ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第三十四話 決戦、ブダペスト攻略戦8

 茅場大尉は望月軍曹を呼び寄せると、艦隊上空にいるはずの芳佳に連絡を取る。

「茅場です、艦隊はどんな状況ですか?」

 

「うん、もう少しで攻撃開始だよ。」

 茅場大尉からの問い合わせに芳佳は答える。既に、エレバスとテラーの主砲はネウロイの巣の方向を睨んで、砲撃準備を整えている。距離は2万を切った。最大射程は3万6千だが、確実な命中が見込める1万8千から砲撃開始だ。千早大尉は芳佳の横に引いてきて、固有魔法でネウロイの巣の黒雲の中に隠れている巣の本体の位置を見極め、艦隊に報告している。千早大尉が抜けたので、艦隊めがけて襲来するネウロイとの戦いは苦しくなってきている。砲撃が始まるまでには、赤松大尉はエレバスに乗り込まなければならないので、さらに苦しくなる。飛び交う通信の内容から、ウィッチ隊が苦しい状況であることはわかっているが、ここは心を鬼にして引き抜かなければならないだろう。

「グラッサー中佐、ウィッチ隊を1隊、艦隊の護衛に回してください。」

 

 グラッサー中佐は答えに詰まる。被害が続出している中で、さらに1隊引き抜かれては、支えきれなくなる危険性が強い。しかし、艦隊が失われれば巣を破壊することはできないし、司令官の指示には従わなければならない。とはいうものの、ボッシュ軍曹が抜けたので、大型ネウロイを叩くために抜刀隊は手放せない。ポーランド隊は艦隊方向にネウロイが行くのを防いでいるので、艦隊護衛に回すとネウロイを引き連れて行く形になりかねない。チェコ隊を行かせれば、ネウロイが大挙して地上部隊を襲撃することになりかねない。既にすり抜けたネウロイが地上部隊を襲撃しているようで、地上部隊の上空には盛んに対空機銃が撃ち上げられている状況だ。

「困った・・・。」

 そこに通信が入る。

「スロバキア隊復帰しました。どこに行きますか。」

 そうだ、スロバキア隊がいた。スロバキア隊を回せば少なくとも現状維持ができる。

「スロバキア隊は艦隊の護衛に回れ。」

「了解しました。」

 グラッサー中佐はほっとするが、別に状況が良くなったわけではない。

 

「距離1万8千。」

「砲撃開始!」

 エレバスとテラーの主砲が轟音を立てて火を噴く。秒速749mの初速で発射された主砲弾は、1分足らずでネウロイの巣に到達し、黒雲の中に突っ込んで巣の本体に着弾する。300ミリの装甲を破壊する威力を持った主砲弾はネウロイの装甲を突き破って炸裂する。巣を覆う黒雲が爆風で吹き破られ、砕け散った装甲の無数の破片が飛び散って、きらきらと光りながら広がる様は、さながら打ち上げ花火が開いたようだ。続いて連装砲塔のもう片方の砲が火を噴く。エレバスとテラーの主砲は1分間に2発の射撃が可能なので、2門の砲を交互に撃てば、およそ15秒間隔での射撃が可能だ。全弾命中とはいかないが、ネウロイの巣には相次いで砲弾が炸裂する。

 

「グラッサー中佐、わたしもエレバスに乗るから、後の指揮はお願いね。主砲塔に入るから、通信はできなくなるからね。」

 芳佳からの通信だ。司令官が軍艦に乗り込むのはまだわかるが、主砲塔に入るというのはどうだろう。しかも、戦闘中に通信ができなくなるというのでは、指揮の放棄ではないか。

「えっ? 通信ができなくなるって、後の指揮はどうするんですか?」

「だから指揮は任せるよ。よろしくね。」

 そんなことを言われても困ってしまう。まあ、実質戦闘指揮はこれまでもやってきているから、大差ないと言えば言えるのだが。

 

 そんな困惑にはお構いなしに、芳佳は続ける。

「伊佐美ちゃん、最後の一撃は任せるから、それまで戦闘は控えてね。桃ちゃん、サポートお願い。」

 茅場大尉は、ブカレストの巣を破壊した時に経験済みなので、特に戸惑いはない。

「望月軍曹、こっちに来て待機しろ。」

「はい。」

「燃料はまだあるか、弾薬は大丈夫か、魔法力は十分残っているか。」

「はい、大丈夫です。魔法力は、全部使っちゃうからあんまり気にしても仕方ないです。」

 烈風斬、考えて見れば無茶な攻撃方法だ。全ての魔法力を扶桑刀に乗せて、魔法力の斬撃で敵を斬る必殺の業。そのかわり全ての魔法力を使い果して、その場で落ちるしかない捨て身の業。こんな年端もいかない子にそんな攻撃を命じるとは、なんと残酷な司令官なのだろうと思わないでもない。もっとも、命じる司令官自身もさんざんやってきたことだし、そうまでしなければネウロイの巣は倒せないのだ。しかし、望月軍曹が戦闘を控えるとなると、大型ネウロイが出て来たら久坂曹長と高田軍曹に任せるしかない。というか、既に3機出てきている。

「久坂、高田、小山、大型ネウロイを破壊しろ。」

 

「それから、玲子ちゃん。」

「はい!」

 いきなり司令官から声を掛けられて、玲子は緊張する。

「玲子ちゃんはまだ戦闘にそんなに慣れていないから、あんまりあれもこれもやろうとしなくていいよ。ネウロイを撃墜しなくていいからね。」

「はい?」

「大事なことは、エレバスとテラー、中でもエレバスを守ること。そのためにやることは、命中しそうなビームを防ぐことだからね。ビームが来たら割り込んでシールドで防ぐ、それだけに集中して。」

「はい、わかりました。」

「機銃は捨ててもいいから、ビームが来たらシールドを掲げて体当たりする、それだけやってね。」

「はい、了解しました。」

 それなら自分でも十分役に立てそうだと玲子は思うが、ふと気付く。ビームに自分からぶつかって行くって、いくらシールドがあっても、無茶苦茶怖いことなんじゃないの?

 

 手配を終えた芳佳は、エレバスの甲板に降りる。先に降りた赤松大尉は、ストライカーユニットや機銃を片付けて待っていた。

「宮藤さん、いよいよですね。」

「うん、まあブカレストの巣を撃破した時と同じようにやればいいから、気楽にやろう。でも、他のみんなが持つかどうかがちょっと心配だな。」

 結構苦しい状況になっているのはわかっているから、赤松大尉にも芳佳の心配は良くわかる。もっとも、勝てないことも心配だが、芳佳の場合は仲間に犠牲が出ないかどうかの心配の方が強そうだ。いざという時に近くにいて守ってあげられないのは辛い所だろう。しかし、勝てなければ全滅は必至なのだから、とにかくやるしかない。轟音と共に主砲がまた巨弾を撃ち出した。大分距離が詰まって来たので、護衛の駆逐艦も射程距離に入ったようだ。リベリオンの2隻の駆逐艦を皮切りに、相次いで巣に向けて砲撃を始めた。しかし、いくら戦艦級の主砲といえども、その砲撃だけでネウロイの巣を破壊することはできない。相当なダメージを与えているようで、巣からネウロイが放出される量はめっきり減ったが、巣の本体は損傷する後から再生していて、損傷を拡大することはできていない。

 

「行くよ。」

「了解。」

 茅場大尉の指示に従って、久坂曹長、高田軍曹、小山軍曹の3人は、きっちりと密集した隊形を取って大型ネウロイに向かう。そうはさせまいと考えているわけでもないだろうが、阻止しようとするかのように、小型ネウロイが次々襲撃してくる。タ、タ、タンと短機関銃が軽快な音を立てるたび、襲撃してきた小型ネウロイが砕け散る。と、射撃音が途切れた。

「弾切れだぁ。」

 高田軍曹が声を上げると、久坂曹長も答えるように言う。

「こっちも弾切れ。」

 二人とも、槍や薙刀を振るう邪魔にならないように、あまり多くの予備弾倉を持って来られなかったのだ。小山軍曹が先頭に立って銃撃して、久坂曹長と高田軍曹はもっぱら防御役だ。弾幕が薄くなったので、小型ネウロイはどんどん接近して攻撃してくる。

「なめんな!」

 久坂曹長が飛び出すと薙刀を振るう。大型ネウロイさえも両断する薙刀にかかれば、小型ネウロイなど鎧袖一触だ。ただ、相当間合いが詰まらないと攻撃できないのが難点だ。

 

 正面に小型ネウロイが多数集まって攻撃してきた。再び久坂曹長が飛び出すと、薙刀を風車の如く振り回しながら突入し、当たるを幸い薙ぎ倒す。取りこぼした小型ネウロイは、小山軍曹が銃撃して破壊する。小型ネウロイを蹴散らして、大型ネウロイの眼前に飛び出すと、高田軍曹が槍をりゅうりゅうとしごきながら突入する。激しく放って来るビームもものかはと肉薄すると、刺突一閃、コアを貫く。大型ネウロイはたちまち崩壊する。

 

 そこに、回避する暇もなくもう1機の大型ネウロイからのビームが降り注ぐ。反射的にシールドで防ぐが、槍を引き付ける暇がない。槍は穂先から半分ほどを持って行かれてしまった。これで高田軍曹は丸腰だ。それでも突入する久坂曹長と並行して側面を守ることはできる。小山軍曹が寄ってきた。

「尚栄、これ使って。」

 そう言って機銃を渡す。

「えっ、海帆はどうするの?」

「うん、手裏剣があるから。」

 そう言うが早いか、ぱっと飛び出して前を遮ろうとする小型ネウロイに向けて手裏剣を放つ。高田軍曹は、負けじと近付く小型ネウロイを銃撃して蹴散らす。それを乗り越えて久坂曹長が飛び出すと、思い切りよく薙刀を振りかざす。強烈な太刀風と共に斬り付けた薙刀は、瞬時に大型ネウロイを両断する。崩壊した大型ネウロイの破片がぱっと飛び散り、大輪の花を咲かせた。

 

「手裏剣なくなった。」

 今度は小山軍曹が丸腰だ。高田軍曹の持つ機銃も残弾が心細い。抜刀隊は今居る中で一番最初から戦っているのだから、弾薬が枯渇するのも仕方ない。

「補給に帰ろうか?」

 高田軍曹が言うが、戦況はなかなか厳しく、この3人が抜けるのは結構厳しい。

「今抜けるのはまずいんじゃないかな。」

 久坂曹長はそう言うが、このまま残っていても、弾薬がなくては大した働きはできない。

「じゃあ、わたしがひとっ走り弾薬を取りに行って来るよ。」

 小山軍曹のその案が妥当な所だろう。

「うん、わかった。なるべく早く帰って来てね。」

「了解。」

 小山軍曹が飛ぶように引き返して行く。戦況はいよいよ厳しい。

 

「エレバス砲撃待て。」

 芳佳はそう指示すると、赤松と一緒に砲塔の中に入る。これから赤松が主砲弾に魔法力を注入して、必殺の一弾を巣に叩き込むのだ。赤松の全身を魔法力の青白い光が包み、尾栓に添えた手から魔法力を送り込む。装填された主砲弾が魔法力を帯びてくる。しかし、何しろ戦艦の巨大な主砲弾だから、魔法力を一杯に込めるにはウィッチ一人分の魔法力では全然足りない。そこで芳佳の出番だ。芳佳は赤松の肩に両手を置くと、魔法力を発動する。相手の魔法力を回復させる治癒魔法の一種だ。これは治癒魔法なのがポイントだ。自分の魔法力を相手に与えるだけなら、芳佳の魔法力が大きいといっても所詮二人分だ。しかし治癒魔法なら、使った魔法力の何倍もの魔法力が回復する。赤松が魔法力を使い果したら回復を繰り返すことで、膨大な量の魔法力を砲弾に注入することができる。二人は一心に魔法力の注入を続ける。

 

 艦隊から巣への砲撃に伴って、艦隊に向けたネウロイの襲撃は一気に激しくなってきた。続々と襲来する小型ネウロイを迎え撃つのは大村隊の淡路上飛曹、長谷部一飛曹、牧原上飛曹と、スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉、コヴァーリコヴァ曹長、そして最後の盾となる岡田玲子上楽兵だ。たちまち乱戦になる。各艦も対空機銃を激しく撃ち上げる。エレバスの上空で待機する玲子は、見たこともない激しい対空射撃に、自分に当たりやしないかと身が竦む。エレバスの艦上では砲術長が喉を嗄らして指揮している。

「お嬢ちゃんが守ってくれているんだ、間違っても真上に撃つなよ。目標、右30度、撃てっ!」

 しかし、艦隊の対空火力には限りがあり、ネウロイの襲撃を全て撃退することはできない。

「サウスウォルド被弾!」

 ブリタニアの駆逐艦が、艦の中央部から黒煙を噴き上げて遅れて行く。

「シェルトン被弾!」

 今度はリベリオンの駆逐艦が被弾した。右舷後部に被弾したシェルトンは、破孔からどっと海水が雪崩れ込み、見る見る傾斜を深めて行く。それを悲痛な思いで見つめつつ、玲子は動かない。本当に守らなければならないのはエレバスだ。他の艦を守ろうとして、その隙にエレバスが被弾したら作戦はおしまいだ。大きく傾いたシェルトンの甲板から、人がぽろぽろと落ちて行く。それを黙って見ているしかない玲子はもう泣きそうだ。

 

 対空射撃の弾幕を潜り抜けて小型ネウロイが突っ込んでくる。玲子は素早く動く。ビームが来た。さっと広げたシールドに当たってビームが飛び散る。攻撃した小型ネウロイが頭上を飛び越えて行く。ほっとする暇もなく、今度は艦尾方向から襲ってくる。ビームに飛び付くようにしてシールドをぶつける。息つく暇もなく次が来る。夢中でビームを追い続け、ビームに向かって行く恐怖心を感じている暇もない。しかし目先のビームに気を取られて見落としがあってはいけないので、ちょっとした隙にぐるりと周囲を見回す。すると、低空を這うようにエレバスに向かって来る小型ネウロイを見つけた。玲子は慌てて急降下する。力を振り絞って急降下すると、吹き付ける風圧で息ができない程苦しいが、間に合うか微妙なタイミングだ。小型ネウロイがビームを発射する。

「えいっ!」

 ビームめがけて遮二無二飛び込んでシールドを開く。びしっと音がして、ビームがあさっての方向へ飛んで行く。やれやれ間に合ったと、引き起こしにかかる。しかし、全力で降下してきた勢いで、制動をかけてもどんどん降下し続け、見る見る川面が迫って来る。

「まずい、川に落ちる!」

 ユニットを下に向けて全力で回すが、止まらない。そこではっと思い出す。宮藤司令官は機銃を捨ててもいいと言っていた。ぱっと機銃を捨てると体がすっと軽くなり、制動が効いてきた。水面を叩くかという程ぎりぎりまで落ちたが、何とか上昇に転じることができた。全身冷や汗でびっしょりになりながら、玲子は次のビームを防ぎに向かう。

 

 主砲弾に魔法力を注入し続けていた赤松大尉が叫ぶ。

「宮藤さん! もう十分です。」

 大量の魔法力を注入された主砲弾は、分厚い砲身を通して魔法力の光が漏れてくるほど魔法力に満ちている。芳佳は肯いて魔法をかけるのをやめると、艦内電話を取る。

「艦長、砲撃してください。」

 ブザーが鳴って、砲手が引き鉄を引く。轟音と激しい衝撃とを残して、魔法力の光を纏った主砲弾が、一直線にネウロイの巣の本体に向かう。まだ再生しきれていない装甲の裂け目に飛び込んだ砲弾は、ネウロイの本体に深く突き刺さると、魔法力を放ちながら炸裂する。凄まじいまでの光の洪水だ。爆発的に広がった魔法力の光が、砕け散った無数の破片に反射して目がつぶれるかと思う程の輝きを巻き起こす。

 

「望月、行くぞ!」

 茅場大尉は望月軍曹を引き連れて、光の洪水の中をめがけて一直線に突っ込んで行く。眩しくてどこにネウロイの本体があるのかわからない程だが、光の中心に本体があるはずだ。爆発のあおりで吹き飛ばされて、茅場大尉たちを遮ろうとするネウロイは針路上にはいない。ネウロイが戻って来る前に一気に突っ込まなければならない。望月軍曹が芳佳から引き継いだ烈風丸をすらりと引き抜くと、正眼に構えて全身の魔法力を集中させる。主砲弾炸裂の光と煙が切れて、ネウロイの巣の本体が見えてきた。巨大な球状の本体は大きくえぐれ、えぐれた穴の底におどろおどろしい光を放つコアが見えた。

「行けっ! 望月!」

 望月軍曹が飛び出す。烈風丸を振りかざすと、ありったけの魔法力を込めて振り下ろす。

「烈風斬!」

 巨大な魔法力の刃がネウロイの巣の本体のコアに突き刺さり、再び光の洪水を撒き散らす。巨大な巣の本体が奇妙な形にゆがんだかと思うと、一気に爆裂する。

 

 激しい戦いに満身創痍のウィッチたちが、空を埋め尽くす勢いでネウロイの巣の破片が広がって行く様を呆然と見つめる。オストマルクのウィッチたちは、誰もがネウロイの巣が破壊されるのを見るのは初めてだ。その、荘厳ささえ感じさせる光景に息を飲む。しかし、やがて実感が湧いてくる。

「勝った!」

 ウィッチたちから歓声が上がる。ついに勝ったのだ。長かったネウロイの占領下から、オストマルクの一角をついに解放したのだ。地上部隊からも、艦隊からも、一斉に歓声が上がる。ハンガリーの空は、歓喜の声に包まれた。


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