ストライクウィッチーズ オストマルク戦記 作:mix_cat
早朝のシャーメッレーク基地に気合の声が響く。ひんやりたした朝の空気を、ぴんと張った緊張感が包む。声の主は芳佳だ。デスクワークが多くなりがちな司令官の仕事で鈍りがちな体を、いつでも戦える状態に保つため、時間の許す限り訓練を続けている。忙しい任務の中で時間が取れるのは早朝くらいしかなく、大概は早朝訓練ということになっている。以前なら、この時間は朝食の支度に勤しんでいたりしたものだが、さすがに司令官ともなると周囲の抵抗が激しく、朝食の支度はさせてもらえない。食事を作って皆に食べてもらうのが好きな芳佳としては不満だが、立場上仕方がないことはわかる。その不満をぶつけるように、裂帛の気合と共に、手にした木刀を鋭く振り下ろす。
木刀を構え直した芳佳の耳に、風に乗って柔らかな音色が聞こえてくる。
「あれ、これって何の音だろう?」
芳佳は木刀を下ろすと、音の流れてくる方に歩みを進める。すると、隊舎の影で岡田玲子上楽兵が楽器を吹いていた。
「玲子ちゃんだったんだ。そう言えば玲子ちゃんって軍楽兵だったんだよね。」
声を掛けられた玲子は、驚いたように楽器を下ろすと姿勢を正す。
「おはようございます。あの・・・、基地で楽器を吹いたらいけなかったですか?」
見咎められたかと思った玲子は、少し上目使いに身を固くする。
「ううん、別に構わないよ。玲子ちゃんはそっちが本業なんだしね。でも日々の訓練や出撃で疲れているのに、早朝訓練なんて感心だね。」
「そんなことありません。練習を欠かすとすぐに下手になっちゃいますから。でも、宮藤さんも早朝から訓練ですか?」
玲子は芳佳の手の木刀を横目で見ながら問い返す。
「うん、司令官なんかやってるとすぐに体が鈍っちゃうからね。」
「司令官になっても訓練は必要なんですね。それじゃあわたしなんて、別に感心っていう程の事はないですね。」
「うん、そうだね。」
司令官に褒められたと感激した玲子だったが、芳佳自身があっさりそれを否定してずっこける。どうもこの司令官は、正直だが、それほど深くものを考えずにしゃべっているようでもある。
そこへ参謀長の鈴内大佐が大きく手を振りながら駆けて来る。
「宮藤さん、こんな所にいたんですか。」
「うん、どうしたの?」
「どうしたのって、今日は早朝からケストヘイの司令部で作戦会議だって言ったじゃないですか。」
「あっ、そうだったね。もうそんな時間?」
「そうです、もうすぐに出発しないと間に合いません。」
「えっ? 朝ごはんはどうするの?」
「そんな暇ありません。すぐに出ますよ。」
そう言って鈴内大佐は芳佳の手を引いて走り出す。
「えー、朝ごはんぐらい食べようよ。」
「移動しながら握り飯でも食べてください。」
愚痴りながら引っ張られて行く芳佳は何だか頼りない。こんな司令官で大丈夫なのかと思わせるものがあるが、見事にネウロイの巣を撃破した実績を見れば疑う余地もない。まあ、細かいことは幕僚が補佐すれば良いという考え方もある。幕僚からは、こんなことをするために軍人になったんじゃない、という声も聞こえてきそうだが。
芳佳を乗せた自動車は、ケストヘイ中心部の司令部に向かう。シャーメッレーク基地からケストヘイ中心部までは20キロ足らずで、道路の混雑があるわけでもないので20分もあれば着く。時折すれ違うのは、部隊の移動や軍需物資の輸送のための軍用車両がほとんどだ。それでも、まだ最前線だというのに、復興作業を始めようと入り込んでいる人もいる。奪還した当時は一面に焼け跡の瓦礫が広がっていたケストヘイの街は、既に大部分の瓦礫が片付けられて、道路以外何もない風景が広がっている。作戦上の要請もあって瓦礫の片付けは進んだが、まだ最前線のため民間人の立ち入り制限が厳しく、街の再建にはほとんど手が付けられていないのだ。ようやく雪が消えたところで、地面からは一本の草もまだ生えていないので、寂寥感が募る風景だ。
そんな街にも、ぽつり、ぽつりと人がいる。厳しい立ち入り制限の中でも、少しでも再建のためにできることをしようと、避難している地域から遥々やってきた人たちだ。人は強い。これまでに奪還した地域でも、再建などできるのだろうかと思うような荒れ果てた街が、人々の努力で次々と再建されて来ている。そんな何もない街の一角に、年端の行かない少女が一人ぽつんと佇んでいる。こんな所に一人でどうしたのだろう。思わず芳佳は運転手に声を掛ける。
「止めて。」
作戦会議に遅れると慌てる鈴内大佐を残して車を降りた芳佳は、その少女に駆け寄って声を掛ける。
「ねえ君、こんな所でどうしたの?」
振り返った少女は、こんな所で声を掛けられたことに少し驚いた風で、でもすぐに笑顔を見せて答える。
「ここ、わたしの家なんです。」
そう言って指した一角は、ただ更地になっているだけで何もない。何もない場所を我が家だと、笑って答えるその姿に、芳佳は胸が詰まる。
「そ、そうなんだ・・・。」
しかし言葉に詰まっている場合ではない。こんな何もない、前線の危険の残る場所に、少女が一人でいていいわけがない。
「こんな所に一人でいちゃ危ないよ。誰か一緒の人はいないの? はぐれたの?」
すると少女はぷっとふくれて答える。
「そんなに幼く見えますか? わたしもう15歳ですよ。でも母と一緒です。母は少し離れた所にある畑を見に行ってます。」
「ああ、そうなんだ。ごめんね、もっと小さい子かと思った。」
これはちょっと失敗だったかと思う。芳佳は小学生が家族とはぐれて一人でいるのかと思ったのだ。15歳と言えば、芳佳はもう501部隊で戦っていた歳だ。
少女はそんなに気にしていない様子でまた笑顔を浮かべると、両手を大きく広げながら言う。
「まだ家がこんなですから帰ってこられませんけれど、この街がわたしの故郷なんです。今日は様子を見に来ただけですけれど、そう遠くない内にきっと帰って来たいです。」
そう言う少女の瞳は希望に輝いていて、どうしようもなく寂寥感を感じるだけだった芳佳は圧倒される気がする。すると少女はぺこりと頭を下げる。
「わたしたちの故郷を取り戻してくれてありがとうございます。こうして様子を見に来られるようになったのも、軍人さんのおかげです。」
この状況を見ては、とても感謝される気にはなれない。それでも希望に瞳を輝かせる少女に、芳佳はもう泣きそうだ。ずいぶん頑張って戦って来たけれど、こんな境遇の人たちが、まだまだ大勢いるのだ。自分にできることは、更にネウロイを押し返して、一人でも多くの人が故郷へ帰れるようにすることだけだ。
「うん、もっと頑張って、自由に故郷へ帰って来られるようにしてあげるから、もう少し待ってってね。」
「はい。」
少女は一段と明るい笑顔を見せる。この笑顔に応えるためにも、もっと頑張らないといけない。そのためにはまずは作戦会議だ。芳佳は車に戻って、司令部に急ぐ。
少し寄り道はしたけれど、作戦会議には間に合った。芳佳が着くと、程なく会議が始まる。オストマルク軍総司令官のアルブレヒト・レーア上級大将が、会議の趣旨を説明する。
「本日の議題はウィーン奪還作戦だ。先日宮藤少将から提案のあったウィーンの巣への攻撃方法について、研究結果を説明してもらうために、リベリオン陸軍の第15航空軍司令官、ネーサン・トワイニング中将と、ブリタニア空軍の第617飛行中隊長のジェームズ・ギブソン中佐にも来てもらっている。」
レーア上級大将の紹介を受けて、ブリタニア空軍のギブソン中佐が立ち上がる。ギブソン中佐の軍服には汚れやよれがあって、硝煙の中をくぐり続けている現場指揮官といった趣がある。
「ブリタニア空軍第617飛行中隊のギブソンです。第617飛行中隊は大型の地上型ネウロイ撃破を任務として、トールボーイやグランドスラムといった特殊大型爆弾での爆撃を担当する部隊です。今回の任務はネウロイの巣の本体を爆撃によって破壊することと聞いています。」
ギブソン中佐はそこで一旦区切ると、ゆっくりと居並ぶ将軍たちを見回す。どうやら将軍たちの前でも気後れしない、胆の座った隊長のようだ。そしておもむろに言葉を継ぐ。
「本作戦は困難と考えます。理由は二つあります。一つ目ですが、超爆風爆弾はともかく、魔導徹甲爆弾は正確にコアの位置に命中させなければならないと考えますが、水平爆撃ではそのような精度は期待できません。二つ目ですが、ネウロイの巣は高度1万メートルに及ぶと聞きますから、爆撃するためには少なくとも1万メートルまで上がらなければならない。しかしながら、我々の装備するランカスターの上昇限度は約8000メートルです。これでは爆撃はできないと考えます。」
いきなり作戦を全面的に否定されて、司令部内には白けた空気が流れる。これでは何のために忙しい中参集したのかわからない。さすがにこれで終わりにはしたくないレーア上級大将は芳佳に振る。
「宮藤司令官、何か手はあるかね?」
そう言われても、飛行機の上昇限度など考えていなかった芳佳にもこれといって名案があるわけではない。ウィッチは魔法力による身体保護があるので、1万メートルくらいの上昇は十分可能だ。501部隊では、さすがに単独では上昇できなかったが、エイラとサーニャが高度3万メートルまで行って戦った実績もある。だから上昇限度というのは考えていなかったが、そんなことを言っても始まらない。
「はい、ええと、魔導徹甲爆弾は正確にコアを狙わなくてもいいと思います。巣の本体の分厚い装甲を破壊してもらえれば、後はウィッチ隊で何とかします。」
何とかしますという言い方はいいかげんかもしれないが、ある程度大きく破壊することができれば、後は高射砲でも、フリーガーハマーでも、烈風斬でも何でも使って止めを刺せばいいと思う。それに、あんまり精緻な作戦計画を立てて臨んでも、その通りに行くことなどまずないから、臨機応変に行くしかないのが実情だ。
レーア上級大将はそんな説明でも納得したようで、ひとつ肯くとトワイニング中将に話を振る。
「では後は1万メートルまで上昇できる爆撃機があればいいんだな。トワイニング中将、第15航空軍ではどうかね?」
しかし、トワイニング中将は首を振る。
「第15航空軍の主力はB-24だが、これも上昇限度は8000メートル余りだ。しかも、爆弾搭載量は6トン弱だから、トールボーイはともかく、グランドスラムは積めないぞ。」
するとギブソン中佐が言う。
「爆弾の重量については、魔導徹甲爆弾は通常の徹甲爆弾より重量が軽くなる見込みですから、6トンも積めれば何とかなると思います。まあ、上昇限度はどうにもなりませんが・・・。」
レーア上級大将は天を仰ぐ。
「リベリオンでもだめか。カールスラントもロマーニャもそんな爆撃機は持っていないしな・・・。」
芳佳も、折角いい作戦だと思ったのにと残念だ。扶桑海軍の陸上攻撃機連山なら上昇限度は1万メートルを超えるが、搭載量は4トンでグランドスラムはもちろんトールボーイでもちょっと無理がある。上昇限度1万5千メートル、搭載量20トンの富嶽という計画もあるらしいが、まだ構想段階で使えない。
すると、トワイニング中将に同行してきた第15航空軍の参謀が思い出したように口を切る。
「B-29を借りて来たらどうですか? B-29なら上昇限度は1万メートルを超えるし、搭載量も9トンありますよ。」
「そうか、それがあったな。」
トワイニング中将は肯く。
「リベリオンが誇る超空の要塞B-29があった。第15航空軍では保有していないが、本国から借りてくる。搭乗員は・・・、ギブソン中佐、どうするね?」
「自分たちがやります。超重量級爆弾を使った作戦には慣れていますから。」
「オーケーだ。では、レーア上級大将、それでいいかね。」
「了解した。準備にかかってくれ。」
一時は駄目かと思った作戦だが、何とかなるものだ。さすがはリベリオンといったところか。これでウィーンの巣を撃破できる。来る途中で会った少女のためにも頑張ろうと、芳佳は決意を新たにする。
登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)
◎リベリオン
ネーサン・トワイニング(Nathan Twining)
リベリオン空軍中将(1897年10月11日生54歳)
リベリオン空軍第15航空軍司令官
B-24を主力とする重爆撃機1,000機以上を擁する第15航空軍司令官。ロマーニャに基地を置いて、欧州全域で作戦支援のための爆撃作戦を指揮している。
◎ブリタニア
ジェームズ・ギブソン(James Gibson)
ブリタニア空軍中佐(1918年8月12日生33歳)
ブリタニア空軍第617飛行中隊隊長
大型の地上型ネウロイを大型爆弾によって破壊するための専門部隊、第617飛行中隊の隊長。まだ欧州大陸がネウロイに支配されていた頃、大陸のネウロイに対して実に174回もの爆撃を行った、技量と勇気と統率力に優れた指揮官。