ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

36 / 54
第三十六話 そうだ、カールスラントへ行こう

 明ければ作戦会議の再開だ。

「誰か何かいい考えを思い付いた人いる?」

 芳佳自身は何も思い付かなかったのか、最初から考える気がなかったのか、幹部たちに投げかける。それでもそこは良くしたもので、鈴内大佐がちゃんと考えていてくれたようだ。

「宮藤さん、エステルライヒ地域はカールスラントに面しています。西からウィーンに向かうルートは比較的平坦で侵攻しやすくなっています。だから、西からカールスラント軍に同時に攻撃してもらって二方向から攻撃するか、そこまでできなくても牽制攻撃をかけて敵戦力を引き付けてもらうと良いと思います。」

 この案に、チェルマク少将は感心した風だ。

「なるほどね。そうすればこちらの戦力が2倍になるようなものだから、ネウロイの活動が活発化しても対抗できそうですね。」

 グラッサー中佐も同感する。

「そうですね。カールスラントにとってもオストマルクのネウロイは大きな脅威になっていますから、喜んで協力してもらえると思います。」

 芳佳も首肯する。

「うん、わかった。正式には統合軍総司令部を通じて依頼する必要があるけれど、事前にちょっと打診してくるよ。」

「打診といいますと?」

「うん、中心になるのはウィッチ隊だから、カールスラント南部のウィッチ隊を統括している、第52戦闘航空団司令のミーナ大佐に相談してみるよ。」

「なるほど。」

 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ大佐は実力派の指揮官で、カールスラント上層部の覚えもめでたく、何より芳佳とは長い付き合いなので、率直な話ができそうだ。

「承知しました。早速手配します。ただ・・・。」

「なに?」

「飛行機を用意しますから、自力で飛んで行こうとしないでくださいね。」

「はぁい。」

 やはり自分で飛んで行こうとしていたようだ。仮にも他国の司令部を訪ねるのに、一人でぽんと飛んで行くというのは、相手に対しても失礼だろうと思うのだが、芳佳にはその自覚はない。

 

 ケストヘイからミーナ大佐の司令部があるニュルンベルクまで、真直ぐ向かうとネウロイの勢力圏を横切ることになってしまうので、一旦ザグレブ付近まで南下してから西へ向かい、ヴェネツィアを通ってヘルウェティア近くまで行ってから北上する、迂回ルートを取ることになる。それでもネウロイの襲撃を受ける恐れもあるので、護衛を付ける必要がある。そのため既に護衛を担当する抜刀隊の面々が集合している。

「護衛には、抜刀隊に行ってもらいます。」

「え、でも伊佐美ちゃんは魔法力を使い果して、まだ本調子じゃないんじゃないの?」

 芳佳は危ぶむが、望月軍曹はここで置いて行かれたくはない。

「宮藤さん、わたしは大丈夫です。もう回復しました。」

 まあ、本人がそう言うならいいだろう。別に戦闘しに行くわけではない。

 

 滑走路に輸送機が降りてくる。リベリオンのC-47輸送機だ。リベリオンが、持ち前の工業力でおよそ1万機も生産しているので、連合軍で広く使われている。貨物2.7トンか、兵員28名を搭載することができる。乗り込んでみると、機内には旅客機タイプの良い椅子が据え付けてある。

「あれ、これって軍用輸送機じゃないの?」

「はい、軍用輸送機ですが、幹部輸送用のVC-47を回してくれました。」

「わたし別に幹部って程じゃないのに。」

 いや、司令官で将官なのだから、十分幹部だろう。結構時間がかかるのだから、軍用の固い椅子に座って、無駄に疲れる必要もない。そして、いざという時のために、芳佳のストライカーユニットと武器弾薬も積み込まれる。

「ちょっと行って来るだけなのに大げさだなぁ。」

 芳佳はそう言うが、過去にも移動中に危ない目にあったことは少なくない。どうも、のど元過ぎれば熱さ忘れるという感じで、懲りない性格だ。そんな芳佳を乗せてC-47は飛び立つ。周囲を抜刀隊のウィッチたちが固めている。ニュルンベルクまでは直線で550キロ、大きく迂回するのでその倍くらいの距離になる。

 

 シャーメッレーク基地を飛び立った輸送機は、南寄りを迂回してロマーニャ半島の付け根付近まで西へ進み、アルプスの山岳地帯を越えてカールスラントに入る。平地では春の訪れが感じられるようになってきたが、アルプスの山中は深い雪と氷に閉ざされている。アルプス山脈を越えると、間もなくカールスラント南部で最大の都市、ミュンヘンが見えてくる。目的地のニュルンベルクまでは150キロとあと一息だが、長距離を飛んできたので一旦ここで休憩を取り、機材の補給と整備を行う。ミュンヘンの西約50キロにはランツベルク・アム・レヒ航空基地があって、カールスラント空軍の第51爆撃航空団が配備されている他、扶桑皇国海軍の横須賀海軍航空隊欧州分遣隊が駐留している。

 

 輸送機から降りる芳佳を、第51爆撃航空団、KG-51司令のジクムント・バース中佐が敬礼して出迎える。

「ランツベルク・アム・レヒ基地へようこそ。何のおもてなしもできませんが、ゆっくりお休みください。」

 カールスラントでは、芳佳はベルリン解放の英雄として知らない者はない。補給と整備のために立ち寄っただけだが、基地を挙げて歓迎してくれる。

「連合軍モエシア方面航空軍団司令官の宮藤芳佳です。KG-51はどんな任務を担っているんですか?」

「はい、オストマルク方面から時折進行してくる地上型ネウロイを爆撃して撃破するのが任務です。比較的平穏な戦線のため、未だに旧式のJu88装備なのが悩みの種です。」

「他の部隊には新型機があるの?」

「はい、新型のAr234ジェット爆撃機は740キロ出ますから、ネウロイの追撃を振り切ることができると言われていて、ネウロイ出現空域の部隊に優先的に配備されています。」

 いや、その程度の速度では、前線ではなかなか厳しいだろうと思うが、今ここでそんなことを言っても仕方がないので芳佳は黙って聞いている。

 

 さて、カールスラント軍の歓迎が終わると、欧州分遣隊が前に出る。欧州分遣隊は、基礎訓練が終わった新人ウィッチを、欧州の中でも比較的平穏な地域に派遣して、哨戒任務を中心に実戦経験を積ませるための部隊で、芳佳はその初代隊長だった。当時はまだカールスラントのほぼ全域がネウロイの支配下にあったので、最初に基地を置いたのはガリア共和国のベルギカ国境に近いカンブレーだった。以来幾星霜、今はミュンヘンに基地を置いて、オストマルク国境の哨戒を任務としている。

 

 その隊長が敬礼する。

「欧州分遣隊長の雁淵ひかり大尉です。お会いできて光栄です。」

 ひかりは、芳佳の事は扶桑を代表する英雄として聞き知ってはいるが、直接会うのは初めてなので結構緊張しており、その性格に似ず謹直な態度で出迎えている。

「宮藤芳佳です。よろしくお願いします。」

 芳佳は答礼しながら、実は後ろで整列している隊員たちの方が気になっている。一人は多分新人指導ための教官兼指揮官で初めて見る人だが、その他の前嶋奈緒一飛曹、仁杉利子一飛曹、倉田信子一飛曹、藤井裕美一飛曹の4人は、およそ1年前に、まだ横須賀で訓練生だった頃に直接指導したことがある懐かしいメンバーだ。隊員たちも1年ぶりの再会に、一応真面目そうに姿勢を正しているが、今にも飛び付いて来たさそうにむずむずしているのが伝わってくる。そしてもう一人、芳佳の後ろで姿勢を正している望月一飛曹は、この隊員たちと一緒に訓練を受けた同期生だ。芳佳が烈風斬を仕込むために手元に残したが、そうでなければ一緒にここにいるはずだった。ひかりに失礼かなと思いつつも、芳佳は後ろの隊員たちに声を掛ける。

「みんな久しぶり、元気だった?」

 もう我慢できずに隊員たちが芳佳にわっと飛び付いてくる。隊長のひかりは芳佳と隊員たちの関係を知らないので、部下たちの突然の行動に目をまん丸くするばかりだ。

 

 旧交を温める望月一飛曹と隊員たちを外に残して、芳佳たちは室内に移る。

「ごめんね、ちゃんと答礼しなくて。」

 ちょっと照れた様子で謝る芳佳だが、そんな芳佳にひかりはむしろ親しみを感じたようだ。

「いいえ、扶桑の英雄で若くして将官になった人なんて、どんなに怖い人だろうって思ってたから、気さくな人で良かったです。」

「ところで雁淵孝美さんって、前にわたし治療したことがあるけど、ひかりちゃんのお姉さんなんだよね?」

「そうなんです! お姉ちゃんを治療してくれた人って宮藤司令官だったんですか? お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございます。」

「ううん、お礼なんかいいよ。それから司令官とかつけなくていいよ。元気になって良かったね。」

「はい!」

 姉の孝美の話が出るなりひかりは相好を崩していて、お姉さんが心底大好きなんだなと感じられる。姉妹のいない芳佳としてはちょっと羨ましい。

 

「ところで、ひかりちゃんって何歳なの?」

 孝美の治療をしたのは確か7年以上前だから、その頃から現役ならもう上がりを迎えていてもおかしくない。

「はい、21歳です。今年22歳になります。」

「え? じゃあ、地上で指揮してるの?」

「いえ、まだ飛べます。わたし、ロスマン先生から少ない魔法力を効率よく使う方法を教えて貰いましたから、魔法力が多少低下しても飛べるんです。」

「へえ、そうなんだ。」

 答えながら芳佳は、ロスマン先生って、昔、確か501にいた頃に誰かから聞いた名前のような気がするな、と思う。それもそのはず、ロスマン先生こと、エディータ・ロスマン曹長といえば、新人時代のエーリカ・ハルトマン少尉(当時)の教育係だったのだ。

「宮藤さんはどうなんですか?」

「わたしは22歳だよ。でも魔法力は低下してないから、普通に飛べるよ。」

「う、うらやましい。」

 ひかりはまだ飛べるといっても、元々魔法力が低いので結構大変なのだ。たまにしかネウロイの出現しない、新人の訓練部隊だからやっていけているが、もし頻々とネウロイが出現するようになったら対処するのは難しい。ひかりは知らないが、芳佳の魔法力がひかりとは比較にならない程強大なことを知ったら、もっと羨ましがることだろう。

 

「ところで、ひかりちゃんがいた頃の502部隊でネウロイの巣を破壊しているよね?」

「はい、グリゴーリですね。」

「うん、それってどうやって破壊したの?」

「はい、ドーンと行って、グイッとやって、バーンって・・・。」

 身振り手振りを交えて説明してくれるのはありがたいが、そんな感覚的な説明では全然わからない。

「うん、それじゃあわかんないよ。もう少しわかるように説明して。」

「ええと、列車砲から超爆風弾を撃って巣を覆っている黒雲を吹き飛ばして、コアの位置を特定して同じく列車砲から魔導徹甲弾を撃ち込んで破壊する計画だったんですけれど・・・。」

「けど?」

「列車砲が破壊されて失敗しました。」

「え? 失敗したの? でも破壊したんだよね?」

「はい、超爆風弾の破片を使って雲に穴をあけて中に突入して、わたしが接触魔眼でコアの位置を特定して、破壊された魔導徹甲弾の魔法力を管野さんの手袋に移して、それで殴って破壊しました。実際はあと一歩のところで管野さんの魔法力が尽きて、わたしがリベレーターで止めを刺したんですけれど。」

 芳佳は管野のことはオデッサの巣を破壊した時に一緒に戦ったので知っているが、殴ってネウロイの巣を破壊するとか、いかにも管野らしいと思う。

「ふうん、そんなやり方があったんだ。でも齟齬はあったけど、超爆風弾と魔導徹甲弾の組み合わせで破壊できたってことだよね。それなのに何でその方法は使われなくなったんだろう?」

「さあ・・・。」

 そんなことを聞かれてもひかりにはわからない。ただ、この方法は応用が利くのではないかと、芳佳は思った。補給と整備と、ちょっと旧交を温めるために立ち寄ったが、意外な収穫があったものだ。窓の外では、そんなことを知る由もなく、望月一飛曹と同期生たちが歓声を上げながらじゃれ合っている。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎扶桑皇国

雁淵ひかり(かりぶちひかり)
扶桑皇国海軍大尉 (1930年5月26日生21歳)
欧州分遣隊隊長。魔法力はそれほど高くなく、在籍していた佐世保航空予備学校の成績も良くなかったが、驚異的な体力と根性を持つ。志願して欧州に派遣されると第502統合戦闘航空団に入隊し、出現したネウロイの巣「グリゴーリ」に止めを刺すなど活躍した。20歳になってからも、前線からは退いたものの、訓練で身に付けた魔法力の効率的な使い方によって、訓練部隊で飛び続けている。

前嶋奈緒(まえじまなお) 
扶桑皇国海軍一等飛行兵曹 (1937年2月11日生14歳)
望月が編入された時の訓練生の一人。訓練生の中で最年長だったことから、訓練生たちのリーダー的存在。飛行技術、学科とも優秀。訓練学校を卒業後は、欧州分遣隊に配属になって欧州に派遣される。

仁杉利子(にすぎとしこ)
扶桑皇国海軍一等飛行兵曹 (1937年6月24日生14歳)
同じく訓練生の一人。温和な性格で、年下の訓練生たちの面倒をよく見ている。戦闘スタイルは基本に忠実で堅実。訓練学校を卒業後は、欧州分遣隊に配属になって欧州に派遣される。

倉田信子(くらたのぶこ)
扶桑皇国海軍一等飛行兵曹 (1938年4月6日生13歳)
同じく訓練生の一人。どちらかというと引っ込み思案な性格で、あまり前に出たがらない。年少のため技術的には今一歩。訓練学校を卒業後は、欧州分遣隊に配属になって欧州に派遣される。

藤井浩美(ふじいひろみ)
海軍一等飛行兵曹 (1938年4月27日生13歳)
同じく訓練生の一人。飛行センスに優れ、空戦技術は今期訓練生で一番。積極的な性格で、飛び出しすぎることもしばしば。訓練学校を卒業後は、欧州分遣隊に配属になって欧州に派遣される。

◎カールスラント

ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ(Minna Dietlinde Wilcke)
カールスラント空軍大佐(1926年3月11日生25歳)
カールスラント空軍第52戦闘航空団司令
第二次ネウロイ大戦初期から戦い続け、第501統合戦闘航空団を指揮してガリアとヴェネツィアの解放に成功した。さらに、第3戦闘航空団を指揮してカールスラント解放戦を戦い、その後は第52戦闘航空団司令として、オストマルクのネウロイの侵攻からの防衛を担っている。

ジクムント・バース(Sigmund Barth)
カールスラント空軍中佐(1921年1月23日生30歳)
カールスラント空軍第51爆撃航空団司令
主にJu88爆撃機に搭乗し、地上型ネウロイへの爆撃を重ねてきた。被弾して重傷を負ったこともあるが、幾多の戦いを生き抜いて、第51爆撃航空団司令として戦い続けている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。