ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第三話 オストマルクウィッチ隊1

 オストマルク空軍ウィッチ隊が自分の指揮下に入るということなので、芳佳としてはこの際部隊の状況を把握して置こうと、オストマルクウィッチ隊の基地がある、クロアチア地域の中心都市ザグレブに向かう。

「鈴内さん、オストマルクって・・・、わたしよく知らないんですけれど、どんな国なんですか?」

 それはそうだと鈴内は思う。何しろ芳佳が初めて欧州に来た1944年には、オストマルクが崩壊してから既に5年が経っていたのだ。

「そうですね。一言でいえば多民族国家です。カールスラント人の皇帝を中心に、多数の民族が集まってできている国です。民族ごとの自治が行われていて、まあ連邦国家のようなものですね。」

「そんなに色々な人たちがいるんですか?」

「そうですね、例えばこのあたりなら、主な民族として、セルビア人、クロアチア人、ボシュニャク人がいるんですが、元々近い民族で、使っている言葉もほぼ同じです。ただ、セルビア人はギリシャ文化の影響を強く受けていて、クロアチア人はロマーニャ文化の影響が強く、ボシュニャク人はオストマン文化の影響下にあります。そのため、生活習慣が違ったり、使っている文字が違ったりしていて、別々の集団に分かれています。」

「ふうん。」

 扶桑にも樺太のウィルタ、北海道のアイヌ、台湾の高砂、南洋のチャモロ等の民族はいるもののいずれも少人数で、大半が扶桑人である扶桑出身の芳佳にはピンとこない。

 

 ザグレブ基地に着いた芳佳は、チェルマク少将の案内で基地に入る。すると、多民族国家ならではなのだろうか、それぞれずいぶん雰囲気の違う少女たちが待ち受けていた。

「宮藤提督、こちらがオストマルクウィッチ隊の各隊長です。」

 そして、一番手前の士官を指し示す。

「こちらが、さっきお話しした、ウィッチ隊の指揮を執っているヘートヴィヒ・グラッサー中佐です。」

 グラッサー中佐が敬礼する。

「ご紹介いただきました、ヘートヴィヒ・グラッサーです。オストマルクウィッチ隊の指揮を担当しています。オストマルクウィッチ隊は民族別の隊を編成していて、わたしはカールスラント人からなるエステルライヒ隊の隊長を兼任しています。」

 続いて、並んだ士官が順番に敬礼して、自己紹介する。

「ハンガリー隊の隊長を務めている、ヘッペシュ・イロナ中佐です。」

「お久しぶりです、カテリナ・エモンシュです。オデッサ強襲以来ですけれど、宮藤さんずいぶん偉くなったんですね。わたしは大尉に昇進して、チェコ隊の隊長をやっています。」

「スロバキア隊隊長の、ヤナ・ゲルトホフェロヴァー中尉です。」

「ポーランド隊隊長の、ミロスワヴァ・ミュムラー少佐です。」

「クロアチア隊隊長の、ヴァーニャ・ジャール少佐です。」

「セルビア隊隊長の、テオドラ・ゴギッチ大尉です。」

 

 一通り自己紹介が終わると、チェルマク少将が引き取る。

「隊毎に人数が違って、一番多いのはエステルライヒ隊です。大体、2~3人位の隊が多いですね。」

「どうして人数を揃えないんですか?」

「言葉が通じないんです。」

「え?」

「民族ごとに話す言葉が違いますから、民族別に分けないと、具合が悪いんです。」

「そ、それでどうやって統一指揮を執るんですか?」

「士官はみんな複数の言葉を話せます。それから、全体を指揮するために、指揮に使う指揮語というのがあって、これはカールスラント語ですけれど、全員が理解しています。あと、軍務に必要な専門用語を服務語と言って、これもカールスラント語です。指揮語と服務語は合せて80程で、これは全員に覚えてもらっています。あと、各部隊の中で使う部隊語があって、これは各民族の言葉を使います。基本的な指揮、命令は指揮語、服務語を使って、それ以上の細かい内容は、各隊の指揮官を通じて部隊語で伝達します。」

「な、なるほど。」

「士官は、オストマルク軍共通語のカールスラント語と、連合軍共通語のブリタニア語は習得してもらっています。更に、それ以外の言語も習得するよう奨励していて、大雑把に言うと、士官は平均2.5言語を話せます。下士官兵は、自分たちの言葉で話します。ただ、カールスラント人は、カールスラント軍に組み込まれて、連合軍の一部として戦っていましたから、下士官兵でもブリタニア語は習得していますよ。」

 なるほど、多民族国家ならではの苦労があるのだと思う。いっそ、連合軍とも通じるように、全員にブリタニア語を習得させればいいのに、と思わないでもないが、そうもいかないのだろう。扶桑でも、海軍は全員ブリタニア語を学習するが、陸軍では下士官兵には必ずしも学習させていない。

 

「では、折角お越しいただいたのですから、各隊も視察して行ってください。」

 戦力を把握しておくことは重要だ。チェルマク少将の勧めに従って、芳佳は各隊も見て行くことにする。まず案内に立つのはグラッサー中佐だ。

「エステルライヒ隊は、カールスラント人の部隊です。隊員たちは、これまではカールスラント軍に所属して、カールスラント軍の一員として戦っていました。オストマルク軍を再建するにあたって、オストマルク出身の人たちを引き抜いて集めたのが、エステルライヒ隊です。」

 

 部屋に入ると、6人の少女がいる。一番年上と見える、品の良い印象の一人がまず挨拶する。

「エステルライヒ隊のエディタ・プリンツェシン・ツール・リッペ=ヴァイセンフェルト少佐です。ナイトウィッチをやっています。去年20歳になりましたけれど、まだまだ戦えるので馳せ参じました。」

 芳佳は、出たな、と思う。欧州には時々こういった、やたらと長い名前の人がいる。覚えられないではないかと思うが、その困惑が表情に出たようだ。

「リッペ=ヴァイセンフェルトと呼んでください。」

 グラッサー中佐が付け加える。

「リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は、オストマルクとカールスラントに広い領地を持つ、貴族の出身なんですよ。プリンツェシンというのは王女様の称号なんです。」

「そうなんだ。」

 言われてみて思い出した。確か506部隊にハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタイン少佐という人がいて、その人もお姫様だった。もっとも、お姫様だからといってそんなに気後れすることもない。芳佳だって、前に男爵の爵位を貰ったのだ。芳佳の場合は、貴族のお姫様ではなくて、芳佳自身が貴族なのだ。下級貴族だけれど。

 

 続いて他の隊員たちの自己紹介がある。

「フレンツヒェン・シャルです。階級は大尉です。」

「マクシミリアーネ・シュトッツ中尉です。」

「准尉のレオポルディーネ・シュタインバッツです。」

「同じく准尉のギルベルタ・シュトラッスルです。」

「オティーリエ・ボッシュ軍曹です。」

 カールスラント軍に所属していたというだけに、どの子も規律正しい印象だ。グラッサー中佐が付け加える。

「祖国奪還の戦いなので、原隊からは恨まれましたけれど、腕利きを引き抜いて集めました。可愛い顔をして、フレンツヒェンとマクシミリアーネは100機オーバーのスコアを上げているんですよ。」

 隊長のグラッサー中佐も100機オーバーだというから、なかなか頼もしい。エステルライヒ隊は大いに期待できそうだ。

 

 次は、ハンガリー隊だ。

「改めて、ハンガリー隊隊長のヘッペシュ・イロナです。ハンガリー人部隊を率いて、主にオラーシャ戦線で戦っていました。私の個人撃墜数は一桁ですけれど、隊員たちが頑張ってくれています。」

「ヘッペシュちゃんだね。よろしく。」

「あの・・・。」

 ちょっと困ったような表情をする。

「ハンガリー人は、元々はアジア系とも言われていて、ウラル山脈の方から移り住んできた民族なんです。そのせいか、言葉が周辺の人たちとずいぶん違っていて、火星人の言葉なんて言われたりするんですよ。」

「か、火星人?」

「それで、欧州ではわたしたちだけ、苗字、名前の順で名乗るんです。だから、ヘッペシュが苗字で、イロナが名前なんです。」

「あ、そうなんだ。わたしたち扶桑人も一緒だよ。宮藤が苗字で、芳佳が名前、宮藤芳佳って言います。」

 ハンガリー隊の隊員たちの表情がふっと緩んだ気がした。小さな共通点だが、どうやら親しみを感じてもらえたようだ。

 

 隊員たちの自己紹介に移る。

「デブレーディ・ジョーフィア大尉です。」

「ジョーフィアちゃんだね、よろしく。」

「あの、いきなりで申し訳ないんですけれど、私たちをオストマルク隊から分離して、司令官の直轄部隊にしてもらえませんか。」

「えっ? どうして?」

「私たちハンガリー人は、オストマルクでもカールスラント人と並ぶオストマルクの中核となる民族だと言われているんですけれど、実際にはカールスラント人の支配が強いんです。皇帝がカールスラント人なのはいいんですけれど、政府も軍部も結局枢要な地位はほとんどカールスラント人が占めているんです。人口ではカールスラント人は24%なのに、軍では士官の78%がカールスラント人なんですよ。ハンガリー人なんて、人口では20%もいるのに士官は9%しかいないんですよ。不公平です。だからカールスラント人の命令なんか聞きたくないです。」

 これには驚いた。オストマルクは民族ごとに広く自治が認められていて、自由で公平な環境で多くの民族が融和していると聞いていたが、内情はそう単純ではないようだ。まあ、外から見ると良さそうに見えても、中には細かい問題がいろいろあるというのは、仕方のないことなのだろう。だからといって、この希望は聞けない。でも頭ごなしに駄目出しをするのも良くないので、多少曖昧に答えるしかないかなと思う。

「まあ、気持ちはわからないでもないけど、いきなりそういうのは無理だよね。先々どうするかは考えてみるけど、当面は今の体制でね。」

「はい。」

 答えるデブレーディ大尉は、案外素直に了解する。あるいは、不満はあってもそんなに深刻なわけではないのかもしれない。

 

 次の子はまるで考え方が違う。

「ポッチョンディ・アーフォニャ大尉です。宮藤司令官は、以前501部隊でハルトマンさんと一緒だったんですよね?」

「うんそうだよ。」

「わたしっ! 新人の頃一時ハルトマンさんの僚機を務めたことがあるんです。あの人類最高の撃墜王のハルトマンさんですよ! わたしそれが何よりの自慢なんですっ!」

 これはまた、凄いテンションだ。でも、ハルトマンの色々な面を見ている芳佳にしてみれば、どうにもこのハルトマンを無条件に高く持ち上げる感覚には共感できない。

「あはは、そうなんだ。」

「わたし、ハルトマンさんだけじゃなくて、カールスラントの人たちって凄いと思うんです。だからわたしは別にカールスラントの人たちから命令されたっていいです。ジョーフィアはわがままなんです。」

 なるほど、民族が一緒でも、人によって感じ方、考え方はずいぶん違うようだ。

 

 次の人が姿勢を正して名乗る。

「I. tartozik a Magyarországon Corps, ez Kenyeres Margit őrmester.」

「・・・。」

 芳佳は目が点だ。何と言ったのか全然聞き取れない。そこにヘッペシュ中佐が助け舟を出してくれる。

「ケニェレシュ・マルギト曹長です。下士官はハンガリー語しか話せないんです。」

「あ、ああ、そうだったね。」

 これは、なかなかやりにくそうだと思うと、次の人も同じように話す。

「I. tartoznak Magyarországon Corps, ez Molnár Emőke hadnagy.」

「モルナール・エメーケ少尉です。」

「ちょっと待って。士官はブリタニア語を話せるんじゃなかったっけ。」

「モルナール少尉は戦時昇進で、まだ士官教育を受けていないんです。」

「そうなんだ・・・。」

 ケニェレシュ曹長やモルナール少尉は、当然こちらの言っていることは理解していないのだろう。言葉が違うというのは、思った以上に距離感がある。芳佳の立場では、各隊の隊員個々人と直接話さなければならない機会は多分あまりないだろうから困らないけれど、これは一体感を持って戦うのは相当難しそうだ。難しい戦いになりそうだと、芳佳は感じた。

 




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎オストマルク

エディタ・プリンツェシン・ツール・リッペ=ヴァイセンフェルト(Edytha Prinzessin zur Lippe-Weißenfeld)
オストマルク空軍少佐 (1931年7月14日生20歳)
エステルライヒ隊
高い指揮能力と戦闘能力を持つナイトウィッチ。カールスラントとオストマルクに広大な領地を持ち、欧州各地と繋がりを持つ有名貴族の出自で、王女(プリンツェシン)の称号を持つ王族。第506統合戦闘航空団の設立に際し、ウィトゲンシュタイン少佐と共にボートカンプ大佐の推薦で戦闘隊長候補に選ばれるが、最終的に撃墜数の多いウィトゲンシュタイン少佐が抜擢された。(第五〇一統合戦闘航空団全記録弐 第五集 参照)オストマルク空軍に参加する前は、カールスラント空軍で第5夜間戦闘航空団司令を務めていた。20歳を過ぎたが、魔法力の低下が遅いたちのようで、まだ戦闘に大きな支障は感じていない。

フレンツヒェン・シャル(Fränzchen Schall)
オストマルク空軍大尉 (1936年6月1日生 15歳)
エステルライヒ隊
カールスラント空軍のJG52に所属して主に東部戦線で戦い、空戦のセンスに優れているため、比較的短期間に多数のネウロイを撃墜している。大抵のユニットは器用に乗りこなし、ジェットストライカーも使いこなすことができる。

マクシミリアーネ・シュトッツ(Maximiliane Stotz)
オストマルク空軍中尉 (1934年2月13日生17歳)
エステルライヒ隊
主にオラーシャ戦線にあって、優れた空戦技術でスコアを重ね、所属していたJG54内で激しいトップエース争いを演じた。その結果、オストマルク出身のウィッチの中では、ヴァルトラウト・ノヴォトニー少佐に次ぐ2番目の撃墜数を挙げている。

レオポルディーネ・シュタインバッツ(Leopoldine Steinbatz)
オストマルク空軍准尉 (1936年10月25日生15歳)
エステルライヒ隊
部隊配属からしばらくは、偵察や対地支援を担当していたが、オラーシャ戦線に派遣されると、次々と戦果を挙げ、わずか1年足らずの間に100機近いネウロイを撃墜した。性格はやや控えめで、もっぱら2番機を務めるが、的確な援護で1番機に絶対の安心を与える得難い存在。

ギルベルタ・シュトラッスル(Gilberta Straßl)
オストマルク空軍准尉 (1935年5月24日生16歳)
エステルライヒ隊
ネウロイの大群にも果敢に攻撃を加え、多数の撃墜戦果を挙げてきた。しかし、攻撃的に過ぎるため、撃墜されて地上に激突、重傷を負ったことがある。それでも全快して復帰すると、相変わらず攻撃的なスタイルで戦い続けている。

オティーリエ・ボッシュ(Ottilie Bösch)
オストマルク空軍軍曹 (1932年5月18日生13歳)
エステルライヒ隊
オストマルクウィッチ隊のカールスラント人では最年少だが、実戦では力を発揮し、重武装をして大型ネウロイを撃墜した経験を持つ。

ヘッペシュ・イロナ(Heppes Ilona)
オストマルク空軍中佐(1932年11月20日生19歳)
ハンガリー隊隊長
カールスラント空軍の指揮下にハンガリー人部隊を率いて東部戦線で戦う。一貫して部隊指揮を担当していたため、個人戦果は8機とそれほど多くないが、部隊指揮能力には定評がある。

デブレーディ・ジョーフィア(Debrödy Zsófia)
オストマルク空軍大尉(1935年1月1日生17歳)
ハンガリー隊
ハンガリー人では2番目の撃墜数を持つエース。ネウロイ支配地域で撃墜されても、荒野を歩き、川を泳ぎ渡って帰還したことがあるほか、腹部に生命が危ぶまれるほどの重傷を負ったこともあるが、それでも戦い続けている不屈の闘志を持つ。

ポッチョンディ・アーフォニャ(Pottyondy Áfonya)
オストマルク空軍大尉(1932年12月26日生19歳)
ハンガリー隊
カールスラント空軍で訓練を受け、所属して戦っていたためカールスラント語は堪能。1943年春の11歳の時に、501JFW所属前の時期のエーリカ・ハルトマンの僚機を務めたことがあるのが自慢で、エーリカを崇拝する気持ちが極めて強い。そのこともあって、カールスラント人に対する親しみの気持ちが強い。

ケニェレシュ・マルギト(Kenyeres Margit)
オストマルク空軍曹長(1935年11月20日生16歳)
ハンガリー隊
空戦の腕は確かで、オラーシャ戦線で戦果を重ねていた。ネウロイ勢力圏内で不時着した仲間を、ネウロイが迫る中強行着陸して救出したことがあるなど、勇敢で仲間思い。

モルナール・エメーケ(Molnár Emőke)
オストマルク空軍少尉(1935年5月1日生16歳)
ハンガリー隊
敢闘精神に富み、攻撃的な戦闘スタイルで、一度の出撃で4機のネウロイを撃墜したこともあるエース。燃料切れで豆畑に不時着したことから、「Paszulyos(インゲン豆)」という綽名で呼ばれることもある。

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