ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第三十七話 ニュルンベルクにて

 休養と補給、整備を終えた芳佳たちは、ミュンヘンを後にニュルンベルクに向かう。ニュルンベルク近郊の航空基地は、ニュルンベルクから北西に19キロのヘルツォーゲンアウラハにある。1936年に開設された、690メートルの滑走路が1本だけの小さな飛行場で、かつては第54戦闘航空団が置かれていた。現在は第52戦闘航空団が配置され、プラハ及びウィーンの巣からの侵攻に備えている。

 

 輸送機から降り立つ芳佳を、ミーナ大佐が出迎える。

「長旅お疲れ様。宮藤さん、しばらくぶりね。」

 ミーナ大佐は確かつい先日26歳になったはずだ。501部隊の頃から年齢以上に大人びていたが、さらに一段の成長を感じさせるように大人の雰囲気を漂わせている。

「ご無沙汰してます、ミーナ隊長。モエシア奪還作戦の時にちょっとお邪魔して以来だから、1年ぶりくらいですね。」

「そうね。でも驚いたわ、宮藤さんが将官になるなんて。」

 そう言ってミーナ大佐は、どこか遠くを見るように視線を浮かせる。多分、501の頃の芳佳を思い出しているのだろう。芳佳自身も、振り返って見るとあの頃の自分とはまるで別人のようだと思う。たまにしか会っていないミーナ大佐が遠い目をするのももっともだ。

「えへへ、わたしもまさかこんなことになるんて思いませんでした。でも階級だけ上がっちゃって、とても階級に見合った仕事ができるようになりません。」

 芳佳は謙遜ではなく、正直にそう思う。でも、ミーナ大佐は謙遜と受け取ったようだ。

「あら、宮藤さんも謙遜して見せるなんて、ずいぶん大人になったのね。でも話は聞いてるわよ。十分過ぎるほど活躍しているようね。」

「えへへー。」

 芳佳は褒められて、照れ笑いを浮かべている。そういえば、いつの間にか偉くなってしまって、上の人から褒められる機会もなくなってしまった。まあ、階級から言えば今や芳佳の方が上だが、芳佳にしてみればミーナ大佐は今でも厳しくも優しい隊長だ。お姉さんみたいな感じとも言えるかもしれない。そう言えば、うっかり『お母さん』と呼びかけてしまったこともあったっけ。

 

 立ち話も何なので、ミーナ大佐の執務室に場所を移す。

「宮藤さん、コーヒーにお砂糖とミルクは入れる?」

「はい、入れてください。」

「うふふ、二十歳を過ぎてもコーヒーそのもののを味わう様にはならないのね。」

「だって、扶桑ではコーヒーはあんまり飲まないんですよ。」

「あら、ずいぶん欧州にも来ているのにね。」

 何だか芳佳は神妙に畏まっている感じだ。もう階級も立場も上になったんだから、もっと堂々としていてもいいのにと思うと、なんだか可笑しい。

「ありがとうございます。」

 そう言ってコーヒーを口に運ぶ様子は、相変わらずの童顔もあって、501の頃そのままの様にも感じられる。

 

「それで今日は、ただの表敬訪問ってわけじゃあないのよね?」

 そう言うミーナ大佐の表情が引き締まって、指揮官の顔になる。

「はい、まだ正式な依頼ではないんですけれど、共同作戦の打診に来ました。」

 まあそんな所だろうと思っていた。ブダペストの巣を破壊した以上、次の目標はウィーンの巣だろうとは予想がつく。そうなれば、隣接するカールスラントに応援を要請しに来るのは必然だ。

「それで、どうしたいの?」

「はい、ブダペストの巣と戦って、今の戦力ではウィーンの巣を攻撃するには足りないと痛感しました。だから、カールスラント軍に共同攻撃してもらうことで、勝てないかと考えたんです。カールスラント軍の中でも、オストマルクのエステルライヒ地域に隣接するウィッチ隊を指揮しているのはミーナ隊長ですから、正式に依頼する前に、ミーナ隊長と作戦の見通しを相談しておきたいと思ったんです。」

 やはりそうかとミーナ大佐は肯く。

 

 しかし、カールスラントにはカールスラントの事情があり、おいそれと同意するわけには行かない。

「事情はわかるけど、はいそうですかというわけには行かないわね。カールスラントとしては、より近接しているプラハの巣の方に脅威を感じているし、備えなければならないから、そこを疎かにしてウィーンの巣の攻撃に戦力を割くわけには行かないわ。」

 それはもっともだと芳佳も思うが、そんなことを言っていたら永遠にオストマルクの巣と睨みあっていなければならなくなって、カールスラントにとっても良いことはないのではないか。

「プラハの巣の脅威はわかりますけれど、睨みあいを続けることはカールスラントにとって大きな負担になると思います。たとえ一時的に厳しい状況になっても、ウィーンの巣、そしてプラハの巣と撃破して、本当の安全と平和を手にした方が良いんじゃないですか?」

 芳佳の意見が思いの外まっとうで、ミーナ大佐は意外そうな顔を見せる。しかしそれはミーナ大佐の認識不足で、芳佳だっていつまでも新人の頃のままではないし、そもそもそうだったら司令官なんかになっていない。

「うん、宮藤さんもいろいろ考えるようになったのね。成長してくれて嬉しいわ。」

 他人が聞いたら上官を愚弄しているように聞こえて一悶着ある所だが、そこは501以来の二人の関係があるから問題にならないし、芳佳はむしろミーナ大佐に自分の成長を認めてもらえて嬉しい位だ。

 

「でもね・・・。」

 芳佳の考えを褒めたミーナ大佐だったが、それでも簡単には同意してくれない。

「仮に兵力を捻出してウィーン攻略作戦をやったとしてもね、カールスラントからウィーンへの進撃路は、側面をプラハの巣に曝しながら進む形になるのよ。もし進撃途中でプラハの巣からの攻撃を受けたら、前線の部隊は敵中に孤立することになるわ。そうならないように側面に防衛戦力を厚く配置したら、今度は攻撃戦力が不足することになるわ。いずれにしても、カールスラントからウィーンを攻撃するのは無理があるわ。」

 それは確かにそうなのだ。カールスラント国境からウィーンへ向かう街道は、プラハの南約200キロのあたりを東西に通っている。ネウロイは街道の側面からどこでも自由に攻撃できるので、それを防いで前線への補給路を維持するのは難しい。

「うーん、無理でしょうか?」

「そうね、ちょっと無理ね。あくまでやろうとするなら、オラーシャ方面に派遣している部隊を全部引き上げて、他の連合軍諸国の部隊も集めないといけないわ。」

 それはちょっと全般作戦に影響が大き過ぎるし、実現するために全世界の各国軍を回って説得してくるというのも現実味がない。

「わかりました。じゃあ、プラハの巣に牽制攻撃をかけて、プラハの巣からウィーン方面に攻めてこないようにしてもらうことならどうでしょう。」

「そうね、それが現実的ね。」

 まあそこが落としどころだろう。ただそうなると、芳佳の指揮下で直接攻撃に参加する戦力を増やす必要があり、オストマルク軍の増強や、他の国からの援軍も集める必要があるだろう。帰ったらその手配をしなければならない。

 

「要件はそれだけ?」

 重要案件が終わったからか、ミーナ大佐は表情を和らげて尋ねる。

「はい、ありがとうございます。あ、そうだ。」

「何かしら。」

 ミーナ大佐の表情に少し警戒するような色が浮かぶ。何しろ扶桑のウィッチはすぐに突拍子もないことを始めるから警戒が必要だ。巻き込まれてはかなわない。うわさに聞く芳佳の戦い方は相変わらず無茶で、歳を重ねても、階級や地位が上がっても、性格は大して変わっていないように思える。第一、芳佳自身もそうだが、芳佳を護衛してきた扶桑のウィッチの内2人もが背中に扶桑刀を背負っている。ミーナ大佐も扶桑のウィッチは何人も知っているが、日常的に刀を背負っているウィッチは坂本以外にほとんど知らない。そんな人が何人もいる部隊というのは、一体どのような奇抜な戦いを担うのだろうか。

 

「以前502部隊がネウロイの巣を破壊した時には、超爆風弾と魔導徹甲弾を組み合わせた攻撃方法を使ったって聞きました。それで巣を破壊できたのに、何でその方法は使われなくなったんでしょう?」

「ああ、マンシュタイン元帥のフレイアー作戦ね。あれは失敗したのよ。」

「え? でも巣は破壊したんですよね?」

「超爆風弾で雲を吹き飛ばすことはできたんだけれど、反撃にあって時間を取られているうちに雲が再生して、魔導徹甲弾は雲のバリアに阻まれて破壊されてしまったの。その後大砲も2門とも破壊されてしまって、撤退に追い込まれたのよ。結果的にはラルの502部隊が巣を破壊することに成功したんだけれど、作戦としては失敗ね。失敗した作戦だから、その後同じ方法は使われなかったのよ。」

 

 そういうことかと納得するが、折角の巣を破壊する方法の手掛かりなので、どうにか応用できないものかと思う。

「でも、作戦を改善して成功するようにできなかったんでしょうか。」

「それがね、作戦には80センチ列車砲を使ったんだけれど、全部破壊されちゃったから、もう二度と実行できなくなっちゃったのよ。巨大な列車砲だから、おいそれとまた作るわけにもいかなかったしね。」

「うーん、もう少し小さめの大砲じゃ無理なんでしょうか。」

「それはやってみなくちゃわからないわね。でも、あの時は巣の方から向かって来たから、巨砲を準備して迎え撃てたのよ。こっちから前進して攻撃して行くときに、巨砲を持って行くのは難しいわよね。そもそも、列車砲は予め線路を敷いておかないと進められないものね。」

 そうなると、攻撃前進に適した小口径の砲を多数と、それ用の小型の超爆風弾と魔導徹甲弾を多数用意して、釣瓶打ちにして撃破するしかないようだ。まあ、502部隊も超爆風弾と魔導徹甲弾の破片を再利用することで巣の本体を撃破できたのだから、できないことはないだろう。

 

 しかし他の方法はないだろうか。巣を相手にやったことはないが、地上の大型ネウロイを相手に、多数の爆撃機で攻撃して撃破したことならある。

「砲撃じゃなくて爆撃って手はないでしょうか。」

「ああ、爆弾ね。巣を爆撃したことのある人はいないと思うけれど、試してみる価値はあるかもしれないわね。」

「今使える一番大きな爆弾って何がありますか?」

「それならブリタニアの10トン爆弾、グランドスラムね。」

「わかりました。それじゃあ、ブリタニアにお願いして、超爆風爆弾と魔導徹甲爆弾を作ってもらいます。」

 ネウロイの巣の上空に爆撃機を持って行くには、どの程度の護衛があればいいのか見当もつかないが、とにかくウィーンの巣を破壊できる可能性は見えてきた。なかなか困難な作戦だが、何とか実現に持って行かなければならない。もっとも、これまでのネウロイの巣との戦いでも、困難でなかったことはない。

 

 芳佳が無茶な行動に走って振り回されたこともあったミーナ大佐だが、こうして情報を集めて作戦を工夫し、実現に持って行こうとするあたり、立派な司令官に育ってくれたと思う。

「でも宮藤さんはすっかり司令官らしくなったわね。」

「えっ、そんなことないですよ。わたしもミーナ隊長みたいに隊長らしくなれるように、もっともっと頑張らないと。」

 高い地位についても、輝かしい戦歴を重ねても、芳佳はあくまで謙虚で前向きだ。ミーナ大佐はふと芳佳が入隊したばかりの頃のことを思い返す。どうしてウィッチーズ隊に入ろうと思ったか尋ねたのに対して、芳佳は、困っている人たちの力になりたくて、と答えたものだった。ミーナ大佐は、その気持ちを忘れないでね、と言ったが、今でも芳佳がその頃の気持ちを持ち続けている様子なことが嬉しい。当時と変わらない無邪気な笑顔を浮かべている芳佳が、その時の自分の言葉を意識しているかどうかはわからないけれど、こうして立派に育ってくれたことで、当時芳佳の行動に振り回された苦労が報われた気がした。


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