ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

32 / 54
第三十二話 決戦、ブダペスト攻略戦6

 いよいよブダペストの巣が目前に迫る。巣を覆う巨大な黒雲が、ブダペストの街の上空に渦を巻くようにして聳え立っている。高度1000メートルを切るくらいの低い高度に雲底が広く広がって、上へ向かって急激に絞り込むように細くなりながら聳える黒雲の頂上は10000メートルを大きく超えている。この巨大な黒雲の中に隠された巣の本体を発見して攻撃し、コアを露出させて破壊することができれば人類の勝利だ。しかし、もちろんネウロイの巣は大人しく攻撃させてはくれない。雲の中からどっと小型ネウロイが飛び出して来た。

 

 本部では、グラッサー中佐が基地に残る各隊に出撃を命じる。

「いよいよ巣への攻撃だ。オストマルクの力を全世界に見せるのはこの時だ。力の限りを尽くして戦ってくれ。」

 出撃するのは、大型ネウロイの迎撃から帰って来たエステルライヒ隊と、激戦から帰って来て補給を済ませると、休養もそこそこに再び出撃するハンガリー隊だ。ある程度の疲労と消耗があって決して万全の体制ではないが、巣との決戦なのだから、残る力を全て出し切らなければならない。

 

 そこへばたばたと駆け込んでくる者がいる。

「待ってください、わたしたちも行かせてください。」

 ハンガリー隊のポッチョンディ大尉とモルナール少尉だ。この二人は撃墜されて負傷しているはずだから、出撃するのは無茶だ。

「その意気は買うが、お前たちは負傷したんだろう。そんな状態で戦闘に出すわけには行かない。」

 グラッサー中佐は出撃を拒否するが、二人は引き下がらない。

「負傷は、治療を受けてもう治っていますから大丈夫です。」

 もう治ったというのは驚きだが、そうまでして戦おうという二人の気持ちには頭が下がる。こういう気持ちがあればこそ、ネウロイを倒して祖国を奪還することも可能になるというものだ。しかし、それでも出撃を認めるわけには行かない。

「お前たちの気持ちは良く分かった。できれば一緒に出撃させてやりたいが、ユニットはどうするんだ?」

「あ・・・。」

 二人はユニットに被弾して撃墜されたのだ。負傷は魔法の力で治っても、ユニットを短時間で直す魔法はない。

「出撃!」

 グラッサー中佐が命令し、他の隊員たちは格納庫へ走る。二人は指をくわえて見送るしかない。

 

 ネウロイの巣の前面では、小型ネウロイの大群がウィッチ隊への襲撃を始めた。何しろ数が多いから、雨霰と降り注ぐビームに目も開けていられない程だ。しかしそんなことに怯んでいられない。茅場大尉が僭越ながらと思いつつ、他の各隊に指示を出す。

「ポーランド隊は右手へ寄って、ドナウ川方向へのネウロイの進出を阻止してください。他の各隊はネウロイを殲滅してください。」

 茅場大尉が先任というわけではないから指示を出すのはおかしいが、そんなことを考えている余裕はない。各隊は反射的に指示に従ってそれぞれ戦闘に移る。

 

 チェコ隊のエモンシュ大尉は、ペジノヴァー中尉とステヒリコヴァ曹長を率いて、一団となってネウロイに立ち向かう。

『みんな、離れないで相互にカバーしながら戦って。孤立するとやられるよ。』

 次々飛んで来るビームをかわしつつ、ネウロイの先頭集団に銃撃を浴びせかけてまとめて粉砕する。エモンシュ大尉は素早く狙いを移しつつ、次々銃撃を加えながら突入して行く。エモンシュ大尉の銃撃の腕は確かで、狙ったネウロイの大半は血祭りに上げられる。ペジノヴァー中尉とステヒリコヴァ曹長はぴったりとついて行きながら、銃撃を加え、ビームをシールドで防ぎ、エモンシュ大尉をカバーする。ネウロイの集団は多数の破片を撒き散らしながらあっという間にすれ違う。すれ違うや否や、エモンシュ大尉たちは見事な編隊機動で急激に上昇しつつ反転し、ネウロイが反転攻勢に出る暇を与えずに、再びネウロイの集団に襲いかかる。

 

 抜刀隊の茅場大尉は望月軍曹を従えて、剣術で鍛えた眼力でネウロイの動きを見切りながら、ネウロイの集団の中を縦横に飛び回って手当たり次第に銃撃を浴びせかける。久坂曹長、高田軍曹、小山軍曹の3人は、射程が長く威力のある13ミリ機銃を装備している小山軍曹を先頭に、両脇を久坂曹長と高田軍曹が固めてネウロイに向けて突っ込んで行く。久坂曹長と高田軍曹の持つ短機関銃は射程が短いが、それでも群れ為す小型ネウロイを撃つには十分な性能だ。しかし、折角持って来た得物が小型ネウロイとの乱戦では邪魔になる。だからといって捨てるわけにもいかず、なかなか都合良くは行かないものだ。

 

 スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉とコヴァーリコヴァ曹長は、迫る小型ネウロイに一連射すると、さっと身を翻して距離を取る。小型ネウロイがさらに追撃してくると、くるりと反転して銃撃を浴びせる。そして再び離れると、さらに攻撃と離脱を繰り返す。ネウロイの撃墜という面ではなかなかはかが行かないが、人数が少なく、格別な破壊力を持つわけでもないスロバキア隊としては、こうやって危険を抑えつつ、着実に撃墜して行くスタイルが似合っている。ただ、ネウロイの数が多いので、だんだん押されてしまっているのが問題だ。

 

 ポーランド隊は、ネウロイが艦隊の方に行かないように防ぐのが任務なので、少し引いて布陣する。他の隊がネウロイの集団に突っ込んで行っているので、大半のネウロイはそちらに向かっているが、それでもポーランド隊の方に向かって来るネウロイもいる。小型ネウロイが10機ばかり向かってきた。

「撃て!」

 ミュムラー少佐は、ネウロイの機先を制して遠距離から銃撃を加える。ネウロイの集団が崩れるが、それをものともせずに向かって来たネウロイがビームを放つ。

「引いて。」

 ミュムラー少佐は、ビームをシールドで防ぎつつ、ある程度の間隔を保つように少しずつ後退しながら、断続的に銃撃を加える。ネウロイは銃撃の回避などでさらに分散するが、それでも3機のネウロイが突出して攻撃してきた。

「今だよ。銃撃。」

 3人の銃撃が突出したネウロイに集中する。3方からの銃撃を浴びて、突出したネウロイは脆くも砕け散る。とにかく、ネウロイを分散させて、一団ずつ着実に撃破して行くことだ。しかし、ネウロイの数は多い。そうしている間に、側方を通って艦隊に向かって行く小型ネウロイの一団がある。残念だが、ポーランド隊の3人だけでは、全て防ぐのは不可能だ。後は艦隊上空直掩のウィッチに任せるしかない。

 

 芳佳は大村隊と共に、ドナウ川の上空を飛行している。眼下の大地を別ってゆったりと流れる大河がドナウ川だ。その流れの中央をブリタニアのモニター艦、エレバスとテラーが進み、周囲を各国の護衛艦が固めている。ドナウ川の手前側に沿って、地上部隊も並走している。その地上部隊に向けてビームが飛び、地上部隊が応戦する。水上を行く艦隊と違って一々邪魔が入るから、地上部隊は大変だ。そこへ護衛艦の一隻の砲塔がぐるりと回り、発砲する。瞬時に着弾して、砕け散ったネウロイの破片が広がる。さすがに艦艇の砲は破壊力が違う。リベリオン供与のシャーマン戦車の主砲の75ミリに対して、リベリオンの護衛駆逐艦の主砲は127ミリである。

 

「ネウロイです。」

 大村隊の赤松大尉が注意を呼びかける。遠距離狙撃を専門とする赤松大尉は遠距離視の魔法を持っているので、発見が早い。

「行くよ。」

 千早大尉は短く指示すると、淡路上飛曹、長谷部一飛曹、それに岡田玲子上楽兵を従えて向かって来た小型ネウロイの一団に向かう。

「12機か。玲子ちゃん、右手の編隊の先頭のネウロイを狙って。」

「はい、でも一番前の中央の編隊を狙わなくていいんですか?」

「いいんだよ。」

 玲子は、実戦経験は少ないが、正面からやり合う場合は一番先頭の敵を叩くのが通常のやり方だとは聞いている。あえて2番目の編隊を狙うのには、何か理由があるのだろうかと思うが、もちろん上官であり、遥かに多くの戦いを経験している千早大尉の指示に間違いはないと信じて、指示通りに右手の編隊に向かう。

 

 小型ネウロイの集団との距離が詰まってきた。中央の編隊のネウロイの先端が光る。ビームが来る、と身構えた瞬間、中央の編隊の2機が砕け散った。これは、赤松大尉と牧原上飛曹の遠距離射撃だ。これがあるから中央の編隊を狙わなかったのかと合点する。自分が狙っている右手の編隊の先頭のネウロイからビームが真直ぐ飛んで来る。玲子は体を倒してビームをかわしながら、反撃の銃火を送る。命中、砕け散ったと思った次の瞬間にはあっという間にすれ違う。ほっとする暇もなく、急旋回する千早大尉に続いて旋回する。旋回しながら首をひねってネウロイを見ると、真直ぐ艦隊の方に向かっている。千早大尉はそうはさせまいと思い切り加速して追撃するので、玲子はついて行くだけでも苦しい。赤松大尉たちの狙撃で、ネウロイは1機、また1機と砕け散っている。追いついた千早大尉が銃撃を浴びせかける。玲子も引き鉄を引くが、ついて来るのに必死だったので、とても狙っている余裕がなく、当たらない。離脱しながら見回すと、淡路上飛曹と長谷部一飛曹の銃撃がネウロイを捉えるのが見えた。もう残るネウロイはわずかだ。

 

 チェコ隊のエモンシュ大尉は、旋回して退避しようとする小型ネウロイの一団に銃撃を浴びせながら、ちらりと巣の方を確認する。すると、巣からは新手の小型ネウロイの集団が押し寄せてきているのが見えた。

「新手のネウロイが来ます。」

 エモンシュ大尉はそう通報しながら、目の前のネウロイの追撃を切り上げて新手の集団に備える。新手のネウロイは怒涛の如く襲い掛かってくる。

「無理だ、数が多過ぎる。」

 最初の集団も相当多数だったが、それを落とし切らない内に新手が押し寄せてきて、もう数の差は圧倒的だ。これではどんなに頑張っても、いずれ包み込まれて落とされてしまう。一旦引いて態勢を立て直した方が良いかと思うが、自分たちだけさっさと引いてしまったら、他の隊が危険に陥る。自分が他の隊に指示を出すのも変だが、では誰の指示を仰いだらいいのだろう。そんなことを迷っているうちに、後方に回り込むネウロイが増えてきた。ピンチだ。

 

「いったん退避します。」

 他の隊の事が気になるが、自分たちの身を守る方が先決だ。群がるネウロイを振り切るように後方を目指す。しかし、ちょっと決断が遅かったようで、もう後方もネウロイだらけだ。相次いでネウロイの編隊が襲撃してくる。乱れ飛ぶビームをかわし、シールドで防ぎ、銃撃を返し、何とか潜り抜ける。また、右斜め上と左下からほぼ同時にネウロイの編隊が向かって来る。さっと右上の編隊に銃口を向けて引き鉄を引けば、かちっと音がするだけで弾が出ない。

「弾切れか。」

 しかし弾倉を交換している暇はない。即座に降下に移る。退避するなら、降下した方が重力が働く分加速が良い。上昇してくるネウロイとの距離がぐんぐん詰まる。降下してくるネウロイのビームは、後ろに回ったペジノヴァー中尉がシールドで防いでいる。上昇してくるネウロイをどうかわすか、そう思った瞬間、向かって来るネウロイに銃弾が降り注ぐ。

 

「一気に突き崩せ!」

 そう叫びながらグラッサー中佐が突っ込んできた。助かった、援軍の到着だ。エステルライヒ隊とハンガリー隊のウィッチたちが次々襲いかかり、追って来ていたネウロイを突き崩す。一気に形勢逆転だ。ステヒリコヴァ曹長が感動したように言う。

「エステルライヒ隊が来てくれましたよ。カールスラント人って頼りになりますね。」

 対して、オストマルクのカールスラント人支配に対する反感を見せていたペジノヴァー中尉は、複雑な感情を見せる。

「それでもカールスラント人は気に食わないよ。」

 エモンシュ大尉はこれまで連合軍部隊の中で様々な国の人たちと協力し合いながら戦って来たので、カールスラント人に対して含むものは特にない。でも、同じチェコ人として、ペジノヴァー中尉の気持ちもわかる。

「まあ、不公平な点があれば直さなきゃいけないけど、それはその不公平が悪いんであって、カールスラント人が悪いんじゃないよね。あんまりカールスラント人っていうだけで、色眼鏡で見ない方がいいよね。」

 実際に危ない所を助けられたところでもあり、ペジノヴァー中尉もここは同意するしかない。

「はい・・・まあ・・・そうですね。」

 

 それはそれとして、形勢逆転した今は、一気に押し返すチャンスだ。

「反撃するよ!」

 エモンシュ大尉は素早く弾倉を交換すると、反転攻勢に移る。さっと振り返って見ると、ペジノヴァー中尉もステヒリコヴァ曹長も表情は明るい。地上に目を移せば、地上部隊も前進して来て、地上のネウロイと激しく撃ち合いを始めている。もう一押しだ。ネウロイの巣との戦いは、いよいよ佳境に入ろうとしている。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。