ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第三十一話 決戦、ブダペスト攻略戦5

 シャーメッレーク基地にハンガリー隊が帰還してきた。撃墜された二人を抱えての帰還に、この戦いの厳しさが伝わってくる。何はともあれ、二人の治療が最優先だ。

「バルバラちゃん、治療の手は足りる?」

 先に負傷した桜庭中尉の治療が終わっていない所へ、更に二人運び込まれると、魔法医はバランツォーニ軍医中尉と嶋軍医中尉の二人しかいないので、手が足りなくなるかもしれない。必要なら自分も治療に加わろうと考えて、芳佳は確認する。

「大丈夫です。ポッチョンディ大尉とモルナール少尉の負傷はそれほどひどくないので、対処できます。」

 バランツォーニ軍医中尉からの報告に安堵しつつも、ちょっと残念そうな芳佳を見て、鈴内大佐は渋面を隠しきれない。だから戦闘の最中に司令官が司令部を抜け出して、治療しに行ったりしちゃあいけないんですよと、心の中で訴える。作戦中の司令部で司令官を咎めるようなことを言うのもはばかられるから言葉にはしないけれど。

 

 通信班から報告が届く。

「モニター艦隊は間もなくエルチ付近に到達するとのことです。」

 エルチはブダペストから南へ約40キロのドナウ川に面する街で、ドナウ川とブダペストへ向かう街道が接近しているあたりだ。

「そろそろ、艦隊の上空直掩に行った方がいいね。」

 艦隊には護衛艦もついているし、川に沿って地上部隊も支援のために動いている。しかし、ここまではウィッチ隊がネウロイを引き付けているような形になっていたが、巣に接近するに従って艦隊に直接攻撃してくる危険性も大きくなってくるので、直掩が必要だ。兎にも角にも、折角出してもらった艦隊が、途中で攻撃されて被害を出してしまったら何にもならない。

「多香子ちゃん、出撃だよ。」

「はい!」

 芳佳に声を掛けられて、そろそろただ待っているのに疲れて来ていた大村隊隊長の千早大尉は勢いよく応える。

「チェルマク少将、グラッサー中佐、じゃあ後はお願いしますね。」

「え? 本当に出撃するんですか?」

 事前に最終決戦には芳佳も出撃するとは聞かされていたが、本当に出撃するんだと、グラッサー中佐は驚きを見せる。

「うん、行くよ。だってわたしが行かないと巣を破壊できないからね。」

 説明を受けたとはいえ、芳佳が何をしようとしているのか今一歩理解できないグラッサー中佐だが、そう言うのならそうなのだろう。グラッサー中佐も別にいつも司令官の居る司令部で作戦指揮をしていたわけではないから、司令官が別の所にいること自体は問題ない。まあ、自分が本部にいて、司令官の方が前線にいた経験はないのだが。

 

「じゃあ行くよ。」

 発進準備を整えた大村隊のメンバーに、芳佳は出撃を告げる。幾多の厳しい戦いを経験してきたメンバーたちは普段通りの表情だが、まだ実戦経験の少ない岡田上楽兵は緊張の面持ちで千早大尉に話しかける。

「本当にわたしも行くんですね。」

「うん、まあ別に緊張することもないよ。訓練は十分に重ねたし、実戦も経験済みだから大丈夫。それに、今回の任務は艦隊の上空直掩で、別に自分からネウロイの集団に攻撃をかけに行くわけじゃないから、そんなに物凄い戦いになるわけじゃないよ。」

 歴戦の千早大尉にそう言ってもらえると、玲子としては気持ちが落ち着く。しかし、考えてみると、幼馴染の松島琴美飛曹長は小学校を卒業するとすぐにウィッチに志願して、一通りの教育が終わるとすぐに欧州に派遣されて実戦に参加していた。それを考えれば、怯えてなどいられない。怯えていては、小さい頃から戦いを重ねてきた琴美に恥ずかしい。

「発進!」

 号令と共に、メンバーたちが次々に飛び立って行く。玲子も続いて空へと舞い上がった。

 

 

 先頭を行くウィッチ隊は、ハンガリー隊が撤退して、替わりにポーランド隊とチェコ隊が到着した。ポーランド隊の隊長はミロスワヴァ・ミュムラー少佐、チェコ隊の隊長はカテリナ・エモンシュ大尉だ。規模の小さい部隊の混成となって、一番階級の高いのはポーランド隊のミュムラー少佐だが、実戦経験ではチェコ隊のエモンシュ大尉や抜刀隊の茅場大尉の方が上という、ますます全体指揮が混迷を極めそうな編成になってしまった。そんな状況だからこそ、茅場大尉はさっき大型ネウロイと戦った時の様に、自分が作戦を主導しなければいけないかなと思う。幸い、負傷した桜庭中尉を本部に運んだ望月一飛曹が戻ってきて、全部で5人と抜刀隊の戦力が一番大きくなっている。

 

 そんな中、望月一飛曹が地上に変なものを見つけた。

「隊長、あれ何でしょう?」

「どれどれ。」

 望月の指す方を見ると、地上に大きな物体が鎮座している。形は船型で、丁度船が逆さになって底を上に向けたような形をしている。全長は80m位あるだろうか、結構大型だ。上を向いている底がフラットになっているので、河川用の貨物船だろう。幅が10m足らずと細いのも河川用貨物船の特徴だ。この大きさだと、1300トンクラスか。

「船だよね。侵略された時に放棄された船が残っていたのかな?」

 しかし、川のすぐそばならわかるが、ずいぶん川からは離れている。爆風で飛んで来るような大きさではない。

「ちょっと見てきて。」

「はい。」

 望月が降下して接近する。近付いて見ると確かに船の形をしているが、濃い赤の船底塗装をされているはずの船底が全体に黒くなっていて、所々に赤い部分がある。

「長い間放置されていて錆びたのかな?」

 いや、それにしては変だ。錆びていればもっと表面がでこぼこしているはずなのに、全体にすべすべしている感じだ。更に近寄って良く見ると、地面に接しているへりの部分から、何やら細長いものが沢山出ている。それより、船体の表面が六角形のハニカム様の構造で覆われている。

「ネウロイ!」

 気付いたとたんに無数のビームが飛んで来る。望月はほうほうの体で逃げ帰ってきた。

 

「ネウロイです。それもあんなに巨大な。」

 船を伏せたような形をしたその大型ネウロイの船べりから出ていたのは無数の足で、それを百足の様に蠢かせて動き出している。

「どうしましょう?」

 望月の問いかけに、茅場大尉は頭を抱える。見た所、放棄された船の船体を利用した大型ネウロイで、巨大な地上型のようだ。地上型ネウロイは自分たち航空ウィッチの担当ではないので、ビームを避けながらそのまま進んでも構わない。でも、こんなのに襲撃されて、地上部隊が対抗できるのだろうか。自分たちが攻撃して地上部隊を支援した方が良いのではないだろうか。

「抜刀隊の茅場です。見ての通り、地上に巨大な地上型ネウロイがいます。放置すると地上部隊が壊滅的な打撃を受ける恐れがあります。我々で攻撃して破壊しておいた方が良いのではないでしょうか。」

 

 茅場の通信にすぐに応答してきたのはチェコ隊のエモンシュ大尉だ。

「そうですね、この規模のネウロイだと、地上部隊の先遣隊が衝突すると、全滅するかもしれませんね。」

 ポーランド隊のミュムラー少佐が応じる。

「よし、ではポーランド隊が攻撃してみよう。上空警戒を頼む。」

 そう言うと、ミュムラー少佐はフェリク少尉とヴラスノヴォルスカ曹長を連れて、船型の地上型ネウロイめがけて降下する。しかしこのネウロイは、望月がビーム攻撃を受けて逃げ帰ったように、地上型でも上空に向けた攻撃力が高いタイプだ。接近するポーランド隊のウィッチに向けて、その巨体の一面から激しくビームを放って来る。

「うわっ。」

「地上型とは思えないような凄いビームだよ。」

 激しいビーム攻撃に、容易には接近できない。地上型だから動きは遅いが、上からしか攻撃できないので襲撃機動が制約される。離れた所から銃撃しても、損傷らしい損傷を与えることもできない。ポーランド隊は一旦距離を取る。

「うーん、やっぱり対地攻撃には爆弾でもないとやりにくいね。」

 もちろん誰も爆弾など持ってきていない。

 

「巨大な地上型ネウロイと戦ったことのある人なんている?」

 ミュムラー少佐が問いかけるが、誰もそんな経験は持っていない。そもそも、こんな巨大な地上型ネウロイはほとんど出現したことがない。強いて言えばジグラットと戦ったことのある茅場大尉が経験者だが、あの時は芳佳の指示通りに攻撃しただけだし、ちょっとタイプが違い過ぎて応用が利きそうにない。

「結局、反復攻撃して装甲を削って、コアを見つけるしかないんじゃないですか。」

 そう言うエモンシュ大尉の意見が妥当なところだが、それも相当に手間がかかりそうだ。いつ次の飛行型ネウロイが現れるかわからないところで、地上型ネウロイにそんなに手間をかけていられない。

「全員で四方から一斉に攻撃をかけましょう。」

 ネウロイのビームを分散させるとともに、一気に攻撃して破壊するしかないと、茅場大尉は考えた。

 

 そこへ遮るように通信が入る。

「桃ちゃん、攻撃はちょっと待ってくれる?」

 これは、自分の事を桃ちゃんなどと呼ぶのは、宮藤さんしかいない。

「宮藤さんですか? 待つのはいいですけれど、どうするんですか?」

「うん、砲撃するから弾着観測してくれるかな?」

「砲撃・・・、ですか?」

 地上部隊の砲兵隊に攻撃させるのだろうか。毎度のことだが、芳佳の説明はやや説明不足なのと、内容が意表を突いているのとでどうもわかりにくい。しかし、今は良くわからないからと説明を求めていられるような状況にはない。

「了解しました。」

 茅場大尉は弾着観測の訓練は一通りやっているので、とにかく言われたとおりにやってみようと思う。

 

 すぐに、鋭く空気を切り裂く飛翔音がして、強烈な爆発音とともに巨大な火柱が上がり、一呼吸おいて遠雷のような砲撃音が響く。弾着の火柱は見たこともないような巨大なもので、一体どんな大砲を使っているのだろうと思う。それに、そんな巨砲をどうやって前線まで持ってきたのだろう。茅場大尉は知らないが、砲撃しているのはブリタニア艦隊のモニター艦、エレバスの38センチ砲だ。このあたりまで進んで来ると、ブダペストに向かう街道とドナウ川との距離は20キロもないから、余裕で射程に入っているのだ。ただ、遮るもののない海上と違って、エレバスから大型ネウロイは直接照準できないので、一発目はややあてずっぽうに近い射撃となって、かなり離れた所に着弾した。茅場大尉が型通りに報告する。

「遠し、10左、右へ10、引け800」

 着弾位置が目標より遠く、左へ10ミルずれているから、右へ10ミル、手前に800メートル修正せよという意味だ。しかし、茅場大尉は陸軍で、芳佳は海軍だ。こういう時の報告の仕方が違っていて、芳佳には何と言われたのかわからない。

「えっ? 何?」

 通信状態が悪くて聞き取りにくかったかと思い、茅場大尉はゆっくり丁寧に報告し直す。

「800メートル遠弾で、方位は左へ10ミルずれています。修正願います。」

 しかし通じない。

「えっ? ミル? ・・・って何? ・・・海藻じゃないよね。」

 確かにミルと言う海藻はあるが、戦場でそんな話をする馬鹿はいない。ミルは方位角の単位で、円周を6400等分した単位だ。ところが、海軍では目標からの誤差を100メートル単位で示すのが通例で、例えば、「遠8、左へ2」という言い方をして、800メートル遠く、200メートル左へずれているという意味だ。もっとも、海軍では装備している半数程度の砲を発砲し、各着弾点の遠近を「遠、遠、近、遠」といった報告をして修正していく場合も多い。一方の陸軍では、1門で試射して、修正が終わったら全砲門で効力射に移るのが普通だ。

 

 戦闘中にこんな説明をするのも悠長なことだと思いながら、茅場大尉は説明する。

「ミルっていうのは方位角の単位です。1ミルが円周を6400等分した角度です。ミルって使いませんか?」

「うん、使わないよ。距離で言って。」

 同じ扶桑同士でこんな所で話が通じないとはと嘆きつつ、茅場大尉は説明する。

「1ミルで1キロ離れると1メートルのずれになります。10キロなら10メートル、10キロで10ミルなら100メートルのずれになります。」

 これで芳佳にも通じたようだ。

「うん、じゃあ20キロくらいだから左へ2だね。」

 陸軍では「左へ」と言ったら、右へずれているのを左へ修正する意味になるから正反対で、茅場大尉は少々混乱するが、とにかく一応通じた。

 

 少々手間取ったが、次の砲弾が飛来し、また巨大な火柱が立ちあがる。

「200メートル遠く、右へ100メートルずれています。」

 着弾点が近付いたので、テラーも砲撃に加わって、それぞれ2門の38センチ砲を交互に射撃する。相次いで2発の38センチ砲弾が着弾し、盛大に火柱を上げる。至近距離に着弾した大型ネウロイは、悲鳴を上げるように金属質の音を発しながら、周囲にビームを撒き散らす。だが、ビームの射程は20キロもないので、艦隊側には何ら脅威にならず、落ち着いて砲撃を続ける。そして次の一弾が命中する。

「あっ!」

 見ていたウィッチが驚嘆の声を上げる。戦艦の強靭な装甲を貫く威力を持った砲弾は、大型ネウロイの装甲を貫くと、深々と突き刺さって炸裂する。強烈な爆発はネウロイの巨体を引きちぎり、装甲の破片を高々と舞い上げ、周囲に撒き散らす。引きちぎられた部分は、一呼吸おいて粉々に砕け散る。残った本体は再生を始めるが、再生する暇を与えず、次の砲弾が命中する。強烈な爆発に、ネウロイの胴体はくしゃっと折れ曲がり、折れ曲がった所から引き裂ける。最早鉄くずのようになりながらも、まだコアの破壊されていないネウロイは尚も健在だ。しかし、引き裂けた部分からコアがあらわになっている。

 

「コアです。攻撃しましょう。」

 逸る小山軍曹だが、茅場大尉は制止する。

「だめ、行かないで。」

 まだ砲撃は続いているのだ。今突入したら砲撃に巻き込まれる恐れが強い。思った通り、次の砲撃が着弾する。今度は直撃しなかったが、既にコアが露出したネウロイにはそれで十分だ。炸裂した砲弾の破片がコアを撃ち砕いて、大型ネウロイは崩壊した。

 

 崩壊したネウロイの破片がきらきらと光りながら広がって行く。戦艦の装備する大砲の威力は大したものだ。これなら、どんなネウロイが現れても破壊できそうだ。巣を破壊するとなると一筋縄ではいかないかもしれないが、それでもこれがあればきっと勝てると、巨砲の威力を目の当たりにした隊員たちは胸を躍らせる。


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