団となると、大型を攻撃しようとすると背後から小型の攻撃を受けるなど、撃破するのが格段に難しくなる。そこで応援部隊を送った方が良いかと思うのだが、丁度エステルライヒ隊はウィーンから飛来した大型ネウロイの迎撃に出撃してしまっている。しかし、そんなグラッサー中佐の苦悩など知らぬ風のヘッペシュ中佐からの通信が入る。
「攻撃します。」
「え? 作戦は・・・。」
しかし、聞こえなかったようで、ヘッペシュ中佐の号令が通信機から響く。
「突撃!」
ハンガリー隊の見敵必殺の精神は良いが、もう少し慎重な対応も必要なのではないかと、グラッサー中佐は危うさを感じる。
ハンガリー隊は、小型ネウロイが放って来るビームを冒して突撃する。ポッチョンディ大尉はモルナール少尉と共に、小型ネウロイに正面から向かって行く。機銃を構え、射程距離に捉えたと思った瞬間、狙った小型ネウロイが一瞬速くビームを放つ。ポッチョンディ大尉は素早く右へ横滑りして、ビームをかわす。双方とも高速で飛行しているので、あっという間に距離が詰まりすれ違う。その瞬間、左斜め上へ縦旋回しつつ体を半回転させ、狙ったネウロイの後上方の絶好の位置を取る。そのまま一気に突っ込んで距離を詰めると、必殺の銃撃を浴びせ、小型ネウロイを撃破する。
『まずは1機。』
その時、モルナール少尉が叫ぶ。
『アーフォニャ、後ろ!』
小型ネウロイは薄く広がっていたので、後方にはいないはずと思って振り返ったポッチョンディ大尉はぎょっとする。後方遠くにいたと思った大型ネウロイが案外近くに来ていて、今しも多数のビームを集めた強力なビームを自分に向けて放ったところだ。
『わっ!』
慌てて広げたシールドに、強力なビームが直撃する。凄い衝撃だ。ポッチョンディ大尉はたまらずシールドごと跳ね飛ばされる。そこへ小型ネウロイが襲いかかってくるが、この状態では回避することもできない。
『やられる。』
恐怖に強張るポッチョンディ大尉だが、被弾寸前にシールドをかざしてモルナール少尉が飛び込んでくる。ビームは目前で阻まれた。
モルナール少尉ががっちりと腕をつかんで、どうにか体勢を立て直せた。しかしほっとするのも束の間、再び大型ネウロイの強力なビームが襲う。モルナール少尉がシールドで防ぐが、二人ともまとめて跳ね飛ばされる。もう上下もわからなくなるほど無茶苦茶だ。そこへまた小型ネウロイの襲撃だ。四方からまとめて襲い掛かってくる。二人でシールドを張って、ビームが体に直撃するのは防いだが、ユニットへの被弾までは防ぎ切れない。二人は煙の尾を棚引かせながら墜ちて行く。
『一時撤退!』
このままでは全滅すると、ヘッペシュ中佐が苦渋の思いで撤退を指示する。小型ネウロイだけならこれほどの苦戦は強いられないのだが、背後の大型ネウロイからの攻撃が加わってはどうにもならない。まずは強敵の大型ネウロイを撃破したいところだが、小型ネウロイの壁を突破して大型ネウロイを攻撃しようとしても、背後からの小型ネウロイの攻撃を受けることになって、とても大型ネウロイを撃破できそうもない。後続の地上部隊までの距離はそれほど離れているわけではないので、あまり時間の余裕もない。この作戦最大のピンチに追い込まれた。